1844年12月英国マンチェスターロッチデールで、ロバートオウエンの影響を受けた職工たちは、一人1ポンドを出し合い、バター・砂糖・オートミール・ろうそくを仕入れ、市民に供給する「ロッチデール公正開拓者組合」を結成しました。
最初のロッチデール店舗
ロッチデール店の復元展示
若き日の同志社大学
安部磯雄
1898年同志社大学安部磯雄らが出資金を一口5円とし学用品を取り扱う学生消費組合を結成しました。現金厳守のために掛け売りの一般業者に対抗できずに1年ほどで解散しました。
1900年3月公布の「産業組合法」による消費組合として、友愛会による購買組合と関東消費組合連盟(関消連)、吉野作造らによる家庭購買組合、賀川豊彦らによる江東消費組合、関西では、共益社(大阪)、神戸消費組合、灘購買組合などが誕生しました。
1927年関消連のパレード
神戸消費組合本部
江東消費組合店舗
1926年5月は、安部磯雄・賀川豊彦らによって稲門(早稲田大学)支部として結成された「東京学生消費組合(学消:がくしょう)」は、組合長に賀川豊彦を選出し、法人格を取得し、組合員700名を超える学生消費組合になりました。
東京学消稲門(早稲田大学)支部
賀川豊彦組合長
東京学消マーク
東京学消は、関東並びに全国学生消費組合連盟を結成、35年頃に34校の組合に発展しました。しかし38年10月警視庁特高からの解散命令を受け、学消発足10周年を記念して賀川豊彦が揮毫した「未来ハ我等のものな里」から僅か4年余りで最後の赤門支部が40年2月強制解散処分をうけ解散を余儀なくされました。
東京学消赤門(東京大学)支部
支部店内
東大協組第1回総会
45年12月戦後学生による最初の協同組合設立決議が東京大学農学部で行われ、「学ぶことは食らうこと」という時代のなかで、6月第二食堂にて設立総会を開会し、理事長に南原繁(東大総長)、学生・教職員理事31名、監事4名を置く「東京帝国大学協同組合」(「協組」:きょうそ)を設立しました。
1947年全学協理事会
47年5月東京大、早稲田大、上智大、慶應、文理大、中央大学等の協組代表らは東京大学構内で38校が参加し、南原繁(東大協組理事長)を理事長とし、日本協同組合同盟、学生図書組合、日本学生図書協会の代表らを理事とする「全国学校協同組合連合会」(「全学協」)を設立しました。
「きけわだつみのこえ」
47年7月東大生協は、東大戦没学生の手記「はるかなる山河」を出版し「日本戦没学生手記編纂委員会」の発足の契機をつくり、全国の大学、高等専門学校の戦没学生の遺稿を募り、49年10月「きけわだつみのこえ」を出版しました。
1951年3月生協から独立し「東京大学出版会」が設立されました。
原水爆禁止署名を始めた杉並区生協
54年3月ビキニ環礁で第五福竜丸の被曝とともに牛乳からの放射線量の検出をうけて、牛乳の安全性に注目があつまり、「商品問題は、優れて消費者自身の問題であること」との意識が高まり、協組の基本的役割として自覚される契機になりました。
東大生協10円牛乳販売
55年頃全国各地大学生協は、地域酪農と提携し、生産者と消費者の提携による「10円牛乳」を供給する活動に取り組みました。この活動は、消費者の産地提携の先駆として協組内の職員と学生組合員の相互協力の重要性を浮き彫りにする契機となりました。
配達に向かう共同購入された木炭
55年頃より東大生協はパン・牛乳・チリ紙・木炭等日常生活用品を対象とする共同購入に取り組み、研究室を単位とする読書サークルを通じて書籍の共同購入を開始しました。北大生協は医学部教科書などをクラスサークルという単位で提供する「共同購入」を開始しました。
全学協第10回大会(於:比叡山)
57年9月全学協第10回大会(於:比叡山)は、大学生協運動の3つの柱として①教育環境整備運動②消費者運動③平和と民主主義を守る運動を決議し、連帯活動を「すべての成果を全学協に持ち寄り、各会員協組のリスクで支える会員間連帯であること」とする方針を決定しました。
教育環境整備運動(1959年頃)
大学生協連は、教育環境整備運動として、「学生生活の環境面を調査し、その貧困さを明らかにし、打ち切りを宣告された助成金を復活し、教育の機会均等を守る」ために学内の民主団体と連繋して取り組みを推進することを提起しました。
大学ノート開発(CO-OP商品第1号)
全学協は、57年10月北海道大、東北大、東京大本郷、東京大駒場、中央大、早稲田大、名古屋大、同志社、京都大、九州大協組による全国共同仕入を開始し、59年3月北越製紙製のすかし入りフールス紙の「大学ノート」を市価の4割引で供給し、大学生協のCO-OP商品開発の第1号となりました。
大学生協連創立総会(於:千葉勝山)
58年3月全学協は理事会を創立総会に置き換えて「全国大学生活協同組合連合会(大学生協連)」を設立し、59年8月法人格を取得しました。「全国の教職員・学生の消費生活の改善・文化生活の向上を期し、よりよい教育の場をつくり、よりよい社会にする」ことをめざす組織として発足しました。
「第1回学生の消費生活に関する実態調査」報告書(1964年8月)
62年1月東京大生協は、教員の協力を得て教職員生活実態調査を実施しました。この調査の有用性に着目した大学生協連東京支所(東京大、慶應、法政大、早稲田大)は、63年10月に学生を対象とする「学生の消費生活に関する実態調査」を実施しました。
札幌市民生協大学村店
54年頃から大学生協による地域生協支援が始まり、65年に札幌市民生協、所沢生協などを設立しました。関西では同志社、京都大、立命館、龍谷大生協が支援して、64年3月京都洛北生協を設立し、67年から家庭班を組織して、家庭班に共同購入商品を配送する活動を開始しました。
同盟化ニュース創刊号
69年1月大学生協連は、59年以降検討を続けてきた「同盟化(事業連合づくり)」に関するまとめを行い、会員生協のもつ固有の主権を前提に会員生協がもつ経営上の権限を事業連合に移譲する関係であることを確認し、法人格をもつ「事業連合」の設立方針を決定しました。
東京事業連事務所(1963年 於:東京板橋)
70年1月をもって、大学生協連東京支所は「生活協同組合連合会生活協同組合東京事業連合」として名称変更し、東京大、早稲田大、慶應、東京理科大(法政大は72年より)から業務委託された事業を開始しました。71年3月京都事業連合、札幌地区連合が法人格を取得しました。
「読書のいずみ」創刊号
70年3月大学生協連は、学生への読書啓蒙活動の推進を目的に、「読書のいずみ」を発刊し、書籍部門の政策づくりを開始しました。「読書のいずみ」は、人文科学を家永三郎、社会科学を野村平爾、自然科学を矢野健太郎がそれぞれの分野を紹介するブックリストとして発行しました。
コープファイリングシステム
73年7月食堂部門は、大学生協の食堂を「食生活改善の運動の場」として「健康でかつ楽しみのある食堂づくり」を、購買部門はノートからリーフへの筆記スタイルという「学びの変化」への商品企画を、旅行部門は、海外渡航の必需品「国際学生証」の発行(76年)とともに「自由交換旅行」企画の提供を開始しました。
第20回総会(1977年)
福武直会長は就任後に訪問した9大学との学長懇談を受けて、大学生協連第20回総会にて大学生協のめざすべき方向を「大学からの理解と信頼を得て、ともに協調して豊かな学園生活を実現すること」にあることを提起し、総会は「学園に広く深く根ざした生協づくり」を決議しました。
1978年12月経営研修セミナー
福武直会長は「大学生協を巡る諸問題」を発表し、「大学はその構成する学生・教職員のコミュニティであり、かつ教育研究の場であるとともに、生活の場である」と説き、大学生協は「自主的で民主的な人間形成という教育機能をもつ」とし、「厄介な存在」から「頼りになる存在」への脱皮を求めました。
第24回総会(1980年)
第24回総会は、①勉学・教育・研究の基礎を支え、学園生活をより豊かにする大学生協②協同の力でくらしを守り、生活文化の向上をめざす大学生協③自治と人間連帯の力を育む大学生協という3つの役割を明らかにし、大学との建設的協力関係をめざすことを明記しました。
開始直後の宣伝パンフ
大学生協連は「保険」の共同購入から出発し、「自分の出したお金が仲間のために使われてよかったと思える共済」をめざして、81年2月学生どうしの「助け合い」として事故・病気へのお見舞い金を送る「学生総合共済」を開始しました。
第2回ヒロシマへの旅「被曝体験」企画
83年3月全国学生委員会は、平和ゼミナール企画「ヒロシマへの旅」、8月に原水禁世界大会にあわせた「ナガサキの旅」を開催しました。第27回総会は、この活動を「知る・知らせ・考え・話し合う」活動スタイルとして定式化し、組合員の「多様な行動」を生み出す活動を推進しました。
「PC1470U」(1987年3月発売)
大学生協連は85年3月関数とプログラム機能を統合したポケコン「PC1401」をクラス単位の共同購入機種として提案し、86年3月学生の使用感調査に基づくスペックを付与した「PC1460」を提供しました。その上で87年3月シャープと共同でオリジナルポケコン「PC1470U」を開発しました。
大学生協連プレカンファレンス(1992年)
89年6月全国理事会は、「大学の勉学や研究ツールとして、誰もがコンピュータを個人で自由に楽しく使いこなす環境をつくること」を目的に①PC利用に貢献する商品活動・供給活動②PC利用教育の交流及び事業への教職員・学生の参加の場づくり③PC担当者体制の充実と整備の実現をHELP(高等教育におけるコンピュータ環境の革新)計画として提起しました。
21世紀委員会答申小冊子
92年11月、大内力会長を座長とする「21世紀委員会」は、大学との協力関係を深め、積極的に社会人形成に必要な教育機能への貢献をすすめ、生協に関心をもつ多くの人たちの積極的関与(コミットメント)をもたらす生協自らの将来構想、ビジョンを提起することを呼びかける答申を発表しました。
第1回設立発起人会
東京地連は、93年7月「東京都に住所を有する大学生及び域内の大学に勤務・通学する者」を対象にした生協のない高等教育機関における生協としてインターカレッジコープを設立し、その後95年大阪府、2000年宮城県、熊本県、05年福岡県、06年愛知県で設立されました。
大学生協連第38回総会採択にむけて
94年第38回総会は、生協のビジョンは組合員のビジョンそのものであるとの共通認識のもとに、ステークホルダーとの積極的関係づくりが21世紀の大学生協の活動を決定づけるとして、「学びと交流のあふれるキャンパスを創造する大学生協」「魅力ある事業体としての大学生協」など6つのビジョンを提起しました。
阪神淡路大震災(校舎倒壊)
95年1月17日兵庫県南部にマグニチュード7.3の「兵庫県南部地震」が発生しました。全国理事会は、全国的な物的・人的支援を決定し、大学及び周辺避難住民に配給するとともに募金の呼びかけと学生・院生によるボランティア支援センターの設置、仮設学生寮の建設などの支援活動を行いました。
CIEC設立総会
大学生協連HELP委員会は、93年6月〜7月にコンピュータ利用と教育に関する研究交流会としてPCカンファレンスを開催しました。96年7月大学生協連は、日常的な経験交流と理論的研究と共通の知的財産が継承するために、恒常的な組織としてCIEC(シーク:コンピュータ利用教育学会)を結成しました。
大学生協連第41回総会
97年全国理事会は、「地域/全国センター構築推進委員会」を設置し、商品活動を組合員と店舗に近い場で行う方針を提起しました。これを受けて、99年1月より情報機器事業を東京事業連合に委託し、他の事業も順次特定事業連合に委託しました。
創立総会
98年4月JUONネットワークは徳島にて全国の農・漁村と都市、自治体と行政をネットワークで結ぶボランティア活動支援する全国ネットワーク組織を結成しました。林業体験実習の「森林の楽校」を開催し、間伐材を利用した「樹恩割り箸」の普及などの活動をすすめました。
オリジナル講座授業風景
99年経営委員会の下に「教育支援事業小委員会」をもうけ、資格取得など「生協オリジナル講座」に関する「学生の学びと成長を支援する政策」を検討し、大学生協のもつ「助け合い、励まし合い、学び合い」を基礎とする「キャリア形成支援」事業の推進について提起しました。
ミールクーポン(中四国事業連合)
02年4月水産大学校生協を訪れた保護者が1年分の食券を購入したことをきっかけに、中四国事業連合は「外食産業と同じ土俵で競争するだけでは生協が大学の食堂を運営する価値がない」として、03年4月から生協食堂年間定期券「食育・ミールプラン」を開始しました。この取り組みは順次全国に普及しました。
読書マラソン(愛知教育大生協)
03年6月書籍担当者研修会「学生参加の店づくり」のアイディアとして「読書マラソン」が生まれ、「学生がコメントを書いてそれを本と一緒に展示する」という活動として普及し、コメントに書かれた感想を読んで購入した学生が自らコメントを書くという新たな循環をつくりあげました。
大学との相互連携協定書(京大生協)
03年10月大学生協連は、04年国立大学法人化を前に「申請許可」に移行することを想定した国立大学との協定書のモデルを提案し、会員生協は使用する土地・建物・備品・物品を従前どおり無償供与とする協定書を順次締結しました。
「ビジョンとアクションプラン」パンフ
06年12月大学生協連は、第50回総会にて94年に策定した「ビジョンとアクションプラン」を改訂し、「21世紀を生きる大学生協の使命」として「変化の時代」にふさわしく「大学のパートナーになる」という主旨から、「協力」を加えた「協同・協力・自立・参加」を設定し、4つの使命を提起しました。
共済連設立総会
10年6月大学生協連は、08年4月に施行された改正生協法に伴い、「全国大学生協共済生活協同組合連合会」を設立しました。併せて大学生協連の支部(地域センター)を「ブロック」に改称し、その機関運営を廃止し、事業連合との一体的運営をめざし、地域センター事務局と事業連合内局の一体運営と総合的な意思形成を促進することとしました。
宮城県七ヶ浜町ボランティアセンター
11年3月11日、マグニチュード9.0の「東北地方太平洋沖地震」が発生しました。この地震と津波により、福島第1原発は全電源喪失で炉心溶融しました。大学生協連は大学生協仙台会館に現地対策本部を設置し、支援物資を緊急支援し、「大学生協ボランティアセンター」を開設し学生組合員のボランティア活動をすすめました。
「大学生が狙われる50の危険」
12年8月「消費者教育の推進に関する法律」が成立しました。大学生協連は、これに先立ち11年2月大学生をめぐる「リスク・リテラシー」に関する書籍「大学生がダマされる50の危険」を発行しました。さらに悪質商法被害防止や急性アルコール中毒への注意を喚起する取り組みを継承し、15年6月学生支援のあり方などについて研究する「学生の生活リスク講座」を開始しました。
13年9月、全国理事会は、学生の学習プロセスに介在するデジタルコンテンツに関するニーズに対する事業として「授業での電子教科書採用と授業改善」「国試受験をめざす学生への支援」「資格取得など就活支援」を視野にした取り組みをDECS(電子教育コンテンツサポート)計画として提起しました。
合併した大学生協事業連合の総会(2018年11月)
18年5月、07年以降検討を続けてきた「事業連帯の強化と革新をめざす」組織づくりとして、6地区の事業連合(北海道、東北、東京、東海、関西北陸、九州)は、各地事業連合総会で合併を議決し、東京事業連合を存続法人とする広域事業連合「大学生協事業連合」を結成しました。
学生総合共済(左:タヌロー)&コープ共済連(右:コーすけ)
18年2月共済連理事会は「コープ共済連との今後の連携についての一次判断」討議に際して寄せられた会員生協並びに学生委員からの意見を踏まえて18年11月「コープ共済連との学生総合共済の共同引受に関する基本方針」を決定しました。
SDGs17ゴール
18年12月第62回総会は、大学生協の掲げる「魅力ある事業として組合員の参加を活発にし、人と地球にやさしい持続可能な社会を実現する」ためにも大学生協が大学及び地域社会、ステークホルダーとともに実現すべきテーマとしてSDGsを取り組むことをよびかけました。
勉学援助学業支援キャラクター
18年11月全国理事会はこれまでの勉学支援の取り組みのうえに多くの学生の学業継続を支援するために一般財団法人全国大学生協連奨学財団(略称:大学生協奨学財団)を設立することを決定し、19年1月に登記完了しました。