学長・総長インタビュー

人間力と国際的な力も鍛え「タフ」な東大生を育てる

未来への確かな指針を示し国際化も果たす

池田:濱田総長は、6年任期の最初の総長として、昨年4月に就任されました。就任されてから1年が過ぎ、今年の3月には東京大学の『行動シナリオ』である「FOREST 2015」も作成、総長の任期である2015年3月までの目標を示し、同時に「行動ビジョン」により主要な課題を明らかになさっています。この1年間を振り返っていただき、あらためて東京大学日本の大学に何が求められているのか、そして東京大学はどのような方向をとれば良いのかなど、考えていらっしゃることをお聞かせ下さい。

濱田:今の時代は、大学、教職員、学生にとっても、非常に厳しい環境であると思っています。国全体が、ある見通しを持って前を向いて成長している時代ならば、大学もそれに沿って方向性を決めていけば良かったのです。ところが現在は、国自体が今後どのような姿に落ち着いていくのかが見えず、国際的な立ち位置もどう構築していくのか、迷いが生じている状況です。そういった中では、大学は国に頼らず自らの考えで、しっかりとした指針を持たなければならないと思っています。

そして、こういった変化の激しい時には、大学としては従来の慣行や仕組みにとらわれず、組織を動き易くしていくことが求められます。それをベースに教育と研究の実質を高めることが、変化に対応する力になっていくのだと思い、そのような組織のあり方を目指しています。東京大学の場合は、総長室と共に、各部局もきちんとマネジメントされて一定の自律性をもちつつ動くのが最適と考えています。

もちろん全学的に重要な共通項があります。そのひとつに国際化があげられます。国際化には人の行き来や、外国語によるコミュニケーションという側面もありますが、私としては、変化に対応する際や新しい課題を解決する時に、世界中の知恵を持って対処できる、そのような意味での国際化が大切だと思っています。自分たちのこれまでのやり方だけでなく、多様な知恵が培われる大学を実現する必要があります。

国際化における教育と「タフな東大生」

安田講堂
安田講堂

池田:今触れられた国際化という点では、東京大学でも留学生が増えています。その留学生はもとより、国際化を求められている学生や院生全 体に対する教育について、どのような構想をお持ちでしょうか。

濱田:国際化する中で、日本人学生も留学生も、自分とは違った価値観や発想の仕方あるいは知識に触れるということがすごく大事です。ですので、これまでは留学生を特別扱いしてきた面もありますが、配慮はしつつもできるだけ両者が混じりあって相互に学び合える環境をつくっていくことが必要です。

それから、教育という点では、大学時代に幅広い教養を身につけ、知識に対する面白さというものを実感してもらいたいと思っています。それをベースに専門能力をつけてもらいたいですね。これは留学生についても当てはまり、留学生に対してもそうした幅広い教育機会を実現していきたいです。

池田:国際化が進む中での教育についてお話しいただきましたが、濱田先生は「タフな東大生」を育てると、強調されています。多分、打たれ強くて、自分で問題を見つけ解決していくという学生像だと思うのですが、その具体化への道筋などについてお教え下さい。

濱田:東大生は、知識はたくさん持っていると思うのですが、その知識を力にして、人と交わる時に生かすことが大事です。そのためには、本を読むだけでなく、人とぶつかり合い、議論し、これまでにない経験を増やすことが必要です。大学として少人数のゼミを増やすこともしないといけないでしょうし、学生も自から積極的に留学などにチャレンジしてほしいと思います。

それと、あらためて知識の持っている意味といいますか、本から経験を学び取る力を鍛える必要があるのではと思っています。本は、多くの人の経験や過去の経験の凝縮です。どのようにすれば良いかはまだ分かりませんが、本の「読み方」を教えることも大切かなと思っています。

現在の社会環境が厳しく、時間的余裕がなくなりリスクを避けざるを得ないなど、学生にとってはなかなか多くの経験がしづらい社会になっています。我々としては、「少しぐらいの失敗はしてもいいんだよ」といったメッセージを送るなど、学生を励まさないといけないですね。

必要とされる新しい支援の仕組み

池田:確かに、以前と違って学生の実際の力を社会で試す機会が少なく、意識して学生をタフにしてあげないといけない時代であり、学生の自立性を育むことは大きな課題となっています。

濱田:学生が様々な経験や何か活動をする際に、経済的な面での支援も必要になってきています。大きな金額ではないのですが、例えばどこかに行くにしても交通費がかかり、それがまとまると学生にとっては結構つらいようです。大学としてもそういった支援をしたいと思います。

池田:経済的な支援ということでは、東京大学としては、家計支持者の年収が4百万円以下の学生に対して授業料を免除するなど多様な支援を行なってきています。それらも踏まえ、東大生の経済面の状況や必要な支援など、どのようにお考えでしょうか。

濱田:確かに厳しい経済情勢の中で、困窮する学生も多く、授業料免除の申請も増えています。引き続き支援を強めることが大切です。また、今までの延長線上のようなものでなく、あらためて現状で必要な経済支援はどういったところにあるのかということも見直したいと思っています。

福利厚生の施策は教育・研究と一体

池田:次に、大学内での福利厚生に関してお聞きしたいと思います。

教養学部のある駒場Ⅰキャンパスは様変わりしましたが、東大全体ではまだまだ課題が残されていると思います。『行動シナリオ』では、キャンパス間の差をなくすと明記されていますが、この面でのお考えをお聞かせ下さい。

濱田:福利厚生施設の充実に関しては、資金もスペースも必要で、充実に向けては難しい面もあります。これまでは教育・研究の充実が優先され、他のものを犠牲にしてきたことも否めません。しかし、日本の生活レベルがここまで豊かになってきたわけですから、私たちのキャンパスライフも、教育や研究の部分だけではなくて、日々の生活の豊かさが感じられるものであって欲しいですね。今の時代は、豊かさからの発想をもちながら、福利厚生を教育・研究と一体のものとして考えていく必要があります。

大学と同じ方向をめざし補完し合う役割を

池田:豊かさを感じることのできるキャンパスライフが営まれる中で、東京大学の構成員総体がクリエイティブな活動を展開していく、それを下支えする福利厚生の施策が必要ということですね。

大学生協は貧しい時代に生まれ育ってきましたが、その時代も含めキャンパスライフの充実のためのノウハウを長年に渡り蓄積してきました。またここ数年は、学生のキャリア形成の支援もすすめております。

今後も様々な面で大学の積極的なパートナーとしてありつづけたいと思っています。最後に、生協に対するご注文やご期待などがあればお願いいたします。

濱田:生協は、他の事業体とは違い、長年大学と共に歩んできており、一種の精神的な共同体であると思います。もちろん経営体としての制約を持ちつつも、「何に向かって努力しているのか」という方向性が大学そのものと共通しているように感じています。時として双方で個別に調整していかなければならない局面はありますが、基本的には、知識や文化、あるいは次世代を育てるという役割は共通しており、そういった点で大学生協には非常に安心感があります。

今後の期待ということでは、生協がこれまでの〝生活を守る〞というスタイルから、これからの時代の〝知の共同体〞をつくっていく時に、生協がどうポジティブに関わることができるのか、その点でも一緒にやっていけるといいと思っています。

池田:私は現在、本学の「バリアフリー支援室」の室長でもあるわけですが、学内のバリアフリーを実現する際に、多少無理もしてもらって、生協に協力してもらい随分と助かっていることも多いのです。

また、生協の学生委員会の学生たちも活発に活動しており、東大生のニーズを幅広く集約し、生協の運営に生かしています。第二食堂のリニューアルやハラルメニューの提供を開始するにあたっては、一般の学生たちも大きな力を貸してくれました。

こういったことを見ていくと、生協の理事長という立場を離れ、一教員としても、生協が大学とタイアップしていける幅はすごく大きいのではないかと感じています。

濱田:今のお話しの中で、「無理もして」ということがありましたが、実は「無理もして」というところが私たち大学の中で生きる者の〝心意気〞であると思うのです。経営の論理だけでなく、今後も共通の方向を目指して、〝心意気〞も持ってやっていただければと思います。

また、学生の活躍にも触れられましたが、制度的な組織だけに頼って大学が運営されるよりも、何か柔軟な組織がともに存在していて、そのような組織と大学の制度をうまく組み合わせながら物事に当たっていくことも求められています。そういう点でも生協は実績を積まれていると思います。

池田:最後に温かい励ましと率直なご意見をいただいた思いです。これからも学生と教職員のためにいっそう気を引き締めて運営していきたいと、あらためて認識しました。今日はお忙しいところ誠に有り難うございました。
(編集部)