北海道大学名誉教授
(前北海道大学保健センター長)
武藏 学
うつ病と診断されて自死した学生としなかった学生の入学時心理テストの違いを後向きに検討したところ、自死しなかった学生は他者との比較によらない自己肯定感を持っていたと前号で書きました。比較によらない自己肯定感(自分はこれで良い、自分は受入れられている)が自死を留まらせたと考えられますが、ではどうしたらそれを得ることができるのでしょうか?それを考える上で乙武洋匡さんの『自分を愛する力』(講談社新書、2013年)は参考になりました。「五体不満足」に生まれて自己肯定感を持ちにくい彼がどのようにしてそれを獲得・保持できたのか?持って生まれた強さに加え、ご両親が何もできないゼロからの出発と考えて何かできればほめてあげたこと、「障害をものともしない強さを尊重」して育まれた点が大きかったようです。さらに小学校では心を鬼にして車椅子使用禁止を命じて自立心を育てた担任の存在がありました。乙武さんをかけがえのない存在として遇す一方で、将来を考慮しての厳しさが、その後の障害や不条理に負けない強さを育み、個々の成功体験が自己肯定感に繋がったと思われます。
私もそうでしたが、子供が生まれる時には「五体満足」であってさえくれればと親は願うものです。しかし、子の成長につれて少しでも良くなって欲しいと願い、ついつい兄弟姉妹やほかの子と比較して欠点をあげつらい、子の自己肯定感を阻害しがちです。親に求められることは、子供がその子らしく成長して幸せになることを喜び、自分の願望を子に押し付けないことではないでしょうか? 一方、子供がこれから出会う新しい課題に自分で対処できるように、注意する時にはその根拠を示すことが大切です。その根拠をもとに、子供は自分なりの判断基準を形成して新しい課題に対処していくのです。
親の期待、大学の卒業要件、企業が求める卒業生の基準等々、学生に求められるものは益々増えています。その中で、学生には殻を破って日々新たに自己を形成していく努力が求められますし、親や教師には、努力する学生を暖かく見守り、必要に応じて根拠を明示しての注意や忠告が必要なのだと思います。
日本内科学会1、2、日本血液学会1、2、3、日本癌学会、日本臨床腫瘍学会1、死の臨床研究会北海道地方部会常任世話人、全国大学保健管理協会4(1:認定医、2:指導医、3:評議員、4:理事)