全国大学生協連の研究会報告

大学が意図する学生の変化と成長を促すための仕組みが組み込まれた学生寮

6月17日、全国大学生協連が後援し報道関係者が参加する第25回「学生の意識と行動に関する研究会」が 「大学の寮 ~寮生活における教育の狙いと学生の成長」をテーマに アルカディア市ヶ谷(私学会館)で開催されました。この研究会の概要をお伝えします。

昨今、社会の要請に応える形でのグローバル人材育成、社会人基礎力の養成など、大学が取り組む課題との関係で、また未だ不安定な経済状況下で学生及び保護者の負担軽減という点でも、〝学生寮〟が全国のさまざまな大学で見直されています。 今回は、早稲田大学が来年3月に東京・中野に開設する国内最大規模の学生寮「国際学生寮WISH」のご紹介と、昭和大学が48年前より1年生全員に課している富士吉田キャンパスでの全寮制における初年次教育についてのご報告を頂きました。

日本全国、世界各地から集まる 多様な個性・才能と触れ合いながら 成長できる、新タイプの学生寮

早稲田大学社会科学総合学術院教授 レジデンスセンター長・学生部副部長 葛山康典氏

早稲田大学学生寮の概要

本学の関連する寮では、およそ1200名の学生をお預かりしています。学生寮には、本学が直接施設を保有・運営する直営寮、外部に運営を委託する提携寮があります。

現在、直営寮は三つあります。田無にある学生寮は定員168名で、約4割が留学生です。それから早稲田スポーツの本拠地、東伏見に40名の男子専用学生寮、千駄木に11名の女子専用寮があり、三つ併せて210名ほどの学生を擁します。

提携寮には、国際学生寮WID(Waseda University International Dormitories)があります。計9棟、約600名弱の本学の留学生・日本人学生が居住しています。ほかに、他大生も入居する学生寮として、推薦学生寮などがあります。

このような施設が整っておりますが、東京・中野駅北に土地を取得し、敷地面積約8千㎡、述べ床面積約3万㎡で、地下1階地上11階の建物を建設、学生872名収容可能な「国際学生寮WISH(Waseda International Student House)」を2014年3月にオープンする予定になっています。都内の大学としては各キャンパスに非常に近い場所に学生寮が設けられることになりました。

大学が学生寮を運営するということ

学生寮完成予想図
2014年3月に東京・中野に開設される「早稲田大学国際学生寮WISH」完成予定図

学生寮を大学が運営するにあたっては、さまざまな目的が考えられます。本学としては、地方から優秀な学生を呼び寄せたいということが第一点。それから、アジアをはじめとして各国から積極的に学生を呼び寄せて共同生活を行うことで学生の成長を促したい。

しかし、ただ一緒に生活をするということなら、提携の学生寮でこと足りるかもしれません。それを大学が運営するというからには、プラスαの目的が必要だと考えました。 SIプログラム WISHの基本コンセプトで最も特徴的なことの一つは、大学が実施するSI(Social Intelligence)プログラムへの参加(費用の一部を自己負担)が義務づけられていることです。

SIプログラムは、もともと田無学生寮においてグローバルリーダー輩出という目標のもと、集団生活の中で社会人基礎力を涵養することを目的として立ち上げたプログラムで、文部科学省の学生支援GPに採択され、07年から4年間にわたって予算をつけていただきました。このプログラムを中野で発展的に展開していこうということで、具体的には2本の柱があります。

一つ目の「セルフモチベーション」は、社会人に求められる基礎的な能力を、グループワークを通して実践的に養います。創造的課題解決力・コミュニケーション力など、自分の能力を最大限に発揮できるスキルを身に付けます。

二つ目の「グローバルコミュニケーション」は、文化的背景・家庭環境が異なる人たちとうまく意思疎通を図るためのポイントを、ロールプレイやケーススタディを通して英語で学んでゆきます。  

ほかにも、本学の専任教員が研究者として専門の話を分かりやすく提供したり、多様な分野で活躍する卒業生が自身の経験を後輩に伝えたりする企画があります。  このように用意したプログラムを寮生自身が選択した曜日に週1回参加します。寮では、原則4人1組で1ユニットになっており、国籍、学年、学部が異なる学生を混ぜ合わせる予定です。バックグラウンドが異なる人たちを理解し交流する場として、寮生活は最適だと言えるでしょう。 RA(レジデント・アシスタント)  

本学の早大生専用の寮には、人数の差はありますが必ずRAの学生を置いております。RAとは、親元を離れた寮生が安心して快適な生活を送ることができるよう、寮に住みながら寮生の日々の生活をサポートする学生ボランティアのことです。RAを担う学生は活動の場として寮室を提供され、寮生の良い先輩としてアドバイザー的な役割を果たします。

RAは、定期的に寮生ミーティングを開催したり、新歓やスポーツ大会などのイベントを企画して、寮生同士の交流を促します。留学生スタッフもおり、来日したばかりの留学生の日常的な支援に当たります。

本学ではWISHを、SIプログラムとRAで学生の成長を全面に押し出す寮にしていく所存ですが、もう一つ、WISH独自のコンテンツとして、企業とのコラボレーションを考えています。企業の方にSIプログラムの中でファシリテーターの役割を担っていただくなどし、初年次段階からキャリア教育を取り入れ、優秀な学生には例えば海外にて関連の商品・イベントなどの立案・発表の場を設ける予定です。

将来のチーム医療の基盤を構築するための学部連携初年次全寮制教育

昭和大学 富士吉田教育部教授 寮運営委員長 長谷川真紀子氏

富士吉田教育部の概要

昭和大学は医学部・歯学部・薬学部・保健医療学部の4学部6学科を擁する医系総合大学です。本学が建学の精神「至誠一貫」のもとに山梨県の富士吉田教育部で行う全寮制の初年次教育は今年で48年目を数え、現在は全学部の初年次学生の必修となっています。

4棟ある寮の定員は、男子240名、女子420名で、今年度は過去最多の616名が入寮しました。4人1部屋にそれぞれ4学部の学生を混ぜて構成するのは、他学部の学生と寝食を共にすることで、医療人として大切なコミュニケーション能力と、将来チーム医療を担うための根源的な心構えを養うという目的があります。

初年次全寮制における新しい教育の試み

全国大学生協連 福島裕記専務理事

昭和大学富士吉田キャンパス 寮室

本学の目指すチーム医療学習実現に向けては、体系的・段階的なカリキュラムが考えられています。 学部横断講義・実習  初年次学生は4学部混成のクラスで行う講義・実習を通して、全人的な医療人教育、チーム医療教育を1年間にわたって受講します。この学部横断の講義・実習は、総履修時間の約4割を占めます。

学部横断講義には、英語・人間学などの選択科目、PBLチュートリアル教育、体育学ウェルネス、コミュニケーションスキルなどがあり、これらの講義の中で学生は他学部生の考え方を理解し、将来、医療現場での協働・協調に対する態度を養います。  学部連携の初年次体験実習としては、福祉施設、病院、支援学校などを訪れますが、その場合にも4学部が混ざった状態での学部横断の実習を組み込んでおります。前期の総合サイエンス臨床実習入門6回はすべて寮の部屋ごとで一つの実習を行います。

学部を超えたチーム医療は6年生まで実践されており、学生はこの成果を「昭和大学電子ポートフォリオシステム」にアップロードします。 PBLチュートリアル  PBLチュートリアルというのは、シナリオに従って学生が自ら学習項目を決めていく学習です。

この場合も、4学部混成の8~9名ほどの小グループに分けられた学生が、例えば「ラグビーと脱水」などのシナリオをもとに、自分たちで疑問や解決方法を話し合います。各グループには、話し合いを円滑にするために、1名の教員がつきます。この学部を超えたPBL教育は、高学年でも進められています。

教職員が全力で 学生をサポート

全国大学生協連 福島裕記専務理事

昭和大学富士吉田キャンパス 食堂

富士吉田では、キャンパスの中に教学施設が隣接しており、100名以上の教職員が全寮制に関わって学生の世話をしています。  

指導担任制により、講師以上の教員が初年次では16~24名の学生を受け持ち、個人的内容を含め、さまざまな相談を受けます。学生カウンセラーも週に2回来ますし、校医もおります。各寮に1名配される寮監は、看護師などの資格を持っており、毎夜10時に行われる点呼で健康状態や生活状態の把握、相談などを受ける、親のような存在です。

本学では、全寮制を支える教職員のFDを促し、意思統一を図るために、多彩な教育ワークショップを設けております。その数は非常に多く、教職員は富士吉田教育部にとどまらず、各学部におけるワークショップにも参加することができます。

本学では10年前、実際に全寮制を体験した卒業生全員に40年間の初年次全寮制総括アンケートを送りました。「全寮制を評価するとしたら百点満点中どのくらいですか」という問いには、平均72点。寮生活は「とても有意義であった」「有意義であった」を併せて8割近くが全寮制の制度を評価しております。

昨年度の全学生対象の調査では、「全寮制をこれからも存続させた方がよい」と答えた学生は65%でした。 本学では全寮制教育を行うには、教職員が同じ方向を向いて一丸となることが大事だと考えております。それを支援するようなカリキュラムも重要だという考えのもと、あと数年で全体のカリキュラムの改革が終わる予定です。

学生の方たちからの報告:多少の縛りはあるが、自身の成長に有意義 学生時代しか経験できない貴重な体験

研究会には、都内の四つの大学の学生と、全国大学生協連学生委員の計6人が参加しました。いずれも寮生活経験者で、自身の入寮の動機や寮でのエピソードなどを中心に意見を述べました。

選んだのは自分自身  

早稲田大学の田無学生寮からは、現在RAスタッフとして活動している2名の学生が報告をしました。

阿部仁さん(早稲田大学4年)は、経済的な理由から学生寮を選択することになったとき、SIプログラムに興味をひかれて田無学生寮を選びました。RAは、プログラムの中で講師のアシスタントや留学生の語学面などのサポートもしています。阿部さんは活動を通して、「他者と相互を補い合えるような関係を築けたら嬉しい」と述べました。

横田桂さん(早稲田大学2年)は、高校時代から寮生活に憧れを持っており、「田無学生寮は単なる学生マンションではなく、4割を占める留学生と共同生活ができ、またSIプログラムを通して確実に何か学ぶものがあると思い、入寮を決めた」と言い、「日常生活での困難をみんなで乗り越えていく中で、寮生が一致団結できている」と感じています。また、企業とコラボレーションした企画に参加する機会を得て、「寮生活で広げてきた人との交流経験を海外のフィールドワークで発揮できたのは、大変有意義であり、感謝している」と述べました。

将来の自分のために

神奈川県川崎市にある登戸学生寮は、キリスト教を軸に聖書に基づく全人格的教育を行う場として1958年に開設されました。現在、大学・大学院・専門学校などへ通う30名ほどの学生が寄宿しています。寮では、毎朝15分間の朝拝(聖書に基づいた勉強)、毎週日曜日に聖書講義があり、聖書について寮生同士のディスカッションが行われることもあります。この寮からは2名の学生が研究会に参加しました。  小林智治さん(玉川大学3年)は、幼少期から航空管制官の仕事に就きたいという希望がありました。この仕事には協調性、チームワーク、コミュニケーション力が大変重要視されるということを知り、大学入学決定時には迷わず共同生活(寮)を選択しました。父親から「人に揉まれてこい」と言われましたが、実際に入寮し、イベントの幹事になって意見や価値観が全然違う寮仲間と企画・実行をしていく中で、この言葉の意味を実感したと言います。

登戸学生寮には、寮生が快適な生活を送れるように寮生委員を置いています。佐藤美貴さん(青山学院大学4年)は1、2年次に寮生委員を務め、「毎月寮生ミーティングをしてみんなで寮の改善点を話し合う機会を設けたことで、以前より住みやすい寮にすることができ、いい経験になった」と述べました。

古田朱美さん(昭和大学6年)は富士吉田での1年間の寮生活を振り返り、「最初は4人1部屋の生活に戸惑いもあったが、イベントやチーム医療学習を通して触れ合う中で寮生みんなとの距離が縮まり、密になれた。将来、医者になったときにも、チームのメンバーと忌憚なく話し合えるような絆を、この1年間で持てたと思う」と語りました。

学生時代の貴重な体験

「寮生活で不自由を感じたことは?」という参加者からの質問には、「門限があり、アルバイトの時間がかなり制約された」(川村絵梨花さん 全国大学生協連学生委員・酪農学園大学4年)、「寮の行事に参加することで、プライベートの時間が削られた」(佐藤さん)等が挙がりました。「禁酒禁煙が原則なので宅飲みに憧れた」(小林さん)という声もありました。留学生との共同生活を体験して、「留学生の質の高さに驚かされた」との感想もありました(阿部さん)。寮に関する情報の入手先は、パンフレットのみという回答がほとんどでしたが、積極的に大学に問い合わせたり、寮の見学会に参加して疑問を解決した学生もいました。それでも情報量は相対的に少なく、「入寮前にもっと寮生の生の声を聞きたかった」(小林さん)との意見がありました。

参加した学生に共通していたのは、一人暮らしとは違い多少の縛りはあるものの、寮生活で得た経験は自分自身の成長に大変有意義であったと実感している点でした。

4年前に寮生活を送った川村さんは、遠方の大学に入学したので友達ができるか不安でしたが、「すべての自治を学生に任された寮生活の中で、学部を超えて先輩たちとも交流でき、さまざまなイベントを企画・実行していく中で学生時代にしかできないような貴重な体験ができた」、そして「昔と違い、現在の学生寮は教育の一環としてのカリキュラムが組み込まれているところに驚いた」と率直な感想を述べました。

(編集部)