<寄稿> 先行き不透明な大学院生をケアせよ

評論家・人材コンサルタント 常見陽平

評論家・人材コンサルタント 常見陽平

驚くかもしれないが、実は私はこの3月まで大学院生だった。2012年4月に一橋大学大学院社会学研究科修士課程に入学し、この春、修了した。執筆・講演活動をしながら、数校で大学の非常勤講師をしつつ、主に20代前半の「同級生」たちと研究活動をするというのは稀有な体験だったと思う。この度、全国大学生活協同組合連合会から発表された『第8回大学院生の生活実態調査』も、実は一大学院生としてアンケートに回答していた。自分の実体験も含めて、このデータを読み解いていくことにしよう。  

今回の調査結果の一部は、あたかも大学院生の生活が向上しているかのように捉えられる部分もある。例えば「悩み・ストレスがある」と答えた大学院生は13年の調査では68・7%となっており04年の87・0%、07年の81・5%、10年の75・3%と比べてみると、減少傾向であることは明らかである。とはいえ約7割の学生が悩み・ストレスを抱えていることもまた事実である。女性に限ってみると、79・5%がストレスを抱えていることが分かる。  

悩み・ストレスに感じることに関しては、複数回答では修士は「研究活動」が48・5%、「将来の進路」が42・5%、博士は「将来の進路」が52・9%、「研究活動」が50・8%となっている。  

自分自身の大学院での学生生活を振り返っても、周りの仲間も、そして私もこの件は常に不安であった。まず、研究活動を確実にすすめるということが簡単ではないのだ。アルバイトや就活などの時間をやりくりし、時間を確保しなければならない。時間を確保したからといって、研究が確実に進む保証はない。教授や他の院生からのフィードバックによる研究方針の変更、調査・研究対象とする個人・団体からの協力が得られなくなるなどのトラブルなど、研究を阻害するような出来事は突然、発生する。研究資金の確保も問題となる。研究活動を行っていく上では、自分がそもそも研究者に向いているのかということにも向き合わなくてはならない。

実際、悩みがあることから体調不良となり、大学を休む者、結果として留年をする者、連絡がとれなくなる者などもいた。大学院生活は先行き不透明なのだ。

「将来の進路」に関して言うと、民間企業への就職に関しても、研究・教育分野の就職も不安が伴う。前者においては、大学院修士課程への進学者が大学の学部卒業生の約13%前後まで上がっているにも関わらず、「大学院生は採用してもらえるのか」と疑心暗鬼になっていた同級生が散見された。アカデミックキャリアに進むのは、狭き門であることは明らかである。

このように大学院生活は不安に満ちたものであるのだが、彼らに相談相手はいるのだろうか。相談相手がいると答えた大学院生は78・0%であり約8割に達している。相談する相手(単一回答)は友人が最も多く23・9%だった。親、恋人、同じ研究室の人と続くが、教員は2・2%にとどまっている。

現状、26・2%の学生が学部時代とは違う大学院に進んでいる。文系に限ってみると、49・4%が他の大学に進学している。大学院は学部よりも入りやすいとも言われており、メディアでは「学歴ロンダリング」などとも呼ばれるが、他校に進むということは環境が異なるということになる。相談相手がいる人は約8割だったが、このような環境を変えた者にしぼって見た場合はどうだろうか。

何よりも、教授が相談相手たり得ていないのも意外といえば意外だ。研究室・ゼミの運営方針にもよるが、たしかに教授との距離があり、オフィスアワーの時間をもらうのもままならないという声も聞く。教授も学務や、自分の研究、日々の講義で忙しい。

この調査結果で見落としてはならないのは、大学院生の生活は緩やかに劣化していないかという懸念である。例えば、アルバイトや仕事をしながら大学院生活を行う者の増加、間食や外食の増加などにその傾向は現れている。

大学院に進学することを決意する時期も、大学入学前と卒業の少し前に集中しているが、彼らに大学院生活の実態は伝わっているだろうか。就職という道を選ぶ者の間でも現実とのミスマッチは問題となっているが、大学院における研究生活、進路に関する情報の開示も足りないと感じる。前述したとおり、部系においては違う大学に進む学生も多い。

不幸な大学院生を増やさないためにも、情報を開示すること、将来に先行き不安を抱えている大学院生をサポートすることを意識したい。

『Campus Life vol.39』より転載