読書のいずみ「座・対談」

まだまだ続く、謎物語

綾辻行人さん(小説家)
 VS 大川 陸さん(北海道大学農学部4年)

1. 30年目の新刊は、異形のミステリ作品集

大川
まずは、2月新刊の『人間じゃない』についてお話を伺いたいと思います。さっそく読ませていただきましたが、どれもすごく面白かったです。
1つ目の「赤いマント」はホワイダニット(whydunit)で、綾辻さんの作品ではすごく珍しいなと思ったのですが、ホワイダニットは、ほかの作品でも書かれていましたか。
綾辻
ホワイダニットはわりと長編のなかに織り込んでいるんですよ。殺人の動機という意味ではなくて、「なぜこんな変な行為をしたのか」「なぜこんな妙な状況になったのか」というふうなホワイ(why)。そこのところで良いアイデアが見つかると書けるよね、という話を有栖川有栖さんとしたことがあります。ただ、短編ではこういう普通のミステリはほとんど書いていないので、「赤いマント」が珍しい作品であることは確かです。
大川
やはり推理小説では登場人物をゲームの駒的に描くことがあるので、ホワイは難しいということで珍しいのかなと思ったのですが。
綾辻
いやいや、だからそういうわけではなくて。たとえば、『迷路館の殺人』の「なぜ首を切ったか」という謎、あれもホワイでしょう。『時計館の殺人』の「なぜ時計館を建てたのか」という謎も……ね?
大川
今回は短編集ですが、短編と長編との捉え方や書き方の違いはありますか。
綾辻
僕は短編、実は書くのが苦手なんですよ。デビュー当初から長編の書き下ろしが主体で短編を書く機会が少なかったせいもあって、いまだに案配がよくわからないんです。いろいろと仕掛けを詰め込んでしまうので、どうしても長編になってしまう。
大川
物語のなかに入れたいものを入れていくと長編になってしまうのですね。
綾辻
「赤いマント」を書いたのは 1993 年、30 代前半のころで、大学の社会学研究室を舞台に連作短編を書いてみようかという思惑も当初はあったんです。だけど結局、この1作だけで終わってしまったの。
大川
今後、連作短編を書く予定はないのですか?
綾辻
当面はないですね。
大川
「洗礼」というお話も印象深かったです。これは『どんどん橋、落ちた』の続編のような位置づけとなっていますが、このなかで綾辻さんが語る言葉の端々から、綾辻さんご自身の、本格ミステリを書く意欲が少し衰退しているように感じたのですが。
綾辻
「洗礼」を書いたのは2006年。『Another』の連載を始めてまもない時期でした。作中でも述べているようにいろいろなことがひと区切りついて、次は『Another』で本格的な学園ホラーを、と意気込んでいたころ、「容疑者 X」論争というのがあったんです。知っていますか?
大川
ええ。
綾辻
東野圭吾さんの『容疑者 X の献身』を巡って、本格ミステリ界隈で局地的な論争が起こって。その近くに僕はいたんですが、あのような議論もジャンルにとって必要なことだとは思いつつも、自分は発言したくない、「作家は実作で示せばいい」というスタンスで、やきもきしながらも距離を置いて見ていました。
大川
作品で語れ、ということですね。
綾辻
ああいう論争が起こるとだいたい「本格の危機」が叫ばれる。危機意識を持つのは大事だけれども、そういう人間ばかりでも良くないだろうと。「何がどうなっても、本格が好きで書きつづける人は残るんだからいいんじゃない?」という気持ちでいたんです。作中でも、それをそのまま書いてますね。
大川
『人間じゃない』のなかで、やはりいちばん印象深いのは「洗礼」なのでしょうか。
綾辻
そうですね。とてもお世話になった編集者が急逝された直後に書いた作品だったので、どうしても当時のことが思い出されてしまう。これがこのタイミングで単行本に収録されるというのは、やはり感慨深いです。
大川
この「洗礼」には、「YZ の悲劇」という作中作が出てきます。
綾辻
YZ……〈 Yellow Zombiesイエローゾンビ 〉ですね。
大川
イエローゾンビが現代の本格ミステリの状況とリンクする、と本文のなかにあったのですが、あれはどういう意味でしょうか。
綾辻
さっき言った論争関係の話です。最初は確か、二階堂黎人さんが『容疑者 X の献身』の評価に対して物言いをつけて、そこに笠井潔さんが参戦して……という流れだったかな。詳しいところは当時の資料を当たってみてください。そんななかで、「いまや本格ミステリはゾンビみたいなもの」という発言があったんですね。それで、登場するロックバンドの名前はイエローゾンビにしてしまえと(笑)。だったらいっそ、作中作の部分は『ゾンビ』をはじめとするホラー映画のタイトルをちりばめたパロディ風のものにしようか、という具合にディテールが決まっていった。この辺のお遊びは、ホラー映画好きじゃない人にはよくわからないだろうと思います。
大川
この映画は何だろう、って思うところもありました。
綾辻
そうだよねえ(笑)。
大川
「蒼白い女」は、オチがなければ “日常の謎" っぽい作品だなと感じたのですが、“日常の謎" は書かれたことはあるのですか。
綾辻
ない、ですね。『深泥丘奇談』の連作には “日常の謎" 的なテーマの作品もあるんだけど(笑)、あれは基本的には “投げっぱなし" の怪談だから話が違いますね。「蒼白い女」も怪談なので、ミステリ的な “日常の謎" はべつに意識していません。
大川
短いなかでストンと落ちたので、爽快で気持ちいいなと思いました。
綾辻
これは読売新聞に寄稿した掌編だったんです。400 字詰め原稿用紙9枚、という注文で。プロになってからは書いた経験のない長さだったので、難しかったですね。単行本収録に合わせて少し加筆しました。ラストで、ページをめくってすぐの行にメールのメッセージが来るように調整したりも。
大川
なるほど。工夫されているのですね。そして最後の表題作「人間じゃない──B〇四号室の患者──」は、このなかでいちばん気に入っているお話です。
綾辻
ありがとうございます。去年『メフィスト』に発表したばかりの最新作です。
大川

特にここから先、“人間じゃない" もののほうが人間の能力を上回っていったり相対的に多くなっていく、という暗示があったりして面白く読みました。このお話と、それから2つ目に収録されている「崩壊の前日」に「由伊」という女性が出てきますが、何か思い入れのある名前なのでしょうか。
綾辻
初恋の人の名前だった、というようなエピソードは残念ながら、ないんです。『眼球綺譚』に収録されている短編を書いたとき、何となく浮かんで決めた名前で。
大川
縁もゆかりもない名前だったのですね。
綾辻
知り合いにも「ゆいちゃん」はひとりもいなかったし。だから、ほんとに音の響きと字面だけで決めた感じ。で、ホラー系の小説には必ずこの名前を出そうか、と思いついたんです。この女性が登場したらホラー系ですよ、というサインみたいなつもりで使っています。名前は同じでも同一人物ではないから、同一人物だと思って読むと混乱しますが。ただ、「崩壊の前日」に出てくる由伊と『眼球綺譚』の「バースデー・プレゼント」に出てくる由伊、このふたりだけは例外的に同一人物です。

インタビュアーによる 綾辻行人さん 著書紹介

『表紙』

『人間じゃない 綾辻行人未収録作品集』

講談社/本体 1,550 円 + 税

普段短編を書かれない綾辻さんの未収録短編の詰まった貴重な作品。急展開なオチにドキリ。他作とのリンクに思わずにやり。綾辻ファン必読の一冊です。

『表紙』

『どんどん橋、落ちた』

講談社文庫/本体 780 円 + 税

ミステリ作家・綾辻行人に持ちこまれた “犯人当て"ミステリを君は解けるか? 手掛かりをひとつひとつ丁寧に分析すれば、必ず犯人に到達できる短編集。私は読者に挑戦する!

『表紙』

『十角館の殺人』

講談社文庫/本体 750 円 + 税

綾辻行人は、そして新本格ミステリはここから始まった。学生たちを襲う孤島の館での連続殺人には衝撃の結末が。30 年の年月がたっても色褪せないデビュー作。

『表紙』

『水車館の殺人』

講談社文庫/本体 730 円 + 税

仮面の当主と孤独な美少女が住む館、水車館。1年前の嵐の夜を悪夢に変えた不可解な惨劇。密室から消失した男の謎。そして画家・藤沼一成の遺作「幻影群像」を巡る恐るべき秘密。館シリーズ第2弾。

『表紙』

『人形館の殺人』

講談社文庫/本体 750 円 + 税

顔無しのマネキンで溢れた「人形館」。街では通り魔殺人が続発し、主人公にも姿なき脅迫者の影が迫る。果たして探偵は彼を守ることができるのか。シリーズの第4作でこの手を使ってくるとは!

『表紙』

『時計館の殺人 上・下』

講談社文庫/本体(各)690 円 + 税

時計だらけの館で起きた連続殺人。被害者は何故死ななければならなかったのか。館の主が館に込めた祈りが明らかになるとき、その理由が驚愕のラストと共に明かされる。

『表紙』

『霧越邸殺人事件 上・下』

角川文庫/本体(上)520 円・(下)560 円 + 税

猛吹雪の中、8人の劇団員が辿り着いた洋館「霧越邸」。彼らを待ち受けていたのは豪奢な館に住む謎めいた住人達と、連続殺人だった。美しく、どこまでも美しく描かれたミステリ。

『表紙』

『深泥丘奇談』

角川文庫/本体 600 円 + 税

病気がちの「私」が体験する、夢か真か曖昧模糊とした世界・京都を舞台にした幻想的な雰囲気漂う怪談連作短編。ゆるくて、ほっとする、そして怖い。どこか温かみのあるホラー。

『表紙』

『Another 上・下』

角川文庫/本体(各)680 円 + 税

中学に転校したての榊原恒一と不思議な存在感を放つ美少女ミサキ・メイ。ある日、突然クラス委員長が凄惨な死を遂げる。綾辻作品の中で最も読みやすいと評判のメディア化もされた学園ホラー。

『表紙』

『眼球綺譚』

角川文庫/本体 560 円 + 税

綾辻行人の得意分野サスペンス、ホラー、ミステリの三要素全てが入り混じった、綾辻エッセンスの詰まった短編集。怪奇的で、幻想的で、繊細で、とてもとても美しい七つの怪談物語。

『表紙』

『緋色の囁き』

講談社文庫/本体 730 円 + 税

「私は魔女なの」そう言って女学生は焼死した。学校が恐怖と狂乱に包まれる中、冴子は怯える。殺人鬼は自分なのではないか。心の闇や記憶の欠落に潜む恐怖を描くサイコサスペンス。

『表紙』

『アヤツジ・ユキト 2007 ー 2013』

講談社/本体 3,000 円 + 税

2007 年から 2013 年に発表された綾辻行人の小説以外の文章が全て収録された雑文集。著者による詳細な脚注も付けられた回顧録はファン必読です。

2. 人生のターニングポイント

大川
綾辻さんは京都大学ご出身ですが、どのような学生生活を送られていましたか。
綾辻
大川君と同じ歳のころは、バイクに乗って、バンドを組んで麻雀を打ってミステリを書いていた……まあ、リア充といえばリア充ですね(笑)。インターネットも携帯電話もない、電話なんて呼び出しの時代だった。
大川
交換手がいる時代ですか。
綾辻
そこまで昔じゃないです(笑)。電話はまだダイヤル式で、部屋に自分の電話を引いている学生は少なくて、寮や下宿、アパートにある共用の電話にかけて、「○○号室の▲▲さんをお願いします」と言って呼び出してもらう、という。
大川
電話線を切られたら、どことも連絡がとれないのですね。
綾辻
当然そういうことになりますね。携帯電話はまだ影も形もなかったので。
大川
ミステリを書きやすい時代だったんですね。
綾辻
本当にその時代は書きやすくて現代は書きにくいか、という問題はさておき。人とつながっている時間が現代よりも圧倒的に少なかったなあ、と痛感します。電話で喋ることもあったけれど、ちゃんとコミュニケーションを取ろうと思ったら「会って話す」のが基本だった。部屋にいるときには誰ともつながっていない。ひとりで過ごす時間がすごく多くて、だから本を読むとか原稿を書くとか、ギターを弾くとか考え事をするとか、そういうことしかできないわけ。これはある意味、とても贅沢な時間でしたね。現代はネットや携帯でつながりっぱなしで、そういう孤独な時間が少なすぎます。
大川
そうですね。コミュニケーションが簡単に取れてしまいますね。
綾辻

僕も Twitter をやっているから、その醍醐味もわかります。でも、うっかりすると変に時間を取られてしまうので、昔と比べて効率的になっているのかどうか、疑問に思うことがありますね。──とまあ、そんな時代に京大にいたわけです。真面目な学生ではなかったなあ。当時の大学生はなべて、いまよりもずっと不真面目でね、出席を採らない先生も多かったから、講義にもあまり出なくて。そのうち大学にもあまり行かなくなって、たまに行って学部の前で友だちと出会ったら、そのまま雀荘へ直行(笑)……というような日々を、3年生くらいまで続けていましたね。
大川
綾辻さんは博士課程まで進まれていますよね。なぜそこまで進もうと思われたのですか。
綾辻
4年生の春に体を壊してしまって、早々に就職活動をあきらめて留年を決めたんですよ。当初は、次の年には卒業して普通に就職しようと思っていたんですが、留年した年に『十角館の殺人』のプロトタイプを書いて乱歩賞に応募したわけ。それは二次予選で落ちてしまったんだけど、そのタイミングで、当時の教育社会学研究室の助手に「大学院に来ない?」と誘われたんです。「君は才能がありそうだから」って、まさに「赤いマント」に出てくる架場さんのようにね。それに乗せられて急遽、猛勉強を始めて院試を受けたんです。大学受験のときより、あのときのほうが何倍も勉強した気がします(笑)。『十角館の殺人』でデビューしたのは博士課程に進んで2年目の秋。作家で食べていけなかったら、大学に残って社会学の研究者になるしかないな、という考えはあって。そこは慎重に構えていましたね。
大川
綾辻さんのターニングポイントはどのようなときでしたか。やはりデビューしたときですか。
綾辻
デビューはもちろん大事件でしたが、ターニングポイントはその前にありましたね。大学3年までは僕、さっきもお話ししたようにダメダメな学生だったんですよ。ミステリ作家になりたいとは思っていたけれど、それをめざして具体的に動くこともなくて。ところが留年して一念発起して、『十角館の殺人』のプロトタイプを乱歩賞に投じて、大学院進学を決断して、そんな流れのなかで島田荘司さんに出会った。あれがターニングポイントでしたね。そこからいろいろと劇的な展開があって。
大川
最初はミステリ作家としてデビューされましたが、のちにホラーへもジャンルを広げていらっしゃいますよね。どういう影響でホラーを書こうと思ったのですか。
綾辻
もともと好きだったから。そもそも推理小説を書き始めたのは小学校6年生のときで、それは江戸川乱歩の「少年探偵団」シリーズを模倣したようなものだった。そこから始まって、いろいろなタイプのものを書いてみたくなって、高校時代はミステリよりもむしろ、SFとか怪奇幻想小説的な短編をひとしきり書いていたんです。それはたぶん、乱歩を読むよりも前に楳図かずおさんの漫画を読んでいたから、「怖い物語」が大好き、という下地があったんでしょうね。だから、いずれホラーは書きたいと思っていたわけ。
ところが、僕がデビューした時期はまだ、国産ホラー小説の需要が少なかったんですね。要は、ホラーを出しても売れないと見なされていたんですが、90 年代に入って日本ホラー小説大賞ができて、『パラサイト・イヴ』(瀬名秀明)が大ヒットして、そこでやっとジャンルが脚光を浴びた、という経緯があって。そうなってからは僕も、もともと好きだったホラー的な趣向をミステリに導入したり、ホラー小説そのものを書いてみたり、ということをしやすくなった感じでした。

(収録日:2017年 2月25日)

人生を変えたもの

大川
綾辻さんの人生を変えた本はありますか。
綾辻
いろいろありますが、さきほどのターニングポイントの話と絡めるなら、『斜め屋敷の犯罪』かな。
大川
島田荘司さんの作品ですね。
綾辻
講談社文庫の「改訂完全版」の解説でも書いたことなんですが、20 歳過ぎのころにあれを読んだとき、「現代を舞台にこんな“探偵小説"を書いてもいいんだ!」と大喜びして。あのような、突拍子もない大トリックと奇矯な名探偵を兼ね備えた本格ミステリが、当時は本当に珍しかったので。あのときの興奮が結局、「館」シリーズというアイデアにもつながっているような気もします。
大川
なるほど。映画ではありますか。
綾辻
ダリオ・アルジェント監督の『サスペリア』という映画がずっと大好きなんです。70 年代のイタリアのホラー映画。今でも、ことあるごとに見直してしまいますね。『緋色の囁き』なんかは完全に『サスペリア』を意識して書いた作品です。

※綾辻行人さんへのインタビューは、まだまだ続きがございます。
続きをご覧になられたい方は、大学生協 各書籍購買にて無料配布致しております『読書のいずみ』2017年6月発行NO.151にて、是非ご覧ください。

綾辻行人さん サイン本をプレゼント

綾辻行人さんのお話はいかがでしたか?
綾辻さんの著書『人間じゃない 綾辻行人未収録作品集』(講談社)と『どんどん橋、落ちた』(講談社文庫)のサイン本をそれぞれ 3 名ずつ、計6名の方にプレゼントします。

こちらから応募ができます。

応募期間は 2017年 7月 31日まで有効。
当選の発表は賞品の発送をもってかえさせていただきます。

Profile

綾辻行人さん

綾辻行人(あやつじ・ゆきと)

■略歴 
1960 年京都府生まれ。
京都大学教育学部卒業、同大学院博士後期課程修了。
大学院在学中の 87 年 9 月に『十角館の殺人』(講談社)で作家デビュー、「新本格ムーヴメント」の嚆矢となる。92 年には『時計館の殺人』で第 45 回日本推理作家協会賞を受賞。『迷路館の殺人』『人形館の殺人』『暗黒館の殺人』など「館」シリーズと呼ばれる一連の長編で本格ミステリシーンを牽引する一方、『殺人鬼』『眼球綺譚』(角川文庫)などホラー小説にも意欲的に取り組む。ほかに『緋色の囁き』『どんどん橋、落ちた』(講談社文庫)、『霧越邸殺人事件』『最後の記憶』『深泥丘奇談』『Another』(角川文庫)など著書多数。