学長・総長インタビュー

北海道大学

寳金ほうきん 清博 総長

未来に大志を抱く、北大の大学改革。
新しい日本型の大学モデル「Novel Japan University Model」へ

HU VISION 2030 が示す社会的インパクト・イノベーションを生み出す基幹総合大学

坂爪:北海道大学では2030年をターゲットイヤーとして、HU VISION 2030 というビジョン設定のもと、北海道大学がこれから進むべき道筋を示しています。まずは、この HU VISION 2030 についてお教えいただけませんか。

寳金:2014年に定めた「北海道大学近未来戦略 150」では、ターゲットイヤーを 2026年として、北海道大学のビジョンを提示してきました。しかし、コロナ禍を経た時代の潮流と、大学としてのイノベーションに関する自己分析や社会の期待を受け、さらなるビジョンの提示が必要と考えるに至ったわけです。そこで、HU VISION 2030 では、2030年を見据えて "Excellence" と "Extension" を明確に可視化するとともに、その統合による好循環・エコシステム創成を目指す中期的ビジョンを示しています。

坂爪:HU VISION 2030 を通じて、北海道大学ならではのプレゼンスを構築するために重要なのは、どのようなことでしょう。

寳金:北海道大学の起源は、1876年に設置された札幌農学校にさかのぼりますが、その設置の背景には、当時の政府が強い意志のもと、寒冷地における農業技術の開発と人材育成を行うことを目的とした経緯があり、日本の大学でも際立った成立上の特徴を有しています。この特徴を基盤として、北海道の広大な土地に唯一の総合大学として発展し、他に類を見ない個性を形成してきました。その結果、①世界最大級の研究林と豊かな海洋研究に代表されるフィールド研究、②世界最先端をリードする複数の卓越研究、③地域課題解決を目指す社会展開力、④SDGsにつながるサステイナビリティの考えを大学創成期から持っていたことなど、極めて個性的な強みが醸成されてきました。北海道大学は、このアイデンティティを、ExcellenceとExtensionという2つの軸の座標系で捉え、好循環・エコシステムを創成し、150年の歴史の中で醸成されてきた比類なきアイデンティティを次の150年に向けて大きく飛躍させることを目指しています。

坂爪:HU VISION 2030 では、Excellenceと Extension の好循環・エコシステムを創成するための先導的取り組みの指針が示されていますが、その結果として、北海道大学はどのような大学像を、そして、どのような社会を目指しているのでしょうか。

寳金:HU VISION 2030 を実現することで北海道大学が目指す大学像は、世界の課題解決から大きな社会的インパクトを生み出す新しい日本型の大学モデル「Novel Japan University Model」と考えています。 Novel Japan University Model とは、従来の日本の国立大学の取り組みを大きく超えるレベルで、国際社会・地域社会との連携を格段に強化し、協働による社会的インパクト・イノベーションを生み出す新しい公共財であり、経営体としての日本の基幹総合大学を意味します。そして、HU VISION 2030 による Novel Japan University Model が目指す社会は、持続可能性の追求を基盤として、①地球、②社会、③人間という3つのフィールドにおいて、大学が教育・研究・社会共創を展開し、この3つがそろって初めて実現するWell-being社会であると考えています。

教育改革と学生支援こそが成果の社会展開への近道

坂爪:HU VISION 2030 の中で示された取り組みの中には、学生に対する教育的、環境的な支援についても触れられていましたが、具体的にどのようなことを考えておられるのかお聞かせください。

寳金:教育・研究はもちろんですが、大学の役割として重要なのは、その成果をどのように社会展開していくか、です。当たり前過ぎて「いまさら…」と感じられる方もいらっしゃるかもしれませんが、実は敢えて私たちが明示的にそれを示すことによって、大学内部の意識改革を推進することが HU VISION 2030 の2030年に向けたビジョンの本質なんですね。

坂爪:社会展開と学生支援は、どのように結びついていくのでしょうか。

寳金:社会展開を推進していく上では、教育改革が非常に大きなウエートを占めています。そこで、まずは教育についてお話をしましょう。北海道大学は歴史的に見てもリベラルアーツを大切にしてきた大学です。大学における専門教育の土台となっている一般教養は、小学校から始まって、中学校、高校と続けられてきたものですが、大学における一般教養、いわゆるリベラルアーツのあり方をここにきてもう一度問い直す必要があるのではないかと思っています。現在の大学教育においては、卒業後の進路に目が奪われてしまい、とかく専門教育ばかりに偏りがちです。しかし、それが過ぎると大学はもはやアカデミアではなく、職業専門学校になってしまうのではないかという危惧を抱いていました。今回の HU VISION 2030 の中でも、広く、あまねくリベラルアーツの考え方をもう一度、大学教育の中に入れていくことを掲げています。
もう一つ考えているのが、学生への経済的な支援についてです。

坂爪:そういえば、大阪公立大学では、授業料を無償化したと聞きました。

寳金:本当によくやられたなと敬服しています。一方で受益者負担の考え方から、もう少し適正に上げるべきだという意見もあります。それも理解はできますが、教育の機会均等に向けた学生への経済的な支援は、やはり社会として取り組んでいかなくてはいけません。そして、これは大学だけではできないことなので、国や企業、地域社会全体を巻き込んだ取り組みとしてやっていかなくてはいけないと考えています。
私自身も大学生の頃、奨学金を受けていました。月に1万円程度でしたが、その1万円がその後の人生に非常に大きな影響を与えたといっても過言ではありません。学生の時に受ける支援というのは、その後の人生に、指数関数的に大きな影響を与えるんじゃないかと経験的に思うんです。そこで給付型の奨学金制度の検討に加え、150周年に向けて、新たな支援制度の創設を通じて、これからの学生たちの期待に応えたいと思っています。

学生との圧倒的に足りないコミュニケーションをどのように促し、その考えを吸い上げるか

坂爪:寳金先生は、学部生や大学院生と対談を何度も行うなど、学生とのコミュニケーションを大変重視されているように感じています。対談の中で「北海道大学における一番のステークホルダーは学生である」とおっしゃっていますが、そのお言葉の真意についてお聞かせください。

寳金:北海道大学には約1万1300人の学部生、約6500人の大学院生が在籍しており、国立大学の中でもトップクラスの規模を誇っています。大学におけるステークホルダーといえば、教員、職員、もちろん、学生がいて、取引先がいて、地域の人たちもいます。大学という組織は実に幅広いステークホルダーに支えられているのだとつくづく思いますが、やはり圧倒的に学生のウエートが大きい。総長をしていると、残念ながら学生と触れ合う機会がめっきり少なくなってしまいます。通学時に友達と笑顔で話している姿や、自転車でさっそうと通り過ぎる姿を見ると、大学における主人公はやはり学生なのだと感じます。ですから、少ない機会を最大限に生かして、学生と直接話をすることで、彼らの考えていること、思いや願いを可能な限り支援しようと思っています。

坂爪:学生とのコミュニケーションという意味では、大学によっては学生組織を作って、学生の意見を集約し、大学側に伝えるという取り組みをしているところもあると聞きます。

寳金:そうですね、大学側が積極的にアプローチする場や機会を作らないと、両者の距離はどんどん開いていってしまうのではないかと。やはり、こちらから積極的に、まずは声をかけていかなくてはいけない。私自身は、まだまだとても足りない、不十分だと思っていますが。

坂爪:では、寳金先生が考えている、学生の意見を聞くための、取り組みについてお聞かせください。

寳金:まずは、早急に学生の意見を聞く仕組みを作りたいと思っています。さらに、もともと多様性に富んだ人材が集まっている北海道大学の、その特性を生かすような仕組みを作れないかとも考えています。
留学生や外国人教員、出身が異なる相手、専門が異なる学部、異なるバックボーンを持った他者とのコミュニケーションが圧倒的に足りない。物理的にも、環境的にも、総長である私をはじめ執行部はあらゆる手段を通じて、そうした場や機会を作るべきだと考えています。

坂爪:大学生協でも、組合員である学生の声を吸い上げるというのは、実は簡単そうで難しいんですね。組合員の声を書いてもらっても、では、それにどう対応するのかという問題と、書いても無駄だと感じてしまった瞬間にどんどん仕組みそのものが形骸化していくという問題があります。おそらく全国の生協も大学生協も、同じような悩みを抱えていると思います。

寳金:それでも、やはり取り組むべき価値はあります。そのためにも、より効果的な仕掛けづくりが必要なのです。ただ待っているだけでは、彼らの声は届いてこないのですから。

食堂を含めたキャンパス全体をイノベーションコモンズと捉えてみる

坂爪:大学生協としては、レストランやカフェ、ショップ、さまざまなサービスの提供を行っていますが、我々に対する忌憚のないご意見をお聞かせください。

寳金:北海道大学は何しろ古い大学なので、大学生協さんが運営されている食堂を含めて、各種インフラの劣化が深刻です。欧米の大学に視察に行くと、その違いに愕然としてしまう。決して新しい大学なわけでもない、むしろ北海道大学以上に古い歴史を持った大学なのに、カフェテリアやラウンジをはじめ、あらゆる施設が機能的にもデザイン的にも洗練されています。
対して日本では、こうした福利厚生に対して、文部科学省の財政的な問題もあるのかもしれませんが、どうにもハードルが高い。かといって何もしないわけにはいかないので、我々としては何とか自力で、知恵を出し合いながら、少しずつでもいいので、学生のための環境づくりをしていきたい。そこは大学生協さんにも、ぜひ歩みを共にしていただきたいと思います。

坂爪:さらに大学の食堂は単に食べる場所というよりも、大切なコミュニケーションの場所、かけがえのない出会いの場所でもあります。であればこそ、それにふさわしいような食堂の在り方を、我々としても考えていきたいと思います。その一例として、留学生とのコミュニケーションを促すウエルカムパーティーなどの開催に力を入れており、それらの活動の中心になる留学生委員会がこの秋、再建できたのは大変喜ばしいことと大いに期待をしているところです。

寳金:確かにものを食べるだけのスペースではないという発想に切り替えないといけないかなと思いますね。それは大学生協さんご自身も変わらなければいけないし、我々大学側も変わらなければいけません。
私の学生時代の大学生協といえば、食堂があって、本屋さんがあって、喫茶店もあって、それから、さまざまなクラブ活動の勧誘や、アクティビティが行われているスペースとして、そこはものすごく、豊かな空間だったんですよね。それが時代の流れの中で変遷してしまった今、私たち自身、食堂を含めたキャンパス全体を「イノベーションコモンズ」と捉えて、しっかり考え直さなければいけない時期にきていると思います。

坂爪:本日は、貴重なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。