2014年8月のコラム
高ストレス現代社会にみられる高炭水化物食への依存

大阪大学名誉教授
(前大阪大学保健センター教授)
 杉田 義郎

 現代は高ストレス社会であることは異論がないでしょう。日常的にストレスがあっても悠長に気分転換も図れず、多くの人が困惑し、深刻な悩みを抱えています。そのストレスを手っ取り早く解消する方法として、現代では食物(+アルコール)が多用されています。それがもし非常に有効かつ適切なものであれば、特にトラブルになることはないはずです。ところが暴飲暴食や過食をした後には、満足感よりは身体の不快感、後悔や自己嫌悪の方が強く生じます。しかし、それらはあたかも学習されなかったかのように繰り返されます。体重増加から無理なダイエットが重なってさらに過食を激しくさせることもしばしば身受けられます。

 このような悩みにはどのように考え、対処したら良いのでしょう。本来、私たちの体の体重は厳密に身体がコントロールしています。それは口から入った食物が消化・吸収された栄養素は、エネルギー物質に変換されたり、身体の一部を構成したり、ホルモンや消化酵素の材料となってどんどん消費されたり、意識しなくても収支がとれるようになっています。身体のエネルギー源としては、主に炭水化物と脂肪が用いられます。

 しかし、現代生活では少しこみ入った事情があることを理解しないといけません。多くのストレスを抱えて、大飯喰らいの脳(普段でも全体の約20%のエネルギーを消費し、ストレス時にさらに増加)はエネルギー源として主に血液中のブドウ糖を利用しています。脳は血糖値が少し下がると実際には空腹ではなくても「空腹」信号を出して食欲中枢を刺激します。血糖値は食事の中の炭水化物から主に供給されているので、食事の前には低下する傾向が見られます。この時に血糖値を手っ取り早く上げる高炭水化物食への依存が起こりやすくなります。

 一方、脂肪は体内に脂肪細胞があって蓄えが十分にあるのでエネルギー供給面では食事の制約を基本的に受けません。つまり、脂質代謝が普段から活発な人たち(こまめによく動いて有酸素運動をする、非精製炭水化物を摂り、しかもその比率が少なめの食事で、食後の血糖値の上昇が緩やかで、血糖を下げる多くのインシュリンを必要としない人)は、エネルギー供給全体が安定し、安定した血糖値を保つので空腹でないときに脳が「空腹」信号を出すことはありません。少々の空腹にも容易に耐え、持久力があって心身のトラブルが少ない人たちです。縄文人は典型的にこのタイプなのでしょう。

 何かにつけて便利な現代社会は日常生活の中で私たちが脳にとって心地よく、有意義な有酸素運動をする機会を奪っているともいえます。部屋にじっとして仕事をする機会の多い現代人の脳は高ストレス環境の下では脳疲労が生じやすく、本能的に高炭水化物食に強く惹かれます。それはまさに悪循環なのです。

 次回は、脂質代謝を飛躍的に活発にする有酸素運動について解説したいと思います。

略歴

1973年 7月
大阪大学医学部附属病院神経科精神科 医員(研修医)
1976年 7月
大阪大学医学部附属病院神経科精神科 医員
1978年 11月
大阪大学医学部精神医学教室 助手
1996年 11月
大阪大学健康体育部 教授
1997年 9月
大阪大学健康体育部保健センター長(兼任)
2004年 4月
大阪大学保健センター長(併任)
2005年 4月
大阪大学保健センター 教授
2006年 4月
大阪大学医学部附属病院睡眠医療センター 副センター長(兼任)
2013年 4月
大阪大学 名誉教授
2013年 5月
大阪大学学生支援ステーション特任教授(非常勤)
2013年 6月
大阪大学キャンパスライフ支援センター特任教授(非常勤)
2013年 10月
学校法人関西学院保健館 学校医・産業医(嘱託常勤)
2014年 4月
大阪大学キャンパスライフ支援センター招聘教授(非常勤)

資格

1973年 6月
医師免許証取得(第219558号)
1988年 4月
精神保健指定医(第7831号)
1955年 5月
医学博士(大阪大学)
2004年 1月
日本医師会認定産業医

所属学会

日本睡眠学会、日本スポーツ精神医学会(評議員)、日本時間生物学会、日本臨床神経生理学会、日本精神神経学会、日本脂質栄養学会、全国大学メンタルヘルス学会

学生の健康で安全なくらしを考える
~こころとからだを支える健やかな学生生活~