全国大学生協連の研究会報告

「地域と大学」

第2回「地方の課題と地方の大学、地域連携のとりくみ」

全国大学生協連では、昨年9月に「大学生協 理事長・専務理事セミナー」を開催し、大学をめぐる全国的状況と大学生協の課題について、講演や報告、分科会での討論を通じて、さまざまな意見交換、情報交流を行っております。

2015年は、岩手大学学長の岩渕明先生にご講演いただき、国立大学の現状、特に地方の課題と関わる地方大学、そして岩手大学と地域連携、三陸復興への関わりや地(知)の拠点事業(COC)などについてお話しいただきました。

大学生協の理事長・専務理事にとどまらず、学長先生をはじめ広く大学関係者の皆さまにも知っていただきたく、前回より連載として掲載しております。皆さま方のご参考になれば幸いです。

連載

前号 第1回「国立大学の現状と岩手大学」
次号 第3回「三陸復興やCOC事業などのとりくみ」


国立大学法人岩手大学
岩渕 明 学長 AKIRA IWABUCHI

1949年生まれ
1972年 東北大学工学部卒業
1974年 東北大学大学院工学研究科
     修士課程修了
     東北大学工学部助手
1983年 ノッチンガム大学(英国)研究員
1984年 岩手大学工学部助手
1986年 岩手大学工学部講師
1987年 岩手大学工学部助教授

1991年 岩手大学工学部教授
2010年 岩手大学理事・副学長
2015年 岩手大学学長
専門分野:トライボロジー、機械材料、機械加工学、金型工学
所属学会:日本機械学会、日本トライボロジー学会、日本工学教育協会


地方の課題と地方大学

地域の課題が日本の課題でもあり、さらに世界の課題にもなる。したがって、ミクロ、マクロ、グローバルと視点は違っていても、相通ずるところがあります。個々の大学の課題もまた、日本の大学全体の課題とも相通ずるものと考えています。

ただし「地域と大学」という本日のタイトルからいうと、地方と地域はイコールではありません。東京だって地域ですが、東京を地方とは言いません。地域課題と言うときは、東京地区の課題もやはり地域課題ですが、岩手の持つ地域の問題と東京の持つ地域の問題は違います。地方と地域が同じ意味合いで使われてしまうこともありますが、違うのです。

地方でも地域連携に無関心な大学もありますし、都市部でも地域連携に積極的な大学もあります。さまざまなニーズを大学の中にどのように取り込んでいくかが問題で、個人的対応や、ボランティアやNPOで対応すべきもの、またきちんと組織での対応が必要なものなど、それらがいっしょくたにされていることもあり、その場合には整理が必要です。

人口減少の課題

前岩手県知事でその後総務大臣となり、現在は野村総合研究所・顧問の増田寛也氏が座長を務めている日本創成会議から人口減少問題に関する「提言」が出されています。人口減少等により、日本の約半数の市区町村が消滅する可能性があるというもので、そこでは、やはり少子高齢化と過疎化というのが一番大きい地方の共通課題と言われています。東日本大震災の被災県でもある岩手・宮城・福島では、現に沿岸地域の問題として、いろいろな理由があるにせよ、被災地からの人口流出といったことにより、少子高齢化や過疎化の問題が非常に顕著になってきています。

復興庁復興推進委員会の委員を務めている関係もあり、私も「新しい東北」という取組をとおし、いろいろな支援を行っています。「新しい東北」の取組による復興過程(モデル)は、将来の課題を先取りした日本共通の「解」であると考えています。特に岩手県では、震災からの復興は当然の課題ですが、先ほどの日本創成会議の提言を受け、「人口減少問題」も復興と並ぶ最重要課題として捉えられています。そこには大学進学率の問題もあります。

岩手県の人口は1980年代には約140万人程度でしたが、それが現在では128万人程になっています。2040年頃には100万人、2060年には70万人ぐらいまで減っていくのではないかとの推計もなされています。こうした人口減少の流れの中で、地域それぞれが課題を抱えている時に、大学がいかにそこに関わっていくかということが、今まさに大学に求められています。

15年程前から岩手県でも工場の撤退が続いています。「産業の空洞化」は「雇用喪失」に繋がりますので若者がいなくなる。若者が流出することにより結婚カップルが減少し、少子化に拍車がかかる。高齢者比率の増加によって生産性が低くなり、結局出てくるアウトプットは、付加価値の低い仕事になってしまう。こうした負のスパイラルにより、ますます職場がなくなってくる、ますますジリ貧になる。このような負の連鎖を断ち切り、地域の課題解決に向け大学がどう取り組んでいくかが重要です。

結論から言うと、地域イノベーションという言葉がよく使われますが、イノベーションを起こすには技術のレベルやシーズ、また、それを扱える人材の育成、すなわち技術と人がいないとできません。もっとそういう取組を大学がスキームとしてきちんと行っていくということが非常に重要であると考えています。

地域連携は岩手大学のブランド

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地域課題としての少子高齢化や過疎化、また産業的にはグローバル化への対応もあり、人の問題、ものの問題などを考えなければいけません。そういう課題に大学がどう関わるか。
岩手大学は地域連携・地域貢献度に関する調査において、毎年高い評価を得ています。日経グローカル誌の全国調査では、平成24年が5位、平成25年が3位、平成26年が4位と近年は常にベスト5以内に入っています。特に最近は復興活動へのアクティビティが評価され、高いポイントになっています。これはまさに岩手大学の売りと言えます。

さて、地域連携がすぐにできるかというと、やはり時間がかかります。岩手大学でも、地域共同研究センターを平成5年に立ち上げ、その後、平成16年の法人化の際に、学内の複数のセンターとの統合を図り、地域連携推進センターへの改組を行いました。そして、平成26年4月からは地域連携推進機構と研究推進機構という2機構への組織改編を行い、活動を推進しています。

当初は企業との共同研究や政府系のプロジェクト採択など外部資金をどれだけ獲得できるかが一つの目的でした。大学には当然メリットがありますが、県にとっても産業振興面でメリットがあることから、いかにタッグを組むかですが、やはり時間がかかりました。地域連携は当初、産学連携でした。

本学の地域連携の取組をステージで区切るとすれば、第1期が平成の初め頃から平成10年ぐらいまでで、研究成果の移転が主な活動でした。先生方の技術をどう民間に伝えるか、そのためにTLO(Technology Licensing Organization)などいろいろと取り組んできましたが、大学の先生のオリジナルな研究成果がなかなか商品化につながらない。そこで共同研究において地域ニーズをいかに取り込むかということが、第2期の地域連携における主な取組となりました。

このように、1期、2期は、共同研究をベースにした地域連携であったと言えます。その中で、岩手大学では共同研究の数で全国の大学でベスト10を目指そうという目標を掲げ、着実に共同研究の件数を増やしていき、平成10年には見事ベスト10に入りました。こうした取組の後、本学は地域連携のモデル大学だという意識の下、地域が必要とする人材や技術を地域と一緒になってつくっていこう、というスタンスで地域連携の活動を展開してきました。そういう意味では、第3期はいわば「地域との協創」による地域連携であると言えます。その中で、工学研究科への金型・鋳造工学専攻の設置なども行ってきました。

飲み会から連携へ

岩手には、INS=岩手ネットワークシステム(別称「いつも飲んで騒ぐ会」(笑))があります。これが産学官連携の一つのベースになっています。総会にはだいたい160人程が集まり、6時半から10時頃まで懇親会も行っています。

こうした産学官連携の仕組みづくりの良いところは、やはり本音で付き合えるということです。欧米ではビジネスライクに付き合うことが一般的かもしれませんが、日本ではどうしてもアルコールを介したコミュニケーションによりお互いの仲が非常に円滑になる面もあります。

日本はフォーマルになると何となく建前で話をして、「ああ、結構ですね」となりがちです。例えば、うちの仲間が展示会へ行くと、「いい商品ですね」と褒められるわけです。「こんなに褒められてきました」と言うのだけれど、「褒めるということは関心がないのだよ、けちをつけられる方がよっぽどいい」と言っています。例えばマウスにしても「奇麗で美しくて立派ですね」では全然興味を持たれていないわけで、「形が悪いよ」「これ、ちょっと滑りが違うんじゃないの」と言ってもらえる方が本当はいいわけです。やはり関心を持つ人の本心はなかなか読めないところがあるので、アルコールを介してでも、自由に好きなことを言えることがいいと思っています。

INSは平成4年の設立ですが、実際に動き出したのは昭和62年頃ですから、もうかれこれ30年近い歴史を持っています。スタートは、このままでは岩手が潰れると言う県庁の人や、このままでは大学が潰れるという大学の人など、危機感を持った人たちが集まって、「俺だったらこうしたい。お前はどうする?」。こんな意見の交流からのスタートでした。ただ個人参加なので、なかなか約束しても実現が難しい。要は酒の席上での話となってしまいますから。

そこで、「今度は組織間できちんと連携していきましょう」ということで、平成20年に「いわて未来づくり機構」を立ち上げました。同機構では本学をはじめ、岩手県知事や岩手県立大学学長、また岩手経済同友会代表幹事や岩手県商工会議所連合会長など、岩手の産学官のトップがラウンドテーブルメンバーとなり、その下に各種のワーキンググループを設置し、岩手のそれぞれのセクターが復興や産業振興、人材育成といった面でどういう貢献ができるのかといったことなどを検討するとともに、具体的な取組を行っています。

自治体や産業界と一緒に

岩手大学と自治体との関係では、相互友好協力協定を結んでいる自治体が11あり、現在は5市から職員が共同研究員として大学に派遣され、産学官連携について、実践をとおし学んでいます。また本県には岩手県沿岸市町村復興期成同盟会というものがあります。震災のダメージは地域によってみんな違う、そういう中で連携しながら政府等の支援を仰ぐ会ですが、同会とも本学は包括協定を結んでいます。それぞれの自治体が抱える問題に関して、大学も協力しましょうという協定です。

さらに東日本大震災以降、本学では三陸復興や水産分野の新規立ち上げなどのため、新たにサテライトとエクステンションセンターを沿岸部に四つ設け、スタッフやコーディネーター等の人員も配置しています。

また産業界と一緒に人材育成を行っていくということでは、産業界のニーズを大学に取り込むため、例えば本学工学部附属の金型技術研究センターでは、北上市の北上オフィスプラザ内に金型技術センターの新技術応用展開部門を設置し、地域や産業界のニーズを反映した教育・研究を行っています。岩手県内の企業はそのほとんどが中小企業であるため、技術者といっても、研究開発だけではなくコスト管理といった経理も含め全てやらなければいけない。そのため、技術だけでなく経営も分かる生産技術者の育成ということにも力を入れています。

大学のカリキュラムを作る際にも、地域の経営者と一緒になって、これが必要、あれは必要でないということを議論します。またインターンシップ時にはきちんとお世話いただきます。こうしたことからも、これからの地域連携においては、大学が自分のイメージだけでこれが必要だよねと判断するのではなく、特に地方の大学においては地域の声に耳を傾け、まさに地域と一緒になってやっていくことが重要であると思っています。また、そうした人材育成を行っていくことが、大学の強みや特色にも繋がるのだと思います。

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復興支援は地域の大学の責務

次に、平成23年3月11日の東日本大震災以降の話をしたいと思います。我々ももし岩手ではない別の地域で3・11を迎えていたら、「震災があの地域で起きたんですね」「3・11の被災地は大変ですよね」と遠くから思いを馳せるくらいかもしれません。しかし福島はまた少し状況が違うにしても、福島・宮城・岩手の大学はやはり地元で震災が起きており、それに対し何ができるかを常に考えなければいけない。それが復興・復旧というものに対する被災地の大学の責務だと思います。

地方大学の存在価値を示すことについてどういう問題が過去からあったのかと言いますと、以前のいわゆる遠山プランでは、文部科学省や経済界から「大学の数はこんなに必要なのか?」との指摘があり、大学の再編・統合話が世間でも大きく取り上げられた時期がありました。その後も少子化や財政面の問題から、財務省や経済界からはまた「地方大学はそんなに必要なのか?」との話が出始めています。

それに対し文部科学省は、「それぞれの地域にはそれぞれ固有の課題があり、それに対応するためには、東京だけではなく各地域ごとに大学を維持すべきである」との主旨の主張を行い、震災後、本学も「今、震災により地域があらゆる面で大きなダメージを負っている。岩手大学が震災復興に対し大きな役割を果たすことが、地方大学そのものの存在価値を示すことにもつながる。頑張って下さい」と言われました。我々も当然その責務が本学にはあるとの意思から、「『岩手の復興と再生に』オール岩大パワーを」とのスローガンを掲げ、復興支援の取組をスタートさせました。

このスタート時点では当時の役員メンバーであった玉真之介先生も一緒になって復興支援のフレーム作りを行いましたが、その後、時間の経過とともに、大学の貢献や役割というものも、量的にも質的にも変化していきました。

(つづく)

『Campus Life vol.47』より転載