学長・総長インタビュー

学生を大切にする教育、社会に役立つ研究力で「実学教育と人格の淘治」の実現へ

看護大学の競争激化の時代に 理念や使命に基づく特色を


佐藤:最初に、看護大学の状況について、お聞かせ下さい。

高田:看護系大学は競争が激化してきています。10年前と比較すると、学士課程は104から217に、修士は63から144に、博士は25から71に、いずれも2倍以上の増加です。今後数年間で私立を中心にさらに30課程設置されるという情報もあります。

再来年125周年を迎える歴史があり、看護師教育に関する一定の評価を得ている私ども日本赤十字看護大学も、このような競争を免れることはできません。その中で本学を学生に選んでもらうためには、もう一度赤十字の理念と赤十字の看護師養成の使命を明確にして、大学の特色として打ち出していくことが大事だと考えています。  

もう一つは、本学は1学年約140名、編入生を含め150名という看護系の中では多くの学生を育てていく大学ですが、学生数が多いと学生のバラつきも大きくなるので、教育的な丁寧さ、ノウハウの充実なども、とても大切になってきています。

教育の重点は?

高田:昨年中教審で学士力の強化、学生の主体的な学習が強調されていますが、今の学生の状況では難しい課題だと思っています。

かつては140単位以上取る学生がかなりいましたが、だんだん減って、卒業要件ギリギリの単位数で卒業する学生が増えてきています。  

大学としては、リベラルアーツを自由選択科目としておくことで、学生が主体的に選び学ぶことが期待できる、学士力の育成につながると考えてきました。しかし最近は、主体的に選択するという考え方そのものが乏しくなっていますので、工夫しないと難しいという実感があります。国の方針と現在の学生の実像とにミスマッチがあり、大学の仕掛けというか工夫が問われています。本学はまだそこは十分とは言えない、今後の課題です。

佐藤:そうしますと、今後の重点は、150人いる学部生の教育ですね。

大学院も色々な看護大学にできており、やはり重点ではと思うのですが。

高田:大学院の修士は、専門看護師育成という大きな柱があり、コースも充実して、志望学生も増え、専門看護師として活躍している人も出てきています。

また博士課程のカリキュラム改革をしてコースワークの充実を図り、平成26年度からスタートします。概念化、理論化する力を開発し、看護学の構築に貢献できる人材を育てるという初代学長の樋口先生のお考えに沿うことになるはずです。

佐藤:修士は実力をつけていく、実践力を高めていく方向ですね。

高田:修士も実践力をつける専門看護師育成と研究者育成の両面がありますが、専門看護師課程の修了要件が現行の26単位から38単位へと大幅に増やさなければいけなくなりました。講義科目、実習演習科目の充実が求められているので、当面そこに重点を置かざるを得ません。

佐藤:教員数からもそうですね。

大震災の体験により 災害看護学に力を入れる

高田:東日本大震災直後の4月1日に学長に就任したことが私としてはすごく大きかったと思います。

赤十字の大学として、災害看護に力を入れることは本学の使命と考えています。まずは学部のカリキュラム改革で、災害看護学科目の充実だけではなくて、看護学教育のカリキュラム全体に災害看護学の考え方を含める必要性を強く感じていました。その考えはかなり反映してもらえたと思います。

また大学院では、看護系大学協議会で分野申請をして認められ、次年度から災害看護学の専門看護師コースが始まります。

5年間の大学院一貫教育に チャレンジする 災害看護学共同教育課程

高田:災害看護学大学院教育としては、平成26年から災害看護学共同教育課程がスタートします。これは高知県立大学が責任校となり、兵庫県立大学、東京医科歯科大学、千葉大学に本学が加わる、我が国初の国公私立5大学による5年一貫の共同教育課程です。文科省のグローバルリーダー養成プログラムの助成を受けて実施の準備を進めています。  

赤十字は、どちらかというと赤十字の中で完結します。災害の場合も、赤十字病院からたくさんチームを出して、赤十字の中でほぼ完結型で全部やっていく、ほかの団体と共同でという経験があまりないのです。  

けれども災害時にはこれではうまくいかない、必要な支援を必要なところに届けるためには国内外を問わず、連携協働をはかり一つの力に結集していくリーダーシップが重要であるとの認識が共有されてきています。国公私立5大学で一つの大学院カリキュラムを作って運営していくのは初めての試みなので、ユニークで大きなチャレンジだと思っています。  

これは遠隔授業でやるのですが、看護の中で大学院教育をリードしてきた、教授陣も充実しているこの5大学の教員の指導が受けられ、学生たちにとても魅力的な、赤十字だけではできない教育を受けられる機会です。  

また、赤十字としてこれまで培ってきたノウハウを、災害分野に関して貢献できる面もあります。貰うばかりでなく貢献できなければ参加できませんので、赤十字として加わることの意義は両方あるという考えです。そのことは学生だけでなく、教員にとっても必ずプラスになる、他の大学と教育的な中身で切磋琢磨できるのはあまり多くないので、大きな飛躍につながるものになると思っております。  

このように赤十字大学としての特徴を意識した大学改革に力を入れてきています。

東南アジアの拠点を目指す 災害看護のプロジェクトも

高田:さらに2011年から始まった、文科省私立大学戦略的研究基盤形成支援事業による「災害看護研究・教育プロジェクト」では、東南アジアの災害多発国から研究員を招いて、お国の災害看護学分野のテキスト作りへの協力を通して、本学が災害看護教育の東南アジア圏における拠点形成を目指す3年間のプログラムも行っています。  

今日はあまり触れませんでしたが、日本赤十字社の海外義援金の一部をいただいて行っている、福島原発事故で長期避難を余儀なくされている被災者への支援事業など、行っていることは他にもあります。これらが全部連動して、本学の災害看護学教育研究のより一層の充実につながっていくと考えております。

赤十字の理念、人道主義・ ヒューマニズムに基づく教育

佐藤:改革・現状・重点などについて付け加えることはありますか?

高田:特に学部教育は、赤十字の理念のヒューマニズム・人道主義に基づく教育をしていく、人間一人ひとりを大切にすることができる学生を育てたいというのが本学の中心的な理念です。一人ひとりを大切にできる看護師を育てることです。  

一人ひとりを大切にするということは、一人ひとりの患者さんを理解する、その人を大切にすることにつながっていくわけです。これは、学生の教育では、今度は学生一人ひとりを大切にすることになっていく、自分が大切にされないと人を大切にすることができないので、そういう教育になっていくと思っています。  

このことは本学では、長く伝統として培われてきている、とても大切にされている。私は20年ぶりに戻って、先生方とかかわっていて実感しています。  

看護教育は23単位の実習が必要ですので、個々の教員が少人数の学生に関わることがとても大きいのです。そこでの、一人ひとりの学生の持ち味が生きるようにみていったり、つまずいている学生をなんとか先に進めるようにしたり、このような支援の仕方はとても丁寧です。

これだけ学生数が多くても卒業率が高く、ドロップアウトが少ないのは、そういう教育が浸透している、先生方の努力に負うところが大きい、と思っていますので、これは継続してもらえたらありがたいなと、先生方に感謝しております。

佐藤:ありがとうございます。

奨学金は充実しています

佐藤:教育面ではない学生支援について教えて下さい。

高田:授業料が高く、学生や保護者の負担がかなり大きいので、奨学金の充実が大切になってきます。幸いなことに、高齢化などにより看護師の需要は依然として高いこともあり、赤十字の支部や病院、地方自治体など、多くの奨学金制度が活用できます。多くの場合、就職して何年間か仕事をすると、返還義務が免除されるというタイプの奨学金です。  

大学としては、そういう奨学金を受けることは自分の将来を決めることにつながり、ある種の道義的な義務を負うことにもなるので、貰えば貰えるという甘い考えではなく、きちんと考えて慎重に選ぶように、保護者と学生に伝えるようにしています。  

それ以外に、大学の独自の奨学金があります。例えば海外の短期語学研修や短期の交換留学(スウェーデン)を行っていて、その学生には旅費分ぐらいの奨学金を準備するなど、いくつかのタイプがあります。そういう学生支援は、この規模の大学としては、他よりも比較的充実しているのではないかなと思います。

もっと〝癒しの空間〟を 生協も演出して欲しい

高田:生協への注文や期待ですが、私が以前勤めていた京都の大学では、食堂のおばさんたちの、学生への声のかけ方がすごくまめなのですよ。学生たちも気軽にやり取りしているのですね。でも本学ではそれがほとんどない。そういう生協のおじさん、おばさんたちとのやり取りがもう少しあってもいいかなと。  

学生にしてみると教員はどうしても点数を付けたりする人なので、気を抜けないわけですね。京都の学生たちは、生協や清掃などの職員の方々とのやり取りがかなり見受けられ、そこに癒されている感というのがありました。そういうのがあると、多分学生たちはきつい中での息抜きになるのかな、その中の一つが生協だと思うのです。うちの生協職員の方々は、本当に限られた時間だけ来て、その時間に効率良く速く食事を出すということが大きいからなのか、そんなに余裕がない感じですね。

佐藤:そういう面はありますね。

高田:なんでもないやり取りが少し寂しい感じがしています。京都の大学では、関西で学生が納豆は苦手なので「代わりに卵に変えてもらっていい?」と声をかけて、「しょうがないわね、納豆も体にいいんだよ」と応えるなど、他愛もないそういうことがあの年代の学生たちにとっては結構意味のあることかもしれないです。  

佐藤:特に一人暮らしの学生には。

高田:またクリスマス、七夕、雛まつりなどの行事で、あまりお金がかからない範囲で、ちょっとした季節感を感じさせてくれる何かを置いてくれるといいかなという気がします。  

教職員ではできない〝癒しの空間〟みたいなものを演出してくれると、すごくありがたいなと思いますね。

佐藤:そうですね。

高田:ぜひ学生にいっぱい声をかけてもらって、学生たちが親近感を感じて、生協は自分たちのもの、というふうに思ってもらえたらいいですね。  

佐藤:色々ご指摘いただき課題も見えてきました。

今日はお忙しいなか、いろいろとありがとうございました。

『Campus Life vol.36』(2013年9月号)より転載