読書のいずみ

日常の物語に、希望がある。

1.待望の新刊『はるひのの、はる』

永岡 まず、「ささらシリーズ」の構想のきっかけからお伺いしたいと思うのですが。

加納 私はそれまで創元社でミステリー、ミステリーといっても日常の延長線上にある「日常の謎」を書いていましたが、日常から少し離れたミステリ、ないしはファンタジーを書きたいという思いがあったんです。『沙羅は和子の名を呼ぶ』も、どちらかといえばファンタジーよりの作品になりますが、天の視点のもう少し特殊な形、死んだ人の側から見る世界にも興味があったんですね。それで幽霊視点の話も書いてみたいなと。それと自分もそのころちょうど出産をしたりと生活環境に変化があったりして、『ささら さや』のような内容になりました。

永岡 出産したばかりの主人公の視点が細かく描かれていますよね。子育ての経験が、描写に反映されているということは?

加納 やはり大きいですね。赤ん坊の描写は凄く反映されています。子育て中のお母さん方からは共感していただきました。

髙橋 久しぶりの新刊『はるひのの、はる』は、前作『てるてるあした』と比べるとSF的な要素が強く出ていますね。

加納 一度やってみたかったんです。こういうパターン、大好きなんですよ。私が書く作品は一貫して「自分が読みたいと思うもの」なんです。ですので、好きなものには挑戦していきたいなと。

永岡 「ささらシリーズ」は三部作となりましたが、もともとシリーズ化しようと思っていたのですか?

加納 いえ、そんなことはないですね。最初はいつも一つの作品のことで頭がいっぱいになってしまうので、先のことは考えていないんです。ただ、どの作品でも、一回出てきた人物、彼らの日常や人間関係など、この人たちの先のことを自分でももっと知りたいと思うんです。幸せなことに読者からもそう言っていただけたりして、考えているうちに少しずつ話が広がっていくんですね。だからこのシリーズも。“ささら”という場所も好きでしたし、少し不思議なお話も大好きですしね。

永岡 ファンタジー要素が入りつつも、それが日常生活に上手く織り込まれていて凄くバランスがいいなと感じました。幽霊視点の作品は肝心な部分で幽霊の落ちに逃げてしまうとズルイと感じてしまうところがあるのですが、加納さんの作品はそんな風には全く感じないんです。そのバランスをどのように考えて書いているのでしょうか。

加納 私の書く作品に共通しているテーマは、「この人たちはどうやって食べているのだろうか」ということ。やっぱり、何をしてお金をもらって生活しているのか、というお金の問題はリアルな部分ですよね。だから『てるてるあした』のてるちゃんも一生懸命働いていますよね。

髙橋 そうでした。

加納 そういうところにしっかり足を着けつつ、そこから話を広げていくんです。

永岡 登場人物のバックグラウンドが凄くしっかりできていると思うのですが。

加納 凄く考えちゃいますね。たとえば、この子は何人家族なのか、どういう育てられ方をしたのか、親はどういう人なのか、どういうことが悩みなのか、どういうつもりでいるのか、とかね。書いているうちにその辺はどんどん考えてしまいます。

髙橋 書きながら考えるのですか? それとも最初にある程度決めておくのですか?

加納 人物が動きだすと、浮かんできます。本に書かれていないエピソードとか設定が、実はいろいろあったりするんですよ。

髙橋 そうなんですか? それも気になりますね。

永岡 加納さんの作品には完璧な主人公というのがなかなかいませんが……。

加納 いないですよね。そんなものは。

髙橋 だからこそ、うっかり作品に入りこんで主人公に自己投影をしてしまうんですね。

永岡 私も(笑)。

加納 完璧な主人公で面白くするのは、ものすごく難しいんですよ。そういう形で共感できたり面白いのだとしたら、それはやっぱり書き方がうまいんだと思います。ヒーローものはそうですよね。でも、たいていの場合はどこかヌケていたりしますよね。完璧な超人はいるのかなぁ。あまりいないですね。

髙橋 『はるひのの、はる』ではいろいろな人物が各章の主人公になっていますが、そういう多視点の書き方を取り入れようと思ったのは?

加納 いちおう、『ささら さや』でも多視点なんですよ。憑依される側の人物目線が必ず入ってくるほうがやっぱりお話を広げやすいですし、今回はかなり複雑な話なので、一人だけの視点では全く成立しない話なんですね。ですので、いろいろな角度からいろいろな視点を交えて書かせていただきました。

永岡 多視点で書くことでそれぞれのお話が個々に成立していますが、このように加納さんが連作短編を書かれるときには、一連のストーリーを最初から最後まで決めてから短編という形で一つずつ抜き出しているのですか? それとも『はるひのの、はる』のように一編ずつ書いたものを最後にまとめられているのでしょうか?

加納 連作は全て、まず大きな枠組みを作って、それに何を詰めていくかを考えます。以前桐野夏生さんが、ミステリーを書くことを「お弁当箱におかずを詰めていくようなもの」と仰っていたんですね。桐野さんはのちにそのお弁当である枠から外れて、いろいろな傑作を生み出されているわけですけれども、私の場合はまさにそのお弁当箱なんですよ。まず枠を作ってそこにおかずとか彩りを考えながら詰めていく。桐野さんが書かれている作品が一流レストランの一流シェフが作った素晴らしい創作料理だとすると、私はおかあさんのつくるお弁当。私にはそれしかできないし、それで喜んでくださる方がいるので。

髙橋 まず、大枠を決めてからそこにお話をはめていく、という感じなんですね。

加納 そういう感じで書いています。

永岡 『はるひのの、はる』のように時間を使うと、矛盾やタイムパラドックスが生じてきたりというような苦労はありましたか?

加納 やはり一話一話で成立している以上あまり投げっぱなしなこともできないので、中途半端な伏線は張りにくいんですね。あとから全体的に見た時にまとまっていたいので、そこらへんの塩梅に苦労しました。伏線をどれだけ見せるか、どれだけ隠すか。

髙橋 そのさじ加減が難しそうですね。

加納 これはやっぱり何年経っても難しいですね。

永岡 シリーズものは、次の作品までの執筆の間隔が空くと世界観とかが身体から抜けてしまう気がしますが、加納さんの作品はそんなことはなくてしっかりと世界観が引き継がれていますよね。

加納 でも正直ね、結構忘れちゃうんですよ。

髙橋 自分でまた読み返して思い出したりするんですか?

加納 そうですね。あとから読み返して「こんな設定があったのか」と思い出すこともありますよ。名前とか、存在自体も忘れている人がいたりしますからね。登場人物には(特にシリーズものには)愛着があるので、一回そこの世界に戻ると、「ああ、このときはこんなことを考えていたな」と掘り出してきます。『ぐるぐる猿と歌う鳥』なんかもあの子たちの先が心配でしょうがないんですけど、なかなか書くのが遅くて実現しないですね。

インタビュアーによる加納朋子さん 著書紹介

『ささら さや』

『ささら さや』

幻冬舎文庫/本体価格571円+税
「ささらシリーズ」第1作目。もしも突然自分の大好きな人を失ってしまったら? 残された人と残していってしまった人。二つの視線が交叉する。前を向く力をくれる一冊です。(永)

『てるてるあした』

『てるてるあした』

幻冬舎文庫/本体価格600円+税
「ささらシリーズ」第2作目。15才にして人生のどん底に落とされた照代を迎えたのは、口うるさい元気なおばあさん。始まった奇妙な共同生活の中に不思議な出来事が起こっていく。(永)

『はるひのの、はる』

『はるひのの、はる』

幻冬舎/本体価格1,500円+税
「ささらシリーズ」第3作目。はる・なつ・あき・ふゆ・そしてふたたびはる。めぐりめぐる季節の中で出会う不思議が一つの奇跡を紡ぎます。どうぞ計算された綿密な世界のとりこになってください。(永) ※サイン本プレゼント(5名)

『ななつのこ』

『ななつのこ』

創元推理文庫/本体価格520円+税
これを読まなければ始まらない。加納朋子氏の原点「駒子シリーズ」。日常には謎が溢れていて、その分岐点は疑問を持つか持たないか。ほら、あなたの謎を見つけましょう?(髙)

『魔法飛行』

『魔法飛行』

創元推理文庫/本体価格560円+税
「駒子シリーズ」2作目。作中で展開されるのは紛れもないロジックで、マジックだ。ラストに描かれる情景は読むほどに、息を呑むほどに美しい。個人的に大好きな1冊。(髙)

『スペース』

『スペース』

創元推理文庫/本体価格640円+税
「駒子シリーズ」3作目。手紙。2人だけに伝わる、文字には書かれる事のない物語。その物語に少しだけお邪魔させてもらいましょう。少しだけ勇気を分けてもらいましょう。(髙)

『七人の敵がいる』

『七人の敵がいる』

集英社文庫/本体価格619円+税
働く女にゃ敵がいる。気がつけばいつだって敵ばかり。それでも、戦うべき時がある。逃げ出さないということが、どれだけ尊いことか。大切なことのために、戦うのだ!(髙)

『モノレールねこ』

『モノレールねこ』

文春文庫/本体価格505円+税
表紙を見て下さい! 今流行りのブサ可愛いこの子を! ほっこりからぞくっとまで、8作の短編を収めた贅沢な一冊。ザリガニ視点の『バルタン最期の日』は必読です!(永)

『コッペリア』

『コッペリア』

講談社文庫/本体価格629円+税
美しすぎる人形をとりまく物語。人間の愛情と憎悪が浮かび上がる。命が吹き込まれた人形はもはやただの人形ではない。ひと味違う加納ワールドに魅了されます。(永)

『沙羅は和子の名を呼ぶ』

『沙羅は和子の名を呼ぶ』

集英社文庫/本体価格552円+税
それぞれの物語のタイトルの美しさにまず惹かれる。中でも好きなのは「天使の都」。小さな奇跡のような優しさと、柔らかさがその根底にある。その世界に住んでみたいと思う。(髙)

『ガラスの麒麟』

『ガラスの麒麟』

講談社文庫/本体価格590円+税
日本推理作家協会賞を受賞した連作ミステリィ。所謂「日常」から少し離れた、それでも作者の物語であるとわかるような温かさが愛おしい作品。壊れやすく美しい世界だ。(髙)

『無菌病棟より愛をこめて』

『無菌病棟より愛をこめて』

文藝春秋/本体価格1,650円+税
2010年、白血病と診断された加納さんの闘病記は、病気のステレオタイプに惑わされずに諦めないでほしい、そんな加納さんからのエールが詰まった珠玉のエッセイです。(永)

2.ネタは転がっている!?

髙橋 「ささらシリーズ」では、ホワイダニットがとてもみなやさしくて、最後は温かい気持ちになる終わり方になっていますが、加納さんがいつもこのような書き方をされるのには、何か狙いがあるのでしょうか?

加納 基本的に大団円が好きなんですよ。現実の世界は、ままならなかったり理不尽だったり無残なことばかりでしょう? だから、せめて物語のなかでは楽しい方がいいなと思って書いています。もちろんホラーとか凄く残忍な話も、一読者としてはアリなんですよ。戦慄しながら読むのは好きなんです。実は今、ホラーを書こうと思っているのですが。

髙橋 え~!?

加納 こどもがいじめ抜かれるドロドロの話。「別冊文藝春秋11月号」から読み切り短編シリーズを始めたのですが、人間の不思議というか、病気というほどでもない特殊な状態みたいなものを書いていきたいと思っています。

髙橋 読みました。“共感覚”のことを書いていましたね。

加納 ありがとうございます。以前、別の雑誌で“場面緘黙(ばめんかんもく)”をテーマに書いたことがあって、そういう感じで話を揃えてみたいなと思っているんです。ホラーテイストでやってみましたが、苦労していて……。今締め切りが近づいていて、追い詰められています。進まない進まない(笑)。

永岡 作品を書き始めるきっかけや、ネタの構想はどのように?

加納 日常生活を送っていて、たとえば、本を読んでいるときに出会った一節だとか、テレビを観ていて耳に残ったワードだとか、内容に関係なく何か引っかかるものがあるんですよ。それを大事に転がし続けます。だから“共感覚”もそうですね。現象自体がものすごく魅力的だなと思ってそれがずっと引っかかっていると、日常で他にもそれに関連する情報が自然と目についていくんです。それが少しずつ固まってきて、お話になったり、ならなかったり。

永岡 一旦インプットして、貯めたものの中から引っ張ってくるんですね。

加納 だからね、私がインターネットでしょうもないページを眺めているように見えてもね、それは遊んでいるんじゃないかもしれないんですよ(笑)。漫画を読んでいても、なにかそこから得るモノがあるかもしれない。

髙橋 「駒子シリーズ」で扱っている日常の謎は、実際に経験されたものなんですか? たとえばスイカジュース事件とか。

加納 スイカジュースは実際に経験したお話なんです。自宅へ帰る途中の道にぽたぽたと血痕があって、それを見れば「何事?」って、いろいろ考えますよね。結局は地方紙に「酔っ払いがけがをした」という小さな記事が載っていて謎が解けてしまったんですが。でもこれなら自分が考えた方が面白かったのにと、すごくがっかりしたんです。そんなことが種としてあったんですね。第二話のネズミの話なども同様ですが、だから私の場合、トリックありきではなくてスタートするに足る小さな種があるかどうかなんですね。

永岡 小さな種が、日常の生活のなかにあるんですね。

髙橋 それを孵化させるのはすごいですね。

加納 でも孵化させるまでに時間がかかっちゃって……。

永岡 日常の謎が自分のまわりにも転がっているのではといろんなところを探してみるんですけど、なかなか見つからないんですよね。気付かないだけなのだとは思いますが。

加納 私は結構きょろきょろするタイプなんです。電車の中で聞き耳を立てたり、不思議な人がいたりすると観察をしたりしますね。複数の携帯で片っ端から電話をかけているようないかにも柄の悪い人がいると、「これは犯罪のにおいがするな」とかね。そういうのが楽しいですね。OLをやっていたときにはずっと電車で通勤していましたから、ラッシュの中であたためたネタも多いです。

(収録日:2013年10月22日)

加納 朋子さん サイン本を5名にプレゼント

『はるひのの、はる』

加納さんのお話はいかがでしたか? 加納朋子さんの著書『はるひのの、はる』のサイン本を5名の方にプレゼントします。 本誌綴込みハガキに感想とプレゼント応募欄への必要事項をご記入の上、本誌から切り離して編集部へお送りください。 応募は2014年1月31日消印まで有効。 当選の発表は賞品の発送をもってかえさせていただきます。

Profile

加納 朋子

加納 朋子(かのう・ともこ)

■略歴 
1966年福岡県生まれ。 92年「ななつのこ」で第3回鮎川哲也賞を受賞し、作家デビュー。95年に「ガラスの麒麟」で第48回日本推理作家協会賞(短編および連作短編集部門)を受賞。著書に『ささら さや』『てるてるあした』(以上、幻冬舎文庫)、『モノレールねこ』『少年少女飛行倶楽部』(以上、文春文庫)、『ぐるぐる猿と歌う鳥』(講談社文庫)、『七人の敵がいる』(集英社文庫)、エッセイ『無菌病棟より愛をこめて』(文藝春秋)など多数。最新刊に『はるひのの、はる』がある。

※加納朋子さんへのインタビューは、まだまだ続きがございます。 続きをご覧になられたい方は、大学生協 各書籍購買にて無料配布致しております。 続きは「読書のいずみ」2013年12月発行NO.137にて、是非ご覧ください。


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