飛鳥井千砂さん(小説家) (写真右) VS
北岸靖子さん (奈良女子大学) (写真左)
北岸 今回インタビューをさせていただくことになって、飛鳥井さんの作品をあらためて読み返してびっくりしたんです。2年前に『タイニー・タイニー・ハッピー』(以下、『タニハピ』)を最初に読んだときには、ふわっとしたパステルカラーのイメージだったんですが、今回読み返してみたらとても深いなと感じたんです。『アシンメトリー』も同様でした。
飛鳥井 ありがとうございます。『タニハピ』も、実は出版よりだいぶ前に書いている作品です。デビュー作『はるがいったら』の次に書いた短編がこのなかの「ドッグイヤー」なんですね。これは出すまでに時間があったのでだいぶ書き直してはいるんですけど。
北岸 書き直しはどのように?
飛鳥井 文章の書き方がデビュー当時より変わっているので、そういう意味で直しを入れたり、設定を少し変えたところがあります。設定については、もともとメインとなる舞台がショッピングセンターではなく、登場人物のつながりだけで展開されていたんです。なので、ショッピングセンターひとつに舞台を集約してツリーの描写などを入れました。ストーリーの展開は変えていないので感情部分の直しはないです。
北岸 ドラマ化されそうな作品ですよね。
飛鳥井 してほしいですね。ツリーを私も見てみたい。楽しみです。
北岸 『アシンメトリー』を読まれた文芸評論家の北上次郎さんが「これがターニングポイントだったと振り返る作品になるのは必至」というようなことを仰っていますが、飛鳥井さんご自身はそのように感じたことは?
飛鳥井 仕事の量とか環境だったりとか、それから著者名で選んでくださるとか、そういう意味で明らかな違いが出たのは『タニハピ』発売後です。自分の筆としてはどうでしょう、あまり意識していないんです。人から言われて、初めて気づく程度なので。
北岸 そうなんですか。ご自身が「これはこういう試みでやろう」とかではなく?
飛鳥井 そうですね。作品ひとつひとつに、今度はこういうことをやってみたいとか、これが面白そうだからやってみようということはしますが、結果までは考えないし、そもそも狙って物事を進める性格ではないのかもしれないですね。そのときそのときで本当に自由にやらせてもらっています。
北岸 深くて厳しいけどやさしい作風というのは、飛鳥井さんのそういったスタンスから出来上がっているんでしょうね。 ところで、新作『砂に泳ぐ』を読ませていただきましたが、いままでの作風と違う印象を受けました。ひょっとしたらこれがターニングポイントと意識して書かれたのかなと思ったのですが、いかがでしょう。
飛鳥井 書き出す前や書いている時には、こう書こうとか、こんな作品にしようということはあまり考えないようにはしています。ターニングポイントといったものはあとから結果でついてくるものだと思うので。そうですね。これがターニングポイントに……なるかな? 10年の集大成という感じで編集者さんは書かせてくれたのだと思います。
集英社文庫/本体540円+税
人生はままならないことばかり。だけど他者に対する思いやりさえ忘れなければ、私たちはいつだって前を向いて歩いていけるんじゃないか。老犬・ハルは飼い主である姉弟だけでなく、私にも大切なことを教えてくれた。
ポプラ文庫/本体640円+税
学校の先生だって人間だ。人間関係に悩んだり、他人の噂話をしたり、生徒の選り好みをしたりする。でも、生きている以上逃げてばかりもいられない。誰かと真正面から向き合うことの大変さと大切さを教わった。
集英社文庫/本体600円+税
時よ止まれと念じたって、生きている限り明日は来る。生きることはみっともなくあがくこと。あがいていれば、その先に光が見えることだってあるんじゃないか。読み終えて本を閉じた時、希望の光が見えた。
角川文庫/本体667円+税
アシンメトリー(非対称)な男女四人の恋愛模様を描いた長編小説。恋人や夫婦だからといって、相手の希望が自分と同じだとは限らない。誰かを本当に愛するとはどういうことか考えさせられた。
祥伝社文庫/本体600円+税
人は誰も皆、悩みを抱えて生きている。どれほど目を背けていたくても、生きていく以上、いずれは己の悩みと向き合わなくちゃいけない。しっかりしろ、と背中を叩かれた気分になった。
角川文庫/本体629円+税
郊外の大型ショッピングセンターを舞台に、恋や仕事に葛藤する八人の男女を描いた連作短編集。人生は想定外のことばかりだけれど、小さな幸せを大切にしていたらいつか大きな幸せになるのかも。
集英社文庫/本体460円+税
広大な海は時に優しく、時に恐ろしい。人間だって、それは同じなんじゃないか。海辺の街を舞台に、人生に迷い立ち止まる六組の男女を描いた短編集。彼らは次にどんな一歩を踏み出すのか、読み始めると止まらなくなる。
ポプラ社/本体1,400円+税
同じ屋根の下に暮らしていても、家族には言えない秘密がある。考えてみれば当たり前のことだけど、忘れがちなこと。家族の秘密を知った時、あなたはどんな反応をするだろうか。家族について考えさせられた。
双葉社/本体1,500円+税
二十代というのは、恋に仕事に友情にと悩み多き時期だ。何かを選ぶことが何かを捨てることに繋がることもあるだろう。その時どんな選択をするかで、きっとその人の一生が決まる。
角川書店/本体1,500円+税
大学卒業後から30代前半にかけてって、ひょっとしたら人生で一番大変な時期なのかもしれない。でも、どんな時もしっかり前を向いていればきっと大丈夫。力強く励まされた気がした。
北岸 『砂に泳ぐ』を読み終えてからタイトルをあらためて見たときに、ひょっとして、このタイトルは飛鳥井さんのお名前からとったのではないかと思ったんですが。
飛鳥井 実はあとづけなんです。この作品では、主人公が生まれ育った街で閉塞感を持ちながら過ごしていて、そこから上京して自分のやりたいことを見つけていく、というその過程を書いていきました。もともとストーリーは最初に浮かんでいましたが、彼女が生まれ育ったと想定される街を探して行ってみたら、たまたまその街に砂丘があったんですね。それが書こうとしていた心情にリンクする感じがしたので、物語に砂丘のシーンを入れようと思ったんです。結果、その砂丘がポイントになって、しかも私の名前の「砂」が入っているので、途中からすごく思い入れが強くなっていった感じはありますね。
北岸 年齢もおなじくらいですし、主人公の紗耶加の名前が飛鳥井さんのお名前のアナグラムになっていたりするんじゃないかと思ったんですが、違っていましたね(笑)。
飛鳥井 そうですね。でも自分自身と思われる可能性もあるし、それでもいいかなと思って書いたかもしれません。
北岸 物語の中では場所がとてもリアルに描かれていますね。砂丘のほかカフェなどにモデルとなった場所はあるのですか?
飛鳥井 カフェや紗耶香が上京後に過ごした街はなんとなくイメージする場所を決めて編集者さんと回ったりして、そこを参考に描いています。
北岸 どこもすごくリアリティがあって、情景が浮かんできました。実際にモデルとなったところがあれば行ってみたいなと思ったほどです。場所は内緒ですか?
飛鳥井 どうでしょうね。たとえば砂丘は限定されてしまいますよね。鳥取砂丘ではないもうひとつの場所なんですけど……ぜひ行ってみてください、小旅行で。私は活字から情景を思い浮かべてもらいたいと思っているので、すごくうれしいですね。
北岸 飛鳥井さんの作品はみな頭の中で映像が浮かんできます。『タニハピ』に出てくるショッピングモールも頭の中で勝手に映像を重ねて――。
飛鳥井 全ての作品に言えることですが、私はストーリーを考えるときにはまず頭の中で映像を動かしてみて、それを文章化していきます。そういう意味では読者の方にも絵を浮かべてもらえやすいのかもしれませんね。
北岸 心情の描写も真に迫っていてすごいなと思います。紗耶加が上京したときの心情描写は、飛鳥井さんご自身の経験に基づいているのかなぁと思ったりしました。
飛鳥井 私の場合は結婚をきっかけに関東に来たので、ひとりではなかったんです。だから紗耶加と多少違うところもありますが、田舎から東京に出て来たときの、嬉しいけど自分がこのなかにいるという「現実味のない感じ」から「現実を実感していく」という心の動きは無意識に出たと思います。
北岸 登場人物の職業もリアルで、『砂に泳ぐ』では携帯ショップ、サポートセンター、そしてカメラマンの助手という3つの職業に就いていきます。この3つの職業は実際に経験されたのですか?
飛鳥井 この中の2つは経験しています。写真スタジオだけは全く経験がなかったので、今回はカメラマンの方に取材をさせていただきました。
北岸 飛鳥井さんのブログにはよく写真があがっているので、ひょっとしたらご自身が写真がお好きだからカメラマンという職業をとりあげたのかなと思いました。
飛鳥井 趣味で写真を撮るので、写真を撮ることが自分の気持ちとリンクするということなら書けるかもしれないと思ったんですね。彼女の心の成長を描写する上で何か表現する仕事に就かせたかったので、カメラマンという職業にしました。
北岸 飛鳥井さんが小説を書かれるときには、やはりご自身の感情が作品とリンクしたりするのですか?
飛鳥井 『タニハピ』はほとんどないですね、夫婦喧嘩のところとかは多少あるかな(笑)。『砂に泳ぐ』は結構あります。
北岸 『砂に泳ぐ』ではメッセージ性の強い言葉が結構ちりばめられているように感じました。
飛鳥井 あまり意識はしていませんでしたが、そう言われるとそうなのかもしれませんね。いままで私は広い意味で面白いものを書いて読者には自由に感じてもらえればいいと思っていましたが、今回は自分が本当に書きたいものを書いたという意識はありました。それでかもしれませんね。
北岸 エンターテインメント性よりも飛鳥井さんのメッセージを発信する、という感じですか? 飛鳥井 そうですね、メッセージだけじゃなく「怒り」といったものもあります。それは正規雇用じゃない職業に対しての社会の扱われ方や恋愛する男性との歪んでいく関係性だとか、そういったことに対する「怒り」かな。
北岸 飛鳥井さんの小説は、どの作品でも実際にいそうな人物がとてもよく描かれているように思います。モデルはいるのですか?
飛鳥井 直接的なモデルというわけではありませんが、友達との話題に上がる人や、自分と考え方が違う人など、印象に残る人を参考に書いたりはします。自分と違うタイプの人にとても興味があるので、書きたいとよく思いますね。
北岸 まったく正反対の性格をもつ人物が出てきても混ざり合うことなく完全に独立しているので、すごいなと思います。しかも、男性と女性で上手に書き分けていますよね。
飛鳥井 私は実は男性を書くほうが好きなんですよ。書くのも速いんです。
北岸 そうなんですか?
飛鳥井 男性は推測でしかないので描いている男性像と実態は違うかもしれませんが、私の分析では男性のほうが矛盾が少ない気がするんです。『砂に泳ぐ』では紗耶加が圭介を嫌だと思いながらも、どこかでまだ受け入れたいと思っている気持ちを書いています。そういう気持ちの矛盾と葛藤することは誰にもあると思うんですが、比較してみると、男性のほうがそういうことは少ない気がするんですね。女性は「あの人が嫌」と思っても仲良くしていたりしますよね。それはリアルなんですが、一人称で書くとぶれているようにも見えなくもない。なので、男性のほうが軸が定まりやすいですね。
北岸 『アシンメトリー』も男性女性の視点が入れ替わりますけど、みんな悩みを持っていて、それぞれの考え方が違うんですよね。個性があって。 あと、『鏡よ、鏡』のように、性格が正反対のふたりが仲良くなるという話が多いように思います。現実にはあまりない気もしますが、あれは作品に深みを持たせるために意図的に作り上げているのですか。
飛鳥井 自分のことを全肯定しているとちょっとイタい人になってしまうと思うし、逆に全否定しているのも、それはそれで悲しい。人って自分を肯定してあげたい部分とコンプレックスに思っている部分を両方抱えています。そのうえで自分とは違うものを持っている人に興味を持つという傾向が本能的にあると私は感じています。そういう意味では『鏡よ、鏡』に関してはわざとコントラストを強めにつけています。そういう感じはこれからも同様に書いていくと思いますね。
北岸 どの作品も光が見えてくる感じで結末を迎えるのは、「救い」を登場人物に与えようという気持ちがあるのでしょうか。
飛鳥井 結婚したら幸せになりましたとか、いい会社に入りましたというようなわかりやすいハッピーエンドには興味はなくて、主人公が今までと違う感じ方ができるようになったという心の成長が、私の考えるハッピーエンドなんですね。なので、そういう書き方になっているのかもしれないですね。その先はあまり興味がないんですよ。
北岸 え? 登場人物の行く先とかに興味がないんですか?
飛鳥井 ないですね(笑)。一歩進めたのを見届けたら、もう十分なんです。
(収録日:2014年9月4日)
■略歴
1979年愛知県出身。 2005年『はるがいったら』で第18回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2011年刊行の文庫『タイニー・タイニー・ハッピー』が20万部のベストセラーとなる。
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■著書 2014年9月に角川書店から『砂に泳ぐ』が刊行。その他の著書に、『女の子は、明日も。』(幻冬舎)、『鏡よ、鏡』(双葉社)、『UNTITLED』(ポプラ社)、『海を見に行こう』(集英社文庫)、『タイニー・タイニー・ハッピー』(角川文庫)、『チョコレートの町』(双葉文庫)、『君は素知らぬ顔で』(祥伝社文庫)、『アシンメトリー』(角川文庫)、『サムシングブルー』(集英社文庫)、『学校のセンセイ』(ポプラ文庫)、『はるがいったら』(集英社文庫)などがある。