美味しい物語、熟成しました

大沼紀子さん(小説家)
VS
熊崎一麦さん(京都大学法学部1回)
河合さやかさん(名古屋大学文学部4年)
1.「まよパン」いよいよ大詰め!
- 河合
- 新刊『真夜中のパン屋さん 午前4時の共犯者』を読ませていただきました。今回は壮大などんでん返しが仕組まれていて、すごいボリュームでしたね。ここに詰め込まれた希実にまつわる構想は、「真夜中のパン屋さん」シリーズ(以下、「まよパン」)を書き始めたときから決めていたことなのでしょうか。
- 大沼
- ざっくりとしたイメージはできていたのですが、書いてみたら予想以上に込み入った設定で、こんなに厚い本になってしまいました(笑)。
- 河合
- 最初から書こうと決めていた部分はどんなところですか。
- 大沼
- 決めていたのは、母親のことと、それに対して希実がどう思うかというところ。1巻(『真夜中のパン屋さん 午前0時のレシピ』)から順に進んでいくなかで、希実の周りに人が集まり、その人たちに彼女が守られるという状況が徐々に出来上がっていくということをテーマに置いて書いていました。
- 河合
- 新刊を最後まで読み終えたとき、とてもほっとしました。途中、他の巻と比べて不穏なところが多かったので。
- 大沼
- すみません、不穏にさせるのが好きなので(笑)。でも全巻とも最後は救いのない話にならないように、いいオチで終わらせたいと思って書いています。
- 河合
- ちなみに私は「まよパン」のなかでは暮林さんが大好きなんですが、大沼さんはどのキャラクターがお気に入りですか。
- 大沼
- 脚本家の斑目さんは書いていて楽ですね。使い勝手がいいと言ったらアレですけど(笑)、彼はなんでこんなことまで知っているんだろうって感心しながら書いています。
- 熊崎
- 「まよパン」には本当に魅力的なキャラクターがいっぱい出てきますよね。過去に大沼さんが応えられたインタビュー記事で、大沼さんご自身の経験からキャラクターを作り出していらっしゃると読んだことがあるのですが。
- 大沼
- そうですね。知り合いの脚本家を参考に斑目さんを書いたり、担当編集さんが地下鉄で見たオカマのホームレスが素敵だったという話を聞いて、それをヒントにおかまのソフィアさんができたりしています。
- 熊崎
- 身の回りのことから着想を得ることもあるんですね。
- 大沼
- 前半はわりと、そうですね。後半はそうでもなくなっちゃったんですけど。
- 河合
- ほかにもモデルのいるキャラクターは?
- 大沼
- そこまで明確にはいないですね。自分としてはそれほど変な人を作っているつもりはないんですよ。特に前半ではキャラクターに特徴をつけようということは全然考えていなかったのですが、本を出してから読者の方たちに「変わったキャラが多い」と指摘されて、そこではじめて気づいたくらいで……。
- 河合
- 大沼さんとしては自然に書いているつもりなのに、いつの間にか1人1人が際立っていたということなんですね。
- 大沼
- そんな感じです。ああ、変な人たちだったんだなって、後々気づくことが多かったですね(笑)。
- 熊崎
- 実は僕は大沼さんと同郷なんです。
- 大沼
- そうですか! 飛騨高山ですね。
- 熊崎
- はい。それで思ったのですが、暮林さんのあの妙な関西弁は飛騨の方言をイメージしていませんか。
- 大沼
- どこだかわからないかなと思ってあんな感じにしたんですけど、やはり地元の方にはわかってしまうのですね(笑)。少しはグレーにしているんですよ。東京の人が読んだら関西の言葉に見えるかな、逆に関西の人が読んだら「いやこんな関西ではない」って感じるかなと考えながら、曖昧な表現にしています。
- 熊崎
- でもあの方言のおかげで、暮林さんの温かい人柄が出ているなと思いました。
- 大沼
- 柔らかくなりますよね。
- 熊崎
- 自分の喋っている言葉を客観視してしまったりもしますが(笑)。
- 河合
- 私は暮林さんの言葉がどこの方言なのかさっぱりわかりませんでしたが、険悪なムードの時に暮林さんが入ってくると、ふわりと雰囲気が変わるんですね。小説なのに音が聞こえるように……。
飛騨といえば、『空ちゃんの幸せな食卓』の「ゆくとし くるとし」、「僕らのパレード」も岐阜が舞台ですよね。「ゆくとし くるとし」に出てくる神社は、もしかして大沼さんの故郷、住んでいたおうちの近くにあったのですか。
- 大沼
- はい。まさに家の近くにあった八幡神社です。
- 河合
- 「まよパン」でも同じように小説のモデルになったパン屋さんなどはあるのでしょうか。
- 大沼
- 「まよパン」は、都内の、三軒茶屋の雰囲気をそのまま描いています。参考にしたパン屋も何軒かあって、それを足したり割ったりしながらイメージを作っていきました。今は閉めてしまったと思うのですが祐天寺に真夜中に営業していたパン屋さんがあって、そういうモチーフを少しずつ織り込んでいるんですよ。三茶や祐天寺は夜も明るい街ですから、夜中に営業していても違和感がありませんでしたね。でも書いてみたら、読者の方たちには意外性があったようで。
- 河合
- 意外な感じがしました。
- 大沼
- キャラも設定も自分では奇をてらったわけではなかったんですが、結果的に少し変わった印象になってしまったようです(笑)。
- 河合
- ブランジェリークレバヤシは午前5時までの営業ですが、今回で「まよパン」は“午前4時"まで来ました。これでシリーズが終わってしまったら寂しいなぁと思っているんですけど、この後は続きますか。
- 大沼
- はい。あと1冊だけは出せたらなと思っています。閉店時間の5時で綺麗に終われたらなと思っています。
- 熊崎
- 寂しいですね。
- 河合
- スピンオフをたくさん書いて欲しいです。
- 大沼
- ありがとうございます! でも実は、次でもうスピンオフになる予定でして……。
- 河合
- 希実ちゃんの大きな話が終わったから?
- 大沼
- そうですね。あとはスピンオフで「みんなの5時」を書けたらと思っています。
- 河合
- 楽しみですね。読者もみんな楽しみにしていると思います。
インタビュアーによる 大沼紀子さん 著書紹介

『真夜中のパン屋さん午前4時の共犯者』
ポプラ文庫/本体700円+税
確執を経て母と向き合おうとする希実だが、母と離婚した父親のお家騒動に巻き込まれてしまう。
希実の出生の秘密とは。「まよパン」シリーズ、最新刊!(熊)

『真夜中のパン屋さん午前3時の眠り姫』
ポプラ文庫/本体640円+税
店長暮林のいないパン屋さん。
希実の従姉妹、沙耶が転がり込んでくるも“訳アリ"じゃないわけがない!
希実は美和子との失った記憶を取り戻すことができるのか。(熊)

『真夜中のパン屋さん午前2時の転校生』
ポプラ文庫/本体640円+税
突然の一風変わった転校生はあの人の子供。
親子のすれ違いはまたまたブランジェリークレバヤシを巻き込んで。
「平行線って交わると思います?」(熊)

『真夜中のパン屋さん午前1時の恋泥棒』
ポプラ文庫/本体640円+税
真夜中のパン屋さんに現れた次の珍客は、なんと美人で妖しい恋泥棒!
イケメンパン職人弘基に隠された過去とは……?
甘くてほろ苦い、チョコレートのような第二作。(河)

『真夜中のパン屋さん午前0時のレシピ』
ポプラ文庫/本体620円+税
真夜中にだけオープンする、都会の片隅の不思議なパン屋さん。
ワケありだらけの人々が集うこの店で始まる物語の一作目。
「うまいパンが、全人類に行き渡りますように、やな」(河)

『てのひらの父』
ポプラ文庫/本体640円+税
成人女性三人の住む下宿に臨時管理人のトモミさんがやってきた。
少しお節介な管理人に、三人は少しずつ心を開いてゆく。
タイトルに込められた思いを考えたい、一冊。(熊)

『空ちゃんの幸せな食卓』
ポプラ文庫/本体620円+税
血の繋がらない複雑な家族の3つの物語。
まるで母親らしくない義母とのあったかい食卓。
家に帰ったらオカマがいた。
こどもにしかみえないのかもしれないふしぎなせかい。(河)

『ばら色タイムカプセル』
ポプラ文庫/本体660円+税
13歳にして白髪の家出少女が飛び込んだのは、女性限定の老人ホームだった。
ほんわりあたたかな物語かと思いきや、巧妙に設定されたミステリー。
プロ乙女たちの生き様に注目。(河)
2. パンに秘めた思い
- 熊崎
- 「まよパン」はパンの描写が印象的です。パンについての幅広い知識が盛り込まれていて、大沼さんは本当にパンが好きなんだなぁと感じました。
- 河合
- どうしてパン屋さんを舞台にしようと思ったのですか。
- 大沼
- 実は、最初いただいたオファーは「レストランのお話を」ということだったんですが、私はレストランではない設定にしてみたかったんですね。それで夜中に小説の構想を練ろうと落ち着いて考えられるお店を探していたんです。でも、その時間帯はバーくらいしか開いていなくて。パン屋のイートインコーナーがあれば入るのにと思った、そこが着想のきっかけだったと思います。
- 熊崎
- 大沼さんの欲求、「あったらいいな」が形になったということですね。
- 大沼
- そうですね。もともとパンは好きでよく食べていました。学校にお弁当を持っていかなければいけない時も、うちは親が共働きだったということもあってパン屋さんでパンを買って登校するということがちょくちょくありましたしね。
- 熊崎
- 学生時代の体験も生きているんですね。
- 河合
- ちなみにに大沼さんの好きなパンはなんですか。
- 大沼
- いちばん好きなのはバケット系ですね。硬いのが好きなので。ずっと噛んでいたい、という感じです(笑)。
- 熊崎
- 僕の家はご飯党なのでパンを食べることが少なかったんですけど、「まよパン」を読んだらパン屋に行ってみたいと思って、買いに行ってしまいました。
- 河合
- 読んでいると本当にパンが食べたくなります。
- 大沼
- みんなで夜中にパンを食べるっていいですよね。パンはどこででも食べられるので好きだったんだと思います。
- 河合
- 1巻で暮林さんが言った「毎日食べるパンだから、それで笑えたらお得だし、平等な食べ物だからどこででも食べられる」というセリフがすごく好きです。もともと美和子さんが言っていたことですが。
- 大沼
- 多分それは、自分自身がお弁当を持っていかなかったという苦い思い出もあったんだと思います。お弁当って、それぞれ家のカラーが出るじゃないですか。でもパンを持っていけば、そういうことをあまり感じずに済んだんですね。
- 河合
- 希実ちゃんはフルーツサンド好きですが、ほかの登場人物に好きなパンをイメージして設定することはありましたか。
- 大沼
- フルーツサンドは私も好きだったからです。好きなパンのイメージが出てくるのは、希実ちゃんとソフィアさんぐらいですね。ソフィアさんはクロワッサンが好きそうとか。ほかの人は設定しなくてもなんでも食べそうな感じがしませんか。
- 河合
- ソフィアさんのクロワッサンはすごく納得します。
- 熊崎
- 目に浮かびますね。
- 大沼
- 結構大きな口を開けて食べていそうですよね。
- 河合
- 斑目さんは何でも食べそうですよね。新製品が出たら必ず食べてみるとか。
- 大沼
- そうですね、脚本家はきっとそういう人たちなんじゃないかと思います。
※大沼紀子さんへのインタビューは、まだまだ続きがございます。 続きをご覧になられたい方は、大学生協 各書籍購買にて無料配布致しております『読書のいずみ』2016年9月発行NO.148にて、是非ご覧ください。
大沼紀子さん サイン本を5名にプレゼント

大沼紀子さんのお話はいかがでしたか?
大沼さんの著書『真夜中のパン屋さん 午前4時の共犯者』(ポプラ文庫)のサイン本を5名の方にプレゼントします。本誌綴込みハガキに感想とプレゼント応募欄への必要事項をご記入の上、本誌から切り離して編集部へお送りください。
こちらからも応募ができます。
応募は2016年10月31日消印まで有効。
当選の発表は賞品の発送をもってかえさせていただきます。
Profile

■大沼紀子(おおぬま・のりこ)
■略歴
1975 年、岐阜県生まれ。脚本として活躍する傍ら、2005 年に「ゆくとし くるとし」で第9回坊っちゃん文学賞を受賞し、小説家としてデビュー。2011 年に刊行した『真夜中のパンやさん 午前0時のレシピ』が注目を集める。
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■その他の著書
『ばら色タイムカプセル』『てのひらの父』『空ちゃんの幸せな食卓』『真夜中のパン屋さん 午前1時の恋泥棒』『真夜中のパン屋さん 午前2時の転校生』『真夜中のパン屋さん 午前3時の眠り姫』、最新刊は「まよパン」シリーズ5作目となる『真夜中のパン屋さん 午前4時の共犯者』(いずれもポプラ社)。