未来と向き合い平和について考える~大学生協の戦後70年特別企画~

おしどりマコ・ケンさんインタビュー

◎学生時代 ~「就職のための勉強が、大地震が起こったときにいったい何の役に立つんだろうと思ったんですよ。」~

渡邊
では最初は軽い話からいきましょう。学生時代、18~22歳くらいの年代のときは、どういうことをされていたのか教えていただけますか。

おしどりマコ・ケンさんインタビュー

マコ
分かりました。わ~、懐かしい、18のとき。そうですね、全然関係ないような、関係あるような話なのですが、今日、私たち放送大学で学生証取ってきて、今日から学生証がある身分なのですよ。

一同
えっ!?

ケン
今日取ってきました!

マコ
18、19、20、21、22…。大学生の頃も勉強してたんですけれども、やっぱり勉強は大事だなあと改めて思って。また、「ずっと勉強しないと」とも思って、ちょうど入り直したことろだったので、お話を頂いてすごく嬉しいです。

中村
特に学生の頃って、ニュースで見るような世界しか知らなかったり、大人の方も親の見る姿が影響すると思うのですが、今の社会と比べて学生時代だった頃って結構華やかだったんですか。

マコ
いや、全然そんなことない。そんな私、バブル世代じゃないですよ。もう、とっくに終わってましたよね。大学の時なんてそんなに考えていなかったので、皆さんすごいなあと思います。私、大学1年の1月に神戸で阪神大震災があったので、そこからすごく社会のことを考えましたね。それで、阪神大震災をきっかけに、大学3年目に辞めたので、大学といえば思い出は地震ぐらいしかありません。

中村
僕たちは大学1年生か入学直前に東日本大震災があったので、そういう意味では同じような経験があります。

マコ
私は当時神戸の高校に通っていたのですが、すごい進学校だったのでみんな大学に行くんですけれど、半分くらい浪人で、その人たちは地震の後、センター試験だったんですけど、結構消息不明の友達とかいっぱい出て…。無事にセンターに行った人の中には、家が焼けたから煤だらけの服でセンターを受けに行く人もいました。

渡邊
その地震の経験が今の記者会見に赴くなどの活動に繋がっているのですか。

おしどりマコ・ケンさんインタビュー

マコ
それはめちゃめちゃありますね。それで、大学1年で地震があって、高校の同級生がかなり死んだんですよ。地震でも死んだし、その後関係なくも死んだし。だから、「呪われた学年じゃないの」というくらい。それで結局、「地震があろうがなかろうが、人間は死ぬときは死ぬな」と大学2、3年で思ったんです。私、勉強すごい好きだったんで、大学は好きな勉強を好きなだけできるところって夢のように思ってたんですよ。でも、中学って高校入るための勉強で、高校は大学入るための勉強じゃないですか。でも、大学に入ると、社会に出る、就職するための勉強なんだということに気づいて、すごくがっかりしたと思ったことがあって…。結局就職のための勉強が、大地震が起こったときにいったい何の役に立つんだろうと思ったんですよ。点を取るのは得意だったんですけれど、「これはだめだ」と思って、それで地震があったときに「分かった、もう、勉強はいい」と思って、手に職つけようと思って、職人になろうと思ったんですよ。

ケン
よく言ってたんですよ。看板描く職人さんとか、そういうのになりたいとかいろいろと。

中村
ご自身の学生の頃と今の学生と比較してどのように感じますか。なかなか比較はできないと思うのですけど、例えば桜美林大学でも講演をされたというお話もありましたが、講演をされたときの学生の様子とか、反応はどうでしたか?

マコ
自分が大学生のときは、何か誰かの講演を自主的に聴きに行くということはなかったので、それは素晴らしいなと思いました。東日本大震災の後、動かれている学生の方々とか、本当に自分のことを考えると恥ずかしいくらいすごいなと思いますね。

ケン
ほんと、そうやったね。あのときもね、すごい集中して皆さん聞いてくださって、僕やったら考えられへんな。

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