読書のいずみ

『気になる』を物語に紡ぎだす

1.濃い関係性を描く

福留:これまでの桜庭さんの作品は、『砂糖菓子の弾丸は撃ち抜けない』(以下、『砂糖菓子~』)や『少女には向かない職業』(以下、『少女~』)のように同性の関係性を描いくという印象がありましたが、今回の新刊『無花果とムーン』では恋愛の要素が詰まっている小説のように感じました。奈落と月夜という、兄妹だけど男女の恋愛があって、ロマンチックで、そして最後に希望があるお話で、楽しく読ませていただきました。

潮瀬:私は、突然お兄ちゃんが亡くなってしまって、ルナティックだけど、読んでいて切ない……。女の子としてキュンキュンしながら読ませていただきました。

桜庭:どうもありがとうございます。私はもともとヘルマン・ヘッセという作家の、特に、『デミアン』と『知と愛』がとても好きだったんです。それは少年二人の話なんですね。『知と愛』は、修道院を舞台に“知”担当の主人公と“愛”担当の奔放な男の子がいて、正反対のタイプだけどすごく仲が良いんです。“知”のほうはそのまま修道院にいて最後は先生になり、“愛”は旅人になり、放浪の果てに死んでしまうんだけど最後に“知”のもとにもどってくるという話。『デミアン』もちょっと変わった男の子と知り合うことでいろいろなことを考える、という話で、このような正反対の性格を持つ同性ふたりを描いた話がすごく好きだったんです。

そんなこともあって、自分が書くときには少女で反対の性格をもつ同性ふたりの話をよく書くようになりました。ふたりの人間の濃い結びつきを書くのが好きなので、『砂糖菓子~』とか『少女~』だとそういうふたりを、『少女七竈と七人の可愛そうな大人』の場合は、主人公の女の子とその子にそっくりなもうひとりの男の子を書いたんです。

福留:雪風くんですね。

桜庭:ええ。『私の男』では娘と父親の話、『ファミリーポートレート』では母親と娘の話にしたり。そうやって濃い関係性は、『砂糖菓子~』以来、ふたり組のパターンをいろいろ変えて書いてきました。『無花果とムーン』では主人公の月夜とおにいちゃんの関係、あと、月夜と苺苺苺苺苺(いちご)以下、イチゴ先輩という同性だけど反対の性格をもつ女の子の関係もでてきます。今回は男女という要素が入ったということもあって恋愛の印象が大きくなったのかもしれませんね。

福留:少女ふたりの話かと思って読み始めたら、お兄ちゃんが出てきて、そのお兄ちゃんが突然死んでしまったりして、いろいろな意味で衝撃的なお話だったように思います。他のインタビュー記事であまり恋愛小説はお好きではないとおっしゃっていましたが。

桜庭:これまで、普通の恋愛小説はあまり読まずにきましたね。家族の一族の歴史を描いていたり、いろいろな要素が入っているお話のほうがわたしは好きなんですね。作家になったとき、担当の編集者さんから、家族のこともあり、友情もあり、その国の社会的なもの、戦争とかが入って、歴史が動いて、ちょっとミステリーな要素やアクションがあったり、と、いろんな要素があるのが全体小説なんですよ、と教えてもらったんです。そういうものを書いてみない?と言われて書いたのが、実は『赤朽葉家の伝説』でした。

福留:さきほど兄と妹、父と娘、母と娘、という家族の関係性を書きたいとおっしゃっていたのですが、そういう関係性は毎回入れたいと思われるんですか?

桜庭:ひととひととの濃い関係を書こうとすると、どうしても家族の関係になってくるんですね。恋愛小説だと他人同士の話になるので、書きづらいのかもしれません。自分がわりと閉鎖的なところで育ったせいもあって、閉鎖空間での濃い関係というのを書きたくなるんです。舞台が都会だったとしても、たとえば『青年のための読書クラブ』などもそうですが、閉鎖的な空間のほうが人間のドラマは書きやすいんだろうと思いますね。

福留:『少女~』の静香と葵も、同じ女性で結びつきが友情以上に濃いですよね。異性だと恋愛して関係がいつか終わってしまうけど、同性だと終わることがないので書ける領域が未知数なのかなと思いました。

桜庭:いま、エンターテインメントの映画を観ていても、以前だったら男の人と女の人がいて、恋愛感情によってひとりの女の人を助けるために頑張る、というような展開があったけれど、そういえば最近はないですよね。いまは小さい娘を助けるために頑張るとか、男同士女同士の連帯で頑張る、という内容が増えていて、もしかすると、いまは恋愛という形で大きなアクションを引っ張るような映画は作りづらくなっているのかもしれません。ここ何年かは自分の作品だけでなく、映画を観ても小説を読んでいてもそう思います。

恋愛とも兄弟愛とも友情ともつかない濃いつながりが誰かとの間にあるということを私は凄く書きたいと思っているので、女の子ふたりの濃い関係もそうですが、今回も『無花果とムーン』のようなお兄ちゃんとの間の深いつながりや「片方は死んだけどまだ終わってない」というようなことをきっと書きたかったんだろうと思いますね。

インタビュアーによる桜庭一樹さん 著書紹介

『無花果とムーン』

『無花果とムーン』

角川書店/1,680円
パープルアイでもらわれっ子の月夜は、ある日突然、1つ年上の大好きなお兄ちゃんが目の前で倒れて死んでしまう。といういきなりハードな展開。ルナティックな世界の中で、キュンキュンさせられる1冊。(潮)

サイン本プレゼント
桜庭一樹さんの著書『無花果とムーン』のサイン本を5名の方にプレゼントします。
応募受付は2013年1月31日まで
当選の発表は賞品の発送をもってかえさせていただきます。

『GOSICKシリーズ』

『GOSICKシリーズ』

角川文庫/580~660円
人形のように愛らしい姿に対照的な声色・毒舌をもつ少女、ヴィクトリカは、異国の学園に潜む謎を、留学生久城君とともに解き明かす。異国情緒と、不思議な事件を堪能できること間違いなし!(潮)

『荒野 全3巻』

『荒野 全3巻』

文春文庫/440~460円
中学生っていうと、友達、恋愛、家族、進路といった色んな悩みのある時期。荒野が中学のセーラー服に袖を通してからの1年1年が丁寧に描かれている。(潮)

『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』

『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』

角川文庫/500円
都会からの転校生、海野藻屑は名前みたいにでたらめな性格。そんな藻屑に懐かれてしまったなぎさは徐々に彼女にひかれていくが……。ナイフの切れ味を持つ痛みの青春文学。(福)

『私の男』

『私の男』

文春文庫/680円
花と淳悟は、娘と父。花が結婚する所から物語はスタートする。しかし2人の関係は娘と父だけではおさまらない。時を遡るようにして見えてくる関係性に、驚きと切なさと愛を感じる至極の作品。(潮)

『傷痕』

『傷痕』

講談社/1,680円
偉大なるポップスターが死んだ。そんな彼が残したもの、唯一の娘らしき子供、傷痕だけ。彼女をめぐる様々な疑問、錯綜する彼の噂。果たして彼の本当の姿とは……。(福)

2.ガジェットは記憶の引き出しから

福留:『無花果とムーン』は、お兄ちゃんの奈落がカッコイイねと潮瀬さんとも話していました。すごくロマンチックな話で、夢と現実の間みたいな部分が多いなと思います。今回は「桜庭一樹」の違った一面を見たような気がしました。

桜庭:いままでは、わりと小柄でドラマチックな表情をする人をイメージして書いてきたんですが……。

福留:今回はたとえば月夜が171センチだったりして、背が高いですよね。

桜庭:私のまわりには韓国のドラマが好きな人が多くていろいろ聞いていたのですが、向こうの俳優さんや歌手の人たちって妙に大きいんですよね。そんなことも気になっていて今回は登場人物の等身を高くして書いてみようと思ったんです。それから舞台も日本には見えない感じにしました。「能」といったものは出てくるんですけど、高倉健を「ケン・タカクラ」、忍者を「ニンジャ」というようにカタカナにしたりして外国の文化の話をしてるのかなという雰囲気に。お兄ちゃんもいままでにいない感じのシュッとした感じで。

福留:そうですね。今風のイケメンですよね。

潮瀬:日本では見ないトレーラーハウスとか、そこに乗ってやってきた蜜と約との関係とか、外国のような雰囲気で、世界がちょっと違うなと感じていました。

桜庭:トレーラーハウスってアメリカの映画やドラマにはよく出てきますよね。「ギルバート・グレイプ」という映画があるんですが、そのなかにアメリカのとある田舎町をトレーラーハウスが年に一回通るというシーンがあります。それが非日常に感じて私の記憶にずっと残っていたので、それを使いたいなと思ったんですね。

福留:「UFOフェスティバル」も初めて聞くお祭りですごく衝撃を受けましたが、それには、モデルはあるんですか?

桜庭:アメリカのロズウェルという、UFOが目撃されたといわれている街があるんです。まちおこしでUFOの博物館があったり、年に一回のお祭りではアメリカ中からちょっと変わりモノの人たちが集まってくるらしいんですけど。ロズウェルはドラマの舞台になっていたことがあるんですね。「UFOでまちおこしをしている街に本当に宇宙人がいた」という話で、それが凄く好きだったんです。そのイメージから、死者が帰ってくるというイメージとUFOが結びついて、そのUFOとトレーラーハウスがまた結びついて……といったように、物語に合う物を考えて出てくるアイディアというのは、自分が好きな小説やドラマや映画などの記憶にずっと残っているものから出てくることが多いですね。

福留:本だけでなく映画とか舞台とかドラマとかいろいろなメディアから作品がつくられているんですね。

桜庭:そうですね。人の心理とかは自分が考えたものを出していくけれど、ガジェット(道具立て)とかはそういったものから引っ張ってくることが多いですね。こんな街とか、こんな車が通って、こういう服を着て、こういう風景がある……とか。自分が実際見るものだけではバリエーションが少ないので。

インタビュアーによる桜庭一樹さん 著書紹介

『少女には向かない職業』

『少女には向かない職業』

創元推理文庫/609円
「葵、ぜったいみつからない人の殺し方、教えてあげようか」目立たない静香とお調子者の葵が出会うとき……。少女には向かない職業、あなたは何だと思いますか。(福)

『少女七竈と七人の可愛そうな大人』

『少女七竈と七人の可愛そうな大人』

角川文庫/540円
「たいへん遺憾ながら、美しく生まれてしまった」七竈をとりまく七人の可愛そうな大人。彼らの出現により、幼馴染雪風との関係にも変化が。少女と少年のやさしくも切ない物語。(福)

『推定少女』

『推定少女』

角川文庫/620円
"ぼく"こと巣籠カナは中学3年生。義父を殺したかもしれないので逃亡する。そして逃亡中に凍った少女を発見。2人は、結末は、どこに向かっているのか。エンディングが3本仕立てで素敵。(潮)

『製鉄天使』

『製鉄天使』

東京創元社/1,785円
赤緑豆小豆、職業中学生、兼、レディース「製鉄天使」の初代総長。総長だって友情、恋愛、進路に悩んだりする、けど、あたしらは止まらない。それがあたしらの生き方だから。(福)

『青年のための読書クラブ』

『青年のための読書クラブ』

新潮文庫/460円
聖マリアナ学園に残る読書クラブ誌。そこには学園の正史には残らない珍事件が当時の部員によって描かれている。学園創設時の秘密から、女学園で毎年選出される“王子”まで、桜庭一樹ワールド全開。(潮)

『赤×ピンク』

『赤×ピンク』

角川文庫/540円
非合法ガールファイトに夜毎くりだす、まゆ、ミーコ、皐月。生きることに不器用な彼女たちこそ、誰よりも壊れていて、誰よりも純だった。少女小説=桜庭一樹と言わしめる傑作。(福)

インタビューを終えて

福留 有樹菜

桜庭作品にはなぜ、父と娘、兄と妹といった血縁関係にある登場人物が多く出てくるのか。なぜ、複雑な名前が多いのか。なぜ、演劇のような台詞が多くあるのかetc。お聞きしたいことが山ほどあったのにもかかわらず、全部を聞く前にインタビューの時間が終わってしまいました。終わってしまうことが惜しい、砂糖菓子みたいに甘い一時間でした。これからも繊細かつパワフルな相反する魅力を兼ね備えた桜庭さんに付いていきます!

潮瀬 奈未

桜庭さんに会えるということで、頭も胸もいっぱいいっぱいでした。ゆっくり静かに話される姿が印象的で、真剣な表情とおちゃめな笑顔のギャップに、やられっぱなしでした。読書家で知られる桜庭さんは本だけではなくて、映画や歌舞伎、能など多方向にアンテナを張り巡らされているのだと思いました。私もアンテナを広げ伸ばしながら、「大学生の集中力だから読める今を大切に」という言葉の通り、あと半年の大学生活を読書に捧げようと思います!! 素敵な時間をありがとうございました。

Profile

桜庭一樹(さくらば・かずき)

桜庭一樹(さくらば・かずき)

■略歴
鳥取県出身。2000年デビュー。
03年開始の「GOSICK」シリーズ、04年の『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』が高い評価を受け、07年『赤朽葉家の伝説』で日本推理作家協会賞を受賞。08年『私の男』で直木賞を受賞。

桜庭一樹オフィシャルサイト

■主な著書
『GOSICKシリーズ』『推定少女』『赤×ピンク』『少女七竈と七人の可愛そうな大人』『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』(以上、角川文庫)、『道徳という名の少年』(角川書店)、『ブルースカイ』『私の男』『荒野 全3巻』『伏』(以上、文春文庫)、『傷痕』(講談社)、『少女には向かない職業』『赤朽葉家の伝説』(以上、創元推理文庫)、『製鉄天使』(東京創元社)、『青年のための読書クラブ』(新潮文庫)、『ファミリーポートレイト』(講談社文庫)など、ほか多数。また、エッセイに『少年になり、本を買うのだ』『お好みの本、入荷しました』『書店はタイムマシーン』(桜庭一樹読書日記シリーズ・東京創元社)、アンソロジー集に『午前零時』(新潮文庫)などがある。

桜庭一樹さんへのインタビューは、まだまだ続きがございます。
続きをご覧になられたい方は、大学生協 各書籍購買にて無料配布致しております。
「読書のいずみ」2012年12月発行NO.133にて、是非ご覧ください。