学長・総長インタビュー

東京農業大学

髙野 克己 学長

「人物を畑に還す」「実学主義〜農学栄えて農業亡ぶ〜」
大学での学びを通して「生きる力」を育み、「農のこころ」をもって
社会の発展に寄与する人材の育成を目指して

日本の大学の状況認識

矢嶋 最近の日本の大学の全般的な状況について、お聞かせいただけますか。

髙野 日本の大学は非常に厳しい状況にあります。本当に人口減の影響は大きいです。ましてや小中高を運営している東京農業大学の場合、12歳・15歳・18歳と確実に人口が減っていて、今後どのように対応するのかが問われています。

 それと同時に入学する学生たちの気質や考え方が大きく変わってきていると思います。昭和40年代前半の大学進学率10%台という時代と50%以上の人が大学に進学する現代を比較すると、当然学生の気質が変わり、学生が求める大学像が変わってきていると思います。50%以上の人が大学に進学する状況ですと、「隣の人も行くから行きます」みたいなことになり、「大学に入学して〇〇をしよう」とか、「将来はこういう人間になるから大学に行って学ぶ」みたいなことはなかなか言いづらいです。
そういうことを言うと周りから浮いてしまう感じがするというのが現状だと思っています。大学で勉強する学生たちにとって、どのように環境を整えて、どのような学びに導いていくのか。将来の社会での活躍を卒業する時にどういう姿で見せられるかということが重要になっていると思います。

 農大も来年130年を迎えますが、日本の大学の中でも歴史のある大学になります。教育観として、持続的な活動、組織運営が必要です。教育というのは未来への投資であり、研究も未来への投資、それから人を育てるのも未来への投資です。本当に、大学は人と社会に対する未来の投資をする機関として、大きな役割を担っていると思います。

 18歳人口が減っていく現状をどのように打破していくかは非常に難しいですけれども、希望していた学生を確実に育てるということと、世界で活躍するという意味では、日本人学生の教育だけでなく、外国人留学生の受け入れも十分対応できる制度にしていかなくてはならないと思っています。

農の領域を拡大する

矢嶋 世の中の状況とそれに合わせた農大の方向性や考え方をお話しいただいたと思いますが、具体的に農大で行われていることについてご紹介いただけますか。

髙野 今、東京23区内では定員増ができませんということになっていますけれど、東京農大は平成からずっと改革の連続です。昭和の時代は農学部一学部でした。平成元年に網走市の生物産業学部(北海道オホーツクキャンパス)をつくったことが、改革のスタートです。農学部の新しい表現ということで生物産業学部をつくったということです。昭和の後半は、農業という言葉に対しての評価が低くなっていた。高度経済成長して経済的には世界的にも規模的に№2の時代となり、工業の生産額や位置付けが非常に高かった。一方、農業の生産額や位置付けはだんだん減少していく時代だったのです。

 そうした状況の中、東京農業大学も受験生が減っていきます。それを打破するために、東京にある農業大学という価値観を変えていくことになります。本学の創設者である榎本武揚公の北海道に対する想い、横井時敬初代学長が明治の初期に残された「人物を畑に還す」「農学栄えて農業滅ぶ」という言葉に立ち返り、農業を支えるうえで、現場が近くにあるところでの農学教育の重要性を認識して北海道に生物産業学部をつくったということがあります。北海道は日本人にとってもアジアの方にとってもブランド力がありますので、お蔭様で北海道の中にある大学では非常に健闘しています。日本の中で産業の現場がキャンパスの隣りにあるという非常にユニークなキャンパス、学部だと思います。学生たちにとっても産業と自然環境・自然資源がどのようにかかわっているかを学ぶ、良い機会になっていると思います。

 平成10年に東京の農学部15学科を農学部・応用生物科学部・地域環境科学部・国際食料情報学部という四つに分けて、生物産業学部を加えて五つの学部に分けています。これは社会的なニーズや社会的な産業や学術の変化に対応するために、複数学部にすることでいろいろな窓口を設けることが必要と考えました。これで、東京農業大学が非常に広い範囲をカバーしていることと、農の領域が非常に広がっていることを示せたと思います。農業生産や生産される植物あるいは動植物についての教育や研究だけではなく、生きるということ、環境づくりの点からいえば、我々の生活、健康や食品づくりに大きく関わっている大学であることが認識されたというのがあります。

 最近では、バイオサイエンス学科を中心に分子生命化学科と分子微生物学科と三学科体制の、生命科学部をつくったことです。矢嶋先生には初代学部長として、学部設置からずっと関わっていただいています。私としては、生命科学部の運営が安定したところで、農の学域から理の学域にしていきたいと考えています。我々の中で多様性といっても、外部から見たら農大は農なのです。これまでの改革で、本来農の中に含まれていたものを拡大してきて、農大の社会的な位置付けも高まってきています。さらに理を含めて、少し先の話になれば工や経営に拡大し、東京農業大学という名前だけれども、非常に広い範囲のことをカバーしていることを示したい。さらに突き詰めれば、農の領域がそれだけ広いことを知ってもらえる機会になってほしいと思っています。

研究室内の緊密なコミュニケーション

矢嶋 農学からそれに含まれる具体的な中身を社会に見てもらうというかたちで農大が大きく広がってきたと思ったところですけれども、農大の学生に対する教育の面から特徴的なことをご紹介いただけますか。

髙野 教育システムとして考えた場合、自然科学が主体なら複数教員で教育あるいは研究室を担当しないとうまくいかない。要するに研究というのは、前の方の行った研究の資源を後の人が継いでうまく社会に展開していくという継続性が非常に重要です。私は教育も継続性が重要だと思っています。農大では古くから研究室制度をとっていて、原則3人の教員が1人の学生の面倒をみる体制をとっています。

 収穫祭等では周囲の住民の方や卒業生もたくさん来られます。卒業生がお互いに一年に一度会って活躍しているとか健康でいることを確認するとか、子どもが生まれて子どもを連れてくるとか、収穫祭は一般の学園祭と違って、みんなが家族を連れてくる学園祭なのです。それは、研究室内の緊密なコミュニケーション、教員と学生との信頼関係がつくられている点が、収穫祭で多くの人たちが家族を連れて、結婚すれば伴侶も連れてくる、家族ができれば家族も連れてくるということにつながっていると思っています。

 教育と研究を連動させて、研究室を教育の場にしている、学びの場にしている。教室や実験室やフィールドだけではなく、研究室も学びの場になり、大学全体が学びの場になっているのが農大の大きな特徴です。4年間、あるいは大学院も含めると6年、9年とありますから、そういう学びの場を提供することは、卒業生から評価が高いのです。自分の子どもが大学選びをするときに、親自身が農大の研究室生活は素晴らしかったとか、研究室でのいろいろな人との語らいや実践的な研究から学べたという体験があるから、自分の子どもを農大に進学させたいと思っているようです。

矢嶋 卒業生が、「大学生活は楽しかった」「農大の学生生活が良かった」から、ぜひ子どもに進学を勧めるという話はよく聞きますね。

髙野 そうなんです。お蔭さまで二代、三代と続いています。今後は四代に続けていきたいですね。

学生生活への支援

矢嶋 今、研究室を主体とした学生への教育や研究、農大の先生の方針という話をいただきましたけれども、学生が大学のキャンパスで生活をするうえでの大学としての支援について、先生のお考えをご紹介いただけますか。

髙野 この世田谷キャンパスに8000人を超える学生が在籍し、大学院と教職員を含めると9000人を超えるキャンパス人口になっています。学生が、ここで生活する4年間をいかに学んで良かったと思ってもらうか、教育研究だけではなくて、キャンパスでの課外活動が重要になっています。その中でも食事が重要になると思い、生協にいろいろお願いをしています。

 世田谷キャンパスは、教室で食事をする学生が多いです。現状は生協を含むキャンパス内の食堂が、8000人の学生に対応するにはあまりにも席数が少なすぎると感じています。1時間なり50分なりの休憩時間の範囲で食事をしなければならないという制限がある中で、世田谷キャンパスの食環境は十分ではない。私も(専門が)食品関係なので、サービス・メニューの充実など食べる環境を充実していきたいと考えており、今後のキャンパス整備の中で食べる場所を増やしていきたいです。新研究棟が出来上がって、各フロアに学生が飲食できるようなスペースを持っています。研究室内は実験の器具が置いてあるため食べることはできませんが、飲食を通じてみんなが集まって論議ができるような、語りの場ができるように進めたいと思います。

 それから食をつくる。大学で食を食べて健康になるということを学ぶ。研究する大学ですので、資源や自然を大切にする考えも重要です。日本ではフードロスが年間750万トン排出されています。昨年10月から大学食堂で初のフードロスをなくすというTABETEアプリを生協に導入していただいています。食堂で余ってしまった食品をロスにしないように、学生にもったいない精神を身につけてもらうための一つのプログラムであると思います。今後も世田谷キャンパスの中で広げていくことと、厚木キャンパスや北海道オホーツクキャンパスでもTABETEアプリを導入することを考えており、農大キャンパス全体でフードロスをなくしていく取り組みを推進したいです。TABETEアプリもそうですけれど、キャンパスが単なる学習の場で授業を受けるだけではなく、体験して学び成長する場になっていくことがキャンパスの大きな意義だと思います。これから学生が生きていくうえで、環境も資源も非常に厳しい時代が予想されますので、いかに資源を有効に、いかに自然に優しくということは、さらに重要になっていくでしょう。

大学生協の位置付け

矢嶋 今、学生に対するお話から生協への期待も含めてお話しいただいたのですが、農大における生協の位置づけについて先生のお考えを教えていただけますか。

髙野 多くの学生が組合員に、それから教職員が組合員になっているということで、キャンパス内での福利厚生の大きな部分を担ってもらっています。東京農業大学では初代の学長が協同組合、農業ですから農協がありますので、学生のための購買部という位置づけで協同組合をつくったのがスタートです。そうした点では他の大学生協とは位置付けが違うと思っています。

 そのキャンパスにいる学生と教職員、特には学生ですけれども、キャンパスで学び・生活し、そのままキャンパスで生きる。そういう環境は、大学だけで整えることはなかなかできないので、みんなが会費を出し合って、支え合って環境をつくっていくという精神は非常に重要なことと思います。食の環境ということについても、生協には、いろいろなお弁当を作っていただいたり、「一番飯」というような学生たちが簡易に食べられるテイクアウト業態を考え出して、対応してもらっています。これからも学生のニーズを汲み取りながら大学と二人三脚で、学生たちが生活する環境を改善していくことを願っています。

 日本も人口が減少していき、学生が入学してくれないことには大学も生協も成り立ちません。大学と生協が協力して、いかに18歳の子たちに魅力のあるキャンパスと大学であることを見せることが重要だと思っています。学生に生活協同組合と言ってもよく分からないので、農大の中に学生目線でいろいろと生活を支えてくれるお店があることを知ってもらうことを積極的に行う必要があります。キャンパス見学会や教育後援会などで、親御さんたちにもそういう福利厚生のショップがあるのだという認識をもってもらうことが重要です。

 それから、いろいろとグッズを作っていると思いますが、グッズの売れ行きはどうでしょうか。

矢嶋  えごま油など地域企業との産学連携や卒業生の方が作っているグッズのご利用がどんどん増えている状況です。農大OBの方の想いや近況が伝わって良い傾向だと感じています。

髙野 我々教員は、学生に自分たちの研究成果がどのように現実化しているかということは言わないのですね。そういった点では生協が全国組織ということで、農大の持っている技術等により開発された製品を、農大の中だけでなく、全国の大学に展開をしてもらうこともアリかなと思います。各大学が開発したものを大学生協全体で組合員に紹介し、大学生活や環境を向上していくこともあるのではないかと思っています。

矢嶋  生協としても一つ一つできるところから、いろいろなかたちで協力したいと思っております。それが、今後の学生の学生生活の充実につながり、学生が社会に出てからも役に立つと考えておりますので、今後ともどうぞよろしく願いいたします。本日はありがとうございました。

(編集部)


左から矢嶋教授、髙野学長、小山道明紀生協専務理事