大阪大学名誉教授
(前大阪大学保健センター教授)
杉田 義郎
またまた、暑い季節がやってきました。
新入生の諸君は、大学での生活に徐々に慣れてきているのに、何か疲れが取れにくい、疲れが溜まってきたと感じていないでしょうか? その上に梅雨や蒸し暑い季節を迎える今、体調管理の肝腎な点をお話しましょう。
日本の夏は、ほとんどの地域で高温・多湿の環境に見舞われます。しかも、昼間だけでなく、夜間になって気温がそれほど下がらないという状況が起こります。また、最近はこの傾向が強まっていると思う人も多いと思います。普段は健康だと思っている人でもその影響を真っ先に受ける問題は何でしょうか? 「やたらと寝苦しい」とか「眠気があるのに寝付けない」という人がこの時期に急増するのです。日本全体に「不眠」問題が蔓延するといってよいでしょう。
しかし、これは「不眠症」という病気ではありません。生活(寝室)環境に起因する「生理的な不眠」状態なのです。このメカニズムを理解して、的確に対処できれば、「不眠」という問題を間違いなく解決できます。
そのためには、生体リズム(脳内の24時間周期で働く体内時計があり、身体の細胞の中にも末梢時計があります)と睡眠の関係について理解する必要があります。地球上の生物は、太陽の光と地球の自転の影響を受けています。大雑把にいうと昼間を中心に活動する生物、夜間を中心に活動する生物があります。これには地球環境の変化と長い生物進化の歴史があります。人間は昼行性動物ですが、人工照明の発明と発展によって、昼夜の違いが不明確になっています(人工衛星から地球を見ると、大都会の夜は明るく輝いています)。昼行性の動物は、夜間に睡眠をとり、朝に目覚めて活動をすることで健康を維持しています。
ところが、現代社会では昼夜を問わず諸活動が盛んに行われています。生体リズム上は睡眠モードに移行した方がよいタイミング(=夜)であっても、明るい場所で活動を続けていると今は昼という情報が脳に届いて、生体リズムは少し後退してしまいます。睡眠時間帯も後ろにずれるといつも通りに起床するのが辛くなってしまいます。時には朝早く活動をしないといけない(1時限目から必修科目の講義がある)と、必死になって起きて、朝食をする間もなく、登校するかも知れません。1週間の中で朝が早い曜日、午後からしか講義がない曜日が混在している人が、講義のスケジュールに合わせて睡眠時間帯を変えていると、体内リズムは慢性的に乱れて、「社会的時差ぼけ」を起こしてしまいます。
睡眠時間はそれなりに確保しているつもりなのに、昼間に眠気が生じやすく、興味ある講義なのに集中力が続かないというようなことがあれば、生体リズムが乱れて、中枢時計と末梢時計が調和的に働かずに、カラダのスムーズな営みができない「ギクシャク」状態=ストレス過剰状態に陥っていると考えられます。こんな時に栄養ドリンクを何本飲んでも問題の解決にはなりません。解決策は、少なくとも1〜2週間、規則的な生活リズム(朝に起き、夜にしっかりと眠る、規則的に食事を摂る)で生活することを心がけてください。こうすることで、その後には見違えるほどスッキリとしたカラダを取り戻していることでしょう。不調を感じている人は実行して見てください。その前後には睡眠リズム表を付けておくと良いでしょう。本来の生体リズムに逆らわないで生活する時は、カラダはエネルギーをもっとも経済的・効率的に使っている時でもあるのです。
さらに、高温多湿時の睡眠対策は、寝室の空調(エアコンで)をしっかりと行うことにつきます。高温多湿時には出た汗が気化しないために身体の熱を奪えず、強力な生体リズムである体の深部の体温が夜間に下がらない状態に陥るので、眠りにつくことが非常に困難になります。感覚的には体に熱がたまるという状態に陥ります。体温リズムは、朝の覚醒する2~3時間前に最低点に達し、それから徐々に上昇して、朝の目覚めを迎えます。睡眠中に体の深部の体温が下がりにくい状態が続くと疲れが取り切れず、寝覚めも悪く、スタミナが知らず知らずに奪われてしまいます。日中に熱中症になるリスクも高くなってしまいます。最近、エアコンは進化しています。省エネですし、温度調節も正確に行ってくれますので、眠る前に温度を高い目に設定するとよいでしょう。朝方に切れるように設定するのはお勧めできません。切れてから室温が上がって、早朝に目覚めることになってしまいます。また、温度設定を高めに設定しても、朝に冷えすぎていると感じるひとは、扇風機/サーキュレーターで部屋の空気をかき混ぜるようにしたらよいでしょう。ただし、風が自分の方に直接来ないようにしてください。
若い学生諸君にとっても、体調管理上、日本の夏は手強い相手です。適切な対応を心がけて乗り切りましょう。
日本睡眠学会、日本スポーツ精神医学会(評議員)、日本時間生物学会、日本臨床神経生理学会、日本精神神経学会、日本脂質栄養学会、全国大学メンタルヘルス学会