自分が受験期のことを思い出して・・・・全国の大学生アンケート

全国の大学生1,233名が、来春の受験生のために、緊急アンケートに回答!

全国の大学生に緊急アンケート 結果報告

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■大学受験時の主な相談相手

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■大学受験時で主にどこから情報収集していたか

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大学受験の時の平日と休日の1日の学習計画(おおよその時間をお書きください)

■平日の学習時間(6月~10月頃)

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■平日の学習時間(12月~2月頃)

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■休日の学習時間(6月~10月頃)

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■休日の学習時間(12月~2月頃)

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 4月~翌2月の期間中、実践した学習プラン(複数回答可)

■4~6月

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■7~9月

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■10~12月

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受験中のリフレッシュ方法を教えてください(複数回答可)

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受験体験記

清水 竜

神戸大学 経営学部
入試形態:前期一般入試

<はじめに>
 私の経験上、浪人を経験した人は、「もう浪人生活は絶対に嫌だ」と言う人と、「浪人して本当に良かった」と言う人に大きく二分されると思っています。お察しの通り、私は現役で受験に失敗しました。本当に考えが甘かったので、今思うと落ちて当然でした。しかし、私は「浪人して本当に良かった」と思っている側の人間です。今となっては、逆にあのまま現役で合格していたほうが怖かったな…とさえ思います。
ここから、そんな私の現役時代から浪人時代までの受験生活について、また大学入学後に塾講師のアルバイトをする中で感じたことなどを綴っていきます。私の体験談が、これから大学受験に挑むみなさんに良いきっかけを与えることができれば幸いです。

<現役時代>
私の高校生活について
最初に、私は大学に進学するつもりがありませんでした。というのも、高校3年生の春まで調理師になることが夢だったからです。そのため、専門学校に行くつもりで高校生活を送っていました。高校はよくありがちな「自称」進学校に通っていました。幸い、勉強が嫌いではなかったため、専門学校に行くつもりではいたものの人並みには勉強していました。(と言っても普段の授業と宿題をこなすだけ)部活動はサッカー部に所属していて、授業が終われば部活で練習をして家に帰ってまた次の日に学校に行って…といった生活サイクルでした。

受験することになったきっかけ
 そんな私が大学受験をすることになったのは、3人兄弟ということもあり、学費の高い専門学校に通うことは経済的に厳しかったためです。高校3年生の夏休みに入った時に母親から、「専門学校に行きたいなら、大学に進学してアルバイトをしながらお金を貯めて、卒業してから通ってほしい」と言われました。私の夢を否定されているわけでもなく、学費が高いと言うことも知っていたので、私は快諾しました。そして夏休みから塾に通い始め、私の受験生活は幕を開けました。 

現役時代の受験勉強について
 部活動をしていたということもあり、塾には通わずその分学校の授業を真剣に受けることで成績を維持していた私でしたから、日常的に勉強する習慣はありませんでした。そのため当初は計画も立てず予習・復習もせず、ただがむしゃらに塾の映像授業を受講しては次の映像授業に移っていっていました。もちろん、そんな勉強では結果には結びつかず、塾に通う前と成績はほとんど変わりませんでした。
 そして月日は流れ、段々と塾にも慣れてきました。慣れることでどのように変化したかと言うと、ただでさえ効果の薄い勉強方法だったにも関わらず、映像授業すら真面目に受講しないようになっていました。家で深夜までゲームをし、寝不足の状態で学校に行って授業に集中できず、塾ではよく居眠りをしていました。見回りのバイトが居眠りしている人の肩を叩いて起こしにくるのですが、私は熟睡し過ぎていて全く起きませんでした。次第にバイトの人は私のことを起こさずにスルーするようにまでなってしまいました(笑)

初めての入試
 そのような状態でセンター試験を迎えました。こんな状態なのだから、結果も当然悪かったのだろうとみなさんは思うかもしれませんが、なんと第一志望の判定はA判定でした。二次試験は私の得意な科目しかなかったため、センター試験後も同じような状態で日々を過ごしていました。そして二次試験当日に臨んだのですが、手ごたえは悪くありませんでした。むしろ良くできたと思っていました。それにも関わらず、合格発表の中に私の受験番号は見当たりませんでした。この時私は悲しむのではなく、「合格発表の中に自分の受験番号がない」という事実が可笑しくて、声を上げて笑っていました。それくらい合格していると信じ込んでいました。余談ですが、成績開示を申請しなかったため、なぜ落ちてしまったのかは永遠の謎です…笑。
 後期受験の願書は、まさか第一志望の大学が落ちるとは思っていなかったので、冗談半分で出していました。そのような状態だったので、自分が進学したいのか、浪人したいのか、自分でもよく分かっていませんでした。高校受験でも検定の試験でも、不合格を経験したことがなかった私は、よく分からない焦燥感と、よく分からない不安が入り混じり、自分でも自分がどんな感情で、自分が一体何を考えて何をしたいのか理解できませんでした。そんな中、母親が私に言いました。
「あんた、ほんまは落ちて悔しかったんやろ?浪人したいなら浪人し。後期試験は、進学するにしてもせんにしても、気持ちに整理をつけるために受けておいで。」
私はその言葉を聞いたとき、勝手に涙が溢れてきました。母親の言葉で、初めて私は自分の感情が悔しさと自分への不甲斐なさだということに気付きました。
 後期試験では合格したのですが、辞退しました。進学したら必ず後悔すると確信していたからです。現役時代の自分を振り返ったのですが、調理師になりたいという夢は、悩みに悩み抜いた結果ではなく、本気でその夢をかなえたいと思っていなかったのだと思いました。そのため、もう一度自分を見つめ直し、自分が本当にしたいことは何なのか考え、その夢を叶えることができる大学に進学しようと決めました。

<浪人時代>
浪人するにあたって
 以上のように現役での受験を終え、私は自分の将来の夢を見つめ直すところから浪人生としての受験勉強を始めました。私は音楽が本当に好きだったのですが、何か想いをもって音楽を発信している人の音楽よりも、単に商売道具として音楽を発信している人の音楽のほうが売れているという事実に問題意識を持っていました。そこで私は将来、何か想いをもって活動している人の手助けができればいいなと考えました。具体的な手段は思いつかなかったため、ある程度幅の効く経営学部を目指すことにしました。また、現役時代の失敗を踏まえ、チャンスを与えてくれた両親のためにも、この一年間は本当に死ぬ気で勉強しようと決意しました。

浪人時代の勉強方法について
 まずは、目標設定をするところから始めました。目標というのは、センター試験と二次試験で合計何点とるかというものです。赤本に合格最低点などが記載されてありますので、そういったデータを元に合計で何点とるか、次にセンター試験と二次試験でそれぞれ合計何点取るか、そしてそれぞれの試験のそれぞれの科目で、得意不得意や現状の自分の理解度を加味しながら、本番で何点とるかということを細かく数値設定しました。そうすることで、効率的な今後の勉強計画を立てることができます。100点をとるための勉強と70点をとるための勉強は違ってくるということはみなさんも分かるかと思います。目標を設定せず、より高得点を取るために全ての科目をがむしゃらに勉強すると、時間が足りなくなってしまいます。苦手な科目は基本を押さえるだけにとどめ、得意な科目は勉強している時も楽しくやりがいも感じるため、応用レベルのものにも取り組むといったようにしました。
このように得点を設定し、どこまで理解する必要があるかということを明確にしてから、1年間のどの段階でどれくらいのレベルを理解するかということを決め、その到達度を判断する基準として模試を活用していました。模試の結果によって計画を修正し、次の模試までの到達目標を設定し、日々の勉強に励みました。また、二次試験の対策では過去に出題された問題から、どの範囲の問題がよく出題されているのか把握し、その範囲については重点的に取り組みました。
 一日のサイクルとしては、毎日必ずするもの(英語の長文は必ず1つは読むなど)を設定し、それ以外の残りの時間は勉強の進捗とその日の気分によって、どの科目を勉強するかフレキシブルに決めていました。電車で予備校に通っていたのですが、片道30分ほどだったので、往路は英単語、復路は古文単語の暗記をしていました。
一年間は本当に長い時間でしたが、大学に合格することがゴールではなく、その先のことまで最初に考えることができていたので、現役の時とは打って変わって真面目に勉強に取り組むことができました。また、勉強する時は志望大学のパンフレットを近くに置いていました。そうすることで初志貫徹できたのだと思います。

モチベーションが下がった時
 とは言っても、やはり結果が出なかったりマンネリになったりして、どうしてもモチベーションが下がる時もありました。そういった時の私の対処をいくつか紹介します。
1つ目は、大好きな音楽を聴きながら予備校の近くを散歩することです。言わずもがな、趣味は気分転換にもってこいです。たまには息抜きも大切です。
2つ目は、大学のパンフレットを読んだり、大学に入学してからしたいことリストを作ったりして、大学生活への夢を広げることです。
3つめは、志望大学の大学生の人の話を聞くことです。私が志望していた大学は、私の高校からは中々進学していなかったので、知り合いの先輩はいませんでした。しかし現代はSNSがあるので、それを活用してお話を聞いていました。

二度目の入試
 そうして、入試の本番を迎えました。センター試験の結果は、ぎりぎりC判定でした(あと1点低ければD判定でした)。記述模試ではほとんどがE判定で、オープン模試(大学別の記述式の模試)ではD判定だったために、予備校の担当の先生からは志望校を落とすように言われました。しかし、直近の記述模試以降で記述試験の対策はかなりしていたことや、どうしても譲りたくないという気持ちがあり、反対を押し切って受験することを決めました。そのような状態でしたが、滑り止めは受けませんでした。最後まで妥協したくないために逃げ道を作りたくなかったということと、試験を受けている時間があるなら二次試験の対策をしていたほうが良いと考えたためです。
 試験当日は、SNSを通して知り合った先輩にアドバイスをいただいたことがよかったです。本当に細かいことですが、当日はバスがかなり混雑すること、2月の寒い時期にも関わらず試験の間の休憩時間は暖房のない廊下に待機させられるために防寒対策が必須であることなどを事前に知っていたので、当日は試験にだけ集中することができました。
 結果は、無事に当初から志望していた大学に合格することができました。自分の受験番号を見た時の感動は今でも鮮明に思い出すことができます。この経験は今でも私の自信に繋がっています。そして何より、再チャレンジするチャンスをくれた両親に感謝しています。以上が、私の受験体験談です。

<塾講師のアルバイトを通して感じたこと>
 「受験体験記」という意味では余談になってしまいますが、私が大学生になってから塾講師のアルバイトを始め、多くの受験生と関わる中で感じたことを最後に綴りたいと思います。
 生徒の中には、すぐに結果に繋がる人もいればそうでない人がいました。それはその人の性格に因る部分もあるかと思いますが、一番大きな要因は本人のモチベーションであると思いました。アクティブラーニングという言葉がありますが、何においても能動的に取り組むか受動的に取り組むかで結果は大きく違ってきます。
では、どうすれば能動的に勉強に取り組むことができるのでしょうか?私の考えは、本当に叶えたい将来の夢があって、そのステップとしてこの大学のこの学部に入学したいという「想い」があるかどうかが分かれ道だということです。将来の夢がない状態で志望校を決めると、別の大学でも良くないか?という考えが頭を過ぎってしまうのです。将来のためにこの大学で学びたい!という気持ちがあれば、自ずとやりがいをもって勉強できるのだと思います。

 私の受験体験記は以上です。これから受験を控えているみなさんが、後悔のない受験生活を送れることを祈っています。

宮永 聡太

東洋大学 ライフデザイン学部 人間環境デザイン学科 卒
入試形態 自己推薦入試

 高校2年生の夏、進路に悩んでいました。大学に進学することは決めていましたが、興味のある学部や専攻が絞れず、自分の偏差値に合った大学を進路希望として出していました。私が進路を本格的に考え始めたのは、部活を引退した3年生の6月頃です。大学の案内資料を読んでいる時に、デザイン系のことを学べる学部学科が目にとまりました。高校は普通科でしたが、思い出せば小さいころから工作が得意で、図工・技術の授業や夏休みの自由工作は大好きでした。デザイン系のことを学べる所で2,3校絞り、オープンキャンパスに参加しました。その時に、東洋大では自己推薦があると知り、本試験の前に腕試しのつもりで受験しました。

自己推薦の試験は10月中旬に実施で、高校時代の事を問われる論文、面接、実技試験の3つがありました。大学のHPにある過去の出題例を見て、自分で勉強しました。面接に関しては担任の先生や教頭先生の指導のもと、事前に入念な準備を行いました。面接当日は、自分のやってきたことや経験を楽しんで伝える事を心がけました。結果、10月下旬頃には合格通知が届き、入学が決定しました。11月上旬からの生活は、大学入学に向けた準備に充てました。一人暮らしの生活のための準備や、美術館巡り、漢字検定、英語検定等、様々なことに挑戦しました。

入学してから失敗したと感じたことは、デザインや建築を学ぶ上で外せない、数学と物理をしっかり学ばなかったことです。また、入学してから一般教養の授業がありましたが、一般入試で入学した周囲の友達より遅れており、追いつくことに必死でした。

 推薦入試で合格した場合、大学入学までたくさん時間があります。「学ぶ」ことの楽しさに気づける期間になれば良いと思います。大学では自ら主体的に学びたいものを学ぶことになります。そのために、自分が興味のあることをとことん追求してみましょう。また、大学や生協の主催するオープンキャンパスや入学前の集まりの機会等を利用して先輩の連絡先をゲットしておき、入学までに準備しておくと良いことを聞くのもおすすめです。推薦で合格した方は、入学までの長い期間を有意義に過ごしてくださいね。

郷 孝

大学:北海道教育大学旭川校 教員養成課程 社会科教育専攻
(学部:教育学部)
入試形態:センター試験→一般入試(前期)

私は両親や高校の先生のサポートがあって何とか受験を乗り切ることができました。今でもお世話になった方々には本当に感謝しています。
オープンキャンパスは元々特に行きたいと思っていたわけではありませんが、父親の助言を受け2年生から参加し、自分のなりたい姿や学びたいことを少しずつ考えていきました。例えば私は「教師になりたい!」というところからスタートし、どんな教師になりたいのか、何の教科を持ちたいのかなどを考えていました。今考えると、この時の強い気持ちが私の受験期の全てを支えていたように思います。

 元々私は勉強が苦手、というよりも正直嫌いでしたが、「自分の夢を叶えたい」、「なりたい自分になるんだ」という、確かな強い想いが私の頑張る原動力になりました。たとえそれがどんなに漠然とした夢だとしても、自分が心の底から進みたいと思える道を見つけることが受験において何より重要だと思います。

 学習方法はいたってシンプルでした。まず学校の授業で使った参考書を何度も解き直す。
受けられる模試はとりあえず受ける、受けた後は解答集を見ながら解き直す。苦手なもの、覚えられないものはとにかくノートに書き殴る。とにかく機械のように反復学習をする、コツコツと量を稼いで勝負することが、勉強においてセンスのない私の選んだ方法でした。
センター試験3か月前になると赤本を買って、実際のセンター試験の時間に合わせて解
き、解く時間の感覚を身に着けるようにしていました。また、学校の講習会には苦手な科目のものに出て1点でも多く点数を稼ぐことを目指しました。センター試験後は、一般入試が苦手な小論文だったため、小論文指導の先生に添削してもらいながら、志望校の過去問にひたすらチャレンジしていました。

 今思うと、自分で勉強に集中できる環境やスタイルを作ることができていたと思います。例えば学校では、休み時間や昼休みの後に誰もいない教室を借りて勉強。自宅では、リビングに勉強道具を持っていき、ウォークマンで音楽を聞きながら勉強。高校3年生の冬には夜中に起きてウォークマンでラジオを聞きながら勉強していました。

 とはいえ、やる気というのは出てほしい時に限ってなかなか出てこないと思います。何が自分のやる気に繋がるか良く分からないと思いますが、最後の最後に自分の目指していたゴールに辿りつくことができれば、時にはまわり道をしたって良いと思います。何より、どんなに小さくても自分にとって譲れない夢や気持ち、それを忘れないで下さい。応援しています。

齋藤 未樹也

新潟大学 教育学部 学校教員養成課程
入試形態:前期入試

高校に進学する当時からなんとなく志望する大学と学部を思い描き、それを叶えるためにはどうしたらいいかを考えながら高校生活を送っていました。高2の冬頃になると、両親からは「(自宅から通学できる)地元の国公立」という条件を出されていましたし、「失敗できない」入試に挑んだ覚えがあります。でも正直、「受験勉強」はあまりしませんでした。

高校に入学したとき、最初のテストの結果は下から7番か8番でした。自分の上には320人。これは大変だなと思い、日々の授業を大切にしながら学習を進めました。家で自主学習をするのが苦手だったので、家でやらなくてもいいように(やらなくていいわけではないのですが)、学校にいる時間を人より大切にしようと考えたのです。1年生の夏休み明けには苦手の数学で2点という衝撃的な点数をいただきましたが、授業だけは真剣に受け続けました。

すると、だんだん成績は上がっていきました。その後は得意を伸ばすか、苦手を克服するかですごく悩みました。結局、「めちゃくちゃ苦手、もうやりたくない」科目をせめて「苦手だな…。」というレベルにまでは引き上げられるよう、得意な科目をやりながら合間に苦手な科目の学習を挟むことにしました。苦手な食べ物を好きな食べ物と一緒に食べて苦手を克服することってあるじゃないですか、それの勉強版をやってみようと思ったのです。結果、数学I・Aはセンター試験で平均点くらいをとれるようにはなりました。

こんなことを言ったら怒られるかもしれませんが、それなりに順調に成績が上がっていったため、あまり危機感を持たずに受験期を過ごしてしまいました。もしあのとき、もっと上を目指していたらどうなっていたか…?人生で一番勉強するかもしれない期間に、もう少しやっておけばよかったなという後悔もあります。だからといって、むやみにやればいいというものでもない。

こうなってくるとやはり授業が大切だと思います。授業で完璧に理解ができたら、家で学習をする必要はないわけで…。授業で話を聞かず、理解できないまま家で遅くまで学習して、次の日の授業は寝てしまい…という悪循環にだけは陥らないように、授業を大切にすることをおすすめします。

最後に。受験は高い壁だと思います。嫌になるときだってあるはずです。でも、なんとかなる。今までもきっと、いくつも壁を乗り越えてきたみなさんなら、絶対なんとかなります。応援しています。

升本 有紀

神戸市外国語大学 外国語学部 学部英米学科
入試形態:一般前期

中学高校と吹奏楽部に所属していて、本格的に受験勉強を始めたのは高校3年になってからでした。そこから勉強するも、当時の志望校のレベルまで自分を持っていくことができず1年浪人しました。そこから心境の変化もあって志望校や志望学部も変わり、2度目の受験で受けたのがここでした。
私の場合、2次試験が英語と小論文でセンター試験の割合が大きかったため、全科目まんべんなく勉強していました。今までの蓄積もありましたが、1年間で基礎からすべて学び直し、夏以降は過去問をひたすら解き、今までの習熟度をチェックし試験の形式に慣れるように調整していました。家ではやる気が起きないタイプだったので(なぜか夜中はやる気が出ましたが)、基本的に図書館や予備校の自習室で勉強していました。「『勉強する空間』を如何につくるか」は大切なことだと思います。
私は古文・漢文が苦手でしたが、昔の物語を読むのは好きだったので、読書をするように原文と現代語訳を読んでいました。しばらく読むと、古文・漢文独特のパターンが分かってきて、問題も解けるようになりました。英単語も覚えるのが苦手だったので、お風呂でリラックスしながら覚えていました。苦手な科目も、自分の好きなことと掛け合わせてチャレンジすると良いと思います。また、得意な科目をすらすら解いてテンションを上げてから苦手な科目に挑戦したり、好きな歌を聴きながら勉強したりと工夫をしていました。
 大変なこともありましたが、大学に入ってからの自分や将来の自分を思い描いて、今やるべきことを考えるようにしていました。適度に半日お休みを作って休憩もしていました。不思議ですが、休憩していると勉強しなきゃいけない気がしてその後自然と机に向かっていました(笑)。意識的にお休みを作るのも大切なことだと思います。
 なりたい自分をイメージして、自分のスタイルで頑張ってください!
後悔しないように。応援しています!

須田 浩之

福島大学 人文社会学群 経済経営学類 国際地域専攻 卒
入試形態:後期入試

 私は「大学進学」というものを当たり前のことだと思っていて、なんとなく「自分は大学に進学するんだろうな」という意識を持って高校生活を送っていました。私が受験を意識するようになり、具体的な進路を考え始めたのは3年生の夏です。それまでは、文系・理系という分類は知っていましたが、自分は数理系の学科に所属していたので理系に進めば良いか、とあまり具体的な進路を考えていませんでした。

 3年生の夏になり、皆が受験のことを本格的に意識する時期になり、周りの友人とこれからの進路を話していて、自分が将来何をしていきたいのかが分からなくなりました。理系の学部に進んでも、自分が何をして良いか分からないまま大学に進学したら後悔してしまうのではないか。そのような不安が湧いてきました。親や担任教師と今後の進路を相談していく中で、広く様々なことを学び、将来の就職先も色々なところを大学で学びながら決めていきたいと感じ、経済学や経営学を学べる大学に進学したいと考えるようになりました。

 それまで理系の学部に進むカリキュラムで学んでいたので、そのようなカリキュラムでも文系の学部に進むことのできるか調べ始めました。ここが本格的な受験のスタートだったと、今振り返って思います。

 国公立大学志望だったので、多くの大学では社会系の科目を2科目受験せねばならず、僕は1科目しか学んでいなかったので、そこから社会系の科目を新たに学び直す必要がありました。センター試験の過去問を解きながら理解するという形で勉強していきました。結果としては、思うように問題を解くことができず、1年浪人することになりました。

 浪人中は、できるだけ予備校の自習室で勉強するようにしていました。周りに頑張っている仲間がいると自分もやる気が出てくるので、そういう環境に身を置くことは大切だと思います。勉強方法としては、様々な参考書があると思いますが、1冊やると決めたらとことんやり込んで、その1冊を自分のものにしようと努力しました。それに加えて、赤本をとにかく解いて自分の不十分なところの傾向を掴むように努めました。そのような「1冊を理解する」ことと、「赤本を理解する」ことを頑張りました。色々手を出さずに、最小限の教材を徹底的に理解することは、基礎知識もつきますし、そこから応用にも繋げられると思うのでオススメです。受験は最高点数をとるではなく、合格最低点を取れば良いのです。

 もちろん息抜きも必要ですね。僕は大学に入った後のことを想像して、モチベーションをあげていました。

 当たり前のことだと思いますが、ぜひどんな将来を送りたいか、そのためにどんなことを学ぶべきかをしっかりと考えて目標を作り勉強を進めていってほしいと思います。それが一番の基本であり、一番大切なことだと思います。応援しています!

石塚 勇稀

高知大学 人文学部 国際社会コミュニケーション学科
入試形態:一般前期

私は一般入試で高知大学に受験しました。家庭が裕福ではなかったので、親からは国公立以外はダメと言われ、必死に大学を探したのが3年の夏でした。それまでは、生徒会活動、サッカー部、放送部と、様々な部活を兼任しており、そちらに力を入れていたので、家庭学習もほとんどしない高校生活でした。

高知大学に決めた理由としては、日本語の教師になれる授業がとれることと、単純に夏の時点の学力で、模試の判定から見て入れそうだからというものでした。当時高知大学の国際社会コミュニケーション学科の入試形態が、センター試験3教科と小論文だったので、とにかくセンターで点がとれるように、英単語、古文単語、世界史の語句と流れを受験勉強で重点的に行いました。英語に関しては、高校の学科が国際科だったため、英単語が分かればある程度は解けることもあり、あまりしませんでしたが、苦手な古文、漢文はとにかく読めるようになることを再優先で行っていました。またやれば点のとれる世界史も、時代ごとのつながりが、自分で分かるように年表を自作したり、ちょっとでも楽しく勉強できるように、年号のオリジナルの語呂を作って、友達に教えたりしていました。小論文自体は、センター試験終了後、担当の先生と1日1題解いて、先生に添削してもらっていました。あとは読解力や、文章を読む癖をつけるために、積極的に読書するようにしていました。確かヨーロッパ経済危機がうんぬんみたいな・・・。正直センター試験で合格圏内余裕の点数だったのであまりガチガチに勉強した覚えがありません・・・。

受験生へのメッセージとしては、自分の力を見極めることも大事ですが、ちゃんと大学生活をイメージして志望校を選んで欲しいと思います。目先の受験が忙しいからそんなこと無理だ〜と思うかもしれませんが、本当に自分が入りたくて、その大学で過ごす自分がイメージできないと、やっぱり大学生活充実しないと思います。自分が何がしたくて、どこまでがんばれば良いかを考えたら、案外受験勉強は乗りきれると思います。大学生活は本当に楽しいので、やりたいこと考えておかないと、逆に損しちゃいますよ!

中村 真悠

龍谷大学 文学部 臨床心理学科
入試形態:一般入試A日程

 「人生の中で一番勉強する期間だから、がんばりなさい」そうクラス全体へ向けて言われた先生の言葉がいまだに残っています。

私が受験を意識し始めたのは高校2年生の後期からでした。といっても、特にこれといって問題集を解いたりとか、単語を覚えたりしていたわけではありません。同じ部活の仲間が勉強ガチ勢だった、ということもあり、「そろそろせんとなー」と思ったくらいです。
「勉強しなければ!」と本格的にやりだしたのは高校3年生に上がる前の春休みのこと。勉強する際に参考にした勉強法は某有名漫画の某有名大学を目指すというものでした。ドラマにもなっていたこともあり、また受験勉強が本格的になるであろう夏休みに良く再放送されていたこともあって、覚えていました。「長期的に時間のかかる教科はまずやらねば」と思い、志望校のことは特に考えぬまま勉強していた記憶があります。
夏になり、部活も引退しても結局部活の仲間と学校に行き、暑い教室の中うちわで顔を扇ぎながら、汗を垂らして過去問や問題集を解いていた気がします。このころはセンターの過去問や適当な大学の過去問を主に解いていたと記憶しています。この時(本当はもっと早く)に過去問を解いておくと、本番直前の過去問を解く際に自分がどれくらい伸びたかわかるのでいいかもしれません(直前といっても11月〜12月頃ですね。最悪の結果の場合プレッシャーが大変だと思うので)。
と、一人前に勉強法だけは実践しつつも、目標となる志望校がなかなか見つからず。タラタラと勉強し、汗を流していました。

そんな中、11月に事件が…。これをきっかけに非常に落ち込み、やる気も活力も無くなり、「受験をやめようか」なんてことを考えていたことをすごく覚えています。ある日保健室に逃げ込んだことがありました。この行動が人生のターニングポイントだったのかもしれません。先生といろんな話をしていくうちに「人の心について自分は興味がある」「昔から関心があったことだけどそれを学べばいいんだ」そう気づきました。そこからは一心不乱に学びたいことがある大学を調べ、志望校を設定し、勉強しまくりました。
後期まで粘ったものの、第一志望ではなかったですが、この大学に入学することに決めました。しかし、後悔はありません。間違いなく「人生の中で一番勉強した期間」になったはずです。

田村 安花利

愛知教育大学 教育学部 初等教育教員養成課程 理科選修
入試形態:前期入試

皆さんは勉強している時以外ではどのような毎日を送っていますか?睡眠時間や食事は二の次だと思っていませんか?ちゃんと学校の授業の予習や復習をしていますか?私が受験勉強をしていた頃を振り返ってみると、受験時に最も大切にしていたことは「受験勉強だけでなく日常生活全般について当たり前のこと・自分がやると決めたことをきちんと守る・継続すること」だったなあと思います。

私は高校の3年間と言えば、それはまあ酷いものでした。授業は予習・復習が出来ておらず全く入ってこないので不真面目な態度で受けていましたし、夜更かしは当たり前。勿論朝も起きられないので遅刻の常習犯。最後の追い上げだけでセンター試験の点数は何とか取ったものの、志望校の筆記試験では全く解答できませんでした。勿論志望校の結果は不合格。私は浪人することに決め、高校の補習科というところで1年間を過ごしました。私の再チャレンジは自分がきちんと過ごすことのできなかった高校生活をまず取り戻すことからのスタートでした。

朝は4時〜5時には起きて勉強、そこから7時半には登校して予習の見直しやわからなかったところを友達に相談していました。特に英語の予習に力を入れて自分の語彙をどんどん増やすことができました。朝の時間を有効に使えるだけでなく朝型の生活で体調も良くなったのか、補習科は1年間無遅刻無欠席でした。高校の時間割と同じタイムスケジュールで勉強し、放課後から下校時間までは必ず教室で自習をしていました。補習科の授業と言っても高校の授業と同じようにセンター試験に特化した内容ではないので、筆記試験を見据えた勉強に取り組んでいました。おかげで選択形式の問題でも自信を持って解答できるようになりました。また、日課として進路指導室に行って志望校の傾向と同じ問題を探したり、職員室に質問に通ったりしていました。帰宅してからは好きなことをして過ごし、22時〜23時には就寝する毎日でした。

そこまで特別なことはしていません。ただ、これをテストや模試の前であろうが無かろうが受験までしっかり続けられたことが大きく、当たり前のこと・やると決めたことをきちんと継続できたからこそ私は再チャレンジをして力を発揮できたのだと思います。大学生は自由です。だからこそ、自分で決めたことを自分でやり抜く力が必要です。なりたい大学生に向かって努力する日々があなたを大きく成長させます。どうか日々の積み重ねを大切にしてくださいね。

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