学長・総長インタビュー

東京外国語大学

立石博高 学長

世界諸地域の言語と文化の理解を通じて
グローバル市民として積極的な学生を育てる

ミッションの再定義による 大学改革の方向性


鈴木 最初に今の大学をめぐる状況について、お話しください。

立石 産業界を中心に、日本の地位回復に対して大学の貢献を求めています。国立大学は、そのような期待に積極的に応えて、大学こそが日本のブレイクスルーになる、そういう方向性が必要です。積極的に新しい大学のビジョンを打ち出し、改革を行う大学には予算面での支援も行われますので、本学はグローバル化に対応する大学改革精神に積極的にチャレンジしていこうとしています。

昨年から今春にかけてのミッションの再定義の中で、本学は2学部改編により、今までの人文科学系の大学と同時に、社会科学系の大学、教育機関であることを明確に打ち出しました。学部では言語文化学部が人文科学系教育を担い、国際社会学部が社会科学系教育を担う、という二つの方向性です。同時に、両学部共通として、世界諸地域の言語の理解を基盤としています。その方向での大学の機能強化に向けて、様々な取り組みを行っているところです。

建学150年基金で グローバル牽引大学へ

立石 本学は、独自の財政基盤強化のために、今年度より「東京外国語大学建学150周年基金」募集を開始しました。キャッチフレーズは「本学は世界諸地域の言語の理解を基盤とする、オンリーワンのグローバル人文社会科学教育研究の実現を目指す」です。10億円目標の基金で、本学が今後10年間目指す取り組みを端的に表していて、グローバル化を牽引する大学になっていきます。

本学には留学生が600人、韓国・中国だけでなく、世界のアジア・アフリカ・ラテンアメリカなど様々な地域から、金銭的に豊かでない留学生がやってきます。多くは私費留学生で、そうした諸地域の優秀な留学生に対する支援を、基金を活用して行いたいと考えています。

「留学200%」が目標!

立石 たくさんの留学生がキャンパスに来ると同時に、本学は一学年約750人の定員の内、4年間に6割の学生が、半年〜1年の海外留学に行き、多くは交流協定の大学に私費留学しています。内向き志向と言われる中、本学は入学時に9割以上の学生が留学したいと言っている全国でも希有な大学で、そのような学生の希望をかなえ、留学する学生をさらに積極的に送り出したい、公的なものだけでなく本学独自の奨学金を厚くしていきたい、と考えています。

今後10年間の目標として「留学200%」を掲げました。1年次に全員が1カ月ぐらいの短期研修に行き、自分の関心ある地域・言葉を体験する、その体験の後の1、2年次で、その地域・言語をきっちり学ぶ。そして3年次に半年〜1年間の長期留学を行う。「留学200%」は4年間に、短期と長期両方の留学に行く大学にしていきたい、ということです。

また600人留学生がいる中で、日本人学生との交流する空間も少ないので、TAやインストラクターをやってもらいながら、日常的なキャンパスでも異なる文化・人・物に対する寛容性を、知識でも体験でもつくり出していく、そんなキャンパスにしたい。その実現のためにもこの基金を活用していきます。

地域言語・文化の理解で 多言語グローバル人材育成を

鈴木 本学は、地域言語を教育の基本として非常に重要視していますが、これからの教育システムの中でどう位置づけ、どういう方向性を打ち出そうとしているのでしょうか。

立石 本学は1873年に東京外国語学校、英訳は Foreign LanguagesSchool で、もともと実用的な語学力養成の学校としてスタートしました。

1949年新制大学として、言語のみならず言葉を基盤とする文化の理解を行う大学として発足し、東京外国語という名称を残しましたが、英語名称はTokyo University of Foreign Studies で、外国研究、外国学という意味で外国語を冠する大学として生まれ変わりました。本学は言語と、それぞれの言語地域の文化理解・地域研究の二つを柱とする大学として、戦後歩んできたのです。

様々な大学が、グローバル対応として英語力を重要視し、英語で4年間プログラムを組んでいますが、それで本当に十分でしょうか?

確かに英語は国際的なコミュニケーションツールですし、本学もTOEIC800点プラスという目標を掲げ実現したいと思っています。しかしGlobal Englishとしての英語と、地域言語としての英語は違うのです。地域としての言語を学ぶためには、その地域の歴史や文化や社会をマスターしなければいけない。例えば、アメリカ英語ならアメリカを、アフリカ英語ならアフリカを。

グローバル化する社会は、グローバルスタンダードとローカルなものがぶつかり合う、コンフリクトを起こす社会です。そうしたことに立ち向かいチャレンジし、その解決に寄与する、他国の産業の発展に役立つ、国際機関に勤めて紛争解決に役立つ、その為には、それぞれの地域の言語をきちんと学ばなければならない。

カリキュラムの工夫や留学制度の積極的活用を、大学改革に位置付け、本学こそオンリーワンの外国語大学のイメージを作り、高大連携を含めて学生を獲得したい。本学の使命である多言語グローバル人材の育成を、英語力+地域言語力・地域文化社会の理解力、それを知識の上でも、経験的にも体験的にも獲得する、そういう方向で改革を進めています。

就業力ランキング1位は なぜ?

鈴木 本学の学生生活の現状と、大学が提供できる学生支援について、お話しください。

立石 本学は、日経HR調査の就業力ランキングが、今年含めて4年連続1位です。就業力は「学生が卒業後に自らの資質を向上させ、社会的・職業的自立を図るために必要な能力」で、どれほどの交友関係、課外活動を行っているか、が大きなポイントです。学業だけでなく、大学の行事、学生の課外活動、大学が支援するボランティア活動、これらが学生の主体性、チャレンジ精神を培う上で、大きく役立っています。だから本学の学生の満足度も高く、学生たちは本当に大学に入って良かったと、殆どの卒業生も答えてくれます。

大学の行事で、入学時のオリエンテーション旅行は、専攻ごとに10〜15人ぐらいで1日や1泊で、教員と学生が触れ合い、学生同士も非常に仲良くなります。それを受けて1年生は5月末に、1902年から今年で101回目になるボート大会、競漕大会が、クラスや専攻、有志チームなどの対抗で行われ、留学生もチームを組んでそこで交流し合います。

11月には学園祭の外語祭があり、27専攻語の語劇をすべてホールで上演し、1日4〜5公演だけなので、後片付け含めて1週間も続きます。世界各国の料理展も30の地域や言語の組み合わせで行います。またいろいろなボランティアサークルが企画展示を行います。本学ではVOLASという組織を作って、学生が行うボランティア活動に、必要な知識ややり方などを教える支援を行っています。今でも東北支援で活躍している団体があって、外語祭では、学長賞の表彰を行いました。

五輪での多言語ボランティア

鈴木 2020年東京オリンピック・パラリンピックが開かれます。本学には多文化多言語の教育ボランティアの歴史がありますが、そのようなボランティアに対する取り組みについて一言お願いします。

立石 以前の東京五輪の時も卒業生がかなり関わっているので、その歴史を振り返る展示を11月に行います。今の学生たちに、大先輩方はすでに語学ボランティアとして活躍していたことを伝えたいと思います。長野五輪や日韓W杯も、学生への授業の便宜などを図って支援しました。  

2020年はまさしく多言語ボランティアです。選手やコーチ、観客も、世界のあらゆる地域から来ますので、安全安心な観光旅行や医療のケアなども必要です。東京医科歯科大学と協力していく予定です。  多言語ボランティアこそ外国語大学の出番ですし、「ホスピタリティ」本来の、多文化社会の中で相手地域の文化を理解した上で「異人歓待」を行う、そうしたことを理解できるような授業やカリキュラムも作りたい。大事な社会貢献とともに、学生への教育でもあるので、2020年に向けて強化していきたいのです。

アカデミックインパクト にも参加

立石 多言語大学の本学は世界の地域文化を理解する、これはまさにユネスコ憲章の精神にかないます。不信や不和を取り除くことがまさに平和だというのが戦後のスタートです。そうした意味で、高等教育機関等が国連の活動を支援する、国連の精神に則ったいろいろなイベントを行っていく、という国連が進める「アカデミックインパクト」という活動に、本学は5月に加盟しました。  

学長のガバナンスを発揮して、世界人権宣言第一条を、27カ国語27言語に訳して、学生たちが自主的に読んでくれるように、今研究講義棟と事務棟の前に大きく掲げています。今後もそうした人権宣言、国連憲章などを、いろいろなかたちでアピールしていきたいと思います。

生協への期待と要望

鈴木 大学には、生協の什器や備品などの整備・更新にご協力いただきいつも感謝しています。生協も難民出身国の料理フェアなどの新しい試みを行っていますが、生協への期待や、意見・要望などありましたらお願いいたします。

立石 以前の日本では、公害問題や食の安心など、消費者目線で生協活動が必要とされ、学生生活の安心安全のために大学生協は必要とされました。グローバル化された消費社会として、企業も倫理観や社会的責任が強く求められる情報化社会では、生協で提供している食べ物なども、コンビニなどの一般企業とどこまで差異化できるか、価格面含めても難しくなっています。

そんな中で大学生協へは不安と期待を持っています。単なる消費者への物の提供ではなく、消費する学生が社会人として育っていく、大学における人間性の育成、そこを手助けする仕組みに積極的に関わっていかないと、学生もあまりメリットを感じないのではないか?

ですから生協が、TFTやフェアトレード、チャリンコヘルスなど、学生を取り込もうとしていることは、とても大事だと思います。かつての消費者としての生協だけでなく、作り手であり消費者であることがうまくサイクルできる仕組み、例えば畑仕事も学生にさせるし、その作物を売るのも生協である、そういうことが求められるのではないか?

学生は、単に購買で買ったり食堂で食べたりだけでなく、グローバル化した社会の中でどう市民として生きていくか、そういうことをうまく仕掛けていけるような生協になったらいいなあ、と思っています。

鈴木 ありがとうございました。