学長・総長インタビュー

長崎大学

片峰 茂 学長

世界レベルのグローバルヘルス研究、長崎大しかできない人材の養成、地域貢献で、大学の高度化・国際化をはかる

日本の大学の状況認識

荒川 日本の全般的な大学の状況や特徴についての認識をお教え下さい。

片峰 大きな変容の時代という認識をもっています。情報科学の進歩やボーダーレス化がとても早く、10年後20年後も見えない不確実性の時代です。財政難の日本では、2020年から18歳人口の大幅減の一方で老人が増える、我々が初めて経験する老齢化社会の到来です。そのような変容の時代には、危機を乗り切る価値観を創出し、次代を背負う人材を育成する大学への期待は極めて大きい。

一方で、国の財政難で大学予算は減少し、学生入学者数の減も予想される中、国公私立を問わず、大学経営には困難な舵取りを要求されます。長崎大学のような地方総合大学がこれから、地域や日本や世界のために何ができるか。社会の期待に応えていくには、困難に対応しながら、この時代背景の中での個性化を図っていくことが求められています。

長崎大学で学ぶことによって、他とは差別化できる資質やブランドを、学生たちに蓄積してあげること、あるいは長崎の土地柄や歴史などを踏まえて、グローバルイシューに対応できる長崎ならではの新しい価値観やイノベーションを創出していくことだと思います。

長崎大学ブランドとして

荒川 長崎大学ブランドと先生もよく言われていますが。

片峰 長崎県は日本の最西端で海岸線が長く、中国大陸がイメージできる。古くは、江戸時代の出島以来日本の窓口であり、明治維新を担った若者はすべて長崎で学び、街を闊歩した。その最中に医学伝習所という本学の前身もできた。さらに1945年8月9日の原爆被爆という記憶。そんな独特の風土と歴史を背景に160年にわたり築き上げてきたものがある。

この中には本学が世界で勝負できるものがいくつかあります。まず、感染症研究です。江戸時代には出島を通してコレラなどの感染症も、天然痘ワクチンの種痘も入ってきた。その時期に医学部の前身ができ、さらに離島には風土病が蔓延していたことで、感染症が医学部の主要な対象となりました。戦後世の中がきれいになり薬も開発されて感染症が減っていく中で、他大学の多くの研究者は、感染症から癌、心臓病、脳出血、最近ではゲノムと、対象を変えていきましたが、長崎大学だけは感染症にこだわり海外に研究の場を求めたのです。ケニアのナイロビには長崎大学熱帯医学研究所の研究拠点があって、この8月で50周年を迎えます。今では日本人20人、現地人90人ものスタッフがいるまでに発展しています。

原爆被災者への救護活動の伝統も脈々と続いており、放射線の健康影響、被爆者の方の原爆症治療は、長崎大学のミッションであり続けています。チェルノブイリやフクシマの原発事故を経て、アジア中心に原子力研究所の増設が続く中、放射線健康影響管理は重要なグローバルイシューとなっています。

エボラ出血熱など熱帯感染症や放射線障害の領域で研究をきちんと蓄積してきた大学はほかにない。先進国・途上国の別なく同じ方向で全人類の健康を考えようというグローバルヘルスという流れが出てきた今、その研究や人材育成が、本学の大きな役割なのです。

もう一つの方向性は、荒川先生の水産学、海洋環境学、海洋資源学です。五島沖の波と風を活かした海洋エネルギーでは日本の拠点になりうる可能性があります。水産学の蓄積の上に環境アセスメントを行って、そこでできたエネルギーを地域に還元して、産業の振興にはたらきかけることができます。

具体的な改革のとりくみ

荒川 法人化以降の改革とその現状についてお話し下さい。

片峰 法人化により、経営的な自立とともに、大きな自由を獲得しました。未来に向けて好きなことができる。特定分野では九大や東大よりも長崎大が上にも行ける。個性化を進めて高度化することで世界に光を放つ大学になりうる絶好の環境です。そのために長崎大学は、熱帯医学や感染症、放射線障害、海洋・水産学に力を入れてやってきました。

しかし個性化と言っても研究だけではだめで、長崎大学で育つ学生自体が個性を持たないといけない。他大学にない人材を育成するため、学士課程教育改革に重点化し、5年前から教養教育のあり方を全部変えました。学生参加型のアクティブラーニングへの転換を全学あげて行っています。

一つのテーマのもとに8、9科目の集合体(モジュール)を作り学生に提供しています。例えば、核兵器廃絶研究センターの先生たちを中心に「核兵器廃絶への道」というモジュールを作った。それには国際政治もあれば、物理学の核分裂や核融合の仕組みを講義する科目もある、被爆者の話を聞くような科目もあり、学際的な科目を並べたのです。学生はそのモジュールを受講することで、ひとまとまりの付加価値を実感できる。「私は核兵器廃絶に関しては一家言あるよ」と学生が言えるわけです。

また60名〜80名の決まった学生集団が全てのモジュール科目を一緒に受けるようにしています。そこに10名ぐらいの先生が関わり、教員と学生が共同でアクティブラーニングに挑戦し、新しい授業を開発、改善することにつながっています。

長崎大学の学生への付加価値は、アクティブラーニングを通じた達成感とプロセスを通して身につく表現力や知的に学ぶ力、論理的に考える力なのです。そのように教育を変えることで、学生も変わってきています。最近いろいろな人を外部からお呼びして学生と議論をしてもらう時間を作っていますが、積極的な発言をする学生が確実に増えてきています。

今後の重点課題

荒川 第三期中期計画が始まり、地域貢献型としての長崎大学の今後の重点についてお話し下さい。

片峰 特色ある分野で世界的に貢献すること、地方大学として地方創生をリードすることです。

まず放射線障害や感染症医学も含めたグローバルヘルス教育研究の世界的拠点づくりです。例えば、ケニアのビクトリア湖周辺の飲み水はきれいにしないと感染症が蔓延する、当然水環境分野が関わるし、現地の人の生活様式や教育も考慮して文系の人材も必要になります。医学部中心に学際的広がりの中で世界的な研究拠点になるのが一つの方向性です。

もう一つは、長崎大学ブランドの人材の養成です。学部教育でも大学院教育においても、他大学と差別化できる資質を養成します。

三つ目は地域貢献です。重要なのは、長崎大学発で地球規模で意味を持つものを一つでも二つでも多くつくっていくことです。先ほどの海洋エネルギーの話はその一つです。

核兵器廃絶研究センター(RECNA)を4年前につくりました。それまで、長崎大学は被爆者医療や放射線の健康影響の研究を通じて、核兵器の非人道性の科学的な根拠を示すという非常に大きな貢献をしてきたのです。一方で、政策論的に、世界の政治を動かして核兵器のない世界を実現するための研究は、何もやってこなかったのです。

大きな転機となったのが、オバマ米国大統領のプラハ演説です。世界の核軍縮トレンドの中で、長崎大学も影響を発揮しなければということで、RECNAをつくりました。発足4年にしてすごい活躍をしています。先日、広島にオバマさんが来たときも、RECNAに集う学生諸君の中から3名が招聘されました。また、戦後アジアの指導者だったマレーシアの元首相マハテールさんも彼らと話したいと言って、わざわざ長崎にみえたのです。

核軍縮のきちんとした学問体系、教育体系は、ほとんど世界にありません。まさに長崎にしかできない。長崎が世界に向けて問題提起できる領域なのです。

地域の特性に根差した教育研究を通して、今日本や世界が直面する課題に回答を与えていけるものが山ほどあります。それをきちんと育てていく、これが本当の地方創生につながるのです。ローカルな問題の中にグローバルイシューのブレイクスルーがある、逆にローカルのイシューを解決するためにも、グローバルに俯瞰する観点や能力がないと、英語力も含めて対応できない。まさにグローカル、グローカリティがキーワードです。

学生支援について

荒川 学生生活の現状と必要とされる学生への支援についてのお考えや具体的な対応などをお話し下さい。

片峰 長崎大学は、教育や学生支援に使う予算の割合が高い大学です。学内資金を使って留学支援や学生の研究支援も行っています。

荒川 今後留学生が増えていき、障がい学生支援も求められますが?

片峰 そこは重要な課題ですね。障がい学生支援は、障がい学生支援室に優秀なカウンセラーを一人置いています。学生のメンタル問題にも、医学部保健学科や教育学部の連合で対応しています。どちらも1年生の時が大事で、そこでつまずかないように、授業出席が滞ったり成績が振るわない学生をピックアップして、カウンセリングするなど重点的対策を取ることで、成果が上がりつつあります。

外国人留学生への支援も大きな課題ですが、最近は日本の学生への留学支援も必要になっています。例えば3週間の短期海外留学でも30〜40万円かかります。大学から15万円くらい支援していますが、それでも「お金が無いので行けない」と言う日本人学生が出ています。厳しい大学財政の中で、留学生や困窮する日本人学生への金銭的支援も大きな課題です。

生協への期待

荒川 最後に生協へのご注文や期待をお話し下さい。

片峰 生協には僕自身も学生時代からお世話になりましたし、今の学生さんに聞いてもみんな、食堂の評判はいいし感謝しているようです。

生協と大学の連携、特に学生支援の分野では、これまでも生協に随分と貢献していただきましたが、新たな段階に入ったと思っています。大学と連携して、大学経営にも協力していただく。いろいろな事業展開を、お互いに知恵を出し合って、大学と生協がバラバラにやるのではなくて、効率的に一緒にやっていく。今までの大学と生協の連携をさらに強化して、そのことが大学の経営や学生の教育の改善にもつながっていく、そういう時代になったのです。

文教キャンパス以外に経済学部や保健学部など小さいキャンパスがあって、「そこでの赤字を何とか文教キャンパスの収入で埋めようとしています」と言われるのですが、そこは経営努力で改善してほしい。「儲かる」なら学生さんへ還元していこうというポリシーは理解していますが、経営改善を通しての協力関係を強めたいですね。

また英語学習の支援などもやっていただいていますが、図書館との連携など、教育に関わるさまざまな支援も大学と連携してやっていただくとありがたいですね。

(編集部)