学長・総長インタビュー

前橋工科大学

星 和彦 学長

工学と科学の融合、特長ある地域貢献を通じて
じっくり勉強する学生を社会に送り出す

現在の大学の状況認識

小林 最近の日本の大学の状況を、どのように認識されていますか。

 一番の問題は、新入生の学力の幅が次第に広がってきていることです。単に入試の点数がどうということだけでなく、取り組む、考えること自体への対応、反応などが、昔と非常に変わってきています。そこで、ノートの取り方、日本語の使い方など、基礎学力に加え、大学で学びのありかたを含め、入学前教育や初年次教育など大学側が気遣わないといけなくなっています。そこが第一点。

二つ目に、特にここ2年ほど就職に関する状況がとても変わってきており、3年生から開始される就職活動では、社会に巣立つ状況がつくられる以前に、企業側から内定が出て会社が決まってしまいます。昔であれば、4年勉強した結果就職が決まって社会に出ていましたが、そうではなくなってきました。そのため大学で何を教えられるのか、どのように勉強しなければならないのか、まだ充分に固まっていない状態で評価されてしまうということは、大学教育全体として持っている問題点ではないでしょうか。

就職が順調な時はそのようなことは問われません。入学試験についても、すぐセンター試験、共通試験、学力3要素の測定などの話になって、社会全体の中で、教育や就職の意義が根本的に問われないまま事態が進んでしまっているのではと懸念しています。

基礎的な力の育成が充分ではないことは、大学で基礎研究がおろそかにされがちなことの反映ともいえます。社会に出てすぐに使えるということが必要とされ、自分の力がよく身についていないまま、社会へとなりがちになります。こうした状況を放置すると数年後に日本の大学自体の力が弱まってしまう気がします。基礎軽視にならざるを得ない今の大学のありように危機感を覚えています。

現状と対応の方向性

小林 一つは多様な学生が未成熟な状態で社会に出ていく、もう一つは実効性を求められ大学の基礎力に不安があるという今のお話を踏まえて、本学の現状と対応する方策について教えてください。

 本学で直面している問題に、第一志望の学生がまだまだ少ないことが挙げられます。ここで勉強したいという人だけ集まれば、入学前教育、初年次教育も充実して、大学はこういう人を育てて社会に出すのだと言えるのですが、そこまでなりきれていないし、公立大学の使命である地域との結びつきをどうすべきかも関係してきます。本学で勉強したい人を増やすことが大学の知名度を上げることにつながりますし、工科大で学びたいという志向が育まれて、それが教育の内容と研究のレベルに反映され、その結果が就職に結びつくことが理想です。

そのために教員の協力も得て、こども科学教室やオープンキャンパスを行うようになってきました。特にこども科学教室は2日間で2千人以上もの人が来てくれます。また大学の広報ということでは、以前理事のご協力で『おはようぐんま』というラジオ番組で、30秒間をもらって、1年間広報を継続しました。

公立大学の使命とは

小林 公立大学の使命と地域との結びつきの現状はいかがですか。

 本学66年のうち40年以上が工業短期大学で、4年制になったことを短期大学時代の卒業生で知らなかったという話がありました。企業には、地域課題研究などの公募型研究に参加しているので、広く知っていただけるようになりました。

文科系の大学は、インターンシップでも就職でも、どのような企業にも学生を送れます。逆に地域に受け入れられなければ全国にも受け入れられない。工学系は自分の地域のためだけという工学は実際には無く、例えば会津大学は情報系が強いですが、コンピューターは福島県だけということはありません。工学系ではありませんが、英語に強い国際教養大学も秋田県で英語、ということではなく、世界で使えるという普遍性があります。

従って工学を教えることは、いろいろ社会貢献しながら、地域にも還元することです。全国的に認知されることは、逆に地域にも反映していくと考えています。

地域に就職させるから英語はいらないなどという教育ですと、地域でも必要とされなくなる、一般教養を含めて幅広い教養を教えながら専門に特化するので、いろいろなところで必要とされる、群馬県でも前橋でもです。

理念と目標

小林 あらためて本学の理念や目標をお聞かせいただけますでしょうか。

 本学は工学部のみで6学科あります。この各6学科の専門性と多様性を活かしかつ結びつけていくことが、大学の使命であり理念です。工学というだけでは抽象的なので、専門性と多様性とその融合が、我々の大学の目指すべき方向性だと考えています。この三つの志向が、21世紀の循環型社会に対応できると思っています。

工科大の工は工学で、科は科学です。エンジニアリングとサイエンスを加えたテクノロジーが本学の目指す姿で、今の6学科がうまく対応しています。

小林 専門性と多様性を融合させる成果は着々と出ていますでしょうか。

 各学科は非常に特性があり、個性がありますが、学科を超えた研究への分野横断型の研究費を2年前に作りました。応募は少ないのではとの予想に反して、環境デザイン系と生命情報系をまたぐ課題もあらわれ始めてきました。そこが広がって新しい工科大像が出てくる、その種がまかれています。

学生への大学のありよう

 高校時代に、例えば「建築学のこれをやりたい」と狭い範囲で決めて入学して、そこに囚われすぎる学生は、将来的に厳しくなる可能性もあります。本来は大きく工学をやろうと入学して、勉強していく中で「こういうことをしたい」「こういうことだったんだ」と気づくことがあります。

生半可な知識でこれをやろうと特化して入学すると、つまずきがちで、一方、リカバリーする力が弱く、実は工学系大学全体での4年修了率は意外と高くない現状もあります。

入学時の間口を広げて、勉強を始めてから「やっぱりこうなんだ」という学び方もあれば、建築に入学したけれど勉強したら、街づくりでは土木の方が良いなとなることもあります。

しかし社会全体が今そこを結果のみを求めるあまり、短絡的に大学に要望するのですが、それでは就職してもすぐ転職してしまうことも生じやすくなります。もっといろいろな経験をしてほしいし、6年ぐらい勉強して社会に出る方がつまずきも少ないし、将来役に立つ人材になるのではと思います。

今の高校生は半数以上が大学に進学するので、大学に行くことの使命感や認識をよく持たずに入学する人も多くなっています。そういう学生を決まったレールに早く乗せると、少しずれた場合に修正が利きにくくなる。そうではなくそこへの対応に大きく力を割いた方が、将来的に大学は残って行くのではないかと思います。そういうことの社会的発信も大学に必要ではないでしょうか。

将来構想

小林 将来構想についてご紹介ください。

 まず大学の工学教育は今の4年間では収まらず、6年制の大学院を含めた教育課程を考えていくべきだということです。そして専門分野がどんどん狭くなっているので、そこは狭くしながら広くする、6学科で2、3学部に相当する幅を持っていますので、大きな枠組みを作って育てた方がいい。

もう一つは地域貢献では、地域のシンクタンクになっていくという方向性です。企業の中では理解が進んできていますが、もう少し群馬県内の自治体と一緒に行う方向で地域に根ざしていく。それらが公立大学の使命につながるのです。

地方国立大学も地域性を重視しているので競合します。特に群馬大とは違った地域性を出す必要があります。群馬大は群馬では大規模ですが、工科大は小回りが利きます。また大学の認証評価でも他大学の先生が「システム生体工学科は全国でも珍しい学科ですね」と評価していただき、建築と総合デザインと合わせた3学科は群馬大学にありません。競合する土木系や情報系は、小回りが利くことを強みとしています。

小林 工科大の特長を生かして、群馬大と共に地域貢献するのですね。

学生支援の方向性と重点

小林 学生支援についての方向性や重点についてのお考えを伺います。

 一つは学習環境と研究環境を少しずつ施設的に高めています。生協のあるメイビットホールの改修は、小林先生にもご尽力いただき、学生の意見を聞いて形にしました。また図書館の3階にラーニングコモンズを造りました。小林先生の指導もあって、本学全体のアクティブラーニングも進んでいきつつあり、施設も整えられ始めています。

二つ目は経済的なもので、TAやRAなど学生の学内アルバイトを増やしています。そして同窓会が学生への経済的支援として、返還できるようになったら返還するという仕組みはできないかと言ってくれています。大学としても、成績に応じた学費免除もしくは支援を行う特待生を検討していきます。

もう一つは、学生の精神面のケアです。県外生が75%以上いて下宿生もとても多いので、地域で学生を受け入れてくれるものと大学がうまく連携すると、精神的な学生の支えができます。

地方都市で生活しやすい前橋と県外生という、いわば地域同士の交流によって逆に地域が強くなりますし、地域社会は学生を育てることができる。それは群馬のためではなく、結果として群馬のためになるということで、このことが日本全体にとって重要だと思います。地域活性化、地方創生というと、自分の地域に人を呼び戻す話が多いですが、そうではなく地域同士の交流自体で、首都圏とは別に、地域が育っていくということです。

生協について

小林 最後に生協への要望や期待などをお聞かせください。

 私が出身の都立大でも、本が10%引きでとても嬉しくて、他にも割引がいろいろあって、元が取れたという感覚がありましたので、本学の皆さんにも、もっと生協を利用してもらいたいというのが一つ。そういう点で、生協が学生の中にもっと入っていってほしい。

もう一つは授業時間が遅い総合デザイン工学科の人たちへの貢献です。本当は朝早くから夜遅くまで営業していただけるのがよいのでしょうが、採算面で厳しいので、集中する時間帯での営業ですが、少人数でも夜をもう少し広げていただき、さらに教員に「生協が使えますよ」と言ってほしいのです。また教員が研究費などでもっと生協で購入できるようになればさらに良いなあと思います。

小林 生協はのべで年間約10万人の利用者がおり、経営も少しずつ安定してきて、今回常勤職員を置く予定です。研究費などの使い勝手もさらに良くできますし、夜間の学生のためのご要望も検討していきます。

本日はありがとうございました。

(編集部)


メイビットホール


『LA POESIE』
熊井淳一作


1号館