話題の著者に訊く!
「“史実ある”フィクションの面白さ」小説家 松岡 圭祐

“史実ある" フィクションの面白さ

 

今までミステリを中心に書いていらっしゃいますが、何故歴史小説を書こうと思ったのですか。

 元々ミステリを書くと決めていたわけではなく、色々なものを書きたいと思っていました。そこでそろそろ現代ものだけでなく過去のものも書こうかなと思いました。
 

ミステリと歴史もので意識して書き分けている部分はありますか。

 僕の最近のミステリはライトミステリで、小説を読まない人にも気楽に楽しんでもらおうと思って、情報とかも現実とは違うものに故意にアレンジしたり、軽くしたりとかして、単純化して物語を構築していました。活字を読み進めるのが得意ではない人にも分かりやすく書こうとしていた部分があります。
 一方、歴史小説の場合にはそこまで単純化しなくても、一般的な歴史小説よりは時代背景を知らなくても読みやすいようにとは心がけました。それでももう少し小説に興味を持って読み進める方に向けて書きました。ただ、案外今までのファンの方が読んでいるなとは思いましたね。
 完全にフィクションのときは僕の創った新しい世界にお招きするというような印象があるのですが、歴史小説の場合は読者とこちらで共有しているものがある。お互いの共有物があり、そのやりとりの中にある面白さがあるわけです。フィクションの人物を動かすというのも面白いですが、例えば西太后と言ったときにその3文字で読者の頭に一種のイメージが浮かび上がって、それが千差万別だったりする。その千差万別の中で、ああ本当はこういう人だったと感じたり、もしくはああやっぱりこういう人だったんだなということを感じたりして皆さん読むわけです。そういう面白さがあるので、世界観的な広がりということからすると、今まで以上に想像力豊かでしかも知性豊かな方々が読んでいただいていて面白いです。
 

題材はどうやって決めたのですか?

 『黄砂の籠城』の義和団事件は、日本史の教科書では一行しか出てこない。でも実際にはこれは日本が国際社会に認められ、欧米列強に仲間として加わるきっかけになった重大な事件なんです。これが日本史で簡単に済ませられるのには納得がいかない部分があった。これは重大な歴史のターニングポイントだと思っていたけど、文芸作品としてはまとまったものがない。じゃあ自分がやろうと。『八月十五日に吹く風』のキスカ島は、当時の戦争を描くにあたって、日本人の心がけや戦後の民主主義が今理解されにくくなっているからそれを表現したいという部分があったんです。キスカ島の撤収作戦と北京籠城作戦って実はよく似てるんですね。どちらもどこかにとり残された人達がいて、奇跡に期待しなければいけない孤立無援の状況ではあった。義和団事件の柴五郎とキスカ島の木村司令官はどちらも頼りなさげに見えた人が、ものすごく人道主義的な活躍によって戦争の勝利とは違うかたちでの勝利を得たという点でテーマ的に似通っています。
 

調べていくうちに、「ああ、これは小説になるな」と思ったきっかけなどは?

 義和団事件のキーパーソン・柴五郎は地元では有名なんですが、一般にはあまり知られていないんですね。この人は10歳の頃に戊辰戦争で会津城に籠城し、敗戦した。負けた側になっても陸軍で中佐まで出世したこの人が、奇しくも北京で再び籠城することになった。キーパーソンのそんな人生が一つの軸になるなと思いました。『八月十五日に吹く風』はキスカ島の撤収作戦が行われたあとに米軍が上陸するコテージ作戦というのが8月15日だったという奇しくも終戦の日と同じで。それと結びつくかたちでひとつのテーマを表現できるなと思ったのがきっかけですね。
 

取材はどのように行ったのですか。

 文献調査では、籠城していた人たちが国籍問わず詳細な日記をつけているので重宝しました。その日記・手記も自分が活躍しただとか自分を英雄化する方向に書くことが特にイギリス人に顕著で、その点日本人は戦局を淡々と綴っていて自慢も書いてないものが多かったので、そちらを事実だと判断したりなどして取捨選択を行いました。北京にも行きましたし、舞台となった東交民巷も実地を観ました。柴五郎の地元の会津やオーストラリアの資料館へも行って、色々な資料を見ることができました。

実際に中国を訪れて小説に生かせそうだなと感じたことはありますか。

 距離的な感覚ですね。これは浅田次郎さんも言っていたことで、浅田さんが『蒼穹の昴』の1作目を書いたときにはまだ中国に行ってなかった。その後、続編を書いている最中に中国に行ったときに距離的な感覚が全く違ったと。僕も現地に行ったときにそれと同じことを思って、地図とかを見たときに比べ、建物の感覚と道路の感覚、そして大陸そのものが本当に奔放に広くて。こちらが1億人の所が向こうは13億人だというスケールの違いがある。だからその感覚でものを語るとこれはとんでもない違いがあると。作者が紫禁城だけでも見てきたか否かというのは、1度でも行ったことがある人には文章を読むと分かるはずなんですね。それぐらいものすごくスケール感の違いというものがある。やはり実地に行って大陸の広がりを肌で感じることができたのが一番勉強になったと思います。
 

『八月十五日に吹く風』では当時の戦争経験者がご存命だと思いますが、そういう方への取材とかは?

 『歴史街道』という雑誌がキスカ島の方の特集号をやっていて、そこで小野打数重さんという存命されている電信兵だった方と水上戦闘機の整備をされていたという方のお二方にインタビューできたそうで、その掲載雑誌を提供していただけたので活用させていただきました。
 

二次情報とはいえ、肉声に近いものを得て話に変化とかはありましたか。

 やはりキスカ島から本当に生きて帰った人の話なので。『歴史街道』さんの方も当然、事細かに聞いているわけです。紙面よりももっと細かく聞いてらっしゃるものですから、とても生々しくて、記事にまとめたうえでも水上戦闘機の整備士だった方や電信兵だった方のお話は、他の文献にも未掲載で、とても参考になりました。ただ会話形式のインタビューなので、事実と照合して微妙な違いがあるんです。その正確でない記憶が逆に生々しいなと。そういうこと含めてこれは真実の記録なんだなと。
 

史実の中にフィクション性を加えたところ等は?

 これはやはり小説ですので、史実にもとづいたフィクションです。当然、そこで介在した色々な人々の心情、感情、人の心の機微だとかいうものは、歴史家ではないので事実を辿るというよりは、小説家の場合にはこの場合だったらきっとこうだったに違いないということを想像で埋めていくわけです。そういう部分では物語を創っていきますが、その中でもこういうことが実際にあったという事実を物語にちゃんと挟んで、義和団の乱にできるだけ今現在における公平で正しい解釈をしようと努めました。
 

執筆中に影響を受けた本や、『黄砂の籠城』や『八月十五日に吹く風』を読んだ後に読むオススメの本はありますか。

 時代背景がまったく一緒なので、浅田次郎さんの『蒼穹の昴』を5巻まで読んで、『黄砂の籠城』を読んで、それから浅田さんの『珍妃の井戸』を読むとちょうど色々なことが繋がるんです。1900年の少し前で『蒼穹の昴』は終わって、それで『珍妃の井戸』のときはもう義和団の乱は終わった後。だから義和団事件の説明が示し合わせたように上手く繋がるので、それを間に挟んで読むと良いかと。どちらを先に読んでもいいのですが、『蒼穹の昴』と『珍妃の井戸』はちょうど『黄砂の籠城』の前後ですので。『八月十五日に吹く風』の方も浅田さんが『終わらざる夏』という作品を書いてます。これも時代背景が同じで『八月十五日に吹く風』の最後に出てくる占守島の戦いについて8月15日の玉音放送で天皇陛下のポツダム宣言受諾にもかかわらずソ連軍が攻めてきてしまうわけですね。ここで日本軍がどう対応したかがちょうどその小説に書かれていて面白いと思いました。僕の方だと占守島の対岸にある幌筵という所の戦いが1章で終わっているのですが、そこに至るまでのくだりがそこで補完されますのでお勧めです。

(収録日:2017年7月26日)
 

松岡圭祐 注目の2冊!


  • 『八月十五日に吹く風』
    講談社文庫/本体740円+税
    玉砕、神風、バンザイ。人命を軽視し誇りを重んじたという古き日本人観は本当なのか? “ジャパンプライド"の概念を覆す、キスカ島での救出劇を描いた戦争小説。

  • 『黄砂の籠城 上・下』
    講談社文庫/(各)本体640円+税
    欧米で初めて有名になった日本人・柴五郎とはどんな人物なのか。日本史に埋もれてしまった史実をベースにした歴史小説でありながらも「裏切り者は誰なのか」という謎もピリリと効いたミステリ要素も映える快作。
 
 
P r o f i l e

松岡 圭祐(まつおか・けいすけ)
1968年、愛知県生まれ。
デビュー作『催眠』がミリオンセラーになる。代表作の『万能鑑定士Q』シリーズと『千里眼』シリーズ(大藪春彦賞候補作)を合わせると累計1000万部を優に超える人気作家。『万能鑑定士Q』シリーズはブックウォーカー大賞2014文芸賞を受賞、2017年には第2回吉川英治文庫賞候補作となる。両シリーズのクロスオーバー作品『探偵の鑑定』(Ⅰ・Ⅱ)を2016年春、『Q』シリーズの完結巻『万能鑑定士Qの最終巻 ムンクの<叫び>』を2016年夏、ともに講談社文庫より刊行した。2015年秋より刊行が開始された『水鏡推理』シリーズは6巻を数える。10月13日には講談社文庫より、滅び行く清朝の王女として生まれ日本人の養女となった川島芳子の物語、『生きている理由』が刊行予定。

著書紹介



大川陸(おおかわ・りく)
北海道大学農学部4年。推理小説研究会に属し、推理作家としての松岡さんは存じていましたが、歴史小説も書ける人なのかと驚きました。最初は緊張しましたが、松岡さんが何とか僕に伝えよう伝えようとお話しして下さったため、とても楽しい対談になりました。

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