全国大学生協連の研究会報告

新入生に大学生活への自信と指針を与える初年次教育

グライダーではなく飛行機にルーブリックで到達度の可視化を図る

関西国際大学 濱名 篤学長
初年次教育学会常務理事

意欲を高め適応を促す

関西国際大学 濱名 篤学長
関西国際大学 濱名 篤学長
初年次教育学会常務理事

日本での初年次教育の導入率は、文部科学省大学改革推進室の2007年度調査では79%ですが、国立教育政策研究所の同年12月の調査(回答学部数1419)では約97%です。ちなみに初年次教育発生の地であるアメリカでは、サウスカロライナ大学ナショナルリソースセンターの調査で普及率は87・3%といいます。ということは、この10年で日本は世界で一番初年次教育が普及している国になったと言ってもいいと思います。

初年次教育がなぜ注目されるのか。初年次教育が流行で終わらず、このように定着してきているのは、例えば、学生参加型授業、グループワーク、地域体験学習、調査型学習などに見られるように、学生の主体的・能動的な学びを引き出し、学習意欲を高め、大学生活への適応を促す要素があるからだと思われます。

学習成果の明確化

本学は98年に開学し、02年より初年次教育のとりくみとしてポートフォリオの導入、学習ベンチマーク、アクティブラーニング、初年次サービスラーニングなど、さまざまな試みをしてきました。それが転機を迎えるのは、(※)「KUIS学習ベンチマーク」のルーブリック(評価基準表)の導入です。

これは全学が共通して取り組む目標で、社会的能動性、プレゼンテーション/表現力など、求められる15の能力を提示します。到達度レベルを設け、最終的に最高レベルまで達せられるように設定し、学期ごとに学生が自己評価をしてエビデンス(検証)を貼り付けていきます。学生はこれらの能力を身につけ、発揮して初めて実現できたことになります。

また、レポートを採点・返却しても、学生が評価の基準がわからないと次に改善できません。本学では調査型授業、プレゼンテーションやライティングなどの授業にもリサーチのコモンルーブリックを設定しています。評価の観点(テーマの立て方、知見の活用など)と0~5までのレベルを設定し、どの観点がどこまで充足されているかが明視できるようにします。担当教員は、レポート返却時にコメントや下線を引いてフィードバックさせます。

さらに、段階別に意欲を促すために、下位学年用のレベル設定と上位学年用のレベル設定を作成しました。学生は自己到達度が分かり、自分の課題も見えてきます。

新学期が始まる前に行われるリフレクション・デイでは、学生は、自己の振り返りや新たな目標を各自のポートフォリオに記録します。昔は紙ベースでしたが、今はブログ形式(eポートフォリオ)に変わり、ベンチマークのチェックができます。さらにチャート化して、前の学期に比べてどのように自分の能力が伸びたのかが自動的に確認できます。

※KUIS…関西国際大学の略称

初年次教育は効果があるか

本学では、1年生の6月くらいから適応調査をやりますが、成績優秀者のグループと最下位のグループでは、当然のことですが学習態度や意欲に歴然とした差があります。GPA数値に見られる学力差もさることながら、習慣やスタートラインのつまずきなどをフォローしてどう適応させていくかが課題です。個人への調査と教育プログラムの両方を伸ばしていかないと、処方箋は立てられなくなるからです。個人をきちんと追跡・調査すれば、初年次教育において学生たちの早期適応を促し、あるいは早期に問題が発生した時に見つけることが、大学生活への自信や将来への意欲につながっていくということがわかります。

我々の教育改革は、もともとは学習支援を重視していましたが、その後初年次教育を充実させるために、自立的学習者の育成を目標とするようになりました。それと、前述のルーブリックを開発していきました。また、学習テーマの設定や課題の出し方が各科目バラバラにならないように、科目間の横の連携を強化しております。我々にとって重要なのは、学生をグライダー(我々教職員が引っ張ってやる面倒見のいい大学)ではなくて、(自力で学生たちが飛んでくれる)飛行機にしていかなくてはならないことです。  最後に、初年次教育を導入すると卒業率や中退率などに直接的な影響があるようなイメージを我々も与えてしまっていますが、あくまで全124単位のプログラムの一部であり、かつ重要なパーツであるというようにご理解いただいた方がいいと思います。

掲載記事TOPへ戻る

国立大学における初年次教育 ~医学教育専任者の責務として

愛媛大学 小林直人教授
教育・学生支援機構 副機構長・教育企画室長
医学部・総合医学教育センター長

狭い意味でのスタディスキル教育だけではなく、広い意味でのキャリア教育も含めると、私はほとんどの国立大学が初年次教育を実施していると思います。それから、いわゆるリメディアル(補修)教育、すなわち本来なら中等教育で身につけてほしい内容を開講している大学も多いと思います。

全学部的なカリキュラム

愛媛大学 小林直人教授
愛媛大学 小林直人教授
教育・学生支援機構 副機構長・教育企画室長
医学部・総合医学教育センター長

最近の学生は、子どもっぽいと言うよりは“生活体験”“生活経験”が不足していると思います。特に大人数を自治的にマネジメントする能力が不足していて、自治会や学園祭などで縁の下の力持ちになってやろうという学生はなかなか出てきません。どの学部でもモチベーション、知識・スキルの面でのレディネスの格差が大きくなっています。また、最低限の努力でそこそこの成果を得たがる学生が多数を占める、という教員としての“皮膚感覚”があります。

愛媛大学の共通初年次科目は、4科目7単位で必修です。目標は大学への学びの導入。大学で自立して学ぶための三つのスキルとして、知の運用能力のスタディスキル、学生間の人間関係の潤滑油の役割をするためのソーシャルスキル、そして心身の健康維持を中心とした日常生活のためのライフスキルを掲げています。

本学の場合は「新入生セミナー」という科目でスタディスキルを扱いますが、スタディスキルそのものを前面に出して設計した授業は失敗してしまいました。その反省から、スキルの授業だということが学生に意識されないように、カリキュラム上の工夫をしました。

例えば、理学部では1年生前学期の「新入生セミナー」の最後に“ミニ学会”を学部長主催で行なうこととしました。そのためには、学生はデータ収集の方法、プレゼンテーション、ディスカッションのノウハウなどを知っておく必要があります。当然、ポスターの作り方やそれに至るレポートの書き方は必要だと根拠づけて、「新入生セミナー」の中でスタディスキルの授業をやっています。学生から見ると、1学期の終わりにポスターセッションがあるのでそのための準備をする授業、と受け取れるでしょう。実際には学部教育の文脈の中で授業の流れの中に具体的にしかし自然にスタディスキルの授業がはめ込まれている、そういう授業を設計すると大体成功しています。

学生が4年間で学んでほしい内容が初めの1学期で見えるような、そういう工夫を私どもはしているつもりです。もちろん、そこで生まれて来た学びへの意欲が最終的に成果に結びついていくかどうかは、今度は本格的な専門教育の役目になります。

また、職員の人たちとコラボレーションして授業で生活管理を強化した結果、問題を抱えた学生を早期に把握することができ、これによってドロップアウトする学生は減りました。

医療人としてのキャリア教育

「医学部の学生は放っておいても勉強するからいいよね」とよく言われますが、実際にはそんなに教育がしやすいわけではありません。現在医学科に入学してくる学生は圧倒的に知識の量が足らないといってよいでしょう。英語の語彙や理科の専門用語の他、日本語の文章力が不足しています。

さらに、相手に説明するということの必要性や難しさを十分に理解していません。コミュニケーションというのはハートだけではなく、スキルの部分もかなり大きい。それを1年次から少しずつ学年に合わせて授業しています。

例えば、入学後間もない時期に医学科と看護学科の合同授業で扱う内容ですが、“傾聴”スキルを学ぶために、患者さんから3分間お話を聞くというロール・プレイをします。頷きもしなければ表情も変えないで聞いていると20秒ももちませんが、適当に頷きながらあるいは相手の言葉をオウム返しに返しながら話をすると、3分でも話ができます。これも初期医療体験学習の一つで、医師あるいは看護師に関する専門的な知識は持ち合わせていなくても、まず患者さんの立場になって患者さんやご家族の訴えをよく聞き、その不安や心身の痛みを十分に理解して安らぎをもたらすためのスキルを練習します。

さらに、生物学と生化学に関して高校レベルの知識の不足を補うため、医学科の1年生では補修教育をしています。本学はこれにかなり力を入れており、現在は年間を通して講義しています。初めの1年間で解剖学と生理学と生化学という基礎医学を一通り勉強するので、2年生以降の専門教育が非常にやりやすくなりました。このような本学の医学科のリメディアル教育は、全国医学部の中でも特徴的ではないかと思います。

お茶の御点前の割稽古を考えてください。袱紗捌きが必要な時には袱紗捌きを、茶杓の扱いが必要なときには茶杓の扱いを集中して練習するはずです。ただ、それぞれをばらばらに練習しても、割稽古のままでは御点前はつながりません。基礎医学から臨床医学までのそれぞれの知識を一本につなぎ合わせ、最終的に学生なりに“御点前”ができるようになるのが、5・6年生で行なわれるベッドサイドでの実習なのです。病棟に行った時に全ての科目の内容がつながるように、低学年では少しずつそれぞれの科目に分解してカリキュラムを作るのが、私ども医学教育専任者の仕事です。

掲載記事TOPへ戻る

学生の方たちからの報告大学生活の基礎をつくる教育

漠然とした未来明確な不安

今回の研究会には、東京電機大学と東洋大学から11人の大学生が参加し、意見を述べました。

参加した何人かの学生に共通していたのは、大学に入学するにあたって将来的な目標や目的は持っておらず、「周りと比べても、あまり大きな目標を持って入学する学生も少ないのではないだろうか」(安藤将樹さん・東京電機大学2年)ということでした。

また、「AO入試で合格したので、学業面でついていけるのかという不安が自分の中にずっとあった」と話す鶴岡美香さん(東洋大学1年)は、「高校は与えられて受ける授業だったが、大学に入ると自分から授業を受けにいくというイメージがあったので、どうしていいかまったく分からなくて入るまでは不安」でした。

入学に際しては、「友達ができるか不安だった」(田村元満・東京電機大学1年)と答えた学生が大半を占めましたが、半分の学生は、「SNSなどで入学前から知り合いができていた」(青田未来さん・東洋大学2年)と述べました。しかし、不安だったと答えた学生も、「入学前のグループ行動で知り合いができ」(原田颯太さん・東洋大学2年)たり、「入学後に委員会活動などを通し」(永田翔子さん・東京電機大学1年)て、友達が増えていったと話してくれました。

勉学意欲を促すスキル専門教育への導入

大学が実施する初年次教育については、「1年生の前期に行われたフレッシュマンセミナーでは、主にレポートの書き方についての指導を受けた」と話す合田秋穂さん(東京電機大学1年)。「1年から始まるゼミでは、前期に1人 一 つテーマを決め、クラスの前でプレゼンをした。後期は、英語のテキストの日本語訳をしたが、高校までの英語の授業では習わなかったような専門的な単語について学べたので、これから英語で論文を読むときに役に立つと思う」と語ってくれました。

東洋大学1年の多田眞弓さんは、「初年次教育と意識はしていなかったが、コンピューターリテラシーの授業とゼミナールがあり、簡単なプレゼンのやり方とディベートのしかたを学んだ。これらの授業は、私自身の中で具体的に身についている」と述べました。「TA(ティーティングアシスタント)の方がいて、入学後に学科の勉強のアシストをしてもらった」(沖田梨瀬さん・東洋大学2年)という意見もありました。

この研究会に参加して、東洋大学1年の長嶋遥さんは、「春休みにインターンシップをやる予定だが、愛媛大学の新入生セミナーのようにメールの送り方を教えていただけると、企業の方と直接連絡を取る際に助かる」と感想を述べました。東洋大学1年の山川弘通さんも、「今期、週に七つレポートがあることが日常化していたので大変だった。もっと先生方に横の連携を取っていただきたい」と話しました。

(編集部)

※学生のお名前はすべて仮名で、学年は研究会当時(12年2月)のものです。

『Campus Life vol.31』(2012年6月号)より転載

掲載記事TOPへ戻る