学長・総長インタビュー

大分大学

北野 正剛 学長

地方創生時代に、付加価値をつける教育を通じて学生の活躍の場を広げる

日本の大学の状況認識

高見 日本の大学をめぐる全般的な状況をどのようにお考えでしょうか。

北野 運営費交付金が減少し、大学財政が圧迫され、人材の確保が十分に行われない中で、研究力や教育力が落ち、日本の大学の世界的スタンスが下がっていることが全般的な課題としてあると認識しています。

本来大学は、長いスパンで、ある程度自由に余裕を持って教育や研究をすべきところですが、最近、短期的で非常に近い将来の成果が求められ、評価されていますので、なかなか10年、20年後の将来を見据えての、基礎的な研究や余裕をもった人材育成が難しくなっています。

またSNSなどにより、情報が一瞬で世界に広がり、学生に対するいじめやパワハラといった不祥事なども瞬時に伝わる可能性があります。しっかりしたガバナンスの下で、コンプライアンスをきちんと守り、大学運営を行う必要があります。法と規則に基づいた対応をせずに、遅くなると「何をやっているのだ」と言われることになります。組織に対して、特に大学に対する国民の見方も厳しくなっていますね。

大分大学の現状と改革

高見 厳しい財政状況での大分大学の改革についてはいかがでしょうか。

余裕をもった人材教育がし難い状況で、2018年問題として若者の人口減少が進む中、地方大学は、地(知)の拠点としての立場を堅持し、良い学生を育てないと大学としての使命を果たせません。さまざまな知のニーズに合う人材育成に努力し、学部や学科の改組を進めています。大学のガバナンスについては、大分大学は他に比して特段の改革が進んだと思います。

学長選考には意向投票が廃止され、第三者や有識者を含めた学長選考会議が主体性を発揮しています。学部長は、学長が実質的に指名する形になりました。ただ私としては独断で決めるのではなく、全体のバランスを考えて素晴らしい人を選んでいると思います。つまり、良い形でのガバナンス改革のもとに、いろいろな大学改革が進んでいると認識しています。

学部改組は、職員・教員皆さんの協力で、教育福祉科学部は、小学校教員を重点的に育成する教員養成に特化した教育学部に生まれ変わりました。工学部は理系学生育成のために理工学部に変わり、経済学部に新しい社会イノベーション学科を増設することができました。世の中の流れに合わせた大学改革、組織改革が進んでいます。

理念、目標、運営の重点

高見 大分大学の理念や目標、さらに今後の運営における重点をお聞かせください。

北野 学長就任時から私は、「職員にはやりがいを、学生には付加価値を」と言い続けています。学生を、社会や地域がより強く求める人材に育成成 することが地方大学の役割です。国際的な、あるいは日本全国での活躍も必要ですが、地方創生時代では、大分県の九州地域における良い人財、企業などに求められる人財を育てて、地域活性化という地方創生の役割を担ってくれればと思っています。

付加価値という点では、いろいろな資格を取ることを勧めています。教員、医師、看護師、社会福祉等の免許、臨床心理士、理学療法士の資格など。資格取得が目的の学部構成もあるので、できるだけ資格をとって欲しい。グローバルでは、英語能力やコミュニケーション能力を上げたい。TOEICやTOEFL受験の支援をして、学生全員がほぼ受験するようになりましたので、いずれ能力は向上するでしょう。

高見 地方創生では、COC+(プラス)も始まっています。

北野 「地域と企業の心に響く若者育成プログラムと大分豊じょう化プラン」を今、自治体や企業等との協働プロジェクトとして進めており、平年度は全学部で198件の地域連携活動が進められています。学内には大分大学COC+推進機構があり、教育プログラムでは、1〜2年生の基盤教育で基礎的能力を養成し、その後の高度化教養では実践的能力の養成を行います。高度化の「地域ブランディング」授業では、大麦の栽培から商品化までを進める「玖珠町大麦研究会」のプロジェクトが大きな成果を上げようとしています。

地方創生では地元就職率の10%アップが求められます。1年目は何とか上がりましたが、2年目は採用状況も良くなり、東京での求人も増えて、目標値は達成できておりません。学生の活躍の場が東京にも広がること自体は良いことですが、新卒で東京に就職した人もいずれ地元に帰ってくる仕組みを作ったり、県などの自治体と一緒に大分の企業の魅力を発信して、いずれ大分に戻ってきたり、初めから大分の素晴らしい企業に就職して、地方活性化に貢献してもらいたいとも思っています。

また、本学では2017年度文科省科学技術人材育成費補助事業「ダイバーシティ研究環境実現イニシアティブ(牽引型)」に採択されました。共同研究を通して助成金を増やして、女性研究者の活躍を推進していきます。「いいちこ」の三和酒類、フンドーキン醤油、三井住友建設、住友化学、大分キヤノンマテリアルなどとの協力で、女性研究者を一緒に育てるとりくみで、これも大分の特色ですね。

教育の方向性や重点

高見 学生への教育の方向性や重点 についてお聞かせください。

北野 グローバルの認識をもって、地域で活躍する人材を育成し、さらにコミュニケーション能力として、人の気持ちがわかる人を育てることです。

今年の経済同友会や大分市の新年互礼会での挨拶では、「しっかり上司、トップの意向を忖度できる人を育てたい」と言いました。忖度とは本来悪い言葉ではなく、人の気持ちが分かるということです。昨年の政争の中で少し言葉のイメージが悪くなりましたが、法と規則に基づいて判断して、忖度した上で「これはだめ、できません」と言うことです。人の気持ちが分かる人、コミュニケーション能力がある学生を育てていきたいのです。

もう一つは、社会に迷惑をかけない、遵法精神、規則を守るということです。社会にはルールがありますので、それをしっかり守る人を育てたい。

さらに健康意識を持つことです。入学式や卒業式でもお話ししていますが、規則正しい生活をすることです。

本学では受動喫煙防止規定を作成しました。教職員は勤務時間内は喫煙禁止です。サードハンドスモークと言って、吸って帰ってくると残っている有害物質を、若い女性や妊娠中の方の側を通る時に吸わせる可能性がある。これは健康被害ですから、それを防止するために勤務時間内を禁煙にしました。医師として、皆さんの健康を守る、働く人たちの健康を損なわない、労働環境改善という観点から規定を作りました。これは全国の大学でも初めてのことです。

また規則を作るだけでなく、学長裁量経費で禁煙治療を無料にしました。今までのべ411人が受けています。2万円以上もする治療費が無料です。それも学生に対する付加価値なのですね。健康意識、タバコを吸わない、周りにも迷惑をかけないという付加価値です。喫煙率も学生や教職員でも少しずつ下がっています。

それから食事です。メタボにならないように少しカロリーを下げる、野菜を350gしっかり摂る。1日1500歩増を目標とする、1日3g減塩する。将来自分たちの活躍の場所を広げるためには、健康でなければならない、と常々情報発信して、学生に伝えています。

大学運営のありようは

高見 大学運営についてはいかがですか?

北野 私は、学長に選任される前は、あまり大学の運営には、直接関わる事は多くありませんでした。消化器外科の分野で2万3千人の学会の理事長としての組織運営では、大学の教室運営も同様、決めることは決めるというスピード感を重視しながら、周りの皆さんのご協力でうまく進めました。鉄鋼王のアンドリュー・カーネギーの墓標に「自分より賢き者を近づける術知りたる者、ここに眠る」とあります。私もそう言えるようになりたいと思っています。自分は「こっちの方向に行こう」と決めることはできるのですが、まとめてデータをとってきちんとステップバイステップで進めることは苦手な性格です。それができる人を配置して頼むことで実現しています。

一昨年、「アジア内視鏡人材育成支援大学コンソーシアム」を立ち上げました。私が運営委員長として、東大、京大、阪大、神戸大、九大、大分大、慶應、北里、国際医療福祉大、東京慈恵医大、近畿大、埼玉医科大、帝京、東邦の14大学学長の大学間協定で作って、アジアに専門家を派遣してトレーニングする、昨年も70人専門家を派遣しました。このシステムができたのも、私ひとりではできないけど、できる人、助けてくれる人を知っていたからです。困った時にいろいろお願いできることが組織運営には大事なのです。

学生支援

高見 学生の生活の現状や学生の支援について教えてください。

北野 経済的に厳しい人も多くいます。授業料減免制度や給付奨学金等により、学びたいのに大学に行けなかった人が行ける状況が少しずつできてきました。本人がしっかり学ぶ気持ちを持って、学べる状況をつくりたいと思っています。

実際に学生に携わる教員の方が一番よくわかっているので、さらに学生に寄り添って、その人の特性を見ながら、個別に教員がいろいろな形で学生に関わってくれる、学生の将来にいかに大切な状況が起こるかということを考えながら、協力してあげたい、と思っております。

大学が行っている具体的な学生支援は、「付加価値のある学生を育てるための教育環境の整備」として、就学支援:授業料減免が1982人、留学生支援:生活費支援で奨学金24人・教材費宿舎費補助79人、無煙環境の整備:禁煙治療無料化で2014年からのべ学生256人(教職員136人)、順法精神の涵養:法と生活に関するガイダンスを1100人受講、などを行っています。

生協に関して

高見 最後に生協についてお話しください。

北野 生協は非常に良質の食事を提供してくれて、感謝しています。私も時々、学生交流会館B-Forêtを利用しますし、パーティでのいろいろな料理もおいしくいただいています。2016年に新たに作ったこの施設は、大分県産の木材を使い、地産地消、留学生対応もしてくれて、場所も良い所で、すぐそばに生協売店もあって運営しやすいでしょうから、これからも大学の発展のために、一緒に協同しながら進めて欲しいと思っています。

高見 生協の特徴の一つに、学生が学生委員会としてさまざまな活動を通じ組合員に貢献しながら自ら成長できる点があり、それが強みと考えています。

北野 医者も医療機器も含めて、現場では、エンドユーザーがいろいろな状況を伝えてくれないと、開発側、提供側は分からない。自己満足ではいけない。同じように、ユーザーすなわち学生が、きちんと要望を出して、常に情報交換をしていると、お互いに発展していく、そういう形で学生が関与していることは、大変いいことだと思いますね。

高見 本日はありがとうございました。

(編集部)