大阪大学名誉教授
(前大阪大学保健センター教授)
杉田 義郎
最近、「口呼吸」の人が目についていけません。通勤途上で「口呼吸」の人が目立つのです。とくに若い人たちに多いからです。「口呼吸ってどうして分かるんですか?」という質問を受けることがあるので、種明かしをしておきましょう。電車に乗っている人をそっと観察していると、高齢者とおぼしき人以外の多くはスマートホンを見ていますね。ゲームや動画を見ている人も多いのですが、その方々の口元をみて、ずっと口が少し開き、唇が乾燥している人は常習的な「口呼吸」の可能性が非常に高いといえます。それと関連して唇にリップクリームを塗る人をよく目撃します。
前回に紹介したように、ヒトは口呼吸をする唯一の動物です。口呼吸による健康上の不利益はヒトしか経験していないのです。冬になってネコやイヌが風邪を引いたというようなことは聞かないでしょう。
鼻からノドまでは鼻腔といって、外の空気を肺に取り込む通路になっています。そこは沢山の繊毛がついた粘膜細胞で覆われていて、通過する空気を温め、湿度を上げます。その繊毛で小さなごみや化学物質、細菌やウィルスを絡めてとって、ノドや気管支、肺まで届かないように防御しています。ノドには免疫組織(扁桃・アデノイド)があってすり抜けてきた細菌やウイルスに対処します。口呼吸の際は外気が直接にノドに当たるので大変な違いです。つまり、鼻腔は保温・保湿機能をもった超高性能マスクの役割をしているのです。口呼吸ですとノドの免疫組織には外気とほぼ同じ温度の空気が当たることになります。冬季だと10℃以下の冷気が当たることもあるでしょう。そのような冷気でノドの免疫組織が冷やされると本来の免疫力が発揮できません。私たちに備えられた「鼻腔=超高性能マスク」の恩恵が得られない口呼吸の人では、鼻呼吸の人と比較して明らかに健康リスクが高いのです。
さらに鼻腔はメンタルヘルス面にも重要な役割を果たしているのです。普段は鼻呼吸をしている人が花粉症の時期だけ、鼻が詰まって口呼吸になることがあります。経験者はよく分かると思いますが、そんな時期は頭が重たくてスッキリせず、熱っぽい感じがしばしば生じます。睡眠にも重大な悪影響を及ぼすので昼間に眠気が生じたり、集中力低下が起こります。これは、鼻腔の奥のところが脳を包んでいる頭蓋の底部と接していることと関係があります。冷たい外気は鼻腔を通る際に温められると説明しましたが、頭蓋底部は特に脳の活動で熱をもっているので、それと接触する空気は素早く温められます。一方、脳底部には血管が通っていてその空気によって血液が冷やされます。それはあたかも、車のエンジンの加熱を防ぐラジエーター(冷却器)の役割も果たしています。口呼吸ではこのラジエーター(冷却器)が機能しないので、脳が効率よく冷却できない、脳はスッキリとしないというわけです。
口呼吸を鼻呼吸に変える簡単な方法を2つ紹介します。第1は、習慣的な口呼吸の人は口を閉じる筋肉(口輪筋の)の力が低下しているのでその対策です。「あいうべ体操」という口輪筋を鍛える方法が有効です。「あ〜、い〜、う〜、べ〜」と口や舌を大きく動かすことがコツです。声を出す必要はありません。1日30回すると、約1ヶ月で口呼吸が改善してくるでしょう。これを実行しているある小学校では冬にインフルエンザに罹患する子どもが9割も減ったということです。
第2の方法は、睡眠中に口が開いて口呼吸にならないように口の上下にテープを貼る方法です。「あいうべ体操」と並行して行ってください。まず、近くの薬局で12mm幅のサージカルテープ(かぶれにくい絆創膏)を手に入れます。就床する前に、そのテープ(長さは約5cm)を上下の唇をまたいで真中で縦にゆったりと貼ります。片端を折り曲げてはがしやすくしておきます。最初はしばらく貼って様子を見ます。気になったらはがしてもかまいません。慣れてきたら貼って寝てください。知らぬ間に外していてもかまいません。テープに慣れるにしたがって朝に口の中がカラカラにならず、眠りの質が上がるのを自覚できるでしょう。口呼吸の自覚がある人は是非、試してみてください。
次回のテーマは、「紫外線、ビタミンDと心身の健康について考える」です。
日本睡眠学会、日本スポーツ精神医学会(評議員)、日本時間生物学会、日本臨床神経生理学会、日本精神神経学会、日本脂質栄養学会、全国大学メンタルヘルス学会