CASE 1

「将来のことをじっくりと考える
『ゆとり』を生み出す
──これこそ電子教科書導入の
最大のメリットです」

京都大学 理学研究科
馬場 正昭教授

ICTによる教育改革に早くから注目してきた京都大学の馬場正昭教授は、昨年から大学生協とともに教育現場のデジタル化に取り組み、この4月から電子教科書の導入を果たされました。スタートしてまだ日は浅いながら、すでに電子教科書がもたらす新しい教育に手ごたえを感じているという馬場先生に、活用の現状や今後の取り組みなどについて伺いました。

電子教科書の導入を検討している先生方へ

アクティブラーニング実現にはインフラ整備が不可欠

──馬場先生は早い時期から教育のデジタル化、ICTの授業への活用に取り組んでこられたのですね。

馬場

1991年に大学設置基準が改正・大綱化され、規制緩和による大学教育変革の時代を迎えたわけですが、京都大学でもこの流れを受けた取り組みがスタートし、2004年からは教育・学習支援システムの導入が始まりました。
私も当時所属していた総合人間学部で、パワーポイントやメールの授業への活用や、大学独自のコンピューターシステムによる成績管理などに携わりました。かれこれ20年くらいこうした取り組みを続けていることになります。

──当時はまだ緒に就いたばかり、という段階だったのでは?

馬場

そうですね。ただ、文科省が旗振りをしていましたので、一部の私立大学など先進的な取り組みを行うところも出てきておりました。私自身、他校に視察に行ったこともあります。

──その後、大学生協との開発の取り組みがスタートしたわけですね。

馬場

はい。ただ、ビューアの開発などに集中的に取り組んだのは、ここ1年ほどです。大学教育のデジタル化を実現できないかということで、大学生協さんに相談を持ちかけたのですが、生協さん側もちょうど新バージョンのビューア開発に本腰を入れて取り組んでおられたので、何とか新年度に間に合わせていただけないかということでお願いしました。
途中、いろいろと意見など申し上げたりもしましたが、4月の開講に間に合う形でビューアを完成していただいた次第です。

──初めての試みで、ご苦労も多かったのでは?

馬場

今回の電子教科書導入は、多くの方々の協力なしにはなしえなかったと思います。開発の中心を担ったのは大学生協さんですが、教材の電子化には出版社の協力が欠かせません。また、機器のハード面ではシャープさんのテクノロジー、ノウハウが必要になります。こうした方々のネットワークがあってはじめて、プロジェクトを成功に導くことができたわけです。教育のICT化、アクティブラーニングの実現にはインフラの整備が不可欠なのです。

自己表現が苦手な学生にこそICTは役に立つ

──先生が考えておられるアクティブラーニングとは?

馬場


教育ITソリューションEXPOにおけるセミナー(2017年5月、シャープブース)
アクティブラーニングで大切なことは、Leeway(ゆとり)、Communication(対話)、Diversity(多様性)の三つです。
まず、「ゆとり」ですが、ゆとりがないと単位をとること、及第点をとることしか考えられず、将来自分は何になりたいか、何をしたいかというビジョンを持つことができないのです。デジタル機器を使ったアクティブラーニングを導入することで、学習の効率やモチベーションが上がり、その結果としてゆとりが生まれます。将来のこと、これからやるべきことについて、じっくりと考えることができるわけです。こうしたスタンス、習慣を入学してすぐに身に付けてもらいたい。これこそがICTがもたらす最も大きな恩恵だと考えています。
さらに、ビューアを介して教員と学生との間で「対話」──コミュニケーションが可能になります。
三つ目の「多様性」ダイバーシティですが、学生は一人ひとり個性が異なるので、これを大切にして育むべきだということです。この点で、私は「アクティブラーニング」という言い方に少々違和感を覚えます。
「アクティブ」という言葉には、積極的に発言しなければいけない、意見を述べなければいけない、といったニュアンスが含まれますが、これをすべての学生に押し付けるのは間違いだと思います。自己表現が苦手で、表に出てこようとしない学生の中にも、優れた能力を持った者はたくさんいます。口八丁手八丁に意見を表明できなくても、しっかりと考える姿勢を身に付けることができればそれでいいのではないでしょうか。

──電子教科書を活用することで、自己表現が苦手であまり発言せず、何を考えているのかよくわからなかった学生との間でも、双方向でコミュニケーションを図ることができるということでしょうか。

馬場

その通りです。現在、履修者が300人ほどいる授業を受け持っているのですが、全員でないにせよ、10~20人程度は本当に親身に対話しよう、という姿勢を見せてくれています。今までになかったことで、電子教科書導入の大きな成果だと言えます。
あまり積極的になれない学生にとって、この電子教科書は非常に意義のあるものだと思います。何も言えないし、表現できないけれど、ICTを利用して自分で学ぶことによって、何か興味を惹かれることが見つけられれば、教師である私ともコミュニケーションを図ろう、ということでコンタクトしてくる学生もいるのです。

──共有機能が役に立っているわけですね。

馬場

そうです。マーカーや付箋、コメントなどの共有機能を使って、たとえば授業に出てこられなかった学生にその日の授業内容をフィードバックしてあげる、すると、遅れをとることなく授業に追いつくことができるわけです。
大学から徐々に足が遠のいてしまう学生も中にはいますが、共有機能を使ってコミュニケーションを図ることで、学校に足を向けるきっかけにもなるんですね。今までですと、成績が確定してしまってから親御さんが慌てて飛んでくる、ということが多かったのですが、普段からキャッチボールをすることで、最悪の事態を回避できるのではないかと。そうした学生はゲームに没頭したり、動画に興味があったりと、往々にしてITに強いんです。まさに電子教科書のシステムになじむんですね。

電子教科書普及のターニングポイントは2020年

──学生さんたちは、タブレットなどでビューアを使用しているのでしょうか。

馬場

今、大学がBYOD(bring your own device=自分のデバイスを持ち込む)を進めているのですが、指定の機器はタブレットではなく、多機能型のノートパソコンです。15万円程度するものなので、購入せずに紙ベースの教材を使っている学生もいるのです。そこで、私の授業ではスマートフォンの利用を許可し、ビューアをスマホにインストールしてもらうなどして、ICTによる授業に参加してもらっています。
スマホであれば、電車の中やベッドでも見ることができます。私は湯川秀樹先生が退官される年に大学に入学したのですが、湯川先生によると、アイデアは夜、寝る前に湧いてくることが多いので、枕元には必ず本とノートを置くようにしていたとのことです。今ならスマホ1台置いておくと事足ります。まさにICTならではですね。


電子教科書による授業風景(京都大学)

──電子教科書を使った授業への、学生さんたちの反応はいかがでしょうか。

馬場

何しろ始めたばかりですので、まだこれからというところですね。電子教科書で何がどう変わるのか、よく把握できていないようです。また、脱ゆとりの3年目の世代ということもあって、リスクをすごく恐れているというか、新しいことをやって単位が取れなかったらどうしよう、いい成績が取れなかったらどうしよう、といった不安もあるようですね。
ただ、先ほども申し上げたように、これは今までの授業にない魅力があるぞ、と食いついてくる学生も一部ですが、すでに出てきております。
大学生協さんの新しいビューアもこの3月にやっと出来上がったばかりですし、定着し成果が表れるまで一定の時間がかかる、と考えたほうがいいでしょうね。

──どのあたりから目に見える成果が期待できそうでしょうか。

馬場

ターニングポイントとなるのは、やはり「2020年」でしょう。大学入試をはじめ教育のあり方が大きく変わりそうで、このタイミングで教育の場にICTを導入しないといい人材が育てられない、という機運が一気に高まるのではないかと思います。
ですから、機能やスマートさばかりを競うのではなく、泥臭くても学生目線で改良を重ね、いい人材が育てられるようなシステムを目指していければいいと考えています。
さらに、社会にうまく適応できない若い人も最近は多いので、そうした人たちも活用できるようなものになればいいですね。社会に出て成功できるのは、京大出身者でも1~2割というところでしょうか。一人でも多くの若者が生かせるチャンスを生かして、社会に羽ばたいていってほしいと思うのです。

──最後に、大学生協に期待することは?

馬場

目先の利益よりも広い視野と長期的なスタンスで新しいことに取り組めるのが、大学生協さんのいいところだと思っています。リスクを恐れず、ICTの新しい時代を切り開いていただきたいと期待しています。

馬場 正昭(ばば まさあき)

1955年、福岡県生まれ。京都大学大学院理学研究科修士課程修了。神戸大学理学部助手、京都大学教養部助教授、同大学総合人間学部助教授などを経て、京都大学理学研究科教授(化学専攻 電子スピン化学講座)。専門は、物理化学、レーザー分子分光、励起分子ダイナミクス。理学博士(京都大学)。