学長・総長インタビュー

星薬科大学

田中隆治 学長

「人材育成の揺籃」「親切第一」をもとに
世界に通用する人材、社会の求める薬剤師を育て

全国の大学、 薬学大学の現状


山本 現在の日本における一般的な大学や薬学系大学の置かれた状況についてどのようにお考えでしょうか?

田中 社会における大学の存在意義は、いろいろな知識、文化を継承して、新しいものを作るという役割があります。現状では、少子化高齢化やグローバル化への対応、そして地域貢献が課題となっています。少子化で言えば、18歳人口は、昨年119万人が60年に60万人に半減します。薬科大学は今1万3千人が入っているので、単純に計算すれば60年には5人に1人が薬学部に来ることになります。このことは誰が考えても不自然ですよね。

そのような中での大学の生き残りは、現状の継続では難しく、より一層努力をし、社会や入学する高校生に評価される大学でないといけません。

教育や研究など社会のニーズに応えるべき改革が問われているのに、進んでいない。日本経済が落ち込み、財政問題が悪化しており、次の若い世代の育成が期待されているにもかかわらず、残念ながら大学がそれに応えていない。大学に古い体質があり、組織改革をしないところに問題があると思っています。

薬学部や医学部などの大学は、即地域に貢献できる、地域や社会が求めることに対応できるにもかかわらずできていない。体質の古さ、改革をしない大学が多くあるように思います。

教育改革の方向性

山本 本学の教育改革の現状と方向性は、いかがでしょうか?

田中 一つはやはり教育のやり方です。一方的に教育する、座学だけでやるのでは、社会が期待する薬剤師育成にはつながりません。クリティカルシンキングやディスカッションシステムなど、いろいろ仕組みを変えて、学生の能力をいかに引き出すか、という教育の現場を作っていきたいと考えています。

また一方では、大学が国の競争的資金を得るような社会的評価の対象となり、大学の存在意義をアピールするには、研究をしっかりやらないといけません。

本学の特徴として、薬学を通じて世界に通用する人材を育成する、という考え方があります。それを実現するための良い方法は、学生が基礎知識を学んだ後、研究テーマに取り組むことだと考えます。自分で考えたことと先生の考えたこと、互いのディスカッションを通して新たな知識を構築していくことであり、新しいものを創り出していくのです。

薬科大学で研究を放棄すれば学生教育の半分も果たす事が出来なくなり、その結果は社会の期待する薬剤師育成にはつながらないと思います。そういう意味からも、研究を強く意識する伝統がある本学では、研究を通して学生への良い教育をする、研究を通してお互いのコミュニケーション力を育てあげるようにする、そこが大学評価のポイントだと思います。

大学の理念・目標の実現

山本 あらためて本学の理念や目標、「世界に奉仕する人材育成の揺籃である」や「親切第一」について、どういう観点でそれを実現されるのでしょうか?

田中 本学の二つの建学の精神は、一つは薬学を通して「世界に貢献する人材育成の揺籃」たること、もう一つは「親切第一」です。

一つ目は、大学で新しい知をつくり、社会に貢献する、星一先生はそれを自ら実践されたのです。もう一つの「親切第一」は、人間として倫理観を持って、社会が求める人間になりなさいというメッセージです。この二つの理念を建学の精神として100年やってきました。本学の目標は、薬学の深い知識を持った人材を育成して、社会に役立つサイエンスをベースに、立派な人間を育てるということです。

社会に貢献するための学生の知識習得は、研究室での研究を通して過去の知識を継承していくことが第一歩となります。さらに、それをベースに新しい知を創造することが求められます。そのためには、大学は特徴ある研究を創り出していく必要があり、それをして伝統と言うのではないでしょうか。

本学には現在特筆すべき研究成果が薬理学の研究分野にあります。特に〝痛みの世界〟は高齢社会の中で大変重要な研究課題です。がんになる人、末期の症状を訴える人は、必ず痛みが付随しますからね。

さらにそれをベースに、社会と接点を強く持つために、薬だけではなく、もっと別の視点からも健康ということを考えられないか、という発想から、脳神経科学を食品分野に最大限応用しようとしています。それでかなり高額の助成金をもらえるようになりました。すばらしい研究人材が育ってきているのです。このように特徴ある研究領域を育成することが重要です。

もう一つの「親切第一」は、本当に社会が求める薬剤師育成にあります。「親切」という行為は本来薬剤師の基礎となる行為ですが、大学の先生方は現場を知らない方が多いので、実習を組織的に強化するとともに、若い先生の一部に現場経験をしていただきながら、薬局や病院調剤などの社会と連携を強化し、新しい「親切第一」の世界をつくります。また、人間としての教養・倫理観という意味では、教養の先生に対処してもらいます。さらに教養の先生には、まず入学した学生に大学で学ぶということはどういうことかを、教えていただきます。

このようなかたちで、本学の二つの理念の継承を進めていきたいと思っています。ただし、大学は教育・研究だけではない、学事も同じく大事だという意識をもって大学運営に積極的に参加していかなければ、二つの目標は達成できるものではありません。

学生の可能性をどう伸ばしていくか

山本 確かに世界に貢献できる人材育成には研究が重要ですし、社会との接点では人とのつながりを大事にする親切第一が大切だと思います。そのために学生の可能性をどのように伸ばしていきたいとお考えですか?

田中 本学ですごくいいシステムは、入学したときに、数人ずつに分かれて、担当の先生がついていることです。小さい大学として、こまめにできることをしっかりやっていくことが、学生も期待しているし、大学がやらなければいけないことです。

もう一つは、オープンキャンパスや品川区民公開講座、学祭などもっと学生主体にやるということです。オープンキャンパスでも「ここの学生はすごく愛想がよく、説明も上手だし、親切です」というアンケート結果がたくさん返ってきます。そういう学生のいいところを汲み上げる、学生を褒めるという機会を、もっとたくさんつくる。そうすると、もっと学生は笑顔でいると思います。

勉強で賞をもらう学生は山ほどいますが、もっと褒めるという世界をつくろうと思っています。何でもいいので学生が賞を取ったら、自分の名前と星形のマークが入った白衣を大学から贈ります。そうやって、勉強できる学生も、クラブ活動などでがんばっている学生も、多くの学生に「おめでとう」「よくやった」と声をかけたいと思っています。

このようにもう少し学生がにこにこしている大学をつくりたい。薬局や病院の中で現場を勉強すると同時に、「人に優しい」「人に親切」は、学内でもお互いできることなので、率先してやっていこうと思っています。

学生支援

山本 さらに学生生活の現状と、大学にとって重要な学生支援に関してお話を伺わせて下さい。

田中 学生に対する支援は二つです。一つは薬学系私学なので授業料など出費がかなり多く、学費が払えない人が年に何人も出てくる。そういう現状の中でも研究は意味があるので研究しろと言っても、大学と大学院で10年間も高額の授業料を払うことになります。大学が優秀な人材を育成するためには、優秀な人材を可能な限り経済的に支援する制度が必要だと考えます。

またドクターまではかなり長い年月がかかるので、キャリアパスを考えてやらないといけない。大学院を出たら必ず将来を保障するような仕組みや支援を考えておかないと、無責任に大学院に行けよという話では済まない。大学院に進む学生の経済的支援をどう保障するかは、本当に考えていかなくてはならないことです。

もう一つは大学生活の支援です。本来大学は、建物だけではなく、運動場やクラブ活動なども、しっかりサポートしなければいけません。今までの大学は、大学の教員が中心に考えた制度で、支援してほしいのか/ほしくないのかを学生に聞かずに、教員が勝手に思って行っているところがあります。

もし自分たちの意見が受け入れられて、大学もよく考えて支援をしてくれるということを体験するなら、社会に出たときに、ちゃんとした自分たちの意見を言って、支援をしてもらえる/もらえない、ということが理解しやすいと思うのです。

学生支援をするときには、大学の半分は学生のものなのだという観点から、支援の仕方等に関して、もう一度学生に話を聞いてみる。そのためにイノベーションセンターに、ユースアドバイザーという組織を設けて、学生たちの意見を聴きながら大学運営が進められればと思っています。

生協へひとこと

山本 最後に生協への注文、要望、期待をお願いします。

田中 生協も大変重要な役割を果たしています。学生生活にとって食事、書籍など、大学とうまくリンクしながら、特色を出してきました。ただ、今は生協以外に、コーヒーショップなどいろいろショップが出来てきています。生協の生き残りも、自ずと時代に合ったものであるべきでしょう。

食堂のメニューなど、学生にいかに合わせるかを考えて、ビジネスモデルをつくりあげる。小さい本学では、利用者数は少ない、女子がいっぱいいる、という特徴がある中で、新しい生協のあり方を考えるビジネスモデルが出来るのかもしれません。

本学の、勉強中心の学生生活の中で、学校に来る楽しみの一つに必要な生協とは何かを考えて、学生の意見を十分反映させるような仕組みを作り続けて欲しいですね。

生協の品揃えは、おにぎりや缶コーヒーなど、街のコンビニとは違い学生の意見が反映されています。ただ学生向けの品揃えだけでない、本学発の何かがもっとあるといいな、と思いますね。ここでの成功事例をつくれば、小さい大学で生協の価値がもっと上がってくると思います。

だから、基本は学生と教職員、生協が共存する為に、当然生協は学生や教職員の利便性を考えた品揃えをやっていますが、まだまだ本当のニーズをつかみきれていない。生協で売っているいろいろなものを、他所ではなく生協で全部購入したくなる環境整備、あるいは様々なヒアリングやサポートを、今以上にもっと徹底してやればいいと思いますね。

山本 あらゆる場面で本当のニーズを発掘していくことが大切なんでしょうね。本日はありがとうございました。(編集部)