全国大学生協連の研究会報告

大学院生の進路と就職、生活の実状を探る

6月27日、全国大学生協連が後援し報道関係者が参加する第38回「学生の意識と行動に関する研究会」が、「大学院生のさまざまな生活と進学・キャリア・就職の実状を探る」をテーマに、大学生協杉並会館にて開催されました。この研究会の概要をお伝えします。

人数では学部生の10分の1を占め、日本の将来の研究を支える可能性を持ちながら、その実態はあまり知られていない〝大学院生〟。今回は、昨年「第9回大学院生の生活実態調査」を実施し分析を主に行った全国大学生協連全国院生委員会と、理工系院生・学部生の就職指導を行う日本大学理工学部就職指導課からの二つのご報告を通じて、大学院生の生活・進路・就職の実状に迫ります。

大学院生の研究生活向上を目指して
〜「第9回大学院生の生活実態調査」の分析・考察〜

震災の翌年に東北大学に入学し、学部から大学院に進みました。位相データ解析を中心とした数学理論および材料科学への応用研究をしています。

東北大学大学院理学研究科数学専攻修士2年
全国大学生協連 全国院生委員会副委員長
櫻井 滉輔氏

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第9回院調の概要

全国大学生協連全国院生委員会は、全国の院生活動の集約・発信、全国院生セミナーの実施、それに全国院生生活実態調査(院調)を3年ごとに主催し分析しております。本日は、16年秋に行った第9回調査に基づく分析と考察を、前回(13年秋)第8回調査とも比較しながら報告いたします。

※本調査は、全国の国公立・私立大学に在籍する大学院生を無作為に抽出し、Webで回答を得ました。18大学3855人の回答者の所属は国立大学9割、理系7割で、国立大の理系の傾向が前回よりやや強く出た調査になりました。男女比は3対1です。

経済生活

《奨学金》

奨学金受給者は全体の46・4%で、3年前より3・8ポイント減少しています。受給率が下がった理由は、「学部まで借りていたが院では借り控えた」「借りるのを敬遠するようになった」などがあげられます。返済については受給者の3分の2が「不安」と答え、中でも学部・院継続して借りている院生(全体の23・0%)には切実な問題で、4人に3人が不安を抱いています。

受給者のうち、奨学金を生活費に充てる院生は72%で、34%は学費や大学納入金に充てています(複数回答)。これは前回の傾向と変わりません。

《アルバイト》

アルバイトをしている院生は全体の6割で、前回調査より17・2ポイント増えました。しかし、平均収入も1週間あたりの就労時間も減っており、低賃金・低時間で働いているという傾向がみられます。奨学金の借り控えから、研究で忙しい中、少しでも収入を確保しようという考えからでしょうか。

また、学業・研究で時間的に拘束され、院進学後に2割がアルバイトをやめています。私の周囲にも、アルバイトは土日しかできないという院生が多くみられます。

《暮らし向き》

22・5%の院生が生活は「苦しい」と答え、これは学調の同じ項目の結果(8・9%)と比べると2倍以上です。奨学金受給額とアルバイト収入の減少により、将来に向けての貯蓄を抑える傾向もあります。特に文系院生の1割が「大変苦しい」と回答しており、理系・医歯薬系に比べて多いという傾向がみられました。

進路

《大学院進学を決めた時期》

理系は「大学入学前」と「大学3年」の数値が極めて高く、文系は「大学4年」の数値が高く得られました。

前回調査同様、理系では入学前から院進学を決めていた人が年々増加傾向にあります。また、大学3年次には研究室配属が行われるので、そのタイミングで進学を考える人も多いようです。一方文系は、就職活動と平行して院への進学を考える人が多く、私の文系の友人も公務員試験と一緒に院進学を考えていました。

進学の動機は、全体として「高度な専門知識や技術を身に付けたかった」(66・5%)が最も多く、そのほかに理系では「就職に有利」「進学は当たり前」、文系では「資格取得のため」が数値として大きく出ていました。

《就職活動》

2016年に就活開始時期が3月に変更されました。多くの院生は2、3月、もしくは8月に学会があるため、その間に就活を終わらせようという動きが強まり、就活期間は前回より2カ月ほど短くなりました(平均4・8カ月)。

希望の就職先は、修士は「一般企業」が46・2%と圧倒的に多く、「研究機関」を希望するのは1・9%。それに対して博士は「一般企業」と「研究機関」が半々でした。博士に進んだからといって必ずしも全員が研究機関を希望するわけではなく、逆に研究機関に就職するためにはやはり博士まで進むという選択に迫られるということがこのデータで分かります。

院進学が就職に有利だったことには、「希望の職種に就ける」「推薦が得られる」等の回答があがっています。

《博士(後期)課程進学理由》

修士から博士課程に進学する理由は、「研究を続けたい」が多く、「博士号を取得したい」の2倍以上でした。

一方で、修士で就職する理由の中には「社会に出たい」「経済的な事情」が、「研究に満足したから」就職を選択した人より多くみられました。

日常生活

《悩み・ストレス》

72・3%の院生が悩み・ストレスが「ある」と答え、3年前より増加しています。特に目立つのは、女性の8割、博士の8割がストレスがあると答えていることです。その原因を経年変化でみると、最近の売り手市場の就活の影響からか「進路の悩み」は減少、「研究の悩み」が増加しています。

悩み・ストレスを相談できる相手が「いる」院生は77・4%で、相手は「友人」「親」「同じ研究室の人」が多く、「教員」は3%でした。指導教員がついているものの、相談する環境が整っていないのかと思われます。

今後の活用方法と課題

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大学院生の生活実態について全国規模で行う調査は極めて少なく、本調査は大変貴重であると自負しています。全国院生委員会では、各大学の院生の状況の把握に役立てるため、全国データと各大学の特徴を比較できるフォーマットを作成しました。このデータを学生・保護者に伝え広める場をつくっていきたいと考えております。

また、変化する社会情勢の中で経年変化を追っていくこと、そして学部生と大学院生の違いを伝えていくためにも質問項目の精査は重要です。

最後に、今回の調査では、サンプル特性より国立大学・理系に寄ったデータしか得られませんでした。ぜひ参加大学を拡大していきたいというのが今後の課題であり願い、展望でもあります。


日本大学理工学研究科の状況報告
〜全国平均の統計とリンクする日大のデータを読み解く〜

今年全国で就職した学生43万人のうち、日本大学だけで1万人を占めています。サンプル数が多く、日大のデータは全国平均の統計とほぼ連動していますので、本学のデータをご覧になれば、日本の一般的な院生の実状をご理解いただけるかと思います。

日本大学理工学部就職指導課課長補佐
鎌田 文一氏

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大学院進学に関して

日大理工学部は14学科17専攻で、昨年度2172人の学部生が卒業しております。修士課程修了者は368人、博士課程修了者は17人でした。今回理工学部で大学院に進学した458人は日大全体の4割を占めています。

《志望時期》

院進学決定時期で最も多いのは、研究室配属が決まる3年生後期です。3年後期の成績でその学科の上位何%かに入っていれば、学力試験なく推薦で大学院に行け、そのときに院進学を決めるということです。

本学の場合、入学前に大学院を意識している受験生はごく少数ですが、1年生後期には27%が学部卒業後の進路に大学院を選択しています。入学して半年後には「理系は大学院進学が普通」だと気付くということです。逆に「4年生の8月まで就活したが納得がいかず、秋に院試を受けた」というのは文系に多い傾向です。

《修了時満足度調査から》

2015年修了の院生に聞いた大学院進学の理由には「研究を突き詰めたかった」が多くありました。次に、2016年卒業の学部生に大学院に進学しなかった理由を聞くと、「早く社会で活躍したかった」「第一志望の就職先に決定した」がありました。その中で気になったのは、「本当は行きたかったが経済的に厳しかった」(7・1%)を含め「行きたいが行けなかった」学生が1割いたということです。それに対してなにかしら対策を立てられるのではという思いがあります。

この調査で院生と学部生を比べると、院生の方が「学生生活が充実していた」という傾向が強く出ています。「多くの知識を得ることができた」と思う院生の割合は学部生の2倍、「人間的に成長できた」という項目では院生の方がかなり強めに「そう思う」という回答が出ております。

院生からは「研究活動は忙しい」という声が多く聞かれます。ただ、学科や研究室によってタイト感は違うようです。「忙しいので平日は研究、土日はバイト」は一般的なパターンです。

大学院生の就職の特徴

以下、大学院生と学部生との比較を述べていきます。

《大企業就職率と推薦決定率》

2016年度は、従業員500人以上の大企業への大学院生の就職率は学部生より10%程高いという結果になりました。また、大学院生の推薦決定率は学部生の約3倍です。

理系大学生の就職は、2002年ぐらいまでは推薦の方が多かったのですが、インターネットの就職が一般化して学生が自分で企業を選べるようになった結果、推薦率は格段に下がってきました。企業の採用意欲が顕著で、推薦で早めに数を確保したいということでここ2年ぐらいは若干上昇に転じていますが、微増です。

《学内セミナー》

企業が大学内にブースを構えて学生に直接説明をする学内セミナーには、理工学部で1日約80社に学生が1000人集まります。この企業に25%の学生が就職するという、かなりマッチング率の高い行事です。

これには学部生51・9%、大学院生61・1%が参加します。通常の就職講座・ガイダンスでは参加率の低い大学院生ですが、勝負どころには注力していることが分かります。

《業種と職種》

院生の就職先は、理系業界以外(卸・小売業、金融、飲食・宿泊、娯楽業等)への就職率は学部生に比べて低いといえます(2016年度は学部生8・1%、大学院生3・3%)。職種も、学部生に比べて理系職種以外(営業職、販売職、事務職等)への就職率が低い傾向があります(同・学部生15・1%、大学院生3・4%)。このことより、大学院生はより専門性の高い就職をしているといえます。

大学院生の強み

専門性と人間的な成長、この二つが理系大学院生が就職に強い理由です。

専門性においては、知識や技術は当然ですが、機械や設備の利用経験があるという点も含め、企業からより高度で幅広い業務と課題対処への期待が寄せられます。また、仮説と実証実験と考察というプロセスを院生が常日頃から当たり前にやっているということが高く評価されていると思います。

人間的成長として、論理的な思考能力、プレゼン能力、関係構築力はやはり院生は優れているといえます。院生は学部生に比べて大人なのです。その違いは、研究室でかなり鍛えられていることにあります。例えばガイダンスや学会を開催するときは、準備や雑用もしなければなりません。院生はそのような社会人1年生がやるようなこともすでに経験しているので、我々も成長を感じるのだという気がします。

就活時のメリット・デメリット

メリットとして、リクルーターは学部生よりも院生の方に多くつくという点があります。また、院生の方が推薦を取りやすいといえます。学部生時代に一度就活経験があり、助言を素直に受け入れられるという点でも人間的な成長を感じます。

デメリットとして、院生は2〜3月、それから8〜9月に学会が多いので、その前に就活をするか後にするかというのは非常に悩ましいところです。

ところで、本人が学業を頑張ったことをメリットだと思っていない節が結構あります。最近のエントリーシートは頑張ったことや自己PRをたくさん書かせるので、ネタを持っていなければならないと思うわけです。「学生時代頑張ったことを聞かれても、研究しかやっていない」「バイトもサークルもやっていないので推すところがない」と、院生が相談に来ます。「研究そのものに価値があるんだから、それを企業が評価するんだよ」と助言すると、ようやく自分がやってきたことを再評価できるという感じです。

ほかには理系院生女子、特に化学系が苦戦している感があります。

卒業生の追跡調査では、3年後離職率は院生は学部生の3分の1というデータがあり、やはり職業選択にあたり、専門性を絡めて慎重に選択したからかという気がします。


学生の方たちからの意見
研究中心にスケジュール管理
常に就職と背中合わせ

今研究会には、報告をした櫻井さんはじめ3人の大学院生が出席し、院生生活の実状を報告しました。

進学動機や就活にみる国立・私立、文理の違い

櫻井滉輔さん(報告者)は「自分自身は就活をしていないので周りの様子を」と前置きし、「報告内容より、国立大と私立大では進学や就活に対する意識が違うという印象を受けた」と述べました。東北大学では理系学生は大学入学前から大学院進学を意識し、9割以上が進学、修士で就職を考えます。

これに続き日本大学の伊藤純夫さん(理工学研究科電気工学専攻修士2年)は、「周りでは就活により有利になるという理由で院に進む人が多かった」と述べました。自身も研究がしたくて大学院に進学したというよりも、就活を考えて進学を専願したといいます。「大学院生として今まで培ってきた経験、技術、プレゼンテーション能力を企業の方に評価されて就活をうまく進めた学生が多かった。結果、院生の方がより自分の希望する職種に就けた人が多かったと思う」。具体的には、エンジニアや設計開発の部門を志望した人が希望の職種に就けている例が多いという傾向があり、学部生よりも院生の方が就職により有利にはたらいたようです。伊藤さん自身、自己PRで研究のプロセスや結果を強調したといいます。

加藤猛さん(早稲田大学教育学研究科教育工学専攻修士2年・早稲田大学生協院生委員会)は文系大学院生の立場から「文系院生は就活に必要だからというよりは純粋に学問に興味があって進学した人が多いと思う」と述べました。 一方で、教育学専攻でも教員を志すだけでなく、企業に就職する人が増えていると指摘します。加藤さん自身も教員免許を取得していますが、教育を学ぶうちに、教員になるのは広い社会を経験してからでも遅くないのだと感じ、一般企業に就職を決めました。その経緯から「例えば研究進捗を発表したりディスカッションしたりして、学部生のときより圧倒的にアウトプットする機会は増えたので、大学院進学を経てから就活をやって良かったと感じることは多い」との感想を述べました。

報告の中で、院生が就活に有利な点として推薦を取りやすいとあったことに対して櫻井さんは「研究室推薦を得ると自由応募ができないという制限がかかる。だから周りはあまり推薦に手を出さず、自由応募で行きたい企業を狙っていく傾向があった」と言いました。

大学院生の家計の実状

院生と奨学金の問題に関して鎌田課長補佐は、「日大理工では奨学金を借りているのは学部生が33%、院生が43%で院生の方が多い。報告にあったように約7%が経済的な理由で大学院進学を断念しているが、一方で進学者も必ずしも裕福とはいえない」と述べました。

早稲田大学で学部からそのまま院に上がった加藤さんは、院生セミナーなどで東京の院に進学した学生と話す機会を得て、「2年間、しかも東京で生活するとなるとお金がかかるので、私学から国立の院に進学する人は多い。地方大学から就職が有利になるようにグレードの高い院に進学しようというような意図もあると思うが、彼らは経済的な面でも国立の大学院を選択せざるをえなかったのではないかと思われる」との見解を述べました。

櫻井さんは「東北大学には修士課程の新入院生が毎年1500名入ってくる。その中で外部からの進学者は200名で、かなり多いという印象を受けた」と述べました。外部からは山形大・弘前大・岩手大といった東北地方の国立大学から来る学生が圧倒的に多いといいます。

理系院生女子の就職

理系の院生女子が就活に苦戦しているという実状に対し鎌田課長補佐は「現場の感覚でいうと、苦戦の理由は二つ考えられる」と述べました。
一つは年齢的な問題で、就職したときに2年を経ているので、それから教育して戦力にするということを考えたときに、能力が同じであれば企業は男子を選ぶ傾向があるようです。

もう一つは、職種がキーになる場合です。人気のある業界の設計職、開発職には学部生よりも院生の方が就きやすいという現実はあります。女性活躍推進もあり、機電・情報系の院生女子は比較的有利に就活を運んでいますが、特に女子の多い建築・化学では大手の設計や開発は非常に狭き門で、院生女子は同じように専門性と人間性を高めてきた男子学生と対等に戦わなければなりません。中には女子の受入れ環境が整っていない現場もあります。表面上の就職率では、男女まったく遜色ない数字が出ていますが、女子の場合、時に専門性の高い職種ではないところに進路変更して就職するケースは正直あるといいます。

櫻井さんは院生女子の8割が悩みを抱えているというデータに関して、「大学の教員は男性が圧倒的に多く、研究室に女性が少なくて気軽に相談できる環境がないという点も影響していると思う」と言い、これらの現実を大学側に伝えていくとともに、大学生協としてもさまざまな面から大学間のつながりをつくっていく活動をしていきたいとの意欲を述べました。

 

(編集部)


院生の方のお名前は一部仮名です。

『Campus Life vol.52』より転載