未来と向き合い平和について考える~大学生協の戦後70年特別企画~

楢原泰一さんインタビュー

◎Peace Now!の参加〜いろいろなことを学ぶ中でだんだん自分の考えが深まっていったのでしょう〜

楢原泰一さんインタビュー

菊池
あまり平和には関心がなかったというか、そこまで熱い想いがなかった中で、どういうきっかけで“Peace Now!”に参加を決められたのですか。

楢原
平たく言うと、観光気分ですね。広島へ行って美味しいものを食べてこようかなとか。また、広島に縁があり、叔母やいとこが住んでいたので、ちょうどいい機会だなと。だから、動機付けってあまりないんですよね。いずれにしても本当に遊び感覚で行ったと言ってもいいと思います。

菊池
参加された当時の“Peace Now!”は、どういう内容だったのですか?

楢原
今とあまり変わっていないと思います。昨年の活動報告を拝見したしましたが、変わったところは、一般参加者にインタビューをされているところだと思います。当時はこういうインタビューはしておらず、6日の式典に出席して終わるという感じでした。そのあとは特段何かがあるわけではなくて、自由行動みたいな感じでした。
それまでの流れは、フィールドワークがあったり、被爆者のお話があったり、平和記念資料館に行ったり、平和公園などを見たりという内容で、ほとんど変わっていないと言っていいと思います。

菊池
私たち実行委員は、「いろんな意見や見方がある中であなたはどのように考える?」というような内容で作りこんでいるのですが、当時もそういった内容でしたか。

楢原
どうだろうな。個々に意見は違うので、一本化できるわけがないですよね。だから、その中でもどれだけコンセンサスが得られるかという議論はすごくしていました。
私は当時、核なんてあって当たり前じゃないか、日本はアメリカの核の傘の中で生きているじゃないか、核抑止という発想は正しいんじゃないか、と当然のごとく思っていましたし、話している中でも同じように思っている人は少なからずいました。
一方で、そうじゃないでしょ、という人たちもいましたので、激しく議論はしていました。夜、企画されているプログラムが終わった後もそういう話をしていましたし、あまりにも強い言い方をするので、泣き出してしまった子もいました。そのくらい、「核兵器はありやなしや」という議論はすごくやっていたという記憶があります。私もがんがん言っていたと思います。

井上
参加される組合員の人も、核はいるかいらないかという意見をちゃんと持っていたのですか。

楢原泰一さんインタビュー

楢原
すでに運動されている方もいらっしゃったでしょうし、なんとなく来たという方もいらっしゃったでしょうが、その中でも意見は持っている方は多かったですね。
流れの中で何か意見を言わなくてはならなくて、思うままに言ったというのもあるのかもしれませんが、被爆者から話を聞くとか平和記念資料館を見るとかして、いろいろなことを学ぶ中でだんだん自分の考えが深まっていったのでしょうね。そうしていく中で、どんどん議論が白熱していったのだと思います。いろいろな方がいらっしゃったと記憶しております。

Interview TOPへ戻る

ページの先頭へ