読書のいずみ「座・対談」

夢をかなえる《覚悟》

阿部 智里さん(小説家)
 VS 
北野晶子さん(信州大学大学院農学研究科 M2) 
田中美里さん(早稲田大学文化構想学部2年)

1.エピソード0

北野
最新刊『玉依姫』を読ませていただきました。いつもと同じ雰囲気の表紙なのでストーリーもそのつもりで読み始めたのですが、いきなり女子高生が出てきて一瞬戸惑いました(笑)。
今回は、「八咫烏シリーズ」のエピソード0ということで『玉依姫』を出されたという
ことですが、五冊目のこのタイミングで出されたのは何か理由があったのでしょうか。
阿部
シリーズ全体のストーリーはもう最初から構想できているのですが、実は最終巻でとても重要な謎解きが一つあって、『玉依姫』はその謎解きのヒントを出すためにどうしてもここで出す必要があったのです。
『玉依姫』を最初に書いたのは高校二年生の時でした。でも、応募した松本清張賞で落ちてしまって、一度忘れることにしたんです。
この『玉依姫』には“八咫烏たち"という脇役が出てきます。その脇役である彼らが当時読んでくれた友人たちの間でとても評判が良かったので、次に何を書こうかと考えたときに、彼らを主人公にして書くことにしました。そうやってできたのが、『烏に単は似合わない』(以下、『烏に単〜』)に続く「八咫烏シリーズ」です。だからといって『烏に単〜』のあとに続けて『玉依姫』を出そうとすると、どう考えてもストーリーが不自然なつながりになってしまって整合性がとれなかったんですね。
北野・田中
なるほど。
阿部
でも、シリーズを決着させるためにはどうしても『玉依姫』を出す必要があったので、『烏に単〜』を出した直後から『玉依姫』を出すタイミングをずっと探っていました。
この話は良くも悪くも異色なので、出すタイミングを誤るとその時点で打ち切りになってしまう可能性が十分にありました。でも、ありがたいことに四冊目の『空棺の烏』までが評判になってくれたので、このタイミングだったら今『玉依姫』を出しても乗り切れるだろう、というある意味商業的な判断の下で、これを出したというのが大きな理由です。
北野
五冊目で突然雰囲気が変わったので、何事かと驚いてしまいました。
田中
私も、冒頭の主人公の紹介で「女子高生」という文字があったので、今回は人間の世界なんだとびっくりしました。
北野
今後また、人間世界の視点から書く予定はあるのでしょうか。
阿部
いいところに目をつけましたね(笑)。
この次の話、第一部の最終巻は八咫烏たちの視点に戻ります。ということで第一部の時点では、ご質問に対する答えは「いいえ」です。人間視点には戻りませんが、実はこの先に出る第二部には人間視点から始まるものが含まれている、かもしれません。
北野
ちなみに、このシリーズは第何部まで考えているのでしょうか。
阿部
私はこれを一つの軸を据えて書いているんですけども、スピンオフをのぞくと本編は第二部で終了の予定です。
北野
そうですか。第二部も楽しみですね。

インタビュアーによる 阿部智里さん 著書紹介

『烏に単は似合わない』

『烏に単は似合わない』

文春文庫/本体 670円 + 税

「八咫烏」の一族が支配する異世界「山内」で始まった、世継ぎの若宮の后選び。集まった四人の姫がそれぞれの思惑を秘め競い合う。予想を裏切る展開に、震えること必至。(北)

『烏は主を選ばない』

『烏は主を選ばない』

文春文庫/本体 670円 + 税

后選びの状況で、若宮に使えることになった少年・雪哉。否応なしに巻き込まれる、朝廷内の策略と陰謀。同じ時間軸で繰り広げられる巻一と巻二は、全てのプロローグ。(北)

『黄金の烏』

『黄金の烏』

文春文庫/本体 670円 + 税

「山内」で危険な薬が出回り、雪哉が住んでいる村で「烏」たちを喰う大猿が現れる。その中で唯一の生存者、小梅を中心に「山内」の闇と「金烏」の本質が明らかにされる。(田)

『空棺の烏』

『空棺の烏』

文藝春秋/本体 1,500円 + 税

近衛隊の「山内衆」になるための学校、「勁草院」に通い始めた雪哉。出会った仲間たちは家柄も性格もバラバラ。お互いぶつかり合いながら成長していく姿は青春そのもの。(田)

『玉依姫』

『玉依姫』

文藝春秋/本体 1,500 円 + 税

人間界から描かれる「山内」の世界。高校生の志帆は、村の生贄とされ、「山内」で「山神」の母として「玉依姫」の役割りを担うことに。「自己」の存在について考えさせられる一冊。(田)

2. 物語に込めた思い

北野
『玉依姫』を読んでいると、家族の関係を主軸に描かれているように思いました。
主人公の志帆とおばあちゃんとの関係とか、両親との関係、山神との関係とか。特におばあちゃんとの喧嘩のシーンは非常に印象に残りました。あのような喧嘩を実際にした人じゃなければ、書けないんじゃないかと思えるほど。
阿部
『玉依姫』に関しては、先ほども申し上げたようにこれは高校生の時に書いので、他の四冊よりは自分の実体験が反映されている部分もあるし、自分の感情を移入して書いたところが多い話だと思います。ただ、おばあちゃんとの言い合いよりも、冒頭の両親との喧嘩シーンのほうが、一番実体験に近いかもしれません。
北野
印象に残りますもんね。
阿部
でも、志帆が自分だとは思っていないのでそこに私の経験が反映されていると主張する気は全くありません。せいぜい、似たような経験が下敷きになっている、というくらいですね。
田中
私は『玉依姫』を読んで、自我の問題もテーマになっているなと感じました。名前というものに縛られすぎていて、内面と外面の分裂を感じたんですが、阿部さんは『玉依姫』を通じて伝えたいことはありますか。
阿部
感じ方は読んでくださった方によってそれぞれ違うと思います。自分としても伝えたいことはあるにはあるのですが、明確にお答えすることはできないですね。私ができることは、問いかけだと思うんです。「私はこういうふうに見えているけど、皆さんはどう思いますか」という。そこで自分の思いを語ってしまうと、それは国語のテストと一緒ですよね。自我の問題もそうですし、いろんな問題を含んで問いかけているとは思いますが、なかでも私が注目していたことは「個人にとっての幸せは何なのか」。それも、たくさんある問いかけの中の一つですが。
北野
確かに私も、「それぞれの幸せは、自分たちが選ぶからこその幸せであって、その幸せはだれにとっても同様に幸せなわけではなくて、それぞれの幸せなんだ」ということを、読みながら感じていました。
阿部
普通の幸せって何なんだろうなって、
本当に思いますよね。
北野
シリーズを通して、色彩や薫り、調度品などがとても丁寧に描かれていますが、そこはこだわっていますか。
阿部
そうですね。なぜこだわっているのかというと、それは好きだからです。
北野
好きなものだからこそ、書ける気がしますよね。
阿部
矛盾しているように聞こえるかもしれませんが、私は、王道の少女漫画と聞いて思い浮かぶストーリーが、すごく嫌いなんです。男の子と女の子が出会って、意地悪な子が出てきて、結局清純な子が勝つ、というような。一方で、そういった少女漫画の繊細な表現にあこがれる部分も同時にあります。ということで、自分の好きなものや面白いと思った要素をどんどん取り入れて、自分が読みたいと思う話を書きたかった。その結果、趣味と個人的な思い入れと、偏見が凝り固まってできたのが、この物語です。
田中
私が想像していた結末とは全然違うのでそこが面白いと思っていたんですが、王道の少女漫画が嫌いということも反映されていたのですね。私はたぶん王道の考え方になっているだろうと思うので、それを期待していたからこそ、意外な展開に驚いて一気に読んでしまいました。
阿部
うれしいですね、そう言っていただけると。1 冊目の『烏に単〜』について言いますと、あえて私の考える王道の(少女漫画のような)キャラクターを全員作りました。清純な主人公と意地悪なお嬢様、文学少女のような静かだけれど何を考えているのかわからないクール系の子と、姉御っぽい友人。
田中
いかにも、いそうなキャラクターですよね。
阿部
そうすると読む人はきっと、そのキャラクターに沿った物語を考えますよね。前半はあえて、私が偏見をもっている王道の少女漫画のストーリーをそのまま使っています。
なんらかの幸運により自分が行くとは思っていなかった女の子が宮殿に呼ばれ、そして次々に出てくるライバルキャラ、っていかにもありそうですよね。さらにいうと、この話は私が賞をとるために書いたので、そうすると松本清張賞の応募の際に女子大生が送ってきて、書き出しがこうだったら、みんな絶対に……。
北野
王道の物語だと思いますよね。
阿部
若い女子が書きそうな話だな、と油断させておいて、最後に刺す!みたいな(笑)。
田中
私は刺されました(笑)。
阿部
それを狙って書いていたので、王道の話が好きな人にとっては大変不親切な作りになっています。私が何も知らない読者だったら、「面白かったけど、この野郎」と本を放り投げただろうなと思うので、そういう方たちにとっては本当に申し訳ないなと思っています。
北野
帯に、「予想を裏切る」って書いてありますからね。
阿部
そういう被害者たちの声を反映して、この帯があるんです(笑)。単行本から文庫が出るまでの間に、試行錯誤を経てこのような(帯の)形になりました。

(収録日:2016年 10月26日)

※阿部智里さんへのインタビューは、まだまだ続きがございます。
続きをご覧になられたい方は、大学生協 各書籍購買にて無料配布致しております『読書のいずみ』2016年12月発行NO.149にて、是非ご覧ください。

阿部智里さん サイン本を5名にプレゼント

『ロマンシエ』

阿部智里さんのお話はいかがでしたか?
阿部さんの著書『玉依姫』(文藝春秋)のサイン本を5名の方にプレゼントします。本誌綴込みハガキに感想とプレゼント応募欄への必要事項をご記入の上、本誌から切り離して編集部へお送りください。

こちらからも応募ができます。

応募は 2017年 1月 31日消印まで有効。
当選の発表は賞品の発送をもってかえさせていただきます。

Profile

阿部智里さん

阿部智里(あべ・ちさと)

■略歴 
1991年、群馬県生まれ。
2012年早稲田大学文化構想学部在学中に史上最年少(二十歳)で松本清張賞を受賞。デビュー作『烏に単は似合わない』は、八咫烏の世界を舞台に緻密な世界設定を行ない、意外な結末をはらんだストーリーも高い評価を受けた。13年『烏は主を選ばない』を上梓、14年早稲田大学大学院文学研究科に進学、『黄金の烏』を上梓、15年『空棺の烏』を上梓。「オール讀物」「小説新潮」など各小説誌にも短編を発表。「八咫烏シリーズ」は累計六十五万部を越える人気シリーズとなっている。