未来と向き合い平和について考える~大学生協の戦後70年特別企画~

益川先生インタビュー

益川先生インタビュー

◎今と昔で、学生の「忙しさ」が変わった。

益川先生インタビュー

中村
今年は戦後70年という年ですが、今の学生にとっては、やはり目の前のバイトが忙しかったり、サークルなど所属している団体の活動があったりで、なかなか平和について考える機会がないのではと思っているのですが、益川先生から見て、今の学生はどう映っていますか?やっぱり忙しそうでしょうか。

益川
忙しいというのがね、我々のときと質が違う。京大でも経験があるのだけれども、京大で院生協議会というのがあって、それで新歓のなんとかやるから来いというので、行って話したのだけれども、そのときに学生は「忙しい、忙しい」って言うわけ。僕なんか学生時代は週に4本は映画観ていたの。2回ね、当時は1回行くと2本立てでしょ? だから、2回も行っていた。で、アートシアターギルトに入っていて格安で見れたので、2年間毎回観ていたということで表彰されてね。それでも十分勉強する時間はあった。
で、なぜそんなに「忙しい。忙しい」って言うんだと言ったら、我々のときと質が違うことが分かった。今年の夏にヨーロッパを一月旅行するつもりでいる。そのためにお金がいるから、バイトをしていると。朝はレジ打ち、夕方は何とかと言ってね。だからそんなに勉強している時間はないとか言われて、ああ、俺たちと生活が違うんだと。

中村
確かに生活費のためにということもありますが、今はやろうと思えば何でもできるので、そのためにお金を稼ぐとか、そういう学生は確かに多いと思います。

益川
だから、「忙しい、忙しい」と言ってもあんまり文句を言わなかった。俺たちのときとは時代が違うと。

◎今の学生には「行動するきっかけ」が昔と比べるの少ないのかもしれない。

中村
安保闘争など、当時の大学生が積極的に行動されていた頃は、社会が変わることが身近に感じていたり、平和についてすごく関心を持っていたのですか。

益川
簡単にいうと、今は外へ出かけていくような温度がなくなった。昔だったら、よくデモがあったからね、「お前もたまには来いや」というと、来たわけね。最近はほとんどそういうことはない。なぜかというと総評(日本労働組合総評議会)が潰れた。潰されたね。学生運動もない。そういう意味で大衆運動というか、そういうのを提起する人たちがいなくなったね。最近では原発反対のデモとかも国会で行われているけどね。

益川先生インタビュー

中村
では、昔と今で学生の質が違うというよりは、昔は引っ張っていく人がいたというようなイメージですか?

益川
そうそう、そういうなんというか、コアなところがあったのね、学生運動のね。

中村
では、60年や70年の頃の学生も、大半は今と変わらない…。

益川
変わらないと思うんだけれども、問題を提起する人がいたからね。

中村
考えるきっかけができたというか。

益川
できたと思う。

中村
そういう意味では、「最近の学生は関心がない」というのではなく、考えるきっかけが与えられていないということなのでしょうか。

益川
考えるきっかけというよりも、行動するきっかけね。

中村
行動するきっかけですか。

益川
だから、総評は潰されたあとは、学生運動もほとんどないみたいなもので。でも、後から見てみると、そういう全共闘(全学共闘会議)とか、革マル(日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義)なんとかかんとかいうのが非常に政治的にやられているわけね。そういう大衆運動を潰すためにね。
で、総評を潰すときでも、あれ、実に巧妙な仕掛けがあって。70年の前半くらいにかなり労働運動が盛り上がるわけ。それに危機を感じた資本側が手を打ち出すわけね。何をやるかというと、組合潰しね。だから、国鉄労働組合、まず一番行動力があったからね、影響力とか。だから、ああいうところを新聞で扱って、勤務時間中に風呂屋へ行って風呂に入っているとかね、売上金をくすねたとかね、そういうのを毎日のように新聞で流すわけ。

中村
ネガティブキャンペーンですね。

益川
それでなんだか、総評なんていうのはダサいというのでなくなってしまったのね。

中村
今生きている若者からすると、過激すぎてなくなったとかそういう短絡的なイメージになりがちなのですが…。

益川
そうじゃない。少々はしゃぎすぎたモラトリアムというかね。だけどそこから広がっていくと、本当に資本の中枢が本腰を入れて潰しはじめたわけね。あとから振り返ってみると、実に巧妙に潰していった。

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