辻村深月さん(小説家) VS
髙橋元紀さん (名古屋大学大学院M2)
北野晶子さん (信州大学農学部4年)
髙橋 『家族シアター』を読ませていただきました。私はおじいちゃんと孫の関係を描いた「孫と誕生会」が好きで、ラストでおじいちゃんが孫に語りかけるシーンが気に入っています。
北野 私が大好きなのは、「タマシイム・マシンの永遠」です。ひいおばあちゃんが言った「覚えててね」という言葉に感激して、そのあとが読めなくなってしまい、数時間置いてから読みました。最後は涙なしには読めませんでした。
辻村 嬉しいです。お二人ともありがとうございます。
北野 この『家族シアター』には姉妹の話がいくつか入っていますが、辻村さんご自身、姉妹というものに思い入れがあるのかなと思ったのですが。
辻村 私は二人姉妹の姉のほうなんですが、姉妹で衝突をしたときのことを記憶の中から引っ張り出してみたり、そのときの妹の気持ちはどうだったのかと想像してみたり、自分が経験していない姉・弟という関係でも同じことがあったりするのではないかと思って、そういうところから広げていきました。また、今回の短編集では家族のいろいろな立場から書きたいなという気持ちがすごく強かったので、おじいちゃんやお母さんの立場からも書いています。今までは、孫とおじいちゃんの関係なら圧倒的に孫の気持ちのほうがよくわかるし、お母さんと娘の関係では鈍感なお母さんに苛立つ娘の気持ちのほうが強く理解できていたのですが……。
北野 経験していますからね。
辻村 そう。でも今度は「おかあさん、ムカつく」と言われるお母さんの気持ちとか、孫に無神経なことを言ってしまうおじいちゃんの気持ち、息子の機微を理解してくれていないお父さんはどんな気持ちだったんだろうか、とか、自分のわからない家族の立場になって書いてみようと思ったんです。
北野 そう思うきっかけがあったのですか?
辻村 実家を出て暮らすようになると、自分の家のことを俯瞰してみることができるようになるんですよね。実家にいたときには親といっぱい衝突をしていたのに、遠く離れると親に優しくなれる。妹とも外で会うようになったりして、家族の形がだんだん変わっていきました。そんなこともあり、自分の知らない、いろいろな立場の人のなかに飛び込んでみたいという気持ちが、30代くらいになってから湧いてきたんです。
髙橋 この作品を書くにあたって、ご家族の方にその当時の気持ちを聞いてみたりしましたか?
辻村 聞いてないです。一生そういうことは話さないと思います(笑)。話さないからこそ想像して書きます。それぞれが思う物語ってあると思うんですよね。その部分をより身近に引き付けて、それがどういうことなのかを考えることが小説の仕事なのかなと思います。
髙橋 「タイムカプセルの八年」では、ほとんどの登場人物が男性で、辻村さんの作品としては異色だと思ったのですが、男性と女性とでは描き方が違うものですか?
辻村 そんなに変わりませんね。これまで書かなかったからこそ、いま書けることがたくさんある。今まで書いてきた姉妹や母や娘という関係ではなく、おじいちゃんやお父さんについてはまだまだ書けることがたくさんあるのだと気づきました。これまで学生や女子同士の葛藤といったものを書いてきたので、手付かずの地面を掘る感じで、とても新鮮で楽しかったです。
北野 読んでいて、おじいちゃんや教授が出てきて私も驚きました。
辻村 そうですよね。しかも育児に熱心ではない人たちとして(笑)。
北野 辻村さんもこういう作品を書くのかと思って、とても新鮮でした。
髙橋 『凍りのくじら』でも家族のことを書かれていましたが、『凍りのくじら』の頃と現在とでは、家族の捉え方は変わりましたか?
辻村 そうですね。『凍りのくじら』はお母さんが出てきますが、『冷たい校舎の時は止まる(以下、『冷たい校舎』)』は保護者不在なんですよね。
北野 そうでしたね。
辻村 保護者不在の世界を生きてきて、自分たちはそれでいいと思っていたし、それを書けたことは私にとって自由で楽しいことでもあった。でも、自分自身が小説を書きながら歳を重ねていくうちに、お母さんって生まれたときからお母さんだったわけじゃないし、大人だと思っていた先生も人間だったんだなと気づいたんです。そう思いませんか?
髙橋 思いました。
辻村 みんな頑張って先生をしてくれていたけど、先生も当然人間で、先生だからこうでなければならないという目線ばかりを持ち続けてきた自分を、教育学部で勉強したときに反省しました。家族も同様で、お母さんも最初は普通の人なんですよね。最初からなんでもできる正しい大人なんていないんだって思うようになってきました。みんな時間を経ていろいろな折り合いをつけて生きているだけなのかもしれない。なので、大人の気持ちを書くようになったのは、この人たちも元は子どもだったということを、自分の感覚の地続きの部分でわかり始めたからなんだろうなと思います。
北野 “家族シアター”というタイトルにはそんな思いもあったのでしょうか。
辻村 家族ってお互いがお互いの役割を頑張って演じていたりもするんですね。思えば「お姉ちゃんなんだから」と言われて姉らしくしていたり、私も3歳の子どもがいるんですけど、子どもが自分でできないことを「お母さんなんだから絶対にできる」というように無条件の信頼を寄せてくるので、私もやらなきゃと思うんです。そのときに、自分の母親もおじいちゃんも子どもにいい格好を見せようと頑張ったり、演じてくれていたんだなと思ったんです。子どもも親をがっかりさせたくないからいい息子でいようとか、こうするとおじいちゃんは喜ぶかなと思ったり。そうしながら家族みんながそれぞれを演じていた側面もあるのかもしれないと思って、担当編集者と話し合いながらこのタイトルにしました。
講談社/本体1,500 円+ 税
かぞく。たった三文字の言葉の中には、無数の関係性が閉じ込められているような気がします。「正しいかたち」なんて存在しない、いびつだからこそ愛おしい、それぞれの家族の、それぞれの物語です。
マガジンハウス/本体1,600 円+ 税
アニメ業界を舞台にしたお仕事小説。登場人物たちの「アニメがすき!」という気持ちがいっぱいに詰まっています。愛をもってお仕事ができるのって、本当にすてきです。
新潮社/本体1,500 円+ 税
恋は盲目であると言われます。では友情は……?相手に対する感情は、強ければ強いほど、己の視界をぼやけさせるものなのかもしれません。それが恋でも、友情でも。
毎日新聞社/本体1,400 円+ 税
辻村さんの「すきなもの」への愛がたっぷり感じられるエッセイ集。エッセイに加えて短編小説も楽しめる、辻村作品ファンにはたまらない一冊です。
集英社/本体1,600 円+ 税
わかりやすい価値はいらない、自分にしかない「価値」がほしい。「死」に対する憧れと、「普通じゃない」ことの渇望。あの時代のあなたやわたしの欠片が、きっとこの物語の中に。
講談社文庫/本体各730 円+ 税
何も聞かずに『凍りのくじら』『ぼくのメジャースプーン』の次に読んでほしい。SFとかミステリだとかのジャンルも忘れて、ただ、読んでください。
講談社文庫/ (上)本体660 円+ 税 (下)本体730 円+ 税
天才が身近にいることは、「天才になりたい秀才」にとっては喜ばしくも苦しいこと。絶望しながらも、あがくしかない。その場所に、指先だけでも到達したいと願うなら。
講談社文庫/本体770 円+ 税
人間は他者のために泣くことはできない、と言われます。「相手のため」は所詮「自分のため」でしかないのかもしれません。それでも相手を大切に思うことは、きっと虚しいことではありません。
講談社文庫/本体800 円+ 税
不二子先生、ドラえもん、不在、写真、声、ピアノ、アキラさん。SF(スコシ・不在)なあなたのための、SF(スコシ・ふしぎ)な物語です。
講談社文庫/本体各850 円+ 税
辻村深月さんのデビュー作。すべてはここから。辻村さんと同じ名前を持つヒロインと、その友人たちと一緒に、校舎の中へと閉じ込められにゆきましょう。
<紹介文:門脇みなみ>
髙橋 大学時代はミス研に入られていらっしゃったそうですが、どのような活動をされていましたか。
辻村 ミス研では、みんなと好きな推理小説の話をしたり、その小説が映画化・ドラマ化すると盛り上がったり、舞台になったら一緒に観に行ったりしていました。創作に関しては一人で淡々とやっていましたね。会誌には書きましたけど、目が肥えている者同士が読むのでどうしても批評してしまうんです。批判をすることがその人のためになるだろうと思ってしまいがちなんですが、私は一度、それが怖いと思ってしまったんですね。それ以来、会誌に載せるもの以外は、サークル外の友達に読んでもらっていました。でも、それで正解だったと思います。
北野 それはどうしてですか?
辻村 作品を理解できる人は、批判をする人ではなく褒めることができる人だと思うんです。作品の良さをわかった上で落ち度や修正点を言ってもらえることの方がずっと力になるんですね。作品を否定する人から意見を聞いても、あまり実のあることになりません。私の場合は犯人当ての要素があったら大真面目に推理してくれたり、読んで続きを楽しみにしてくれるような友達に恵まれました。
髙橋 大学時代から小説を書かれていたのですね。
辻村 最初に小説を書いたのは小学生のとき。小説を書くのが一番楽しかったのは高校生のときです。高校3年生の11月ごろから。
髙橋 受験シーズンですね。
辻村 そうなんです。受験勉強がたまらなく嫌で、11月から3月にかけて『冷たい校舎』の上巻の部分を書いたんです。何かをやらなければいけない時に書く小説とか、翌朝早いからもう寝なくてはいけないという時に読む小説ほど面白いものはないですよね。
北野 はい。よくわかります。
辻村 今考えるとそんな馬鹿なことをしなくてもと思うんですけど(笑)。大学に入って思う存分書けるかと思いきや、大学生活のほうが楽しくなっちゃって。サークルでもミステリーの話ができる友達がたくさんいて楽しかったのですっかり書かなくなっていたんです。でも、大学3〜4年になって今度は就活が嫌になってしまって、そのときに遊びに来ていた友達がたまたま私の家にあった『冷たい校舎』の手書き原稿を見つけて……。
髙橋 手書きだったんですか?
辻村 そうなんですよ。高校の授業中に教科書で隠しながらルーズリーフに書いていたんです。それをその友達が読んだら、すごくナチュラルな読み方をしてくれたんです。そのあと「これは最後まであるの?」と聞くので、「頭のなかには最後まである」と答えたら「それは書いた方がいい」と言ってくれて、それで大学4年生のときに下巻の最後まで書いたんです。それがデビュー作になりました。
髙橋 その小説を書いていた高校生のときはどのような生活だったのですか?
辻村 高校は進学校に通っていたんですが、そのころ恩田陸さんの作品に出会いました。それまで高校生を描いた作品って、ドラマティックな恋愛や青春ものが多かったんですけど、恩田陸さんの『六番目の小夜子』は自分の日常が少し浮き上がった形でミステリアスに描かれていて、すごく惹かれたんですね。それまでは背伸びをして大学のミス研の話やファンタジー小説を書いていたんですけど、初めて自分の日常にミステリーの軸足を置いてもいいんだなと気づいたんです。『冷たい校舎』の上巻を書く前に『子どもたちは夜と遊ぶ』と『凍りのくじら』の元になる話も書いていました。『凍りのくじら』は書き上げることができてすごく自信になって、それをその時期の友達が読んでくれていたんですね。
北野 わあ、いいですね。
辻村 私が恵まれていたのは、読んでくれる友達がいたことです。10代から小説を書いていると、違いがわかる人がまわりにいないので誰にも読ませないで自分ひとりで囲ってしまい、もやもやとした気持ちのまま書いていたりとか、いまは一足跳びでネットで公開できてしまうので、そこにいきなりあげてしまうという子も多いと思うんですね。そうすると、作品が不特定多数の目に触れて、しかも中には悪意を持っている人もいるかもしれないので、なかなか褒めてくれる人、理解してくれる人を見つけるのは難しいんです。
北野 そうですよね。
辻村 「小説家になって夢が叶いましたね、夢を叶えた立場としてどう思われますか?」と尋ねられることがよくあります。でも私は小説家になることを夢だと思ったことはないんです。小説を書くことが好きで、読んだ友達が面白いと言ってくれるから次に書くものも面白いと感じてもらいたいとか、私がデビューしたら友達が喜んでくれそうだからどこかに投稿してみようとか、そういう目の前の目標をひとつずつ叶えながら作家になっていった様な気がします。現実に希望の職業に就けた人たちって、身近にある大会で成績を残したり、誰かに褒められたり認めてもらったりしながら、そういうことを積み重ねていって、そこに辿り着いている人が多いと思うんです。私も、書店に行けば本がたくさんある中で、ルーズリーフに書かれた手書きのものを友達が最後まで読んでくれたというだけでも、自分は人に読ませられるものが書けるという手応えにつながったんです。
北野 その手応えがなかったら……。
辻村 向いていない、ということになっていたのかもしれませんね。社会人になってから一度山梨の実家に戻ってOLをしながら小説を書いていたんですけど、投稿してメフィスト賞をいただいたとき、大学やミス研の友達は「夢が叶ったね」と言ってくれました。でも、高校の友達からは「いずれ作家になれると思っていたから、驚かないよ」と。
北野 ものすごい信頼感ですね。
辻村 そうなんです。しかも「今まではルーズリーフのコピーしかなかったけど、これからは読みやすくなるね」って(笑)。直木賞をいただいたときには、地元のテレビのインタビューに高校時代の友達が答えてくれていたんですけど、そこで彼等は「進学校の国語が得意な男子女子が読むわけだから、いいことばかり言われなかったと思うけど、何かを指摘されても、ときには涙目になって怒ったりしても、それを全部直してきて、偉いなと思いながら見ていた」と言ってくれたんですね。それまでそんなことはすっかり忘れていたんですが、インタビューを見て初めて、自分の悔しそうな顔や直している姿を全部見てくれていたんだなと思って、あらためて友達には感謝をしました。
髙橋 素敵な高校時代ですね。
辻村 本当にそうですね。あと、やっぱり小説だけ書いていていいよと言われていたら小説家にならなかった気がします。勉強はしなくていいから、好きな小説を読んで小説を書いていればいいとなれば、それは駄目で、学校で最低限やるべきことをやって、それを終わらせたあとの楽しみとして小説を書く。デビューをしてすぐの頃も、作家になれたことに舞い上がってしまったら、きっと今みたいに書きたい衝動は続かなかったかもしれません。OLのときも夜と土日しか執筆時間がなかったから書くことがとても楽しかったんです。制約があるからこそ輝く部分というのがたくさんあると思うので、禁止されることも必要ですね(笑)。
(収録日:2014 年11 月17 日)
辻村さんのお話はいかがでしたか?辻村深月さんの著書『家族シアター』(講談社)のサイン本を5名の方にプレゼントします。本誌綴込みハガキに感想とプレゼント応募欄への必要事項をご記入の上、本誌から切り離して編集部へお送りください。
応募は2015 年4月30 日消印まで有効。
当選の発表は賞品の発送をもってかえさせていただきます。
■略歴
1980 年生まれ。山梨県出身。 千葉大学教育学部卒業。 2004年に『冷たい校舎の時は止まる』で第31 回メフィスト 賞を受賞しデビュー。『ツナグ』(新潮社)で第32 回吉川英治文 学新人賞、『鍵のない夢を見る』(文藝春秋)で第147 回直木 三十五賞を受賞。新作の度に期待を大きく上回る作品を刊行し続 け、幅広い読者からの熱い支持を得ている。
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■著書
『子どもたちは夜と遊ぶ 上・下』『凍りのくじら』『ぼくのメジャー スプーン』『スロウハイツの神様 上・下』『名前探しの放課後 上・ 下』『ロードムービー』『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』『島はぼくらと』 (講談社)、『水底フェスタ』(文藝春秋)、『盲目的な恋と友情』(新 潮社)、『ハケンアニメ!』(マガジンハウス)、『家族シアター』(講談社)、ほか多数。