大阪大学名誉教授・関西学院 産業医
杉田 義郎
大学生活を新しくスタートする学生諸君やそのご父兄にとって不安はなんですかと聞くと、初めて実家を離れての生活にうまく適応できるかという不安が必ず上位にきます。その不安は至極もっともなことです。下宿生活をこれから送る学生諸君にとっては、これまで食事、洗濯、朝のモーニングコール等々のお世話など優秀なコンシェルジュ付き高級ホテル環境から素泊まり旅館に移ったようなものです。急に自立した生活を求められるのです。これまで考えもしなかったことを考えて行動しなければなりません。そういう面で自宅から通学する学生諸君は少し気が楽といえるかもしれませんが、どうしても通学時間が延長することになるので生活時間の管理が大変になります。1日は24時間しかありません。
基本的な大学生活では、講義、クラブ・サークル活動、学習や余暇の時間、アルバイト、食事、睡眠等に時間が費やされます。大部分は高校の生活と変わらないと思っているかもしれません。しかし、学生諸君の心身の健康状態、日中のパフォーマンスに大きく影響する要因が大学生活には潜んでいるのです。
それは生活リズムの複雑な変化です。第1には、就寝時間が遅くなります。夜型化です。第2には、起床時間が遅くなりがちです。第3には、睡眠時間は短縮傾向ですが、それよりも睡眠時間帯の不規則化です。このような変化を生じる要因は、履修する科目によって、曜日によって1時限目であったり、2時限目以降であったり、ばらばらになるのが一般的です。小・中・高校と1時限目から授業があって、それに遅刻しないようするには遅くとも何時何分には起床しなければならないという「掟」がありました。一方、大学はその「掟」が全くなくなります。4年生になって卒業研究で研究室に配属されるまではその状態が続きます。
私が大阪大学で共通教育の講義を担当しているときに、この講義を受講していた学部1、2年生の学生諸君28名に協力してもらい、腕時計型の活動計を3週間ずっと着けてもらって活動記録を観察しました。そうすると規則的な睡眠をとっていたのは5名(17.9%)、かなり不規則な睡眠をとっていたのは11名(39.3%)、中間的なのは12名(42.9%)でした。規則的なタイプ以外の学生諸君は全員が起きる時間が一定ではありませんでした。
アンケートをとると、睡眠時間を確保している学生の中にも、興味がある講義中にも関わらず集中力の低下や体のだるさ・眠気を感じると訴える学生は少なくありません。それは単なる睡眠不足ではなく、起床時間が毎日違うといったタイプの不規則型な生活リズムに見られる「軽度の時差ぼけ」状態が心身の機能低下をきたしている可能性が高いのです。私の講義を受けた学生が少人数ですが勇気をだして毎日定時に起きるという生活を3週間続けてくれました。その結果、いままでの昼間のだるさ・眠気がウソのように消失、久しぶりに心身共にスッキリした状態になったと報告してくれました。
それには科学的根拠があります。私たちの心身の活動は、睡眠を含め体内時計の影響を強く受けています。その要ともいえる中枢の体内時計機構は、脳内の視交叉上核にあります。さらに、身体の各臓器の細胞の中にも末梢時計機構があり、中枢の時計機構の影響を下でそれぞれのリズムを形成し、協働していることが分かっています。そのような働きによって身体はエネルギーを効率的に利用できるので、外部環境の変化にも体内環境を精細にコントロールできるのです。生活リズムを自分勝手に大きく変更すると心身機能に少なからず変調が起こるのは当然です。強いストレスが加わる際に適切に対処しにくいということも起こります。
入学当初というのは新しい体験の連続です。実は意識はしなくても身体はこの状況に必死に適応しようと働いてくれています。そんな時にむやみに不規則な生活リズムを送れば何らかの心身機能の「変調」をきたします。「変調」という警告を無視したり、軽視したりせずに適切な生活の時間管理を心がけましょう。それが学生諸君のライフスタイルに組み込まれれば、今後の充実した大学生活に直結していくことでしょう。
日本睡眠学会、日本スポーツ精神医学会(評議員)、日本時間生物学会、日本臨床神経生理学会、日本精神神経学会、日本脂質栄養学会、全国大学メンタルヘルス学会