大阪大学名誉教授・関西学院 産業医
杉田 義郎
私の担当するコラムの第1回に少し腸内細菌のことを書きました。今回は生体リズムに関連して、もう少し掘り下げてみましょう。
ヒトを含めて地球上のほとんどの生物は地球の自転とほぼ同じ1日(24時間)周期で体内環境を変化させていますが、この変動を概日リズムと言います。もとはといえば昼夜の地球環境の変化に適応させるためですが、明暗や温度変化のないところにいても概日リズムは維持されます。それは体内に時計に似た機構(体内時計)をもっているからです。体内時計は、体温、血圧やホルモン・睡眠覚醒などのリズムを整えています。その体内時計が慢性的に乱れる不規則な生活や交替制勤務を続けると、肥満・糖尿病・心血管疾患やがんなどに罹患する危険性が高まることが報告されています。
前回、体内時計は脳の視交叉上核にある中枢の時計「主時計」と、全身の細胞にもある「末梢時計」があると書きましたが、その関係はオーケストラの指揮者と各奏者の関係に例えられます。つまり、主時計は末梢時計が勝手に活動しないように指揮をとっているのです。しかし、それは一方的なものではなく双方性であることが分かってきました。米国の研究者が2012年に発表した報告によりますと、脂肪細胞にある一つの時計遺伝子を欠損させたマウスは、寝る時間帯(ヒトと違って明るいとき)に食事量が増え、同じカロリーを摂取していても、規則正しい生活リズムのマウスよりも体重が増加しました。つまり、末梢時計の狂いが主時計まで影響を与えました。
さらに驚くべきことが分かってきました。イスラエルの研究者が2014年に発表した報告では、実験的に時差ぼけにしたマウスと正常なマウス、時差の大きい旅行をしたヒトの旅行前・旅行中・旅行後に、糞便中のすべて腸内細菌(腸内細菌叢)を解析すると、時差のあるときと時差のないときとでは腸内細菌叢の大きな変動が認められました。
まず、明暗の周期をきちんとした条件で飼育した正常マウスの糞便を6時間ごとに2日間集めて腸内細菌叢を解析すると、便の採取時刻で異なった腸内細菌叢のタイプや活動が見られました。夜行性であるマウスは、夜間に細菌はエネルギー代謝、遺伝子の修復や細胞増殖に係わる活動をし、いっぽう日中は、解毒作用、運動性などの機能維持に係わる活動をしており、その活動に24時間周期を示していました。
実験的に時差ぼけにしたマウスは、活動的な夜だけでなく、1日中食べ続け、腸内細菌叢の24時間周期の活動が消失してしまい、正常マウスと同じ食事量にもかかわらず体重は増えて、耐糖能異常(いわゆる糖尿病予備軍)を生じました。
一方、大きな時差(8〜10時間)のある旅行をしたヒトの被験者の糞便を解析すると、旅行前には正常なマウスと同様に24時間周期の腸内細菌叢の活動が認められました(ただし、ヒトはマウスと違って昼行性なので、夜間と日中の活動パターンが逆です)が、旅行後の時差ぼけ時には実験的に時差ぼけを起こしたマウスと類似の腸内細菌叢の変動を認めました。そして、時差ぼけが改善した後は、これらの腸内細菌叢が正常に戻りました。つまり時差ぼけになると、腸内細菌叢の日内変動がなくなり、一時的に「肥満・糖尿病予備軍タイプ」に変化するといえます。さらに、時差ぼけの被験者の腸内細菌叢を、正常なマウスに移植すると、時差ぼけ前の被験者の腸内細菌叢を移植したマウスに比べて、体重が増加し、血糖値、体脂肪もより高くなりました。
以上のことから、昼夜逆転や不規則な生活リズムを送る人たちが肥満になりやすいという理由の一部が解明されたことになります。つまり、このような生活を送る人たちは腸内細菌叢の活動が消失し、いわゆる「肥満型」に移行していた可能性が高いということです。
次回は、今回の続編として時計遺伝子と腸内細菌叢との相互作用に関する興味ある研究について紹介します。
日本睡眠学会、日本スポーツ精神医学会(評議員)、日本時間生物学会、日本臨床神経生理学会、日本精神神経学会、日本脂質栄養学会、全国大学メンタルヘルス学会