大阪大学名誉教授・関西学院 産業医
杉田 義郎
「コミュニケーションをスムーズにとれるようになると大学生活でのストレスが一気に減るのに」と思っている学生諸君は少なくないでしょう。とくに新入生の諸君にとってはまず周りの人とうまく「雑談ができない」と思って、あるいは思い込んで悩んでいることも少なくないでしょう。
ユーモアあふれるコミュニケーションの中核に「笑いの原理」があります。「なぜ人は笑うのか?」という根本的な疑問に対して、これまで多くの哲学者や心理学者が考えて、多くの理論を発表してきました。今では「緊張の緩和」であるということが共通認識となっています。最近の研究では人間だけでなく、猿や犬・ネコでも表情筋に特有の活動が生じることが分かってきています。
そのことを最も分かりやすく言葉で説明したのが、落語家の二代目桂枝雀師匠で、「緊緩(キンカン)の法則」と名付けました。それ以降、落語家はもとより、漫才師などお笑い芸人と呼ばれる人たちはそのルールを巧みに使って人々に笑いを誘っているのです。
私たちがコミュニケーションがとりづらいと思っている状況では、間違いなくピーンと強く張り詰めた緊張感、警戒感が漂っています。どういうふうに本題を切り出したらよいのか分からないことがあります。そんな時に少し雑談でもできると、そのうちに緊張が徐々に緩んで本題に入りやすくなるということがあります。
その時の是非参考にしたいことがあります。前回にも紹介した石田章洋氏の本の中に公式の一つとして紹介しています、「おもしろい『雑談』は落語のマクラに学べ!」です。「言葉で説明するのは簡単ですが、実践しようとすると非常に難しいのが雑談」と述べているように、コミュニケーションに自信のない人の多くは雑談も苦手と思っているようです。そのような人に落語を聴くことを勧めています。とくに落語家が演じる噺(はなし)の冒頭に話す「マクラ」という導入部分から「雑談力」を向上させるヒントが得られるというのです。
落語家も高座に登場していきなり落語のネタを始めることはあまりないのです。例えば「めっきり冷えてきましたね」といった季節の話題などを振ってから、「いや私の懐の話なんですが」と笑いを誘ったりして、観客を惹きつけ、自然に演目へと入っていくのです。「季節」「天気」「ニュースや芸能ネタなどのタイムリーな話題」「最近、凝っている趣味」「家族の話題」「今日寄席に来るまでに見聞きしたこと」など、落語家がマクラで最初に話す話題は、そのまま私たちの雑談でも使えるものなのです。これらに共通することは、その場の聴衆と「共有・共感できる」話題であることです。私たちの雑談でも、その場の相手と「共有・共感できる話題」を選ぶことが肝心です。
本題へ移行する上でも大事なことは、相手の知識や興味・関心のレベルが分かることです。相手の知識レベルを知るために、率直に「○○について聞いたことがありますか?」と質問することです。そのことで相手の知らない話を一方的にして相手を不快にしてしまうことを回避できます。プロの落語家はよく最初に聴衆にある質問を投げかけて、その反応を見て噺を聴衆に合わせてアレンジするようです。
コミュニケーションが雑談レベルでも、本題に移行していても、よりスムーズに行うコツがあります。そもそもコミュニケーションは言葉を通してのやり取りというイメージがありますが、コミュニケーションは「言語情報(言葉そのものの意味や話の内容など)」「聴覚情報(声のトーン・速さ・大きさ・口調など)」「視覚情報(見た目・表情・視線・しぐさ・ジェスチャーなど)」によって成り立っています。アメリカの心理学者アルバート・メラビアンが行った実験で、矛盾した情報の中では言語情報よりもはるかに視覚情報や聴覚情報が優先されることが分かりました。これは「メラビアンの法則」として知られています。これとも非常に関係が深いのですが、コミュニケーションを円滑にしようと思うと、相手の非言語情報、すなわち、声のトーン・速さ・大きさ・口調やしぐさ・ジェスチャーなどにできるだけ合わせるようにすると良いことも分かっています。これを「ペーシング(相手のペースに合わせる)」と言います。相手も見ないで、相手のペースも無視してコミュニケーションを必死にとろうとしてもかえって伝わりにくいのです。相手のペースに合わせることで相手に敬意を払っていることが自然に伝わるのです。たとえ趣味や興味・関心の対象が違っても構いません。大学生活を充実させたものにしたいという気持ちはほぼ一致するでしょうから、無理に相手の趣味や関心と同じでないと話してならないなどと考える必要はありません。多様なことに興味や関心をもつ相手として認めあうことできれば良いのです。
皆さん、コミュニケーションを大いに楽しんで下さい。
日本睡眠学会、日本スポーツ精神医学会(評議員)、日本時間生物学会、日本臨床神経生理学会、日本精神神経学会、日本脂質栄養学会、全国大学メンタルヘルス学会