読書のいずみ「座・対談」

本格ミステリ、書いてます

初野晴さん (小説家) VS  熊崎菜穂さん (金沢大学人間社会学域3年)

1.“ハルチカ”新刊

熊崎 新刊の『惑星カロン』は、“ハルチカ”シリーズ(以下、“ハルチカ”)の『千年ジュリエット』から約3年、待ちに待った新刊としてすごく楽しく読ませていただきました。今回は吹奏楽部の片桐部長や生徒会の日野原会長などといった3年生が引退して、吹奏楽部の面々が今とこれから先の時間について、より考えている巻だったと思います。前作から今作へつなげるにあたって、何か意識したことはありますか。

初野 “ハルチカ”は、ミステリの実験作を発表する場のような気持ちで書き始めたものなんです。だから、優先するのはやはりミステリの要素で、青春パートや吹奏楽の演奏パートというのは自分のなかで必ずしもプライオリティが高いわけじゃない。でもシリーズを重ねてくると、どうしても時の流れを意識せざるをえなくなってくるので、『空想オルガン』のあたりからその辺りもフォローしています。

熊崎 シリーズを重ねていくと、書くときのモチベーションにも変化がありましたか?

初野 自分の好きなように書きたいんですけど、シリーズとなった以上、成長や演奏パートとか、きちんと描かなければならない部分が出てきました。このシリーズは、一対一の対話、ダイアローグが多く、場面転換が少ないのが特徴ですよね。そこを重点的に描きたいから、削っているものも結構多いんです。知的好奇心を刺激する部分とかユーモアといったものを入れていくと、恋愛、そして演奏パートに筆がさけなくなる。そこが非常にもどかしい。

熊崎 そちらを期待している読者もいますが。

初野 そうなんですよね。だからなんとか『空想オルガン』で軌道修正をしながら、バランスを取っているつもりではいます。吹奏楽を扱ったドキュメンタリーには優れた本がたくさんありまして、たとえば『ブラバンキッズ・オデッセイ』(石川高子/リトル・ドッグ・プレス)という名著があります。純度の高い吹奏楽物語を求めるなら、そちらをお勧めしますし、吹奏楽を扱った小説で、これを超える作品はなかなかお目にかかれない。そして自分は吹奏楽のリアルさよりも、虚構ならではの読書の楽しさを追求しています。たとえば『千年ジュリエット』は作中作で時空を超えた「決闘戯曲」というのがあるし、『空想オルガン』には大人の視点が入ったりと、物語にいろいろな分野を取り入れながらバリエーションを広げていっています。その流れで『惑星カロン』では、まだやっていなかったSF を取り上げました。そういった遊び心もあります。

熊崎 今回「星」というのも重要なワードだなと思いました。星は願いをかけるものでもあり、「遠い遠い存在」でもあります。星を取り上げたのはどうしてでしょう。

初野 十年後も百年後も変わらない普通的なモチーフを扱いたかったからです。もともとサラリーマン時代に書き始めたシリーズなのですが、最初は30 代、40 代を読者ターゲットに置いて書いていたんですよ。海千山千の経験を積んだ社会人が読んでも面白いと感じていただける本を書こうと思って。だからユーモアも重視しています。

熊崎 そうですよね。『漆黒の王子』とか『水の時計』とはだいぶ作品の雰囲気が違うなと感じていました。

初野 そのなかで、このシリーズでいままで避けていた部分があるんです。いまどきの通俗的なインターネットとかスマートフォンとか、若い人の間で流行っている音楽とかテレビ番組などは極力出さないようにしていたんです。

熊崎 たしかにそうですね。

初野 それでも避けて通れないのはインターネットなんですね。今回はじめて全編を通してネットについて触れました。

熊崎 デジタルツインですね。

初野 そうそう。ネットを星に喩えています。遠いところでも見えるでしょ、星って。届きそうで届かない、という。

熊崎 そうですね。私もデータによる人格再現や、フェルミのパラドックス「みんな、どこにいるのだろう」という言葉みたいに、顔が見えなくてもネットを通じて誰かと交流することは、遠い星と交信しているのと似ているなと思いました。星とネットって、絡めると意外に面白いですね。

初野 暗喩表現としてインターネットは星と重なる部分が多いと思うので、今回はこのような形をとりました。電子メールとか、変換機能とか、冒頭ではネットのチカママの相談から入ったり……全編を通して意識的にネットと絡めています。

 

インタビュアーによる 初野晴さん 著書紹介

『惑星カロン』

『惑星カロン』

KADOKAWA /本体1,800 円+ 税

パソコンの液晶には、誰かの言葉が数限りなく映る。彼や彼女は、ほんとうは遠い遠い星にいるような誰かかもしれない……。時の経つ痛みに胸を刺されながらも、ハルチカコンビは宇宙的に広がる未来を見据え、進むのだ。

『退出ゲーム』

『退出ゲーム』

角川文庫/本体560 円+ 税

笑って泣いて悩んでもがいてやっぱり笑って! シリーズ名の由来こそ、明朗快活なチカと、頭脳明晰なハルタ。弱小吹奏楽部を次々襲う、奇妙な謎、そして個性的すぎる少年少女たち。きらきらと全速力で駆け抜ける青春ミステリ。

『初恋ソムリエ』

『初恋ソムリエ』

角川文庫/本体552 円+ 税

春はまず部員勧誘から。儚いまぼろしにも目を輝かせて、時にはぎゅっとまぶたを落として唇を噛む。それでも見たいものがあるのなら、まなざしはそらさないでいたい。自分の居場所は、大切なひとは、もう見失わない。

『空想オルガン』

『空想オルガン』

角川文庫/本体552 円+ 税

「大人ってなんなのよ?」年齢、立場、権利、それが答えではないと思う。かといって、答えが欲しいわけでもない。わたしたちは実感したい。籠の外へはばたいて歌いたい。胸を張れ。顔を上げろ。まだだ、とこの本が言う。

『千年ジュリエット』

『千年ジュリエット』

角川文庫/本体640 円+ 税

待ちに待った文化祭開幕! 十年経っても、百年経っても、千年経ってもなくならないものなんてあるのだろうか。それを見届けることはできないけれど、想いは生きてゆく。一瞬一瞬を、想いと生きてゆく。

『向こう側の遊園』

『向こう側の遊園』

講談社文庫/本体640 円+ 税

その廃遊園地の動物霊園では、月夜、大切なものと引き換えに墓守が花葬を請け負ってくれる。人間の、動物の、幸福とは。それは、本当に重なり合うのか。最期の言葉から真実を読み取り、ひとつの命との関わり方を問いかける物語。

『トワイライト博物館』

『トワイライト博物館』

講談社文庫/本体750 円+ 税

あきらめないで。この手を絶対に離さないで。大切なひとの魂を救うため、中学生の勇介は魔女裁判全盛期のイギリスへ飛ぶ。学芸員・枇杷とつないだ手が、それぞれの未来をたぐり寄せる命綱。めくるめく謎解きに引きこまれつつ、ラストまで駆け抜ける。

『1/2の騎士』

『1/2の騎士』

講談社文庫/本体980 円+ 税

異常犯罪者から街を守るため立ち向かうのは、質実剛健な女子高生マドカと、その騎士を名乗るサファイア。弱く、未熟で、何度くじけて立ちどまっても、闇にとらわれず、光を信じようとするふたりの姿がまぶしい。

『わたしのノーマジーン』

『わたしのノーマジーン』

ポプラ文庫/本体620 円+ 税

車椅子の鞄職人シズカと、赤毛の猿・ノーマジーン。世界の終わりで、なんのために、誰のために、生きてゆけばいいのだろう? 真実が残酷でも、互いの存在を必要としていたい。絆を結ぶのは、いつだってわたしたち。

『漆黒の王子』

『漆黒の王子』

角川文庫/本体857 円+ 税

地上の歓楽街と、地下の暗渠。ふたつの世界が暗く静かに響き合いながら、物語をさらなる闇へ導いてゆく。一度憎み合ったら、どちらか、もろとも、滅ぶまでとまれないのか。謎解きに圧倒されつつも、読後はやるせなさが残る。

『水の時計』

『水の時計』

角川文庫/本体629 円+ 税

止まりつづけている命の時計の、その理由が知りたい。本当にわたしが必要だったのか、教えてほしい—。与える自由と、与えない自由。もらう自由と、もらわない自由。ワイルドの『幸福の王子』を印象的に絡めた、重苦しくも考えさせられるデビュー作。

『PCP - 完全犯罪党-』

『PCP - 完全犯罪党-』

集英社 Jump J books /本体650 円+ 税

バレたらイタズラ。バレなければ完全犯罪。ありあまる才気と元気、そして悪戯心を持ち合わせた三人の小学生。夏休み、彼らが体験したのは奇妙な合宿。冒険心をくすぐられる三人の活躍に、最後まで目が離せない。

〈『0番目の事件簿』より〉
「14」

〈『0番目の事件簿』より〉
「14」

講談社/本体1,500 円+ 税

作家がデビュー前に書いた作品を集めたアンソロジーの中の一作。誰かに見られている……ほんのり不気味なストーリーはもちろん、それが修正なしの原文のままであることが非常に新鮮。添えられたエッセイもぜひ楽しんで。

〈『エール!2』(共著)より〉
「ヘブンリーシンフォニー」

〈『エール!2』(共著)より〉
「ヘブンリーシンフォニー」

実業之日本社文庫/本体600 円+ 税

お仕事小説アンソロジーの中の一作。夢みたいな話も、馬鹿みたいな話も、彼と出会ったように、生きていれば目の前に飛びこんでくる。自分はいったい何者なのか? 自問自答を繰り返しながら、前を向いて日々を過ごしたい。

<紹介文:熊崎菜穂>

2. 熱血キャラはかっこいい

熊崎 そういえば、私はチカちゃんと同じ年(1994 年)の生まれですが、彼女はまだ高校生なんですね。

初野 そうなんですよ。『惑星カロン』でチカちゃんはまだ高校2年生です。

熊崎 このまま、まだまだゆっくり楽しませていただきたいなと思います。

初野 「生徒会にマークされているブラックリストの十傑」というのを書いてしまったので、それを回収しないと終われませんね。

熊崎 十傑は全員出るのですか。後に出てくるのがどんな人か、気になります。

初野 あと4人。四天王が残っていますよ。そこは回収しなければならない義務ですね。完結させるなら、みんなをちゃんと卒業させたいなと思います。

熊崎 変人キャラが何人も登場しますが、キャラクター造形というのはどのようにされているのですか。

初野 変人のようで常識人です。地に足のついたセリフを喋るし、人との間の取り方について気を遣うし、狭い世界に閉じ籠もらない。

熊崎 高校生とは思えませんよね。

初野 リアルな高校生を書くつもりはないですからね。いい意味で、手本となるような、突き抜けたバカを描いています。

熊崎 面白いな、見ていたいなと思います。自分の好きなことに対して真摯で、自分が決めたことに反することは絶対にしないという姿勢がはっきりしているので、そこがかっこいいなと思います。

初野 ある意味、それが許されるのは大学生までですから。妙に冷めているよりも、熱中している方がいいですよね。

熊崎 そのほうがかっこいいです。清水南高校はいろいろな部活がある学校ですよね、「青少年サファリパーク」とか。多くの人が自分の居場所をちゃんと探して、そこを守っているというのがわかります。

初野 「居場所探し」というのもひとつテーマになっていますよね。

熊崎 仲間探しと居場所探し。

初野 そう、「どうして学校に行かなければならないの」「なんで友達を作らなきゃいけないの」ということの回答を、シリーズを通して暗喩表現で散りばめています。

熊崎 『初恋ソムリエ』は面白かったです。あの巻で初めてエスペラント語という言葉を知りました。“ハルチカ”を読み始めたのが10 代半ばだったのですが、それまで全然知らなかったことが知識として吸収されていく、そういった楽しみも見つけられた本でした。

初野 知識好奇心を結構刺激しますよね。

熊崎 刺激されました。

初野 それから、現実以上の真理をなるべく入れようとしています。一巻に最低でも一言のセリフぐらいはね。でもやっぱり一番目指しているのは、本格スピリットあふれたミステリですが。

熊崎 この“ハルチカ”は、人が死なないミステリなので、血なまぐささはなく、真相を知った時にそれまでの伏線が回収されてつながっていくのが、とても気持ちいいです。

初野 伏線のつながりもいいけど、落差があるからおもしろいんです。どんでん返しとかね。日常系のミステリでは、やっぱり前半のパートと謎が解けた時の落差が大きければ大きいほどびっくりしますよね。それが面白い。その辺に気を配りながら書いています。

熊崎 初野さんのなかで愛着のあるキャラクターはいますか。

初野 難しいですね。でもやっぱりハルタとチカちゃんのかけあいを書くのは楽しいです。チカちゃんって、女性の目から見てあまり女の子らしくないですよね。

熊崎 明るくて、素直で、何があってもめげない、へこたれない、落ち込んでも立ち直れる子ですね。“ハルチカ”に出てくる女性は明るかったり、強かったり、キリッとしている人が多いですよね。

初野 かっこよさというのは意識しています。かわいいより、かっこいい女の子を描きたいですね。

熊崎 それは初野さんのタイプなんですか。

初野 タイプかもしれない。この人を見習いたいな、真似をしたいなと思わせるようなキャラクターを描きたいなと思いますね。

熊崎 読んでいて、心底嫌いなキャラはいないです。

初野 それは書かないようにしています。

熊崎 みんなカッコよく生きているのがいいですね。

初野 なるべく、媚を売らないようにね。

熊崎 私が個人的に好きなキャラクターは檜山界雄(かいゆう)とか、麻生さんですね。あの二人が出てくる『初恋ソムリエ』の「周波数は77.4MHz」が好きです。

初野 あのお話では、ラジオを出すのに苦労しました。いまどきの高校生ってラジオを聴かないんだよね。

熊崎 私もネットラジオくらいしか聴かないですね。

初野 ラジオを高校生に聴かせるためには、すごく面白いラジオの描写にしなきゃいけないなと思って、ああいう内容になったんです。

熊崎 あの話も居場所探しの話でしたよね。

初野 そうですね。ちょっと重いけどね。老人の介護問題を取り上げたから。

熊崎 でも最後は爽やかに終わっていました。あの話を読んで思うのは、「一歩踏み出したり何かを決断するのには勇気が必要だけど、それは内側のこと。外側にも、背中を押してくれる誰かや、決めたことを受け入れてくれる誰かがいる」というメッセージがあるように思えて。

初野 意識して書いていますね。社会人になると、自分の身の丈を知る機会が多いんですよ。高校生も大学生も身の丈を知らないのは特権で、だからこそムキになって行動できるし、それが美しい。

 

(収録日:2015 年9 月29 日)

※初野晴さんへのインタビューは、まだまだ続きがございます。 続きをご覧になられたい方は、大学生協 各書籍購買にて無料配布致しております『読書のいずみ』2015年12月発行NO.145にて、是非ご覧ください。

初野晴さん サイン本を5名にプレゼント

惑星カロン

初野さんのお話はいかがでしたか?
初野晴さんの著書『惑星カロン』(KADOKAWA)のサイン本を5名の方にプレゼントします。本誌綴込みハガキに感想とプレゼント応募欄への必要事項をご記入の上、本誌から切り離して編集部へお送りください。

こちらからも応募ができます。

応募は2016 年1 月31 日消印まで有効。
当選の発表は賞品の発送をもってかえさせていただきます。

Profile

初野晴さん

■初野晴 (はつの・せい)

■略歴 
1973 年静岡県生まれ。
2002 年『水の時計』で第22 回横溝正史ミステリ大賞を受賞し、作家デビュー。ファンタジーとミステリを融合した独特の世界観の小説で注目を浴びる。青春ミステリの傑作として評価の高い“ハルチカ"シリーズの『千年ジュリエット』は、第66 回日本推理作家協会賞<長編及び連作短編集部門>候補作となった。

■著書
最新作『惑星カロン』は『退出ゲーム』『初恋ソムリエ』『空想オルガン』『千年ジュリエット』に続く“ハルチカ"シリーズ第5弾となる。そのほか、『水の時計』『漆黒の王子』(角川文庫)、『1/2の騎士』『トワイライト博物館』『向こう側の遊園』(以上、講談社文庫)、『わたしのノーマジーン』(ポプラ文庫)などがある。