未来と向き合い平和について考える~大学生協の戦後70年特別企画~

大友啓史監督インタビュー

大友啓史監督

大友啓史監督

1966年岩手県盛岡市生まれ。

慶應義塾大学法学部法律学科卒業。

90年NHK入局、秋田放送局を経て、97年から2年間L.A.に留学、ハリウッドにて脚本や映像演出に関わることを学ぶ。帰国後、連続テレビ小説「ちゅらさん」シリーズ、「深く潜れ」「ハゲタカ」「白洲次郎」、大河ドラマ「龍馬伝」等の演出、映画『ハゲタカ』(09年東宝)監督を務める。2011年4月NHK退局、株式会社大友啓史事務所を設立。同年、ワーナー・ブラザースと日本人初の複数本監督契約を締結する。

12年8月『るろうに剣心』(ワーナー・ブラザース)、 13年3月『プラチナデータ』(東宝)を公開。14年夏、映画『るろうに剣心 京都大火編/伝説の最期編』(ワーナー・ブラザース)2作連続公開、14年度の実写邦画No.1ヒットを記録。日刊スポーツ映画大賞石原裕次郎賞、毎日映画コンクールTSUATAYAファン賞、日本アカデミー賞話題賞など、国内外の賞を受賞。

次回作は2016年公開予定の『秘密 -ザ・トップ・シークレット-(仮)』。

著書に「クリエイティブ喧嘩術」(NHK出版新書/13年)。

るろうに剣心 ポスター
るろうに剣心 ポスター
秘密 THE TOP SECRET ポスター

大友啓史監督インタビュー

全国大学生協連 全国学生委員長 中村洋平(以下中村)
こんにちは。本日はよろしくお願い致します。私が所属する大学生協連では、「戦後70年企画特設WEBサイト」を近々立ち上げる予定です。このサイトでは、組合員が大学生ですので、大学生の皆さんに平和について考えてみませんか…という問題提起を行うことが目的となります。
では、早速ですが、大学生の頃の大友監督の私生活の部分を伺いたいなと思います。

大友啓史監督(以下大友)
独りでいるということに慣れた、というのが大学生の頃だったんじゃないかな。故郷の盛岡から東京に出てきて、基本的に周りは知らない人たちばかり。誰にも束縛されない生活の中で、淋しいというよりも、なんだか一人でいることも楽しいじゃないかって気付いたんですよね。最初の1年ぐらいはサークルにも入っていたんだけど、時間を拘束される感じが嫌になって辞めてしまったしね。スマートフォンもなかったし、自由気ままに、自分で好きな時間に好きな映画を観に行って、好きな本を読んで、アルバイトして、という生活をずっとしていました。だから、大学時代が一番本を読んでいたし、一番映画を観ていたと思います。しかも映画は一人で行くものだと勝手に思っていて、友達とは行ってなかった。その頃観たもの、読んだものが僕の感性の血肉になっているのは間違いない。
大学時代は時間がたくさんあったんですよね。今は時間がもったいなくて近くへの移動も車にしちゃうけど、当時は歩くことも多かったしね。若かったから、時間が無限にあるという気がしていましたね。

中村
漠然と今の大学生というものを見ると、大友さんの大学の頃と違うところってありますか?

大友啓史監督インタビュー

大友
真面目だなと思いますよ。バブルの時代とは違うからね。僕たちの時代は、浮かれていた気がするな。日常的に何か毎日、面白いことが転がり込んでくるみたいな気分で生きていたような気がします。ところが、今の大学生はそういう気分と違うんだなぁという感じがして。着実・堅実という印象ですね。
時々突き刺さってくるような若者の無謀さに触れたいこともありますよ。若者から「つまんねえ〜よ!」って言われたい(笑)。圧倒的な若さや何の裏打ちもない生意気さとかに打ちのめされたい気もするよね。大学生と接触する機会はそうないけれど、若い俳優がしっかり自分の意見をもって尖がってね、「とにかく違う!」みたいなスタンスで来たときには「生意気だな、こいつ」って思いながらも、「見どころがあるな」って気分になりますからね。
今の大学生が持っているムードを外から見る限りは、そういう勢いはあんまり感じられないですね。おそらく、就職とかいろいろなことが大変で、キュウキュウとしているのかな。海外へ行っても危ないことも多いし、大変なんだろうなという気もしていて。

中村
大友さんがたくさん本を読まれていたというお話もありましたが、実は大学生協では、今年で50回目になる「学生の消費生活に関する実態調査」を行っており、その中で本を読む時間が0分という人が40%を超えているのですね。今の若い人たちはあまり突っ張らないというのもそうですし、自分の考えを好きに表現していいんだというふうに思っている大学生は少ないのではないかと思っています。実は大友さんにインタビューできると決まったときに、『クリエイティブ喧嘩術』という本を読ませていただいたのですが、NHKに入ってからすごい反骨精神でやっていたとか、ハリウッドに留学に行かれた話ですとか書かれていて、そういう話も拝見する中で、大友さんは今の大学生よりも、もっと世界の視点でものを見られていたことに驚きました。そういった中で、今の大学生が平和について考えてみようと思ったりだとか、そういうきっかけになる一歩として、大友監督が思う、「平和」に対するお考えをちょっと聞きたいなあと。

大友
結局ね、あって当たり前のことって、なくなって初めて気付くじゃないですか。
会社辞めたからこそNHKというものの存在意義も分かったしね。多分、世の中には失ってみないと分からないことがいっぱいあって、普通に考えると、映画を作っていられる、『るろうに剣心』みたいな映画を作っていられる、ということがやっぱり「平和」なんだと思いますよ。本当に平和じゃなかったら、例えば戦争映画だってアクション映画だって作りづらいしね。平和じゃない状態とか、何か制約がある状態になったときに、人のマインドや発想は劇的に変わっていく。日本は島国で、自然とともに協調して仲良く生きてきた民族だったけれども、自然はあっという間に大事なものを奪ってしまう大きな脅威であるということを時々思い知らされるじゃないですか。震災とか津波って極端にいえば、ゴジラみたいな怪獣が本当に襲ってきたようなもの。それはこの島国に生きている限り避けられない。それで変わったことっていっぱいある。
「平和」というものに対して明確な定義を持たないということは、平和だからですよね。
これが危なくなってくると、「平和」ということに対する明確な定義づけ、その必要性が生じてくる。僕自身は、「平和」という言葉を安売りしたくないと思っている。自由に好き勝手なことができて、自分が思っていることを喋れて、好きなときに好きなものを食べられて、行きたいときに行きたいところに行けて・・・。頭の中で何を考えようが、罪を犯さない限りは逮捕されない、罰せられない。それが法治国家であり、自由主義、民主主義でもある。でも、世界にはそうじゃない国もあるわけで。
昭和41年生まれの僕もそうだけど、平和な状態しか知らずに生きている世代は、知識とか経験とか過去の歴史から類推して、自分で「平和」というものをしっかり定義していくしかない。そのときの優先順位は何だろうということを、自分自身の考えや心を通して、やっぱり蓄えておかなきゃいけない。特に僕なんかの立場でいうと、創作活動の究極のテーマって結局はそれ、であるかもしれないからね。

中村
その作業は、きっと必要ですよね。

大友啓史監督インタビュー

大友
少しやばくなってきているんじゃないの?という感じはね、今誰でも持つと思いますよ。戦後70年になって、いわゆる「平和でない状態」を知っている人たちや、そういう記憶が遺伝子的になくなりつつありますから。そんな現状の中で、僕らが知らないうちに事は進んでいっているというのは普通にありうることだからね。自分の飯が食えるか食えないか、彼女がいるかいないかとかに固執して生きていられる、それはそれで美しいことであり、幸せなことでもあるけれども、ちょっとやばいぞという時の基準や嗅覚、それを言語化する力は普段から考え、磨いておかなきゃいけない。

映画を作るってことは、スタジオにこもって、いわば世の中と隔絶して作ってもいられるんですよね。焼き物を作るように、人里離れた場所に工房を造って、火を見つめて土をこねているだけで暮らしたい。それが僕らの理想ですから。ただ、社会に生きてる限り、それだけではいけないわけで。
ちょっとやばいなと思うことがあったら、「やばいな」と言わないとまずいでしょ?特に自分の仕事の土俵が危ういと思ったら、それに対して「それは困る。なぜ困るかというと」とはっきり言える準備はしておかなくてはいけない。そういう準備をしている人、どんな職業の世界にもいると思うんですよ、自分の本業や立ち位置から、しっかり社会に向けて声を出していける人。将来、たとえどんな職業に就くとしてもね、そのベースメントを作っていくのは、本来大学生の時代だと思っているんですよね。社会に出る前の、モラトリアムの期間だから。打算に左右されないその期間に、ブレない何かを1個でも見つけておかないといけない。社会に出てからはそんなことを考えている時間はまったくないから。「社会っていうのは違う論理で動いているんだよ!」って言われておしまい。それに対して下手な闘い方をすると「はい、君、異動!」となるわけ(笑)。そこで、やっぱり上手に闘えないと、そのまま飼われていって終わりなんですよ。だから、飼われないようにするための、自分の体幹を鍛えるための時間を過ごすべきだよね。

この前、部屋を掃除していて、自分が大学時代に提出した論文が出てきたんですね。『社会思想史』という題目。何年ぶりかでそれを見たら、今考えていることのベースはほとんどそこにあった。もうこれは俺の体の中に入っているからいいやと思って、シュレッダーにかけちゃったけど。山口昌男さんの文化人類学をベースにした『道化の思想』とか、マックスウェーバーの『実践理性批判』とか、リヴァイヤサンとかですよ。
「国家というのは怪獣なのだから、鎖を放たれたときにどうなるのか。その鎖になるのは憲法だという考え方です」みたいなこと。政治や権力に求められるものは何なのか、色々意見が分かれるけどね、どこを自分のベースメントにして出発するのか。権力は民の自由を制限する存在なのか、民の自由を守ってくれる存在なのか。どっちのスタンスで論理を始めるかで意見がまったく変わってくる。
ドラマの劇構造っていうのも同じです。性善説で作ったドラマと性悪説で作ったドラマとでは、まったく別のドラマになる。あなたはどっちなの?っていう、立場やスタンスを常に要求される。社会に出て自分の意見を何らかの形で外に出していくということは、ある意味その繰り返し。大切なのは、そのときの基準。その時の基準に自分の経験の「蓄積」とか、熟慮してきた時間の「厚み」とか、そういうものが反映されてないと、あっという間に押しつぶされていく。中途半端な判断は、後で絶対後悔を生みますからね。

毎回毎回そんな感じですよ、映画を作るってことは。どっちのスタンスでいくかという。みんなで議論して決めようとしても、簡単には決められない。議論はあくまで自分の創作活動にとっての、より良い結論を発見するための1つのステップ。相手を打ち負かしたり、自分の優位性を確認するためのものではない。沢山のスタッフがいて、彼ら彼女らと相談し、コミュニケーションしながら、より面白い「発見」をしていくものですから。基本的に「ちょっと待ってね」って言い続けられるかどうか。結論が決まってからでも、作品の厚みを少しでも増やすために、もっと面白いことが発見できるんじゃないかと、もう一回他者の目を通して確認する。ギリギリまで欲張ってね、他者の意見を取り入れながらね。
結局映画を創るってこともそうだけど、生きていくこと自体、他人の価値観にもまれていくことなんだろうと思いますね。だから、自分の中で確かなベースをもってないと途方に暮れちゃう。そのヒントをつかむのが、きっと大学生時代なんだと思います。

中村
本日はお忙しい中、有難うございました。

大友
こちらこそ有難う。

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