未来と向き合い平和について考える~大学生協の戦後70年特別企画~

楢原泰一さんインタビュー

楢原泰一さんインタビュー

インタビュー対象

楢原泰一

楢原泰一
明治学院大学法学部政治学科卒業 東京出身・在住
百貨店勤務のかたわら、広島平和記念資料館や平和記念公園を案内するヒロシマピースボランティア、また被爆体験伝承者として活動している

インタビュアー

菊池愛梨

菊池愛梨
全国大学生協連
全国学生委員会執行役員(当時)

井上恵里

井上恵里
全国大学生協連
全国学生委員会執行役員(当時)

◎学生時代〜まったく平和運動と縁のない発想を持っていたと思います〜

楢原泰一さんインタビュー

菊池
今回はそのインタビューの最終回で、学生を終えられても引き続き平和活動をしていらっしゃる楢原さんのお話を聞かせていただこうということになりました。
本日はよろしくお願いいたします。

楢原
そういう機会を与えていただいて、大変有難く思っています。私の話が何か学生さんのお役に立つのであれば、嬉しいです。私も皆さん程は関わってはおりませんが、学生時代は明治学院生協の学生委員長をやっておりました。

菊池
楢原さんは、在学中はどのような学生だったのですか?今、平和に関する活動をされていますが、当時もそのような感じで社会に目を向けられていたのですか。

楢原
私は、明治学院大学の法学部政治学科に入学しました。政治には関心がありましたが、核はあって当然と思っておりました。ヒロシマ・ナガサキについてはまったく無知で、でも自分は何でも知っているぞというような振る舞いをしていました。なので、政治については関心がありましたけれども、どちらかというとまったく平和運動と縁のない発想を持っていたと思います。
そのように政治に関心を寄せていた一方で、普通に大学生活を送っていたのもまた事実で、大学生活を楽しく過ごせればいいなと思い、学生委員にもなりました。楽しく過ごすといっても、単にエンジョイするということだけでなく、インタレスティングというのでしょうか、様々なことに興味・関心を持つという、充実したという意味での楽しさもあります。
の二つを兼ね備え、みんなでわいわいやりながらいろいろな企画を立てたり楽しんだりするのが学生だと思っていましたから、先輩に誘われて学生委員会に入ったというところです。そして、入ってから、少しずつ自分が変わっていったという感じです。

井上
そういう意味でいうと、今の私たち学生委員と割と近い雰囲気だったという感じでしょうか。

楢原
多分、運動の根本は変わっていないでしょうから、それに共感し、活動していたことはそんなに変わらないでしょうね。

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