未来と向き合い平和について考える~大学生協の戦後70年特別企画~

楢原泰一さんインタビュー

◎卒業後の活動〜私が一番やりたいと思っているものに近かった〜

楢原泰一さんインタビュー

楢原
“ヒロシマピースボランティア”って、皆さん多分ご存じないんじゃないかと思いますが、平和記念資料館と平和公園をガイドすることが役割としてあります。
ただ、ヒロシマピースボランティアというのは、あくまで資料館や平和公園のガイドなので、事実を伝えることがメインです。資料館としての見解を述べることがあっても、自分の思いなどは本来あまり言ってはいけない。逆に想いを言えば、それは資料館のガイドとしてはあまりよろしくないということになるかもしれません。
それでちょっと悩んでいたときに、今度は被爆体験伝承者養成事業ということを広島市が始めました。まさに被爆体験伝承者というのは被爆者の想いを伝えるものです。といっても事実も伝えなくてはならない。事実を知らない方には想いを伝えてもなかなか伝わらないというところがあります。この両方を伝える活動は、私が一番やりたいと思っているものに近かったので、これはぜひチャレンジしようということで、3年間研修を積んで、この4月から活動を実際に始めました。

楢原泰一さんインタビュー

井上
すごいですね。“Peace Now!”に参加した後の参加者それぞれが、自分たちはどんなふうに立ち回っていったらいいのか、どんなふうに考えてどう行動したらいいのか、と悩んでいる中で、社会人になってからそういう展望の描き方というか、そういう展開の仕方があるということを全然知らなかったし、すごく新鮮に受け止めています。
ところで、お仕事をされながらというところでやられていたと思うのですけれども…。

楢原
そうですね、仕事をしながらでしたね。労働組合の仕事だけをしていた時でしたので、比較的自分の動きに合わせて仕事を進められ、こういうことをやりやすかった時期だったかもしれません。
一番大変だった時には職制に戻って、組合の副委員長をやっていて、ピースボランティアもやっていて、という状況でした。休みが月2回ぐらいしかありません。ピースボランティアを始めて6年経ち、7年目に入りましたが、ピースボランティアって結構規則が厳しくて、月2回必ず広島に行かなくてはならないのです。

菊池
それだけでも大変ですよね。

楢原
最初、資料館の館長始め啓発課の人たちとか、一緒に勉強した仲間にもすごく心配されました。最後は実地研修などがあり、曜日ごとにグループに分かれているのですが、そのグループの人たちからも「大丈夫なの?」と聞かれ、「それを覚悟の上でやっています」と言いました。言ったからには、必ず月2回行こうと思いずっと行っていました。
そうやって頑張っていたお陰で、皆さんにも認めていただけて、更に活動が広がってきたのではないだろうかと思います。

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