大阪大学名誉教授
(前大阪大学保健センター教授)
杉田 義郎
現代日本において、学生諸君は「餓死」するかどうかを不安に思ったり、心配するわけではありません。学校や職場に行くのに、友人に会いに行くのに何時間も歩く必要はないでしょう。しかし、自分の思いを相手にうまく伝えられない、コミュニケーションがうまくとれないと思って悩んでいる学生諸君は少なくないのではないでしょうか。高等学校時代には何となくできていたのに、大学に入学してみると勝手が違うと思っていませんか。ストレスが溜まると感じていませんか。
学生諸君が悩むのは当たり前なのです。社会に出た大先輩達も悩んでいまし、恥ずかしいことではありません。人間は、生まれた瞬間から赤ん坊は泣くことで自分の思いを周囲に伝え、その信号に周囲が応えてコミュニケーションを開始しました。成長に伴ってより複雑なやり取りへと発展しますが、家族や学校などでのやり取りは個々に一定のパターンを形成していきます
勤労者を対象とするストレス関連調査で、もっとも多くの人が悩んでいることが「人間関係について」であることが明らかにされています。その原因の多くはコミュニケーションがうまくとれないことに起因していると考えられます。よりよいコミュニケーション・スタイルを身につけると日常的なストレス感が軽減するでしょう。その気になってしっかり学べば誰でも身につけられるものです。
ここで紹介するのは「アサーション」というコミュニケーション・スタイルの一つです。その意味とは、自分と他者の人権を侵すことなく、自己表現することです。この自他尊重のコミュニケーションは、自分の想いを大切にして、考えや気持ちを正直に、率直に「伝え」、同時に相手の想いを大切にして「聴く」ことで成立するものです。これには言葉そのものだけではなく、感情、行動、態度も深く係わることは言うまでもありません。
一方、言いたいことも言わなかったり、あるいは言えなかったりすると、自分の想いが相手に伝わりませんし、相手から無視、軽視されやすい状況を生み出します。自分を抑えて相手優先、相手の言いなりは自分の言論の自由という人権を否定していることになります。このようなスタイルは「非主張的自己表現」と言います。
また、相手を抑えつけ、自分の想いを通すスタイルは「攻撃的自己表現」と言います。これは自分の言い分を押し通して相手の言い分を聴かない、相手を思い通りに動かそうとするスタイルで、これは相手の人権を侵しています。
コミュニケーションをこの3つのスタイルに分類して説明し、アサーション・トレーニングを開発したJ・ウォルピは、人々はこれらのスタイルを知らず知らずのうちに身につけていくので、アサーションとそうでない自己表現の違いを認識して、意識的なコミュニケーションを心がける必要があると主張しています。
初等・中等・高等教育の中にアサーティブなコミュニケーションについて学習する機会が採り入れられることが望まれます。そうすれば、自分も他人も言葉や態度で傷つけず、多様な人々を排除することなく受け入れられる人を多く輩出するでしょう。さらに新しいことや困難なことに果敢にチャレンジする、すなわちストレス対処力の高い若者を育てることにもつながっていくことでしょう。
(アサーションについては多く出版物があります。図書館にもきっとあるでしょう。例えば、「平木典子著:アサーションの心 自分も相手も大切にするコミュニケーション、朝日新聞出版、2015年」を紹介しておきます。)
日本睡眠学会、日本スポーツ精神医学会(評議員)、日本時間生物学会、日本臨床神経生理学会、日本精神神経学会、日本脂質栄養学会、全国大学メンタルヘルス学会