大阪大学名誉教授
(前大阪大学保健センター教授)
杉田 義郎
ビタミンDといえば、カルシウムの吸収を良くして骨を丈夫にするビタミン、最近では骨粗鬆症の治療に使われているのは知っているという方も少なくないと思います。そもそも、ビタミンとは「体内で生成されず、何らかのかたちで外界から得なければならない、健康維持に必要不可欠な炭水化物・タンパク質・脂質以外の有機化合物の栄養素」です。実は生物の種類によってビタミンとして働く物質が異なります。たとえばアスコルビン酸はヒトや霊長類にはビタミン(ビタミンC)ですが、多くの生物は体内で充分な量が生成できるのでビタミンではありません。
ビタミンは、体内で作れないので、主に食品から摂取しなければなりません。ビタミンが不足すると、病気になったり成長に障害を起こします。ビタミンDは当初、食品の中に含まれるヒトにとって必要不可欠な物質として発見されました。乳幼児に「くる病」という骨格異常(背骨や手足の骨の弯曲や変形)が生じることが17世紀に報告されました。のちに日光の照射不足でビタミンD欠乏が起こることが明らかにされました。
20世紀の初めには、ビタミンD(ビタミンD3)は、皮膚の表皮の下層にあるコレステロールの一種に紫外線が当たると生成されることをドイツの化学者が発見しました。波長が300nm付近の紫外線BがビタミンDを生成するのです。このように屋外で紫外線を浴びるとビタミンDは生成されるのですから、ビタミンの定義からすると、ビタミンDは「ビタミン」ではないということになります。この事実が判明したのは「ビタミン」と分類された後なので、ビタミンDという名称はそのまま現在も使われています。
ガラス越しや衣服で覆われていると紫外線Bは皮膚に届きません。さらに、日光(紫外線)を浴びることで皮膚癌になるかのようなキャンペーンが近年に行われ、日光浴へ恐怖感から日焼け止めクリーム、日傘を使用し、皮膚をほとんど露出させない人が増えました。これでは真夏でも皮膚でビタミンDを生成できません。それでは食品でビタミンDを十分に摂取できるのでしょうか。ビタミンDを多く含む食品は、魚、キノコ類(干したもの)で、多くの人が食品から必要十分な量を摂取できていないことが分かっています。このような諸事情から経済的先進国でのビタミンD欠乏が深刻なくらい拡大しているのです。
ビタミンDに関する研究が進むにつれて、皮膚で生成されたビタミンD3は脳を含むあらゆる臓器に輸送され、それぞれの臓器でさらに活性型ビタミンD3に変換されること、そして「ホルモン」として健康を維持する上で重要かつ多様な働きをしていることが21世紀に入ってからの研究で分かってきました。つまり、ビタミンDは、がんと診断されるリスクを下げるだけでなく、がん患者の生存率を高めるという事実があること、減塩よりもビタミンDを補充するほうが血圧を下げる効果が大きかったこと、血中ビタミンD濃度が増加すると糖尿病の発症リスクが下がること、血中ビタミンD濃度が著しく低い人は正常な人と比べると何らかの認知症発症リスクが2倍以上になること、風邪やインフルエンザの罹患率が一般的な予防接種を受けた子どもはリスクが10%低下したのに対し、1日あたり1200国際単位のビタミンDを摂取して感染にさらされた子どもは50%以上低下すること、ビタミンD3の補充は高齢者の骨折や転倒のリスクを低下させるだけでなく、全死因死亡率を大幅に低減すること、などなど広範囲にわたる驚くべき健康増進効果があることが明らかになってきているのです。
現代的な生活では屋内にいる時間が長く、紫外線を避ける生活をしています。これを少し改めてみましょう。今の季節であれば昼間に毎日約30分の屋外散歩を楽しむことによって、必要なビタミンDを皮膚で生成できるので、ビタミンDの利益を享受できるのです。日光浴だけでも良いのです。できるだけ皮膚を露出して、日焼け止めクリームを塗らないで短時間の外出を楽しむだけです。だだし、一年を通して屋外散歩を継続する必要があります。秋から冬にかけては散歩の時間を長めにする必要があります。どうしても日焼けをしたくない人、冬の寒い時期に外出しづらいということであれば、ビタミンD3サプリメントの使用を考えてみるのも良いでしょう。
いずれにしても、体内のビタミンDを適切なレベルに保つことは心身ともに素晴らしい健康増進効果をもたらすのだと気付いていただくことです。これほど経済面でも体力面でも負担のかからない健康法が他にあるでしょうか。
日本睡眠学会、日本スポーツ精神医学会(評議員)、日本時間生物学会、日本臨床神経生理学会、日本精神神経学会、日本脂質栄養学会、全国大学メンタルヘルス学会