座・対談「自分の中の”面白い”を出力する」小説家 河野 裕

自分のなかの〝面白い〟を出力する


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1.小説を書く

杉田
 私が河野さんの作品を読みはじめたのは角川スニーカー文庫の〈サクラダリセット〉シリーズ(以下、〈サクラダ〉)でした。最初に読んだとき、文章が綺麗な作品だなと思ったんです。書いてある内容だけでなく、物語の組み立て方や言葉の選び方も丁寧だなと。〈サクラダ〉が完結したときは、この形で終わるために物語がずっと続いてきたんだなと感じる終わり方で、河野さんの作品が好きになりました。それ以来ずっと、作品を読み続けています。

河野
 ありがとうございます。

杉田
 最近読んだ『最良の嘘の最後のひと言』(以下、『最良の嘘』)は、小説として凄い作品だと思いました。小説とほかの媒体とを比較したとき、河野さんは小説の強みである部分はどこだと思いますか。

河野
 一番は心理描写を自然に入れられるところですね。あとは、書かないという選択ができるのも小説の強みですが、心理描写が一番ですね。また、叙述トリックみたいなものも、やはり小説のほうが巧く表現できるなという意識はありますね。細かい伏線に関しては、ジャンル毎に得意なことが違うかも。
 『最良の嘘』では普段とは違う作り方を試してみました。何か発見があるかなと思って。〈サクラダ〉は全7巻にかけて書いているので、いろいろキャラクターに踏み込んで書いていますが、『最良の嘘』はそこを取り払う代わりに、骨格だけを丁寧に作る書き方をしています。でも、『最良の嘘』と〈サクラダ〉は表面的には違うように見えますが、結局やっていることは意外と近いのかもしれません。私が書く作品のいずれも、〈サクラダ〉が持っている要素の一部分を拡大して書いているという感覚なんですよ。『最良の嘘』は〈サクラダ〉が持っている能力パズルだとかそれを含めたプロットの部分を集中的に焦点をあてて書いているので、似たような要素も持ちつつ、ほかとは違う感じの出力になっているのかなという気はします。

杉田
 どの作品も書くときに大事にしている部分とか基本的な価値観は共通しているのですね。

河野
 そうですね。私が書きたいものばかりを書いているので。違う話だと思っても、結局似通ってきますね。突き詰めると、同じ問題を書いているんだなということが多いです。

杉田
 私のなかでは例外的だなと感じたのが〈つれづれ、北野坂探偵舎〉シリーズ(以下、〈北野坂〉)です。河野さんはどの作品もボーイ・ミーツ・ガールみたいな「二人の関係性」を描いていますよね。〈北野坂〉でいえば、ユキと星川唯斗がその関係性かなと思っていました。でも、シリーズ全体を通してみると、実は佐々波と雨坂が中心にいるんですよね。

河野
 そうですね。ずっとその二人の話ではありますね。結局、何を書いても私の小説ってそこ(二人の関係性)に行きつくんです。そして、相手の正しさを自分がどこまで定義するかという問題につながっていくんですね。〈サクラダ〉は結構それが前面に出ています。〈サクラダ〉は、主人公の浅井ケイが周りのみんなの幸せを定義したいけど、それは傲慢だということも自覚している。だからといって踏み込まないと何もできないから、そこの間で葛藤しながら一歩踏み込むことを決意するところまでを描いた物語です。
 一方、〈北野坂〉では、二人とも社会に出てからの話になりますので、お互いが持っている責任がもう少し深くなって、踏み込めない領域が分厚くなるんです。でも、作家と編集者という関係性ではどうしても踏み込まなければいけない部分が生まれてきます……天才的な作家に編集者ができることは何だろうと考えていくと、(作家という職業に限らず)人と人とのつながりとしてのポイントが見えてくるのではないかなと思いながら書いていますね。
 そういう意味では〈サクラダ〉にも似ているし、でも設定は違うので微妙にずれてもいる。話の作り方は違うけど、本質的にやりたいことは、どれもそこまで大きくは違わないかなという感じですね。


 

 

2.漠然としたイメージから

杉田
 〈サクラダ〉を書こうと思ったとき、最初に思いついたのはどのような部分でしたか。

河野
 どこだろうな。とりあえず「リセット」と「記憶保持」だったと思いますね。寝る前に1行だけメモった記憶があります。結構丁寧な作品に読めませんか、〈サクラダ〉って。それは書き上げてから凄い時間をかけて直しているからなんですよ。初稿はプロットとかはほとんどなくて、本当に自分が書きたいものを純粋に書いていきました。そして一度出力されたものを丁寧に読み返して、私はこんな話をつくりたいんじゃないだろうかと想像して、全部書き換えるぐらいの勢いで書き直しているんです。ということで、いきあたりばったりですよ。

杉田
 一冊完結のようだけど実はずっと物語がつながっていたんだということを、完結巻を読んだときに感じました。

河野
 1巻を書きあげたときにやりたいことが見えたので、2巻以降はそれを拡張するような形で書いています。このセリフが気に入ったから書いてみた、その理由はいまはわからないけど一年後の私が答えを見つけるはずだ、みたいに、未来に無茶ぶりするような気持ちで書いたりしていますね。

杉田
 その場その場の思いつきで書かれているということでしょうか。
 


河野
 自分のなかで明確な基準はあるのですが、言語化はできないですね。この一行は間違いなくシリーズに合っているから、この一行を成立させるために一冊書き換えてもいい、くらいの一行ってあるんですよ。
 〈サクラダ〉に関していうと、3巻で相麻が「貴方が選んだ方が、きっと正解よ」と言う場面があります。書いた瞬間は意味を理解できていないけれど、なぜか「相麻のセリフとしてはこれしかない」という変な確信があったんですよね。それで、確信の理由を探すために自分の心理を探っていったら、シリーズを通してのテーマみたいなものが見えてきました。
 私が書く物語は全部自分の漠然としたイメージの置き換えなので、漠然としているけれど自分の内にいる確固たる文章が生まれて来るんです。そして、小説の中ではそれが正解だとかかるしかない。なので、それを書いたらあとは未来の自分にまかせる、という感じですね。おもいのほか雑でしょ?

杉田
 作品から受ける印象よりはかなり(笑)。けれど、説明をうけると、漠然としたものを物語に無理矢理はめ込むことなく、受け手がそのままもらっているのかなと理解できます。

河野
 そうですね。何が正しいのかの判断基準が、たぶん小説の場合は特殊だと思うんですね。何を書いてもいい世界なので、理詰めで正しさを見つけるんじゃなくて、これは正しいと決めてしまってそれを理詰めで支えていくほうが私の書き方に合っているのだと思います。その最初の一点って漠然としているんですよね。一番気持ちのいい文章は絶対自分の深いところにつながっているはずなので、それを必死に掘り起こしたら何かが出てくるんですよね。


 

 

3.「この雰囲気、好き」層

杉田
 〈サクラダ〉は最初角川スニーカー文庫でライトノベルとして出ましたが、そこから角川文庫になって、いま、映画にあわせて角川つばさ文庫にもなりました。レーベルの違いによって読者の層が変わるという意識はありますか。

河野
 私の場合、私自身が面白いと思えるかどうかが中心にあって、私が面白いと思うものは何割かの人にとっては面白いだろうという前提で書いているので、市場の分析とは違うんです。

杉田
 層は、年齢とか性別ではなくて、性格とか好みとか?

河野
 そうですね。年齢や性別で分けるよりも、もっと言語化できないところで趣味の層というものがあると思うんですね。「なんか、この雰囲気が好き」層みたいな。「〈サクラダ〉が持つ雰囲気が好き」層がいると信じて書いています。

杉田
 読者に「こう感じてほしい」ということよりも、これをそういうふうに読んでくれるだろうと想定されている、ということでしょうか。

河野
 ただ、読み方までは作者が考えることではないと思うんです。「面白い」って、言語化が難しい感情ですよね。純粋に、読むことが快感だとか知的な刺激があるだとかいろいろ細分化できるとは思うんですけど、そこまで分析する必要はないと思います。私は「面白い」と思って書いているので、それを「面白い」と受け取ってくれる人がいればいい。
 世の中には、純文学とエンターテインメントという小説の分け方がありますが、私は純文学も本来は面白いものとして書かれているものだと思っています。それがもつ「面白い」は、ほかの言葉には置き換えづらいんですよね。たとえば、私にとって漱石の初期の作品ってめちゃくちゃ面白いけれど、別にハラハラするわけでもないし意外なトリックがあるわけでもない。シナリオの作り方とかで学ぶのとは違う面白さだけれどもその面白さも私は好きなので、「面白い」をそれ以上定義する必要はないと思います。だから具体的なことは考えずに書いていますね。

杉田
 好きな小説を、泣けたのもハラハラしたのも全部面白いと括ってしまうところがあるけど、もう少し緩く見たら好ましい、になる。でもその好ましいという理由が人によって違うということでしょうか。

河野
 まったくその通りです。好ましいを好ましい以上に定義づけする理由って、本来はないんですよね。本来小説って抽象的なものだと思うんです。文字だけで伝える媒体なので、読者ひとりひとりが納得して自分のなかで確固たるものにするところに価値がある。だから、小説家は世の中に出すときに、そこまで面白さの意味づけをしなくてもいいのではないかなと思います。

杉田
 河野さんの作品って、とても面白い─好ましいと感じるのに、それを人に説明しようとすると途端に難しく感じるんです。無理に説明しようとすると、「正しさ」や「善」とか、そういうことを作品まるごとで差し出してもらってる、とかそういうことになってしまう。

河野
 「善」について真面目に語るのって、面白いんですよ。まずまず答えが出ないものですし、本気で考えているといろいろと疑問が生まれて、思わぬ発見があります。でもあまりエンターテインメントではそこを面白いと言いにくいんですよね。「この小説では本気で『善』について語り合っているから面白いんだよ」と言われても、わかりませんよね。でもそういう面白さをこっそり作りこむことができるのが小説だと思います。それを読者が気づかないうちに面白く感じてくれているとうれしいですね。
 
 
P r o f i l e

河野 裕(こうの・ゆたか)
1984年徳島県出身。グループSNE所属。
2009年に『サクラダリセット CAT, GHOST and REVOLUTION SUNDAY』(角川スニーカー文庫)でデビュー。『いなくなれ、群青』で、2015年大学読書人大賞を受賞。その他の著書に、『ベイビー、グッドモーニング』、<つれづれ、北野坂探偵舎>シリーズ(以上、角川文庫)、『いなくなれ、群青』を含む、<階段島>シリーズ(新潮文庫nex)、『最良の嘘の最後のひと言』(創元推理文庫)など多数。

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