読書のいずみ「座・対談」

最強、無敵な女性のお話

柚木 麻子さん(小説家) VS 

門脇みなみさん (新潟大学大学院教育学研究科M2)
永岡由貴さん (千葉大学文学部4年)

1.儚いバブルの物語

永岡 1月発売の『その手をにぎりたい』はバブル期をテーマにしていらっしゃいますね。

柚木 81年生まれなので、私はそんなにバブルに思い入れはないんです。会社員のころから意見を通そうとするとバブル世代の人につぶされ、バブル世代の作家さんたちが濃厚な恋愛や企業小説を書いている今、不景気世代が書く内容はニートやネットオタクばかりで、上の世代からは覇気がないといわれる。だからどちらかというとバブルは敵でした。

門脇 それなのになぜこの時代に焦点を当てようと思ったのですか?

柚木 私は『グレート・ギャッツビー』がすごく好きなんです。『グレート・ギャッツビー』は、1920年代の未曾有の好景気のアメリカが舞台で、ある大富豪がたった一人の女の子を振り向かせるために夜な夜なパーティーを開くんです。この作品は儚いイノセントの消失を描いたといわれているけど、プレゼントではなくて毎晩のパーティーで好きな人の気を引いたというところが、私は非常に好きなんです。いつかこんな話を日本を舞台に、しかも男女反転で書いてみたいなと思っていて。そんな時に、この本のモデルになったお鮨屋さんを知りました。

永岡 このお店は本当にあるんですね。

柚木 あるんですよ。浅草に。そこの大将は小説のような寡黙な男前ではなく、よくしゃべる人ですけどね。このお店のにぎりはふわっとしていて硬いところに置くとネタがしずんでしまうので、手にのせていただくんですよ。それを知ってすぐに取材に行きました。 そして、一回の食事でお金を5~6万円使ってしまうくらいのお鮨屋さんに23歳くらいの女の子が通うために、人生を投げ打ってしまうお話を書きたいなと思ったんです。

永岡 女の子がいっぱいお金を使える環境が、バブル期だったんですね。

柚木 そう。バブルの時って、少し頑張れば稼げて使えちゃうんですね。今はどんなに頑張っても、そのカウンターに座れる女の子っていないと思うんですよ。

永岡 そうですね。

柚木 夢が叶ってしまうことの寂しさというか、頑張れば夢が叶うことは本来はいいことなんだけど、努力次第でここまで稼げちゃうのは結構苦しいことも多いと思うんですね。そこらへんを書きたいなと思ったんです。

永岡 その構想は以前から?

柚木 構想は漠然とあったのですが、そこに浅草のお鮨屋さんが出てきてピタっとはまったという感じです。

門脇 私たちは全然バブルを知らない、バブルがはじけてから生まれた世代なので、バブル期自体が空想上の話なのではないかという感覚があります。テレビなどでもバブルの話を聞くことがありますが、実感として自分のなかに入ってこないんです。

柚木 そうですよね。踊りながらお札を振っていたという時代だったんですよ。

永岡 私は都市伝説だと思っていました。

柚木 本当だったみたい。ディズニーランドのような、絵空事みたいな出来事ですよね。でもバブル期の日本って、土地の値段が高騰しただけで今の東京と何もかわらないんですよ。ものすごく優秀なグループがいたわけでも資源があったわけでも油田が湧いたわけでもない、土地が高騰しただけだった、ということが調べているうちに分かってきました。

永岡 今回は取材を重ねられたのですか?

柚木 そうですね。編集担当さんがいろいろな方に会わせてくれました。まずは、バブル期にブイブイいわせた不動産屋さん。

永岡 おいしい時期を知っている人ですね。

柚木 そう。多分今でもいかがわしい方法で稼いでいるのではないかと。シルバーフォックスの毛皮を着て、ラッセンの絵が飾られ、秘書が美人すぎる(笑)、その彼が「バブルのころはね、靴にシャンパンを入れて飲んでた」と言っているのを聞いて、まず、それを誰が喜ぶのかって思いましたね。戦後唯一価値が変わらない(下がらない)のが土地とラッセンの絵だと言っていましたよ。

永岡 凄い人に会われたんですね。

柚木 次に会わせていただいたのが、80年代に男女雇用機会均等法が制定されて最初に女性総合職になった女性。当時の企業にとって、女性の総合職は広告のようなものでした。「うちは女性に理解があって、総合職の女の子がいるんですよ。珍しいでしょ」みたいな感じで。でも実際は、お茶汲みをし、事務とは給料がかわらず、出世は男の人が先で、お飾りみたいな存在だったようです。

永岡 まさに今作の主人公・青子のような。

柚木 そう。今のように働く女性同士が手を取り合える環境ではなく事務社員の中に一人だけ総合職がいるような状況だから、めちゃくちゃきつくて理解もされなくて、やっぱり結婚と同時に辞めていく人が多かったようです。だからバリバリ働いても今と違う意味で評価されないというところがあって、それはそれできついことだなと思って聞いていました。あとは40代の作家さんとご飯を食べながら、バブルのころの話を聞いたりもしましたね。そのほかに、バブル期のテレビドラマをたくさん観ました。「抱きしめたい」というW浅野とか、かっこいい時代の柳葉さんが出ていたドラマをね。

門脇・永岡 (笑)

柚木 全世界に言えるんですけど、景気がよくなると水回りの開発をするんですね。ニューヨークも景気がいいときに、ローワー・イーストサイド(Lower East Side)をきれいにしたりしました。あのころの日本も晴海ではいつもイベントがあって、ベイブリッジとか水回りにレストランをつくった時代があり、お台場はバブル期にやりかけたまま、はじけちゃったんですね。やりかけてつぶしちゃったあとの姿が今の日本なんです。バブルって夢のように思っていたんですけど、今の日本と別に変わらない。バリバリやっている人も外側ではうまくいっているけど、内側ではいまでも変わらないのかなと思って、それで小説に書けるかなと思いました。

インタビュアーによる柚木麻子さん 著書紹介

『終点のあの子』

『終点のあの子』

文春文庫/本体533円+税
女の子同士というのは、楽しくて難しい、なかなかフクザツなもの。物語に登場する女の子たちを通して、愛すべき「フクザツさ」をご賞味いただきたい一冊です。(門)

『あまからカルテット』

『あまからカルテット』

文春文庫/本体560円+税
咲子、薫子、満里子、由香子。女子校からの四人組。女の世界は怖くてどろどろ? とんでもない! 女の熱い友情ここにあり! 謎を解きながら深まる彼女たちの気持ち。自分の大切な友達に会いに行きたくなります。(永)

『嘆きの美女』

『嘆きの美女』

朝日新聞出版/本体1,500円+税
美しいひとにだって悩みはある。美しくないひとだって輝ける。時に楽しく時に厳しく時に残酷で時に優しい女性同士の友情&成長物語からは、大きなパワーをもらえます。(門)

『けむたい後輩』

『けむたい後輩』

幻冬舎/本体1,500円+税
いらいらする! 振り回す栞子にも振り回される真実子にも。焦り・痛み・自分を保とうとするプライド・・・自分も経験のある思い。高まったフラストレーションをすべて取り去っていくラストに注目!(永)

『早稲女、女、男』

『早稲女、女、男』

扶桑社/本体1,429円+税
立教・日本女子・学習院・慶応・青学・早稲田……大学がいろいろあるように、通う彼女たちにも色がある。恋に進路に自分の生き方―。ワセジョ代表香夏子と交わる5人の女の物語。きっといる、自分の周りにもこんな子達が。(永)

『私にふさわしいホテル』

『私にふさわしいホテル』

文春文庫/本体560円+税
文壇のドンファンに目をつけられても、編集者に裏切られても、新人作家の加代子さんは負けません。「私にふさわしい道」は自分の力で切り開いてゆくたくましさ、見習いたいです。(門)

『王妃の帰還』

『王妃の帰還』

実業之日本社/本体1,400円+税
表紙に描かれたうつむく少女―彼女は私たちの王妃様。すべては私たちの安息のため。彼女を再び王妃の座に座らせることが出来るのか!? クラスで地味と言われようと、私は王妃のために奮闘する範子にときめきます。(永)

『ランチのアッコちゃん』

『ランチのアッコちゃん』

双葉社/本体1,100円+税
読んで楽しい、読んでおいしい。読み終えたときには、きっとアッコちゃんお手製のポトフが食べたくなっているはず。心もお腹も、ぽかぽかです。(門)

『伊藤くんA to E』

『伊藤くんA to E』

幻冬舎/本体1,300円+税
伊藤くんと彼に翻弄させられる女性たちの物語。男性諸君、伊藤くんのようになってはいけません。女性のみなさま、伊藤くんのような男性には(お互いに)気を付けましょうね。(門)

『その手をにぎりたい』

『その手をにぎりたい』

小学館/本体1,300円+税
柚木さん曰く「女性版・日本版グレート・ギャツビー」! バブル期にお鮨に生きた青子の生き様に清々しさとあこがれを。そして、美しく官能的な表現に魅せられます。お鮨に生きるって何?と思った方は是非一読。(永)

『本屋さんのダイアナ』

『本屋さんのダイアナ』

新潮社/本体1,300円+税
彼女はダイアナ。それはアンの親友の名前。彼女は強くて美しい。私にないものをたくさん持っている。私の友達。私の親友。でも、私はアンじゃない。本当にアンなのはきっと彼女だ。(永)

2.女子校最高!

永岡 ほかの作品を書かれるときにも、いろいろ取材をされるんですか?

柚木 デビューのころから依頼がくれば全部引き受けて、全部締め切りまでに書いてきました。だから全く知らない業界に取材をして書くということはできなかったので、私が知っていることだけで書いていました。取材をしたのはたぶん『その手をにぎりたい』がはじめてだと思います。小学館さんは取材にもつきあってくれたし、いろいろと資料を送ってくれたので、そのおかげで書けました。

永岡 柚木さんの作品の主人公は女性が多いと思いますが、それも自分の知っている世界を書いていこうということなのでしょうか。

柚木 女性のほうが面白いと思うんです。女性ってドロドロしているとか、ネチネチしているといわれるけど、女性に限らず人間って本来みんなそうですよね。女性は正直な生き物なのでそれをすぐに出しちゃうんですよ。女性はやっぱり子どもを産む身体だからなのか、環境がかわるとホルモン的なことですぐに気が付くんですね。男性のように理詰めで考えないで、生き物としての勘みたいなものがすごく鋭い。だから面白いと思うんですね。

永岡 それはやはり女子校で過ごしてきた経験がかかわってきているのでしょうか。

柚木 そうですね。女子ばかりのなかで中高6年間毎日仲良くわいわい過ごしていたので、大学で共学に入ったときに本当にびっくりしたんですね。世の中には男性という異性がいるということに。 女子校って、面白ければクラスで人気者で、勉強ができる子はひっつめや三つ編みでジャージとか着てビン底メガネをかけていても「博士!」とみんなに尊敬されて、かわいい子はそれだけで華のある姫係。でも共学では、かわいい子とモテる子がまず違う。モテる子が一番偉いんですね。勉強ができても空気がよめなかったら、「あいつイタいな」という雰囲気が漂う。面白いだけでも賢いだけでもきれいなだけでもダメということに、私は凄くびっくりしたんです。

永岡 いま、すっごく共感しています。

柚木 私はクラスで2番目に面白くて、モノマネが得意だったんです。で、大学の新歓の飲み会でモノマネをやろうと思ったら、「それはアウトでしょ。女がそんな全力でさ」って止められて。にもかかわらず、そこで男子がつまらないことを言っても、そこはウケるんです。私のほうが全然クオリティが高いと思ったんですけど、それは要求されてなくて(笑)。 でも結局、私もまわりにあわせちゃった弱い人間なんです。1年後に女子校の友だちと再会したら、最強だった仲間がみんな牙を抜かれていたんですね。そのときの悲しみがいまでもトラウマになっています。まあ、井の中の蛙で、価値観もキャパも狭かったと思っているので女子校がいちばんいいとも言わないけど、やっぱり最強だったんですよ。

永岡 いわゆる女子大生という形にはまるようになっちゃうんですね。

柚木 私は少女小説――『赤毛のアン』やフランス文学18世紀、19世紀のラクロとかモーパッサンとかの作品がすごく好きなんです。だいたい修道院や孤児院といった環境で女の子ばかりの中で育った女の子たちが外の世界に出る、というところから始まる話が多いですよね。彼女たちは見るもの聞くものが初めてで、世間知らずゆえに男で痛い目にあうんですけど、その感じは理解できるんです。 私も女子校から出てきて、男の子の目をいつも気にしなければいけないし、どんなに面白くてもどんなに魅力的でもモテてないとダメという価値観に本当にびっくりした。そんなことは誰も教えなかったぞと思って。

永岡 新しい価値観ですよね。

柚木 女子校時代は毎日聖書を読んで讃美歌を歌って、空気の読める子より歌がうまい子が偉い、みたいな世界観だったので(笑)。

永岡 女子校では、お互いに認めあう何か力を持ってさえいればOKなんですよね。

柚木 そうそうそう。「足が速い子は最高!」って、足が速いのを妬むのではなく「じゃ、体育祭は〇〇ちゃんの出番でしょ!」ってね。 なでしこジャパンの澤穂希さんって、超カッコよくて、女子校の先輩感がありますよね。あるとき、試合でシュートを打った後のインタビューで「澤さんはおつきあいしている人はいますか? どんなごはんをつくりますか?」って訊かれていて、それが私は理解できなかったんですね。

門脇 ああ、わかります。その分野で活躍されているのに、どうしてそこに恋愛とかわけのわからない話が出てくるのかと。

柚木 そう。だって、いまは澤穂希選手がシュートを決めたあとなのに……。

永岡 そこでしょ!ほめるのは、って(笑)。

柚木 それを評価されるべきなのにね。そういう世界観についていけていないんですね、私、いまだに。

永岡 作品にはいろいろなタイプの女性がいて、柚木さんの苦手なタイプの女性もたくさん出てきますが。

柚木 そうですね。共学の女の子と話しているうちにだんだんわかってきたところもあるんです。恋愛するのもいいし、男の子に好かれたくて頑張っている女の子も応援する気持ちはあります。でも、それが楽しくないのにやらされている人をみると、一緒になって戦いたくなるところがあって。こんなにいろいろなことが進んでいるのに、もっとのびのびできる環境がどうしてないんだろうって思ったのと、大学1年のときに全員牙を抜かれたみじめさ。この二つが、今後も書いていきたいテーマですね。女子アイドルグループの子とかで、在籍中は最高に輝いていたのに、脱退後にすーっと光が消えることってあるじゃないですか。あの感じもよくわかるんですよね。女の子の集団って最強なんですよ。
『失われた時を求めて』(マルセル・プルースト)の「花咲く乙女たちのかげに」という章で、女の子が集団になったときの不思議な魅力とかパワーとかエネルギーに主人公の男の子が魅せられて、幸せな気持ちになるというのがあるんですね。女の子が集団になると怖いっていう人もいますが、のびのびとして個性が出てくるあの女の子の集団のパワーが、私もすごく好きなんです。

永岡 集まった時のパワーですね。

柚木 そうなんですよ。あの感じが好き。あの無敵な感じをずっと忘れないで生きていきたいなと思っています。

 

※柚木麻子さんへのインタビューは、まだまだ続きがございます。 続きをご覧になられたい方は、大学生協 各書籍購買にて無料配布致しております。 続きは『読書のいずみ』2014年6月発行NO.139にて、是非ご覧ください。

(収録日:2014年4月2日)

柚木麻子さん サイン本を5名にプレゼント

『その手をにぎりたい』

柚木さんのお話はいかがでしたか? 柚木麻子さんの著書『その手をにぎりたい』(小学館)のサイン本を5名の方にプレゼントします。本誌綴込みハガキに感想とプレゼント応募欄への必要事項をご記入の上、本誌から切り離して編集部へお送りください。

応募は2014年7月31日消印まで有効。 当選の発表は賞品の発送をもってかえさせていただきます。

Profile

夏川 草介

柚木 麻子(ゆずき・あさこ)

■略歴 
1981年東京都生まれ。
2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、2010年に同作を含む『終点のあの子』(文藝春秋)でデビュー。以来、精力的に作品を発表している。『伊藤くん A to E』(幻冬舎)では第150回直木賞候補となる。その他の著書に『あまからカルテット』(文春文庫)、『嘆きの美女』(朝日新聞出版)、『けむたい後輩』(幻冬舎)、『早稲女、女、男』(祥伝社)、『私にふさわしいホテル』(扶桑社)、『王妃の帰還』(実業之日本社)、『ランチのアッコちゃん』(双葉社)、『その手をにぎりたい』(小学館)、そして最新刊に『本屋さんのダイアナ』(新潮社)がある。