会長理事からのご挨拶

人と触れ合う学びの場

 大学生協連の60周年ということもあり、昨年は大学生協の歴史について、いくつかの資料に目を通すことになりました。歴史に学ぶことの大切さを実感した次第です。私自身が学生だった70年代の状況もよく分かりました。そして、新年を間近に控えた時期のことですが、もうひとつ、人と触れ合う機会も大切な学びの場だとの思いを強くすることになりました。名古屋国際会議場で開催された総会においてです。もう少し正確に申し上げるならば、総会と並んで企画された分科会、ポスターセッション、テーマセッションでの小さな集まりに顔を出すことで、人と触れ合う機会の大切さを再認識させていただきました。

 若かりし頃を振り返ってみると、人との出会いによって新たな知見や思考法が得られた経験が少なからずありました。1970年に入学して三鷹にあった学生寮に入ったわけですが、そこでの先輩や同級生との交流は社会科学への目を開かせてくれました。もともと理系の学生だったのですが、進路を転換して経済学がベースの仕事につくことにもなりました。あるいは、農業経済の新米の研究者として歩き始めた頃、ときおり農家のひとことがヒントになったこともよく覚えています。のちに拙著の中で紹介させていただいたケースもあります。書籍や論文を読むことも大事ですが、人との触れ合いが新たなひらめきや深い思いにつながることも間違いありません。

 大学生協連総会での分科会には、フードロスの削減など、私の専門に近い食の問題に取り組む企画もありました。参加された皆さんは、それぞれの生協食堂の現場を思い浮かべながら、他の大学の取り組みなどによって刺激を受けたことでしょう。考えてみれば、食堂のメニューの立案と実行という点で大学生協は外食産業としての顔を持つと同時に、言うまでもなく、食べる側の消費者の自主的な組織でもあるわけです。この二面性に生活協同組合の特質があることも実感できたのではないでしょうか。

 ひとつのテーマセッションでは、共済をめぐる弘前大学生協の経験が分かりやすく紹介されました。これも参加者を大いに刺激したと思います。共済にはいわゆる保険の事業としての側面があります。けれども、共済ほんらいの役割は英語のmutual aid、すなわち仲間の相互の助け合いにほかなりません。これが大学生協の共済事業の本質だとも思います。もちろん、大数の法則のような確率論、つまり保険のノウハウも事業の持続的な運営には必要でしょう。ただし、ここが肝心だと思いますが、保険のノウハウはあくまでも手段としての技術であって、それ自体が目的ではないはずです。弘前大学生協の報告を聞きながら、共済とは何かを考えることも、大学生協の本質を再認識する重要な手掛かりになると感じた次第です。

 生協の運営の現場に触れることで、したがって組合員や役職員の皆さんがお互いに交流を深めることで、近未来の大学生協のありかたに有益な示唆を得ることができるのではないでしょうか。人と人のつながりの場としての大学生協。その意味では、生協の運営上のテーマを超えた学びの場としても、大切な役割を果たしてくれるはずです。繰り返しになりますが、総会と並んで開催された企画への参加を通じて、若かりし時代に思いを馳せながら、このことを確信するに至った次第です。