学長・総長インタビュー

法政大学

田中優子 総長

国際化・少子化の中で『HOSEI 2030』を策定し
能動的学習で学生の「世界のどこでも生き抜く力」を培う

全般的な大学の状況

鈴木 早速ですが、今の日本における全般的な大学状況について、どう思われていますか。

田中 どこの大学も少子化に向かって非常に厳しい時代になっています。以前のように、学部を増やす、建物を大きくすることはできない。これから緊縮財政で大変になっていくので、長期的なビジョンを持って、順番に実行していくことが大事です。

また18歳人口が減っても、大学の定員はあまり減らないので、今まで大学に入ってこなかった学力レベルの学生も入ってくる。大学進学率は50%を超えて、学生はエリートでなく、ユニバーサル化、一般化が始まり、必ずしも積極的に勉強したいのではない学生たちが増えてくる。その学生たちが能動的に力を付けるにはどうしたらいいかを、今まで以上に考えた教え方に変えなければならないのですが、そのスピードが追いついていませんね。

広げていく、身近に情熱を

鈴木 先生が江戸学を「分かっていった」過程を教えて下さい。

田中 実はまったく関心がなかったのですが、小説家の石川淳さんの書いた江戸文化論にとても大きな衝撃を受けました。江戸時代の人はこういうことを考えていたのか、今の人たち、私の価値観や人間観が違う、自分の一貫性など持っていない、それでも人間は生きられるんだ、ということを感じたのです。

それまでは江戸時代のことは殆ど知らず、中高の歴史教科書程度の知識しかなかった、でも面白い、直感的にやるべきだと思いました。ある種の衝撃を受けて抱え込んでしまった。幸いなことに江戸時代は資料が膨大にありますので、一生かけようと思い、真面目に大学院に進学したのです。

鈴木 私も学生に言うのですが、具体的なテーマに興味深く勉強していくと、枝葉が広がる。情熱をもってやればだんだん広がっていくのです。

田中 そうなんです。そこで分かったのは、狭い範囲をやれば物事が追求できると思っていましたが、それは勘違いで、広い方が分かる、全体像を見た方が個別や因果関係が分かることに、気づいていきました。専門家のやり方でなくても構わないと思えて、自分で広げていった経験があります。

鈴木 田中総長のお話で感心したのは、遠くの目標ではなく、近くのことに情熱を持て、ということですね。

田中 遠くの目標は、どうしても漠然として、概念的、抽象的になってしまう。具体的な契機は常に身近のもので、どんな時代でも人間が生きていることの因果関係やものの順序などを問いながら、具体的に物事をとらえていく。例えば、このお茶碗はどのように作られたのか、それが歴史的につながっている、世界の中の一つになっている、ということが分かります。

身近なことを大切にする、そして今やっていることに集中することです。それがないと次が開けませんので。

能動的な学習へ


田中 様々な学力の人が入ってきます。その能力を開発するのはやはり教師の役目、力です。教えてやるのではなく、潜在力、持っている力を引き出してあげることが必要で、そういう姿勢を多くの教師がもっと早く持つべきだったので、それをもう少しスピードアップしたいと思いますね。

鈴木 重要なのは、学生が表現することです。ぼんやり考えるのではなく、書いたり、話したり、表現することで、自分の問題意識がよりクリアになる。

田中 自分のものになりますね。能動的な学習方法で、学生が自分で話す、自分で書く、話しながらそれに対して反対意見を言われたり、質問されたりする。そういうことで自分でも「あれ? 分かってないな」「それ、どうなんだろう?」と思う、そのやりとりで育っていくのです。

教室の中でただ聞いているだけでは力はつかないので、人前で話す、レポートを書いて添削してもらう、この繰り返しがどうしても必要なのです。そちらのやり方に教師としてはシフトしていかなければならない。

 

SGUとグローバル対応

鈴木 法政大学の改革では、SGU(スーパーグローバル創成支援)に採択されて良かったと思います。

田中 企業から大学教育への不満が述べられるようになり、やがてSGUの機構が作られました。

教員の負担や大学の財政にとっては大変です。大学に予算がついても同じぐらい拠出しないといけない。だけど学生にとっては絶対良いということが分かっているのです。

留学する機会が増えます。また外国人留学生が増えて、キャンパスが多様化して、日本語が通じない同級生が増えてくる、英語や日本語、時には中国語などでコミュニケーションを取らないといけない、卒業後の社会で働くのと同じ状況の大学になる。そういう体験で学生は明らかに能動的にならざるをえない、良い状況になります。

教員ではなく学生のために良い状況になるのがSGUの目的であり、改革の良いチャンスにもなるのです。

『HOSEI2030』

鈴木 四つ課題がある『中長期ビジョンHOSEI2030』についてお話し下さい。

田中 まず経営的に厳しくなっていく財政問題があり、老朽化した建物、3キャンパス15学部がある中での少子化問題もあり、何十年もの長期ビジョンを作成して、順番に解決していくしかありません。財政基盤検討委員会が現状把握をして、将来展望として2030年までの財政表を作成します。

55年館、58年館など建て替えが必要になりました。30年経った多摩キャンパスの修繕、大きな建物や15学部の維持費用、人件費のバランスなどの問題が発生しています。法政大学は受験生減少や定員割れが起きているわけではなく、きちんと維持するための、また震災やオリンピックによる支出増による財政問題です。

ブランディング戦略


田中 法政大学に対する社会的な眼差しと、中にいる自分たちの感覚がずれている、法政大学の個性が捉えられていないな、と感じています。誇りを持って勉強でき、卒業後も働けるように、法政大学はこういう大学だと皆がつかめるものを作りたい、それがブランディング戦略です。

入学式で大学の歴史を話したのです。法政大学は20代の3人の若者が作り、一番若い薩埵(さった)正邦は24歳でした。薩埵ホールとして名前が残っています。学校は新しい時代の理想の現れで、新しい社会を創るために、自由に学び語らう場所として法政大学は作られた、そういう所に皆さんはいるのです、という話をしました。

いろいろな機会に法政大学のことを話すことがとても大事なのです。中から法政大学を広めていくことでは、教員も自分の科目の中で、色々な機会で伝えていく事が必要です。

キャンパス再構築と ダイバーシティ化

田中 キャンパス再構築では、建物だけでなく学部や学科の再編成、教室の再編成などありうるのか、検討しています。中間報告では多摩キャンパスの活用について検討しています。

ダイバーシティ化では、これからは留学生です。また社会人が大学院に来ると思います。学部はエクステンションのように、高齢者が文化を身につけ楽しみに来る、あるいは通信教育部の社会人が、もっと自由にキャンパスに来て、一部の科目を学べるようにしたいでのす。自分の出身学部とは違うところに行きたい、自由に勉強する、そういう雰囲気があるのはとてもいいことだと思いますね。

学生支援のポイント


鈴木 学生生活に必要とされる支援についてのお考えを教えて下さい。

田中 奨学金の種類がかなりありますが、本当に必要な人にいっていないことも起きているので、精査して、奨学金がふさわしい人にちゃんと行き渡ることが大事です。

もう一つは寮です。新しく寮を造ることはなかなかできないのですが、大学が借りて、法政大学の学生しかいない専用寮があります。今、外国人学生と日本人学生が一緒に暮らせる混合寮として、その契約寮を増やしています。特に地方の学生が来にくくなっていますので、基本的な学生生活を支える点で必要だと思っています。

朝食の提供をやりたい

鈴木 学生生活実態調査を見ますと、学費を除いた仕送りが5万円、アルバイトで5万円、合わせて10万円で生活していて、学生が使えるお金が減ってきています。食事については、3食食べている学生が50%、時間や回数が不規則な学生が、市ヶ谷で20%、多摩で30%でした。

田中 それに対してやりたいのは朝ごはんを無料か、少しの金額で提供することです。

関根(生協専務理事) 100円朝食をこの5、6月に17日間行う予定です。3キャンパスの生協食堂で、食生活相談会含めて、事業室や学生センターと生協が協力して行います。

田中 とても大事なことですね。学生の朝食は、以前は大学が考えることもなかったですから。また今の時代こそ食事付きの下宿が学生の健康にとってよいとも思いますので、大学としては食事のできる寮を増やすのも一つの方法ですね。

生協への期待

鈴木 生協に対する期待や注文など何かありますでしょうか?

田中 まず1年の半分も稼働していないような大学で営業していただいているご苦労には、本当にありがたいと思っております。

ブランディングとの関係では、法政大学グッズが少し足りないので、高くても良質の、大学への訪問客向けグッズや、安くて学生でも手軽に買えるものの、両方あると良いですね。

また生協のやっている読書マラソンはいいですね。学生も自分が好きな本は読むもので、読書の提案は、本当に大事なサービスです。

パソコンと周辺機器関係については、生協は講習会も行うなど、付加価値をつけて提供されているようですが、何かあったらすぐ相談できるようなサービスは、とても大事です。その辺の充実も必要ですね。

さらに、もっと生協とは何かということを学生に発信することが必要だと思います。戦後の日本社会の中で、自分たちでつくる協同組合は、一緒にいいものを買ってちゃんと生活していこうねという運動の持つ意味があったのです。今はほかのお店と同じようになってよく分からなくなっていますが、やはり共同購入して買っている場がありますので、その社会的な意味を学生にもっと伝える必要があるのではないでしょうか。

学生が、生協は自分たちで出資して、自分たちで運営しているのだということに気づいたとき、自分の経営のアイデアや閃き、経営手腕などを、何か生協でやってみようと思うでしょう。

またある期間だけ、ある曜日だけ、学生たちが企画して売る、というようなものが生協の中にいつもあるのは、いいことですね。

鈴木 貴重なお時間をありがとうございました。 (編集部)