読書のいずみ「座・対談」

小説の力が人を動かす。

夏川 草介さん(医師・小説家)VS 

髙橋元紀さん (名古屋大学大学院環境学研究科M1)
北野晶子さん (信州大学農学部3年)

1.医者として。作家として。

髙橋 いま夏川さんは医者であり作家という二足のわらじで生活されていますが、それはとても大変なことだと思います。どのように両立をされているのでしょうか?

夏川 なんというか、本当につらいですね(笑)。特にいまは、勤務している病院でドクターが数名体調を崩して体制が薄くなっていますので、より仕事が大変な状況なんです。つらい仕事ではあるけど、もちろんやりがいもあります。ただ、医者だけをやっていると、ときどき患者さんと話をしていてうまくかみ合わないことがあるんです。

北野 それは、どうしてでしょうか?

夏川 観念的な話ですけど、自分の感覚が一般的な人間としての見方から完全に医者の見方になっているんでしょうね。そういうときに書く作業をすると、なんとなく人間的な感覚に戻っていくんです。多忙な状況でさらにプラスαのことをするのはきついんですけど、バランスが崩れても小説を書くことによって、より医者としていい仕事ができるんですね。「ずっと病院に居たい」という患者さんを家に帰さなければならないときに、それを「ここは病院だから出ていけ」という言い方をするのか、それとも「バックアップをするから家で頑張って。ダメならばまた来ればいいですよ」という言い方をするのか。後者のような言い方ができるときは、小説もうまく書けて、医者としても質の高い医療ができていますね。

髙橋 作品では一止たちが帰宅できずに嘆いていますが、夏川さんは、実際にちゃんと帰宅できていますか?

夏川 いまはできるだけ帰るようにはしていますが、重症の人が運び込まれてくればもちろん帰れないし、当直があれば泊まりになります。私たちには365日のなかで休日と設定されている日はないんですね。病院にいる拘束時間も長いけれども、何かあれば病院から呼び出されるので、家に帰って来たからと言ってホッとすることがなかなかできない、それがこの仕事の一番つらいところです。

髙橋 もしかしたら、今日も呼び出されるかもしれないのですね。

夏川 もちろん。何名かの研修の先生にバックアップ体制をとってもらっているので、電話がかかってきてもすぐに行かなければならない、ということはないけど、二時間以内には行かなければならないですね。

北野 大変ですね。

夏川 まあ、それもずっと10年以上やってきたことですし、皆やっていることなので。

北野 辞めたいとは思わなかったんですか?

夏川 しょっちゅうですよ、いまだって(笑)。それは半ば冗談だとしても、いつまで自分の体力が続くのか不安はありますね。10年前と違って体力は落ちているし、体力が落ちれば集中力が乱れる、だけどミスは許されない。ずっと続けるにはなかなか厳しい気がするけど、辞めたいと思っても妻が許しをくれない。

一同 笑

夏川 「あなたは医者をやっていることが人生にプラスになっているから」と言ってくれるので……。確かにそうかもしれません。

インタビュアーによる夏川草介さん 著書紹介

『ささら さや』

『神様のカルテ』

小学館文庫/本体552円+税
読みながら「白い物語だ」と感じていたことを覚えている。初めて読んだのは2年も前だったろうか。内容自体はむしろ泥臭い。慢性医師不足の地方病院で働く内科医の日常を描く物語なのだからこれがどうして泥臭くなくなろうか。それでも「白さ」を感じずにはいられない。それは主人公一止の実直さ故だろう。彼は人間らしく迷いもする。疲れもする。でも、自分を曲げない。彼がどのように人と接していくのか。彼の強さはどこにある?(髙)

『てるてるあした』

『神様のカルテ 2』

小学館文庫/本体657円+税
春だ。一止は今日も変わらず不眠不休で働いている。そんな中、本庄病院には一止の大学の同級生である進藤がやってきた。一止の過去の恋愛話に医学部の良心とうたわれていた進藤の悪評、頭上から降るコーヒー。そして古狐先生の発病。私たちは人間だ。当たり前のようなことだけれど、どのような立場であろうと私たちは人間で、そうである限り、私たちはきっとやさしくなれる。大切な誰かを、大切にできる。(北)

『はるひのの、はる』

『神様のカルテ 3』

小学館文庫/本体714円+税
シリーズ最新刊。新たな人物を加えて、物語は動き出す。それぞれがそれぞれの信念を持って医療に、人に、向き合う。時にはその真剣さ故にぶつかり合うこともあるけれど。しかし、その真剣さは読んでいてどこまでも気持ちがいい。優しいからこそ、ぶつかる。生を尊重するから、ぶつかる。誰より自分の仕事に誇りを持って、救いたいと願うから、ぶつかる。ああ、私もこんなふうに強く真直に生きることができたなら。(髙)

2.刹那的な選択でしたが…

髙橋 そもそも医者を目指されたきっかけというのは?

夏川 高校一年くらいまでは目標もなく、本を読みながらぼんやり過ごしていたのですが、高校時代に阪神淡路大震災を経験したんですね。大震災の朝、周辺は結構ひどい状況で、その光景を見ていた親が「自分が医者だったらもっとできることがあったのに」と言ったんです。それを聞いて「じゃあ、俺が医者になろう」と。結構刹那的な発想ではあったんだけど、そのときから必死に勉強をしました。

北野 それで間にあうのだから凄いです。

夏川 いや、あのときは神様がついていたのだと思います。

北野 そして内科のお医者さんになられた。

夏川 そう。でも、それもなかなか決められなくてね。自分たちの頃は医学部を卒業するときにどの診療科の医者になるか決めなくてはいけなかったんです。消化器内科とか、神経内科とか、外科とか。でも私はすぐに決められなかったので、とりあえず最初の二年間は全科を経験できる研修プログラム(スーパーローテーション)のある病院に行きました。要するに時間稼ぎです。その間にすごく魅力的な先生に出会い、その先生に声をかけてもらえて、いま内科にいるんですけどね。

髙橋 小説は以前から書いていたのですか?

夏川 文章を書くのは好きでしたが、パソコンにそういう文章を放り込んでいただけで、物語を書いて完結させて世の中に出そうとか作家になろうと思ったことは一度もありませんでした。でも医者になって4~5年たったころ、緊張が続く仕事で苦しいなと、こんなことでいいんだろうかと悩むようになってきたんです。疲れてくると体調も悪くなるし、体調が悪ければ患者さんに厳しくなる。だんだん、質(たち)の悪い医者になってきまして……。その様子を見ていた妻が「バランスが狂っているから、文章を書くのが好きなら小説を書いてみれば?」と言ってくれ、締切のある小学館文庫小説賞を教えてくれて、それで書いてみようと思ったわけです。まあ、これも刹那的に決めたことですね。

北野 奥様の言葉がきっかけだったんですね。

夏川 そうですね。原稿を出してくれたのも妻ですし。だからここまで二人三脚でやってきたという感じですね。

髙橋 実際に受賞されたときには、どんなお気持ちでしたか?

夏川 医者をやっていると、病院に変な押し売りの電話がかかってくるんですよ、マンションの勧誘とか。だから小学館から最初に電話をもらったときには、完全にそのタイプのものだと思って適当に応対してしまいました(笑)。応募から連絡が来るまでに半年くらい経っていたので、だいぶ記憶の遠くにいっていたものが帰ってきて、正直なところびっくりしましたね。そして今度は本にするために、書き直しなどの注文が来ましてね。

髙橋 書き直しの作業というのは、削る部分があったり、新たに加えたり?

夏川 そうですね。自分の中だけで完結していてもやはり作品としては偏りがあるんですよね。そういうところを編集者に指摘されて書き直してみると、何が足りなかったのかがはっきりとわかります。それは個人の力だけでは超えられない壁で、編集という仕事が非常に重要な役割を果たしていると思いますね。結構厳しいことを言われますけど初めての作業だったので、おもしろい体験でした。

髙橋 3巻のなかの、第一話は「STORYBOX」で連載されていたものですが、連載はより大変な作業だったのでは?

夏川 いやぁ、きつかったですよ、本当に。基本的に小説を書かないと食べられないという立場ではないので、ゆっくり時間をかけて、楽しみながらいいものを作りたいという思いがあったんですよね。それは恵まれた立場であるから言えることですが……。とはいっても、「何かを作るときには、作る勢いというものがあるんだよ」と人に言われたことがあったので、それで連載のときには “とにかく書いてみる”という作業を初めてやったんです。すると、書こうと思えば書けるんですね。それをさらに改良していく過程では、自分の動かしている登場人物がどんどん物語を作っていってくれる。出来あがりも満足のいくものになりました。そういうことを3巻のときにはより強く感じました。1巻のときは何も考えずに書いていますので。

髙橋 1巻は本当に好きなことを書いていたわけですね。

夏川 その場その場が面白ければいい、ぐらいの感じでしたね(笑)。

北野 こんなに忙しいのに、書く時間はどうやって確保するんですか?

夏川 「忙しい」「疲れた」という理由をつけると、いくらでも書かないでいられます。誰が見ても無茶な生活をしているんですけど、さきほども言ったように、書くことで精神的なバランスが保たれるし書くことが楽しいので、忙しさを理由に書かないでいるのは勿体ない。ではどうするか、とにかく何時に帰ってきても一時間は書くと決めているんです。

北野 遅くなってでもですか?

夏川 2時に帰ってきても、3時に帰ってきても。この日くらいまでにはある程度完成させなければいけないというときには、そういう強制令を自分に発行して、やる。 医者で折れそうな心が、小説を書くことで救われるんですね。内科という所は、亡くなる患者さんが本当に多いんですよ。外科系の先生は「手術」という強力な武器で患者さんと強い信頼関係を築くことができます。でも内科はそうではない。内科は、信頼関係を築くために時間が必要なんです。ただ時間がない。たとえばはじめて来た人が余命いくばくもないというときに、どうやってこの患者さんと向き合って、信頼を得て、最後の時間を「いい時間だった」と感じてもらえるようにできるか、ということはとてもプレッシャーがかかるんですね。自分が元気なときはいいけど、疲れているといい思考が働かないんですよ。そういうときは、患者さんにとっても不幸な時間になってしまうので、家で物語を書くことで大事な感覚が少しでも戻ってくる気がして、やっています。暗い話ですね(笑)。

3.小説でできること

髙橋 『神様のカルテ』は映画化され、3月には2作目が公開されますね(本誌42頁参照)。

夏川 2作目まで作ってもらっているのに、いまでも実感がわかないんです。もともとテレビのない生活をしていてあまり映像というジャンルと接点がなかったので、映画化と言われてもまるで他人事でした。でも作っている人たちに接したり完成したものを観たら、小説が人を動かし始めたなと。そう思うと自分のエネルギーになります。

北野 もうご覧になりましたか?

夏川 いい映画ですよ。2作目はひと際素晴らしい映画でした。1作目は1作目の良さがあるんですが、2作目は長野の綺麗な風景が入ってきたりして。

北野 たしかにそうですね。長野の良さと物語のいいところが合わさって……。

夏川 そうなんですよ。映像であることの理由を提示されたというか。これは映画としていい作品だなと思います。私は映画の制作にはノータッチなので、自画自賛ではありません。本当にいい映画です。みなさん、ぜひ、映画館でごらんください!

※夏川草介さんへのインタビューは、まだまだ続きがございます。 続きをご覧になられたい方は、大学生協 各書籍購買にて無料配布致しております。 続きは『読書のいずみ』2014年3月発行NO.138にて、是非ご覧ください。

(収録日:2013年12月15日)

加納 朋子さん サイン本を5名にプレゼント

『神様のカルテ 3』

夏川草介さんの著書『神様のカルテ3』(小学館文庫)のサイン本を5名の方にプレゼントします。本誌綴込みハガキに感想とプレゼント応募欄への必要事項をご記入の上、本誌から切り離して編集部へお送りください。 応募は2014年4月30日消印まで有効。 当選の発表は賞品の発送をもってかえさせていただきます。

Profile

夏川 草介

夏川 草介(なつかわ・そうすけ)

■略歴 
1978年大阪府生まれ。 信州大学医学部卒業。 長野県の病院にて地域医療に従事。 2009年『神様のカルテ』で第10回小学館文庫小説賞を受賞しデビュー。同作は2010年本屋大賞第2位、150万部を超えるベストセラーとなる。他の著書に『神様のカルテ2』、『神様のカルテ3』がある。


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