学長・総長インタビュー

高知大学

脇口 宏 学長

「地域協働学部」などの改革を通じて
「今」の学生に対応した教育で、地域再生と人材育成をつなげる

大学改革実行プランに先んじた改革


田村 最初に現在の日本の大学のおかれている全般的状況について、どのようにお考えかお聞きかせ下さい。

脇口 2012年に公表された「大学改革実行プラン」は、大学改革が進んでいないとの認識が産業界を中心に高まっていることに対し、文科省が対応したものです。しかし、実際には法人化後、各大学は自律的かつ自己責任のもとに改革を進めており、そのスピードや程度の差は別にして、国立大学はかなり変わってきておりました。

高知大学は、大学院六研究科を一研究科に統合して、より有機的な文理統合教育・研究が推進できる体制をつくりあげてきました。また、法人化後の運営費交付金の削減により教員を減らさざるを得ない中で、教育の質を担保するために、学系部門制度(4学系13部門)を構築しました。教育研究部(4学系)に教員を異動させることで、一人の教員が複数の学部教育を行うことができるようにしたのです。研究も、理系と理系、理系と文系、文系と文系など、異分野が連携することで研究の質向上や方向性の転換が可能となります。

高知大学では文理統合型の黒潮圏総合科学研究科(現専攻)を10年以上前に設置し、最近では5年前から上記の学系部門制度が動いています。教員評価を人事考課に反映させることも既に実施しており、大学改革実行プランに、先行する大学改革を進めています。

垣根を越えた改革

田村 学系、学部の垣根を越えた改革は、何故必要だったのでしょうか?

脇口 運営費交付金が毎年1・3%削減され、高知大学では9年間で9億円削られました。それだけ削減されると、今までと同じ教職員数を維持できない。学部毎に完結していた教育システムが、学部単独では完結できなくなる。それを克服し、相互扶助的に補い合うことで教育の質を担保する。例えば、医学部専任教員が医療や福祉について理学部や教育学部で教える場合、これまで色々な手続きが必要だったのが、教育研究部に所属する教員が、学部教育充実のために要請された学部で教育するのが普通になるのです。

このように異分野の教員が学生教育を担当することで、現在求められている能力、例えば総合的複眼的視野を持ち、俯瞰力がある、その上に専門性が上積みされ、幅広い教養と高い専門性をあわせ持つ学生を育てることが可能となります。社会人基礎力と言われるいろいろな能力も習得できる。そのようなことを期待した改革です。

学生の変化


脇口 学生の変化は国や財界に指摘される前から教育現場は気づいていたと思います。私も20年以上前に、学生の考え方が変わってきたことに気づきました。端的に言えば、極めて効率よく勉強して、無駄なことはしない、習った通りにする。最短距離で目的地へ行きたいという思考です。時間がかかっても自分で調べて、整理し直して、体系付けて初めて人に教えることができる確実な知識になるのですが、それは無駄と考える学生が、次第に増えてきました。

その頃から失敗すると立ち直れない学生が出てきました。例えば、臨床実習生や研修医が患者さんに怒鳴られたりすると、不登校(院)状態になる。他大学(病院)にもそのような学生・研修医がいるということで、全国どの大学も同じ悩みを抱えています。

しかし、実社会では失敗ばかりと言っても過言ではなく、失敗から学び反省し、次のステップに進む何かを得るという学びが大切で、社会人として社会に貢献する、自分が幸せになる、家族を幸せにする、そういうことを実現させる能力を身につけさせるのが教育です。

地域協働学部のコンセプト

田村 実際の学生のそのような変化に対して、今進めている大学改革ではどのように対応されているのですか。

脇口 「自立心に欠ける」「失敗すると立ち直れない」「周りのことを気にするけれど周りの人に関心を持たない」「自分のことが中心」というような学生が増えている。社会にでる直前の学びの場である大学では、社会を知り、自律的に生涯学び続ける、課題を発見して課題を解決する、周囲とコミュニケーションをとってチームを組んで何かをやる、ということを身につける教育が必要だと考えています。

国の支援を受け、民間企業の協力で進めていた「社会協働教育プログラム」が高い評価を受け、2012年5月に学部新設の要望が出ました。その内容がまさしく「地域協働学部」のコンセプトでした。

社会を知らない学生に社会を知らしめる。大人との交渉や協働経験のない者を地域に入れて議論させる。地域の大人を説得し、協働して地域を活性化する。自分の考えを大人に説明して納得させて実行する。失敗したら大学で勉強し直して、みんなで議論して現場に再提案する。まさにこれが今大学教育に求められる人材育成教育の一つです。

高知大学は、伝統的に学生と教員が地域に出ばり、地域の人々と交流しながら学んできた大学ですが、個人的で継続性に欠けていました。地域と協働して地域の回復に組織的継続的に関わる部局があると、高知大学の特色すなわち世に打って出る武器になる。それが、今社会が求めている人材育成に主眼を置いた地域協働学部です。

文科省とのやりとりで色々ありましたが、他学の学長さんから「すごいことをやりましたね」「我々も次はこれしかないと思います」と言われ、方向性が正しいことを確信しました。

次に、高知に設置された大学としてアピールすべき領域は海洋です。黒潮の恵みや土佐湾沖海底の資源など、もっと研究して実用化もめざします。海の環境汚染は社会的影響が非常に大きい。山で濾過された水が海を豊かにする。山から海底まで総合的に海を考え、海の環境保全を地球の環境保全につなげることができる人材の育成が必要です。10年後には「高知大学に海洋資源科学科(仮称)があって良かった」と言われるようになるはずです。

また、高知は災害県です。防災関連の研究をしている教員が理学部や農学部に分散しているので、理学部にまとめて教育・研究力をさらに強化する学科を新設します。人文学部も、学生がこれまで以上に幅広い文文統合的な教養を身につけ、その上に現在三つある学科の専門性をそれぞれ上積みするような学部にすべく、一学科体制の学部改革計画を立てました。教育学部は教員養成学部としてこの4月に再スタートします。

学生と接するプロに

田村 生協の学生生活実態調査を見ても、学生生活が厳しい状態で、仕送りゼロの中で授業料を払っている学生もいます。学生の状況についてお聞かせ下さい。

脇口 今言われたように、経済的にとても困窮している学生が増えています。そして「打たれ弱い」学生が増えてきていますね。これは高知大学だけでなく全国的な問題です。

学生が4年〜6年(医学科)学びに専念して優れた能力を修得し、社会に出てゆくために、本学の財力と相談になりますが、授業料免除額をもっと増やしたい。「転ぶと立ち上がれない学生」に対して、早めに手厚い対応が必要です。特別修学支援室や保健管理センター、学生支援課などの努力で、支援体制そのものはできています。

しかし、学生から見れば、相談して変に思われるのも嫌だ、という若者心理もあるでしょう。大学の支援体制は、学生が気軽に相談に行って助けを求めるほどの信頼は、得られていない現状にあるという気もします。

相談室はプライバシーに配慮されていますし、学生が心配するような不利益は生じないので、切羽詰まってからではなく、早めに相談する文化ができると良いな、と思っています。そのためには、学生支援の担当者は短期間で異動するのではなく、同じ部署である程度の年数を経験して、学生に近く学生から信頼される学生支援のプロになってほしい。顔見知りの学生が来たら、担当でなくても「○○さん」と声を掛けて相談にのるような関係ができると、もっといい支援ができて、学生生活も安定して実りある学びになります。学生と接する教職員は、「親にも知られたくないことを、上手に解決してくれる」と学生から信頼される関係になって欲しいので、そういう組織、体制を早くつくらないといけないと思っています。

「学長めし」と学生の様子


田村 昼食を学生と一緒に食べる「学長めし」をされていますが、そこで感じられる学生の様子はいかがですか?

脇口 今の若者は、余程でないと面と向かって人の悪口を言いません。けれども、自分が今いる場所をもっと良くするために、足りないところを指摘することは悪口ではありません。例えば「大学をこうしてほしい」と指摘進言することがもっと多くても良い。そういうことを多く経験することで、社会に出た時に、組織の問題点とその改善策などを上司の心に響くように説明出来る人材になるのではないでしょうか。不備な点に気付いたら、自分たちで仲間をつくって改善するようになって欲しいものです。全員が理想と思う会社はありえません。「理想の上司がいないように理想の部下もいない」ということをお互いが認識し合ってよりよい関係を構築する。そのためのトレーニングの場所が大学にあると思います。そのきっかけが学長めしで、学生の本音が聞きたかったのです。

生協への要望

田村 去年、大学と生協で防災協定を結びました。南海地震も言われており、生協も地域への貢献を含めて学生と議論をしています。高知大学や全国の生協へのご要望をお聞かせ下さい。

脇口 大学オリジナルグッズや大学発商品を広めていきたいので、そのサポートを今まで以上に推進していただけるとありがたいです。

防災グッズが生協にありますが、学生には「自分の身は自分で守る」ように言っています。その為に「最低限の防災グッズや保存食は自己責任で」というメッセージがグッズコーナーから伝わって、学生が買っていく。さらに保存食は半年に1回ぐらい食べて、おいしくないと感じたら、もっとおいしい保存食を開発しようと提案する。災害時で心身が弱った時こそ、おいしい食事は早期の回復に重要です。そういうことが学生に分かり易いシステムがあると嬉しいです。


また、大学内で、学生にいいものを安く提供していることは、とても有り難いことです。学生が大学生活を全うするための一番重要なポイントを握っているのは、生協ではないでしょうか。食堂も随分工夫していますね。学生は若いから適当な食事で何とかなるということではないのです。以前どこかの大学の運動部で「かっけ」が多発したことがありました。丼飯やラーメン大盛りばかり食べていてビタミンB1不足になった。そうならないように生協食堂ではバランスのよい食事をとらせる工夫をして下さっていますが、なるべくおいしく、「また食べたい、食べて損しない食堂」となると嬉しいです。1円朝食などは経済的に困窮していない学生にとっても有り難いことです。朝食を抜くと一日のエネルギーが入らず、肉体的活動も知的活動も低下します。「こんなに美味しく安い朝食を食べたかった」という学生が増えるといいですね。全国の大学も同じ状況でしょう。

ほかの食堂と生協食堂は違う、生協で買ったものはよそよりも格安で役に立つ、というものを用意して、学生や教職員にも「こんなものがあるよ」ということをもっと教えていただいて、「生協では今度どんなものできたのかなあ」と見に行きたくなるようになれば、いいのではと思います。

田村 ありがとうございます。(編集部)