読書のいずみ「座・対談」

想像のつばさを広げて

原田マハさん(小説家)
 VS 
熊崎菜穂さん(金沢大学人間社会学域4年) 
任 冬桜さん(東京大学教養学部2年)

1.アート小説を書くこと

熊崎
私も任さんも最初に読んだ原田さんの作品は『ジヴェルニーの食卓』でした。二人ともこの作品で美術にはまって、展覧会に行くようになったんです。
原田
そうですか。ありがとうございます。お二人はどうして『ジヴェルニーの食卓』を読まれたのですか。
熊崎
私は図書館で、単行本の綺麗な装丁に惹かれたのがきっかけです。
原田
あれは背表紙のところまで「睡蓮」(モネ)の絵がきれいにかかっていますからね。
それまでは、美術関係の本を読んだり美術館に行ったりすることはなかったのですか。
熊崎
ありませんでした。ですから、人生が変わりました。
原田
じゃ、いいきっかけになったのですね。ありがとうございます。任さんは?
昨年末、友達を見送りに空港へ行った時に本屋さんで見つけて、帰りの電車で読み入ってしまいました。
原田
モネ展(〜「印象、日の出」から「睡蓮」まで〜)は見に行かれましたか。
本を読んだ時には東京展がすでに終わっていたので、見に行けませんでした。
原田
モネ展は全国巡回されていて、夏(6月4日から)には新潟で開催されますので、チャンスがあれば見に行かれるといいですよ。
熊崎
私は東京展に行ってきました。
原田
本を読んでからモネ展を見に行かれて、どんな感じがしましたか。
熊崎
もともと絵は好きでしたが、美術館には小学校の遠足で行ったことがある程度でした。でも『ジヴェルニーの食卓』で画家モネという人物に惹かれ、実際にモネ展で作品を見たら、崖から落ちるくらいの衝撃を受けました。そしてますます美術にはまってしまいました。
原田
美術館って、意識的に行こうと思わなければ行かない場所ですよね。意識を持って行くと、人生、生活が豊かになる感じがしませんか。
熊崎
はい。その通りです。興味がなかったものに興味を持つようになりましたし、自発的に行くと発見も多く、見た感想を友達と共有することもできて、ますます楽しくなります。任さんはどうですか。
作品を美術館で見るのは印刷されたものを見るのとは違いますし、改まった気持ちで展示を解説と一緒に見ると、アーティストの思いが伝わってくるので、そこででしか得られない体験があります。
原田
そのように受け取ってくださると、私も嬉しいです。私がアート小説を書き始めたのは、実は『楽園のカンヴァス』よりも『ジヴェルニーの食卓』に収録されている「美しい墓」が先だったんです。ここには結構実在の人物が出てきます。マティスとかピカソとかね。語り手のマリアという女性は架空の人物です。マリアのモデルになったマティスの家政婦さんの日記が実は残っていて、それがもとになっているんですよ。
熊崎
日記があったのですね。
原田
その日記のなかに、マティスがベッドで吸っていたタバコの灰を落として焦げをつくってしまい、それを「刺繍をして繕ってほしい。可愛く仕上げてね」と言うので家政婦がひなげしの刺繍をした、という記録が残っているんです。それに感動して、想像の翼が広がったんです。
本来画家の日常生活って、私たちにはわからないじゃないですか。文献も残っていませんし。もちろんピカソもマティスも才能があってああいう作品を生み出したんだけど、私たちと同じ人間的な部分もあったんだろうなと思ったんです。もし私がマティスやピカソやモネや大好きな画家たちの近くにいる立場だったらどんなふうに接したかな、とか、同じ時代に同じ空間で同じ時間を共有していたらどんなふうに見えたのかな、と、すごく妄想したんですね。そうしているうちに物語が浮かんできて、「美しい墓」を書きました。
モネやピカソという実在の人物を書くときに気をつけていることはありますか。
原田
私はアーティストが登場する作品を書くときに自分のなかで二つ決めていることがあるんです。まず、取り上げられた人に対して尊敬の念を持って接すること。それから、絶対に貶めないということです。どういうことかというと、私がアーティストを絶対的に尊敬して、親しみを込めて自分の創作に取り込むことによって、その人をより輝かせたいと思っています。そして、いたずらにいじってイメージを変えてしまったり、貶めて読者をがっかりさせたりするようなことは絶対にしない。だから、『楽園のカンヴァス』のルソー、『ジヴェルニーの食卓』のモネ、『暗幕のゲルニカ』はピカソ、『ロマンシエ』ならリトグラフの作品、そういうアーティストやアートに対して私がとても愛情や尊敬の念を持って書いているというのを、多分これらの本を読まれて感じていただけたんじゃないかなと思います。
熊崎
原田さんの画家や作品への尊敬の気持ちと愛情は、私も読んでいてすごく感じました。『ジヴェルニーの食卓』も感動して泣いてしまったんです。私はこの本から美術に入りましたが、親しみを感じて作品に触れることができてよかったと思います。
原田
それは嬉しいです。ちゃんと正確に伝わっているんですね。よかった。任さんもそうですか。
そうですね。画家がどんなにすばらしい人でも愛がないとやっぱり遠い存在に感じてしまいますが、原田さんの物語を読んでいると内側から彼らのいろんな魅力が見えてくるので、原田さんが本当に好きなんだなというのが伝わってきます。

インタビュアーによる 原田マハさん 著書紹介

『暗幕のゲルニカ』

『暗幕のゲルニカ』

新潮社/本体1,600 円+ 税

たった一枚の絵にすぎない。それでも、その絵を見て心を揺さぶられた。
悲しみを、痛みを、恐怖を、怒りを、愕然とするほど訴えるピカソの〈ゲルニカ〉。見るものすべてを突き動かす、アートの力を信じる物語。(熊)

『ロマンシエ』

『ロマンシエ』

小学館/本体1,500 円+ 税

マドモワゼル(?)、美智之輔のパリライフに、まさか現れたあの小説家。
わちゃわちゃしつつも最後はグッと魅せてくるラブコメ。作品に登場するリトグラフ工房idem と本作が連動した展覧会も話題になりました。(任)

『異邦人』

『異邦人』

PHP 研究所/本体1,700 円+ 税

一枚の絵、一人の画家との出会いが、人生を変える。どうしても描きたいとあがく者と、どうしても手に入れなければと願う者。狂おしい魅力にとり憑かれた人々の、つきない業の物語。(熊)

『すべてのドアは、入り口である。』

『すべてのドアは、入り口である。』

祥伝社/本体1,700 円+ 税

現代アートはちょっと……。と思うのもこの本と出会うまで。こんなものも、あんなものも、artなんだ。元キュレーターの原田さんと現役キュレーターの高橋さんが新しい世界へと、あなたの視野を広げてくれます。(任)

『ジヴェルニーの食卓』

『ジヴェルニーの食卓』

集英社文庫/本体560 円+ 税

なんてあざやかで輝かしいのだろう。喜びは喜びとして、悲しみは悲しみとして、美しさも醜さもいつわりなく、その絵の中にある。画家の目に光を、筆を持つ手に力を、そう祈りつづけた世界を、きっとわたしも見ている。(熊)

『楽園のカンヴァス』

『楽園のカンヴァス』

新潮文庫/本体670 円+ 税

「夢」はフランスの画家、ルソーによる大作。謎の大富豪のもと、二人のルソー研究家が「夢」の謎に挑む。夢が、陰謀が、楽園が、まぶたの裏に浮かんでくる。あなたもきっと、恍惚として囚われる。(任)

『生きるぼくら』

『生きるぼくら』

徳間文庫/本体690 円+ 税

二十四歳のひきこもり・麻生人生。蓼科に住む祖母のもとではじめたのは、なんと米作り。ひとと関わり、育ってゆく苗を喜び、うつりゆく四季とともに人生もまた変わってゆく。読後は断然、ごはんがおいしい。(熊)

『旅屋おかえり』

『旅屋おかえり』

集英社文庫/本体600 円+ 税

主人公はタレント、丘えりか。唯一出演中の旅番組をクビになり、「おかえり」も事務所も崖っぷち……。そこに舞い込んできたのは、旅の依頼。「旅屋おかえり」、開業です。
泣いたり笑ったり、読後感はまさに、虹。(任)

『星がひとつほしいとの祈り』

『星がひとつほしいとの祈り』

実業之日本社文庫/本体600 円+ 税

星がひとつ。どうか星をひとつ。見つけることができたらそれだけで幸せなんだろう。誰かにとって自分がそうなれたら、なおさらのこと。余韻がじんわり染み入るような短篇集。(熊)

『暗い夜、星を数えて』

『本日は、お日柄もよく』

徳間文庫/本体648 円+ 税

結婚式の祝辞からはじまる、スピーチライター修行。言葉で誰かの心を熱くし、動かしてみたい。
声に乗せた思いを、まっすぐに届けることの難しさ、そして通じ合った時の感動が、この一冊に詰まっている。(熊)

『夏を喪くす』

『夏を喪くす』

講談社文庫/本体620 円+ 税

光が照れば、影も現る。我が道を行く女性たちにも、ふとしたことで変化が。
ハッピーエンドはない。しかし新しい一歩を踏み出す彼女たちは、強く、美しい。四本それぞれ、宝石のような中編集。(任)

『キネマの神様』

『キネマの神様』

文春文庫/本体620 円+ 税

ダメ親父がはじめた映画ブログが、崩壊寸前の家族を救う! こんなにも夢中になれる、愛してやまないものがある幸福感にめまいがする。エンドロールまでたっぷり、楽しんでほしい。(熊)

『一分間だけ』

『一分間だけ』

宝島社文庫/本体467 円+ 税

がんばりすぎないで。ひとりじゃないんだよ。そう教えてくれたあなた。
失って初めて、愛おしさは増すものなのかな……。じんわりと温かい、恋人と愛犬の物語。台湾で映画化されています。(任)

『カフーを待ちわびて』

『カフーを待ちわびて』

宝島社文庫/本体457 円+ 税

カフーは「幸せ」「果報」のこと。犬のカフーと暮らす明青のもとに、思いがけない「幸」が訪れる。変化の波に揉まれる沖縄は、ひたむきなラブストーリーの舞台。映画化もされた作品です。(任)

2. 取材は徹底的に

ところで、『暗幕のゲルニカ』もそうですが、資料をたくさん読まれていらっしゃいますよね。史実にすごく忠実に描かれている一方で、架空の人物も登場するので実在の人かと思って検索してしまいました。原田さんはフィクションとノンフィクションの線引きをどう考えていらっしゃるのですか。
原田
その質問、よく聞かれるんです。
 物語には、実在の人物、画家、作品、地名だとかMoMA のような施設、あるいは『暗幕のゲルニカ』に出てくるロックフェラー家というファミリーなどがどんどん出てきます。『暗幕のゲルニカ』は史実をふんだんに盛り込みました。たとえば第二次世界大戦の前後や9.11 のテロ、イラク戦争とか。詳しく書いているので、どこまでが事実なのかということをみなさんは知りたくなると思うんですね。それが書き手である私の意図で、あえて線引きはせずにシームレスにしているんです。
それはなぜですか。
原田
実在の人物や作品や団体、史実を登場させることで自分たちの世界とつながっているということを意識してもらいたいんですね。完全な絵空事ではない。もちろん90%はフィクションですけど、10%は基盤となる史実のフレームの部分なんです。
 まずこのフレームをがっちり作ります。その上にフィクションを盛り込むので、フレームがしっかりしないと崩れちゃうんです。そのためには文献もできる限りあたるし、すごく緻密な取材もします。
 例えば、『楽園のカンヴァス』では、バーゼルにある「ドライ・ケーニゲ」というホテルに泊まって、エレベータが何秒で閉まるのかを調べたり、手紙がドアの下から本当に差し込めるのかを自分で試したり、テラスから出たら何がどういうふうに見えるのか、たとえば下を覗き込むと織絵が食べているオムレツまで本当に見えるのか、という細かいところまで調べたりしました。
そんなところまで。
原田
私はすごく取材をする主義なんです。アート小説に限らず、他の小説についても全部取材をして書いています。たとえば『本日は、お日柄もよく』のスピーチライティングについては、スピーチをたくさん聞いてものすごく研究しましたし、『生きるぼくら』のときには、一年を通して米作りをやりました。
『さいはての彼女』のときは、凪のモデルになった聴覚障がい者の男性の友達がいるんですが、彼はハーレーのカスタムビルダーをやっているんですね。その彼とタンデムでツーリングしたり、北海道を何日もかけて取材しました。『永遠をさがしに』では、東京交響楽団の女性のチェリスト・高橋さんについてチェロを習ったり、チェロをかついで京王線に乗ってウロウロしたり、どのくらい重いのか、チェロという楽器と一緒にいるというのはどんな感じなのか、そばに寄って寝て、担いで、弾いて、って全部体験したんですよ。『ロマンシエ』ではリトグラフを自分でも作っています。
熊崎
すごい取材力。どれもご自身で体験しているのですね。
原田
なぜかというとね、自分たちの世界と地続きになっていると感じて欲しいんです。その基盤の部分をしっかりと作りたい。そして、どこから何を言われても絶対に答えられるように、自分で自信を持って作る、ということをポリシーにしていますね。
熊崎
読んでいて、それは本当に感じます。旅の小説は特に、舞台となる土地の風土や言葉や食べ物など、その土地の空気がふわりと薫ってくるような感じを受けることがあります。
原田
いいですね。それが自然に醸し出しているものだとすれば、すごく嬉しいです。「こんなにやってんねん」という感じがガリガリ前に出てしまうと、やりすぎなんですけどね。最近ね、それを「行間力」だって思うんですよ。
熊崎
行間力ですか? 
原田
文章で表現するのは小説家として当たり前のことなんだけど、もうひとつ違うことを望むとしたら、行間から醸し出される空気感みたいなものを表現する力がついてきたらうれしいなと、いつも思っているんですね。
取材を徹底的にしていれば、それは自分の自信になって行間からあふれてくる。匂いだとか空気を感じることだとか、そこの場所に行っている気持ちになるとか、その人と話しているような気持ちになるとか、ね。
熊崎
風景が浮かぶとか、風を感じるとか。
原田
そうそう。映像が目に浮かんでくるとかね。
熊崎
私は、実際に行ってみたくなりました。
原田
その気持ちを、読者から引き出せることが大切なんですね。自分たちの世界とつながって、もしかして現実に起こっていたかもしれない、と思うことって幸せじゃないですか。たとえば『暗幕のゲルニカ』の場合は、史実も盛り込まれているということが歴然とわかっていますよね。ということは、こういうことを繰り返さないために自分はどうしたらいいのか、と読者自身が考えるきっかけになればいいなと思うんです。
※原田マハさんへのインタビューは、まだまだ続きがございます。 続きをご覧になられたい方は、大学生協 各書籍購買にて無料配布致しております『読書のいずみ』2016年6月発行NO.147にて、是非ご覧ください。

原田マハさん サイン本を5名にプレゼント

『ロマンシエ』

原田マハさんのお話はいかがでしたか?
原田さんの著書『ロマンシエ』(小学館)のサイン本を5名の方にプレゼントします。本誌綴込みハガキに感想とプレゼント応募欄への必要事項をご記入の上、本誌から切り離して編集部へお送りください。

こちらからも応募ができます。

応募は2016年7月31日消印まで有効。
当選の発表は賞品の発送をもってかえさせていただきます。

Profile

原田マハさん

■原田マハ(はらだ・まは)

■略歴 
1962年東京都生まれ。関西学院大学文学部、および早稲田大学第二文学部卒業。2005年「カフーを待ちわびて」で第1回日本ラブストーリー大賞を受賞し作家デビュー。2012年『楽園のカンヴァス』(新潮社)で第25 回山本周五郎賞を受賞。昨年、パリに実在するリトグラフ工房「idem」を舞台にした『ロマンシエ』(小学館)を発表。小説と連動した「idem」リトグラフ展が開催され、反響を呼ぶ。最新刊は現代のニューヨーク、スペインと大戦前のパリが交錯するアートサスペンス『暗幕のゲルニカ』(新潮社)。

■その他の著書
『永遠をさがしに』(河出文庫)、『ラブコメ』『さいはての彼女』(角川文庫)、『生きるぼくら』『本日は、お日柄もよく』(徳間文庫)、『ジヴェルニーの食卓』『旅屋おかえり』(集英社文庫)、『異邦人』(PHP研究所)、『すべてのドアは、入り口である。』(祥伝社)、『でーれーガールズ』(祥伝社文庫)、『奇跡の人』(双葉社)、『小説星守る犬』(双葉文庫)、『翔ぶ少女』(ポプラ文庫)、『夏を喪くす』(講談社文庫)、『キネマの神様』(文春文庫)、『一分間だけ』(宝島社文庫)、『おいしい水』(岩波書店)、ほか多数。


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