全国大学生協連の研究会報告

学生の力を伸ばし成長を育む 「学内バイト」の試み

7月15日、全国大学生協連が後援し報道関係者が参加する第31回「学生の意識と行動に関する研究会」が、 「学内バイト 大学の狙いと学生の変化」をテーマに、アルカディア市ヶ谷(私学会館)で開催されました。 この研究会の概要をお伝えいたします。

学生が授業の空き時間にキャンパス内で働いて収入を得る「学内バイト」の制度をつくっている大学が増えています。 文部科学省が後押しする学生の経済支援対策という側面にとどまらず、 各大学では就業体験を通したキャリア教育、安心して働ける環境の提供など、さまざまな狙いをもって取り組んでいます。 今回、規模の異なる二つの大学からこのとりくみについてのご報告を頂きました。

大学改革で学生の力を引き出す 「働ける大学」を構築

青山学院大学 進路・就職センター部長 薮田 洋氏

嘉悦大学ビジネス創造学部准教授 IR推進室長 白鳥 成彦氏

嘉悦大学は、学生数1600名ほどのビジネス系単科大学です。改革前、夕方のキャンパスは、授業終了後には大学に残る理由がないので学生も教員も立ち去り、閑散としていました。自分の大学に誇りを持てない〝不本意入学生〟、組織的な教育力を持たない大学側。全体として漠然とした危機感はあるものの、決定的な打開策を打ち立てられないという状態でした。

改革の三つの基礎 「動機」「機会」「場所」

2008年に加藤寛学長(当時)が就任され、「楽しくなければ大学ではない 楽しいだけでも大学ではない」をモットーに、大学を活性化しようと大学改革が始まりました。「働ける大学」を打ち立てて学生の能力を伸ばすためにさまざまな改革を行ったのですが、その一番カギとなるのが、SA/TA(スチューデント・アシスタント/ティーチング・アシスタント)です。SA/TAとは、授業をサポートする学生メンバーのことを指します。学内での学生が行う仕事にはオープンキャンパススタッフや図書館スタッフなどが現在ではありますが、加藤学長提案によって、SA/TA制度が2008年度からスタートしました。  改革の優先順位は、通常のFDとは逆に「まず学生から、次に職員、最後に教員」とし、変化に敏感で柔軟な学生、しかも新入生、初年次教育から行っていくという方針を取りました。

大学のアクティブラーニングの教室。ICTのキャッチアップで、SAが指導しています

初年次教育は、「話す・聞く」を重視した基礎ゼミナールとICTリテラシーを培うための情報教育を合わせた6授業を若手の教員がクラス単位で担当する形式としました。基礎ゼミナールではNPOカタリバと共同でプログラムを開発し、コミュニケーション力を鍛え、新入生に明確な将来像を持たせることを行いました。

その後、進級した彼らを今度はSAとして雇用し、後輩の授業に出てもらいます。一つ上の身近な学生がロールモデルとなって一つ下の学生を導く。新入生は先輩学生の姿を見て向上心や意欲が高まり、キャリア教育につながりました。同時にそれは、SA学生の学習の振り返りにもなります。

一方でアクティブ・ラーニングを行う教室の充実、キャンパスの24時間開放、図書館の開館時間を延長、共同教員研究室をオープンにするなどして動的な学生が動ける空間、学生の居場所づくりを行いました。

初年次教育でモチベートをアップさせ、「動機」に火が点いた彼らが、2年生でそれを維持し続けられるようにSA/TAとして配置し、働く「機会」を提供する。そして「場所」(空間)を得た彼らの意欲的な活動により、大学が活性化していきました。こうして学生の力を引き出したのが、結果として「働ける大学」の仕組みにつながりました。学生も「大学は楽しい」と言い、中途退学者は減りました。

教員⇔SA⇔学生

活動「空間」を充実させる

本学では、他大学のTAを採用するよりも、学内の学生をSAとして採用し、トレーニングした方が新入生は親近感がわき、結果としてうまくいきました。SA/TA全体における学内SAの割合は、2008年24%、09年55%、10年89%と増えています。

SAの時給は千円〜2千円で結構高めですが、それは彼らが非常に重要なメンバーだからです。SAを大学の教育改革、共学改革に組み込んでいった根本的な狙いは、働かせてお金を与えるということではありません。通常SAというのは授業補助や教員補助のために入れるのですが、本学ではワークショップ要素の強い科目に学生の補助として組み入れました。中には1年次にやんちゃで授業に出なかった学生もいます。そういう学生が2年になってSAを担当すると、1年生の気持ちがよく分かるので、メンタルサポートを含む個別指導もできるわけです。一番学生を身近に知っているのは彼らで、かつSA/TAというのは、教員に対してもフラットに意見を言えるような存在です。教員は彼らと授業後に小括をし、報告メールを受け、授業や学習効果の改善を図ります。SA/TAは、教員と学生をつなぐハブの役割を担っているのです。

教・職・学の連携 による運営制度

このようにSA/TAは、最初の改革時は良かったのですが、組織が大きくなるにつれてどうしても質的な保障が難しくなってきました。そうしたときに、学生を組織づくりに組み入れていくという新たな改革が始まりました。

HRC(ヒューマン・リソース・センター)は、学生が運営に参加する人材バンクで、求人や学生の登録を管理し、適切なスキルやノウハウを持った学生を派遣します。登録者の割振り先、SA/TA、テンポラリー(単発バイト)、オープンキャンパススタッフ、ヘルプデスク、LISS(図書館スタッフ)の各部門には、担当教員・職員・学生リーダーを必ず配置します。  教員・職員・学生の3者10名程度で構成する定例会で月に1度活動報告や企画提案を行うことで、教・職・学がしっかりと連携をとれる、小規模大学の良さを生かした「働ける大学」の組織が出来上がりました。

改革を根付かせるために

本学の改革は、動機を植え付ける初年次教育の改革とスチューデントジョブにより機会を与えること、そして彼等がのびのびと活動できる空間を与えることの三つが連携したかたちで進めました。私は、学生がやりたいことを最大限に尊重できるシステムをしっかりと構築する大学改革が、「働ける大学」の最後の形だと思っています。学生は、信じて任せれば大活躍してくれます。学生の力を引き出すのが教職員の仕事なのです。

しかし、学生は卒業していき、教員は他大学に移籍することがあります。それに対して職員は大学に残っているので、最後まで大学改革を引っ張っていくのは職員です。ですので、教員・学生が動くのを職員がしっかりとマネジメントできるような仕組みをつくるのが今後の課題です。


キャリア支援と学生の成長を重視した 「学生参画ジョブセンター」

青山学院大学 経営学部教授 就職部長 高橋 邦丸氏

早稲田大学 学生部 学生生活課長  関口 八州男氏

2032年に創立150周年を迎える早稲田大学では、中長期計画WASEDA VISION150に基づき、大学の教育・研究への積極的な学生参画の充実を進めています。

早稲田大学の スチューデントジョブ

学生部では2014年10月に学生参画ジョブセンター(SJC)を開設し、大学で働いている学生スタッフを中心に、学生参画運営委員会を組織しました。本学におけるかつての学生雇用は奨学金の意味合いだけでしたが、SJCが目指している学生雇用は、経済的支援はもとより、キャリア支援と学生の成長を重視した学生参画を推進し、更に、教職員とは異なる立場から大学の行政や運営について提案してもらうことにあります。

2014年度において、約5万3千人(院生1万人を含む)の学生の中でスチューデントジョブに携わっている学生の人数は、実人数で7330人。これは全学生の1割強にあたります。

本学のスチューデント・ジョブには、教育補助業務としてTA/SAがあります。TAはティーチング・アソシエイト(教育補助)とティーチング・アシスタント(教務補助)に分かれます。SAはティーチングアシスタントに近く、事務的な補助です。RA(リサーチ・アシスタント)は研究や実験のサポートです。  事務補助業務として窓口業務・事務所付けのスタッフなどがあります。また、臨時に募集する科目登録補助・入学願書受付・各種試験監督の仕事があります。その他、オープンキャンパススタッフ・IT支援・図書館業務を担う学生もいます。

また、学外において、学生部で家庭教師の紹介も行っていますが、最近は家庭教師より塾での個別指導が主流のようです。

そのほかの学生参画活動

活動「空間」を充実させる

本学では既に述べたとおり、大学が直雇用し、対価を支払い、働いている学生のほかに、学生自身の成長のため、自らがボランティアに携わっている学生が大勢おり、これも学生参画の一つと考えております。代表的な例として、平山郁夫記念ボランティアセンター(WAVOC)ができて13年経ちますが、多くの学生が多種多様なボランティア活動で社会貢献をしています。  その他、図書館ボランティアスタッフ(LIVS)は、学生が本に親しんでもらうため、図書館の利用促進や関連のイベントの企画を行っています。    留学アドバイザーは、留学を経験した学生がアドバイザーとなって、その経験を生かし、留学を考えている学生にアドバイスをします。学事に関する業務を一体的に展開する拠点として2006年に開設した、早稲田ポータルオフィスでは多くの学生が働いています。(有償)ここの運営体制は学生参画ジョブセンターのモデルとしているところで、学生も丁寧な応対をしており、教職員の評判も上々です。  また、本学に学ぶ、年間約4700人の留学生と一般学生との交流を目的に2006年につくられた国際コミュニティセンター(ICC)において、ここで働いている企画サポーターや学生スタッフリーダー(有償)は、年間約370も行われるイベントの企画や運営などをすべて取り仕切っており、非常に評価が高いです。JR中野駅近くの900人規模の国際学生寮WISHにおいて、各フロアの寮生を取り仕切っているレジデンスアシスタント(RA)は本学学生が行っています。  その他、大学の職員と学生が共働で新入生をサポートする「こうはいナビ」プロジェクトなどもあります。また、国際教養学部では先輩が後輩を支援する「先輩プロジェクト」という組織があります。  障がい学生の修業支援として、パソコン通訳を行う有償ボランティアの学生もいます。

学生主体の運営体制

学生参画運営委員会(SPEC)は、学生の潜在能力と新鮮な発想を大学運営に生かし、学生参画活動を促進するための組織です。構成メンバーは学生部学生生活課で働いている学生スタッフを中心に、前述の学内各所において、活動している学生も含めます。  そのようなメンバーを中心に、今後は学生参画活動を大学の運営に生かせるような仕組みをつくっていきます。まずはSJCの認知度を高めるため、8月に開催する予定のオープンキャンパスにおけるトークイベント企画やSNSによる広報活動を進めていきます。  SJC学生スタッフには2015年4月より学生部学生生活課にて10名がシフト交代で勤務しており、SNSを利用した広報活動や学生相談窓口を中心とした業務を担います。SPECの運営をサポートし、大学の運営に資する企画案を検討し実施するという仕事もあり、忙しい中、学生たちは時間を縫って協力してくれています。

学生参画活動の集約

5万人規模の学生を有する本学においてはまだまだ、活動の認知度が低いので、私どもは学内イントラネットを活用し、学生の公募情報を一括化し、まとめる予定です。  加えて、学生が自身の学生参画履歴を把握できるように、学生参画ポートフォリオの構築を考えています。その中で課外活動における情報の集約を図り、提示できる環境をつくることも、SJCの目的の一つとしています。  インターンシップやボランティアなど、早稲田大学の学生は実にさまざまな場所でさまざまな活動を行っています。それらを機能的に統一化する作業を、今後SJCで行っていこうと考えております。


学生の方の意見
社会人としてのマナーが身に付き 自分のキャリアアップにつながる

研究会には、嘉悦大学と早稲田大学から5人の学生が参加し、学内で働く立場から意見を述べました。

「こんな先輩になりたい」

 

「不本意入学生だった」と入学時を振り返るのは石原義人さん(嘉悦大学4年)と山本妙子さん(同4年)。 「やる気もなく、授業に行ってさっさと帰る日々だった」と言う石原さんを変えたのは、初年次教育で出会ったSAの先輩でした。「頑張っている、すごい人だと憧れ、自分もそうなりたくてSAに応募しました」  山本さんも、SAやオープンキャンパスで生き生きと活躍する先輩の姿を見て、自分も挑戦してみたいと思うようになりました。SAとHRCリーダーを務め、「もうひと頑張りができなくてあきらめてしまう後輩のステップを上げてあげたい」と前向きな意欲を語りました。  神田美和さん(同3年)は、高校生のときにオープンキャンパスで出会った先輩のように、自分も後輩の模範になりたいという想いを持ちました。嘉悦大学を自ら選んで入学し、現在SAとして初年次教育の授業に出ています。自分の前年の経験から、学生がつまずきそうなポイントが分かり、さらに解決方法も提示できることにより、授業改善の一案になればと思っています。

学生生活は 自分でマネジメント

柴田愛実さん(早稲田大学3年)は学生健康増進互助委員会(学生早健会)とSJCスタッフとして働いています。インターンなどで外に出たときに、学内で働くことにより得たスキルが社会人のマナーとして身に付いていることを強く感じると言います。また、こうして得た自信は将来への意欲につながり、医療事務や調剤薬局の資格を取るなど、自身の成長を感じる結果になりました。  森田冬馬さん(同2年)は、こうはいナビとSJC学生スタッフのほかに、障がい学生支援室でノートテイク、パソコン通訳、聴覚障がい学生のための有償ボランティアを行っています。三つの活動を通して「学生同士の結びつきが強く真面目な人が多い。仲間の頑張る姿を見ると自分のモチベーション維持につながる」との感想を持ちました。  参加者からの「学内バイトをすることで本来の学習に支障はないのか」という質問には、全員が特に問題を認めませんでした。  「後輩に教えることは半学半教で、自分の復習にもなっていると思う」と石原さん。嘉悦大学では学生の学習時間に影響が出ないように、SAの科目数は1週間に最大3コマと決められていますが、山本さんは 「担当学生のフォローの時間も必要だし、3コマ取ると自分の授業も組めなくなってしまうので2コマを設定した。SA以外にもHRCリーダーを担当しているが、短い時間の中で優先順位を決めて対処している」と話しました。神田さんは平日は学内、週末は学外でアルバイトをしていますが、忙しさを乗り切れるように時間の使い方がうまくなったと言います。  同様に「SJCを始めてから時間にめりはりをつけられるようになり、充実感をもって活動している」(柴田さん)、「学外と比較したら、学内バイトは通勤・勤務時間が短く、比較的学業を優先してもらえるので、むしろ有難く思っている」(森田さん)との意見がありました。

なぜ「学内」なのか

参加学生が学内バイトで得る収入は、月1万5千円~3万6千円ほどでした。金額面だけ見ると、学外で働く方が割が良いように思えます。しかし、学内バイトに従事する学生は、お金を得ることよりも自分の能力を伸ばすことに重点を置いているようです。  「自分の力を学内で生かし、それが自分のスキルとなって社会に出ていけるのは素晴らしいことで、学内スタッフとして働いていることを誇りに思う」(柴田さん)、「プラス奨学金で生活には困らない。社会でのマナーが身につき、障がい学生支援では自分の見識を広めることができている」(森田さん)との声が聞かれました。関口課長は「お金を稼ぐ必要のある学生も当然いるが、本学では多くの学生が無償でボランティアを行っている。学生参画活動も、キャリア形成と学生の声が届くような仕組みづくりを主眼に据えている」と述べました。  今後の課題として白鳥教授は、「伝統を受け継ぎSAの質を保持するために職員の改革は必須。職員との連携も意識的にやっていきたい」と提案し、関口課長も「運営の方向性を示すためには若い職員のマネジメント能力や調整能力は効果があり、職員にそのような力が求められている」と結びました。

(編集部)