読書のいずみ

視点を変えると、世界は変わる!?

1.「捨て子たちの午後」で

鳥塚:3月に文庫化された『旅の終わり、始まりの旅』を読ませていただきました。島本さんの作品「捨て子たちの午後」を含むここに収録されている作品はすべて青森が舞台ですが、島本さんの場合は青森のなかでもなぜあの教会を舞台にしようと思ったのですか?

島本:これはもともと雑誌の企画で、青森を舞台に短編を書くという制約つきでした。さらに、複数の作家さんが書くので場所が被らないようにしなければならないんですね。私は建築物を見るのが好きなんですが、教会は古い建物が結構残っていて、いろいろ調べてみると青森には東北のなかでも一番古い教会があることがわかったので、そこを見に行きました。

鳥塚:実際に見てここを舞台にしようと思った決め手は何でしたか?

島本:その教会は、それは素朴で、みんなが想像するようなステンドグラスで装飾されている建物ではないのですが、2階が畳敷きで地元の人の集会所になっているんですね。そういう作りが面白かったので、ここに決めました。

鳥塚:作品の中でも教会の2階が集会所でしたね。私は、この作品の主題が「告白すること」なのかなと感じました。登場する人がみんな、罪を告白するのがいいのか、そもそもしないほうがいいのかという躊躇いがあって、読み進めていくうちに私もどちらが正しいのかだんだんわからなくなってしまいました。島本さんご自身がこの作品で伝えたかったこと、やってみたかったことは何ですか?

島本:レイ・ブラッドベリの『ゆるしの夜』という短編小説があるんですが、それは、“神父さんが教会に来た人の懺悔を聞いているうちに自分も過去の過ちを思い出す”というお話なんです。そのお話が大好きなので、私も一度「教会で人が懺悔をしてそのなかで双方が許しあっていく」というお話を書きたいと思っていました。それから、芥川龍之介の『藪の中』みたいな、みんなが少しずつ違うことを言っているというような話も書いてみたかった。まあ、それ自体は全然関係ない話になってしまいましたが、そういったことをこの作品でやってみたいなという思いがありましたね。

北島:「捨て子たちの午後」のように、他の作家さんの作品をもとに「こんなお話を書いてみたい」と思われることはあるんですか?

島本:はい。小説もありますし、映画に刺激を受けることもあります。どちらかといえば映画の方が作品に反映していることがはっきりわかるのですが、小説の方はあまり原型をとどめていないことが多いようです。

北島:そうなんですか?

島本:ストーリーそのものよりも、作家さんのテンションに影響をうけていると思います。たとえば情熱的な恋愛小説だったら、その情熱のモチベーションで自分の小説を書きたい、というときがあります。映画だったら、映像が直接入ってくるので、もっと具体的に、森の中を走る場面を入れたい、と思ったりします。

鳥塚:お話の内容に戻りますが、このお話の中で、「生きていて、楽しいことって何?」という問いを突きつけられた中山神父が凄く悩んだり、「彼らとの違いはなんだろうか? こっち側にいていいのだろうか?」という場面がとても印象に残っています。私自身も学部生の時、部活をやっていたときに他に何かやれることがあるんじゃないかと考えたり、自分とは違うことをやっている人がうらやましく思ったりしていました。島本さんも同じように、学生時代にはいろいろ迷われたりしましたか?

島本:そうですね。随所随所で迷うことはやっぱりありますね。たとえば、私は高校を中退して次にまた違う高校に行きなおしているんですけど、その間の空白の期間には、「私はこの先どうなるんだろう」と途方に暮れていました。大学時代は、この仕事がすでに始まっていたので執筆活動をやりつつ大学生活を100パーセント謳歌するというのは難しくて、執筆と学生生活のどちらに比重を置けばいいのか迷うことがありました。『ナラタージュ』を書いていたときは、校了直前に大学の後期試験が全部かぶって、両方をこなすのは絶対に困難な状況になってしまったりして、あのときは相当迷いましたね。

鳥塚:その都度迷いながら過ごしてきたのですね。ご自身がプライベートで忙しいときに、そのことが作品に出てしまったことはありますか?

島本:自分の状況は小説に反映してきますね。でも、何もなさ過ぎてもいけないしあり過ぎても心が落ち着かなくて書けないので、そこのバランスは未だに難しいです。

インタビュアーによる島本理生さん 著書紹介

『旅の終わり、始まりの旅』

『旅の終わり、始まりの旅』

井上荒野・島本理生他
小学館文庫/460円
青森を舞台に人気作家5人が実際に旅をして描いた作品を収録。島本さんの作品は、互いに弱さを持ちながらも相手を思いやる恋人たちが、それぞれ神父に独白をする様子を描いた「捨て子たちの午後」。

『クローバー』

『クローバー』

角川文庫/540円
わがままで女磨きに余念がない華子と理系大学生の冬治は双子の姉弟。彼らや個性あふれる人々それぞれが、悩みながらも前に進む姿に励まされる。現役大学生におすすめの作品。

2.映像が浮かぶ風景

北島:島本さんの作品は描写が丁寧で、読んでいてリアルに映像が浮かんできます。普段の生活のなかで当たり前になっている動作をあらためて文章で読むと、「確かに、こういう動作はある」と共感することが多くありますが、島本さんは、普段の生活で人の動きを観察したりしているのですか?

島本:人の一挙一動は気になりますね。「いま、この人はまったく集中していないけれど、つまらないのかな」とか、「この人はアメ玉をあげる癖があるな」とか、「いますごく気をつかってくれたのかな」とか。大勢で賑やかに飲んで喋っているときにも、やっぱり人のしぐさや言動はついつい見てしまいますね。

鳥塚:そういうところで得たエピソードや人の癖を、実際に作品の中で使うことはありますか?

島本:あります。基本的には、いい意味で印象に残ったことを小説に反映することが多いです。嬉しかった一言とか、ちょっとした素敵なしぐさとか、そういうことをその都度書きとめることはしませんが、自然と覚えていたことを最終的に文章にするという感じですね。

鳥塚:島本さんは、作品を作るときに人物像から固めていきますか? それとも舞台から入っていくのですか?

島本:私は風景ですね。映画のように場面が思いつくことが多いです。言葉が先に出てくることはあまりなくて、映画のワンシーンみたいな場面や風景を書きたい、というところから作っていきますね。

鳥塚:『アンダスタンド・メイビー』は舞台がつくば(茨城県)ですよね。私は生まれも育ちもつくばなので……。

島本:わぁ、そうなんですか!!

鳥塚:はい。つくばはすごく田舎で車がないと生活ができないだとか、風景がとてもリアルに描かれていたので、感情移入してしまいました。

島本:そうですか。ありがとうございます。つくばには学生時代に少しいた時期がありましたがそんなに長い期間ではなかったので、あの街を舞台に新規でお話を書くのは大変でした。本格的に書き始めてから何度もつくばに足を運んで、この場面はここにしようと決めながらひとつひとつ廻って取材していました。

鳥塚:うちの近くじゃないだろうか、そこに主人公の黒江ちゃんがいるんじゃないかと錯覚するようなところがあったりして、面白かったです。

島本:つくば学園都市って直線的に街ができているから、大体どのへんかわかるんですよね。家があるところも限られているので、つくばに住んでいた他の読者からも「あれはうちの近所です」と言われることがあります。嬉しいですね、そういうふうに思ってもらえるのは。

鳥塚:私も地元が舞台になっていると、すごくうれしいです。島本さんがお住まいの近くを舞台にすることはありますか?

島本:そうですね、私は生まれも育ちも東京なのでどうしても東京の風景を書くことが多いんですが、逆に近すぎて新鮮味がないときがあるんですね。意外と地方から出てきた人が描く東京のほうが、面白いんです。私の場合、つくばとか海のそばの街のほうが、意識的に選んでいるので、緊張感もあって描写にも気合が入るけど、東京は見慣れている分自然に書いてしまうところがあります。最近はもうちょっと意識して書こうかなと、思いますね。ただ、都内でもやはり取材に行けば、物語をきちんと作り込めることができたという実感がありました。『クローバー』のときは、理系の友だちに実際に大学へ連れて行ってもらって研究室や実験室をいろいろ見せてもらったりしたので、身近な風景だけど、ちゃんと物語に昇華できたかな。

鳥塚:『クローバー』は、大学生の実情がすごくリアルに描かれているなと思いました。

インタビュアーによる島本理生さん 著書紹介

『アンダスタンド・メイビー 上・下』

『アンダスタンド・メイビー 上・下』

中央公論新社/各1,575円
つくばに暮らす少女、黒江。積み上げては壊れてしまう幸せ。深い喪失感とその反動で神様を求めてしまう少女の苦しさがひしひしと伝わってきます。写真と彼女の関係にも注目です。

『大きな熊が来る前に、おやすみ』

『大きな熊が来る前に、おやすみ』

新潮文庫/380円
3つの短編からなる作品集。いつの間にか欠けてしまう感情、虚しさや嫉妬という負の感情の変化を丁寧に書いている。どの作品にも怖さとユーモアがあり、ちょっぴり切なくて救われます。

Profile

島本理生 (しまもと・りお)

瀧羽麻子 (たきわ・あさこ)

■略歴
1983年、東京生まれ。2001年「シルエット」で第44回群像新人文学賞優秀作を受賞。2003年「リトル・バイ・リトル」で第25回野間文芸新人賞を受賞。

■主な著書
『生まれる森』『リトル・バイ・リトル』『シルエット』(講談社文庫)、『クローバー』『ナラタージュ』『一千一秒の日々』(角川文庫)、『波打ち際の蛍』(角川書店)、『大きな熊が来る前に、おやすみ。』『あなたの呼吸が止まるまで』(新潮文庫)、『君が降る日』(幻冬舎)、『真綿荘の住人たち』(文藝春秋)、『あられもない祈り』(河出書房新社)、『アンダスタンド・メイビー』(中央公論新社)、『旅の終わり、始まりの旅』(共著、小学館文庫)など。

島本理生さんへのインタビューは、まだまだ続きがございます。
続きをご覧になられたい方は、大学生協 各書籍購買にて無料配布致しております。
「読書のいずみ」2012年6月発行NO.131にて、是非ご覧ください。